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【連載版】出戻り転生傭兵の俺のモットーは『やられたらやり返しすぎる』です  作者: 楽市
第九章 出戻り転生探偵スダレの無敵事件簿
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第192話 急転直下、真犯人が登場する

 今さら、ビロバクサの画面に情報が表示される。


『レイレーテの矢――、矢じりの部分が魔力で構成された古代文明の遺産の一つ。この矢で心臓を射られた者は魂を束縛され、矢を射った者に永久に隷属する。レイレーテは月に住まう恋の女神。月の泉を通じて地上のどこにでも矢を届かせるとされる』


 だが、そこに表示されたものを、スダレが読むことはなかった。

 彼女の瞳に移るのは、左胸を矢に貫かれ、身を傾がせる自分の夫の姿。


「スダレ……」


 ジュンが、彼女の方を向く。

 その瞳からは、すでに半ば意思の光が失われかけている。

 倒れ行く中、彼はスダレに向かって唇を動かす。


「僕を――」


 最後まで、言えなかった。

 そして、固まるスダレが見ている前で、彼は床に倒れ込む。


「ジュン、君……?」


 立ちすくむスダレの前で、スズリカが大声で笑い始める。


「ウフフフフフフフ、アハハハハハハハハハハハハ! やったわ、やったわァ!」


 それは、高らかな勝利宣言だった。

 そして彼女はスダレなどには目もくれず、倒れたジュンの体を軽く蹴りつける。


「起きなさい、ジュン。私のジュン!」

「う……」


 その声に反応するように、ジュンが小さく呻き声を漏らす。

 そして起き上がった彼はスダレではなく、スズリカの方を見上げた。


「ああ、おはよう、スズリカ」

「フフ……」


 真っ先に名を呼ばれたことに、スズリカは満足げに笑った。


「ジュン君――」


 スダレに呼ばれ、ジュンが今度はそっちを向く。

 しかし、彼のスダレを見る目に、さっきまであった愛情は微塵も見られなかった。


「ああ、君か」


 素っ気ない。実に素っ気ない。


「ジュン君、あの……!」

「いいよ、別に。何も言わなくていいから、スダレ」


 言いかけるスダレを手で制して、ジュンはかぶりを振る。そして告げた。


「今日でお別れだ。二度と僕の前に現れなくていいよ」

「ぁ……」


 衝撃が、スダレの胸を撃ち抜いた。

 わかってる。それはさっきの矢の効果。ビロバクサを確認せずともわかっている。

 でも、それでも襲い来る衝撃に心を激しく打ちのめされた。


 スダレは、顔から表情をなくしたまま、その場に膝を折ってしまう。

 それを見て、スズリカがまた勝ち誇って、笑った。


「アハハハハハハハ! 人の亭主に手を出すからこうなるのよ! 残念だったわねぇ、三百年前の亡霊さん。これに懲りたら、顔を出さないでよね。負け犬さん?」


 金属符を剥がして、スズリカがドアを開けるすると会議室に警備員が入ってくる。


「この女です。勝手に入ってきたの」

「わかりました」


 スズリカの言葉に従って、数人の警備員がスダレを捕まえて立たせた。

 警備員に連れ出される最中、スダレは見た。

 自分を快く受け入れてくれた部長や同僚達が、こっちを疑わしげに眺めている。


 スダレはそこに魔力の流動を感じとる。

 警備員と社員達は、スズリカの魔法で認識と記憶をいじくられているようだった。


「次に許可なく入ってきたら、警察に突き出すからな!」


 警備員にそう言われ、スダレはジュンの会社から追い出された。

 完全に不法侵入者の扱いだ。

 だが、そんな彼女の手の中には、夫に食べてもらった愛妻弁当の箱があった。


 その箱の軽さは、ジュンが、自分が心を込めて作ったお弁当を食べてくれた証。

 そんなことに気づいてしまい、スダレの瞳が揺れる。涙が浮かんでくる。


「ジュン君……」


 空の弁当箱を強く、強く、抱きしめる。

 今となっては、その箱だけが、自分を想ってくれるジュンがいた確かな証拠だ。


 そして彼女は立ち上がり、その場からトボトボと歩き去っていった。

 行き先は、自分でもわからなかった。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 気がついたら、ベンチに座っていた。

 そこは、公園のようだった。グラウンドと幾つかの遊具がある。


 自分がどうやってここに来たのか、スダレは覚えていない。

 手の中には空の弁当箱。

 頭はボウッとなって、ロクに思考も働かない。


 これからどうするべきなのか、それすら何も思いつかない。

 ビロバクサに見た情報。レイレーテの矢。名は知っている。伝説にも出てくる。


 その伝説においては神の心を射止め、恋に落としたとされている。

 矢が本物であれば、ジュンはもはや戻らない可能性がある。

 永久にスズリカの奴隷として、魂を縛られ続るしかないのかもしれない。


 どうしてそんなものを、スズリカが持っていたのか。

 推測はできている。きっとそれは、ジュンが発掘したものなのだろう。


 ジュンは学者だ。自らフィールドワークに出るタイプの学者だった。

 異世界では『探究者にして探検家』と呼ばれていたことからも、それがわかる。


 この手のタイプの学者は、謎を追い求めることこそが本分だ。

 謎を明かしたあとは次の謎。そうやって、尽きぬ好奇心を満たしていく。


 だから、自分が発見したものの管理はあまり上手ではなかった。

 それはジュン自身も認めていて、発見した遺物の管理は他人に任せていたらしい。


 その他人とは、ジュンのパトロン。

 過去に苗字だけ聞いていた。ヴェルカント、というようだった。


 そしてあの会議室で、彼が口にしたスズリカの父親の苗字もヴェルカント。

 何となく、見えてきた。

 異世界における、ジュンとスズリカの関係性。


 おそらくだが、スズリカはジュンのパトロンの娘だった。

 そのパトロンがいなければ、ジュンは世界各地を巡って探検できなかった。


 彼にとっての探検はライフワークであり、妻から逃げる口実だった。

 だが、離婚すればスズリカの父親がパトロンをやめるのは目に見えている。


 そして婚姻を解消したところで、スズリカはジュンを追いかけていたに違いない。

 物理的に離れる手段を確保するために、ジュンはパトロンを失えなかった。


 新しいパトロンを探すことも手としてなくはないのだろう。

 だが、新しいパトロンが見つかるかどうかなど、それこそ賭けだ。分が悪すぎる。


「変なの……」


 心は疲れ切って、何も考えたくないはずなのに、思考はどんどん進んでいく。

 それがスダレだからと言われてしまえば、そうなのかもしれない。


 自分という人間は、ジュンと同じで、やはり『考えること』が好きなのだ。

 ジュンと同じで――、


「……ジュンくぅん」


 胸がズキリと痛んだ。物理的な痛みではないクセに、苦しすぎて涙が出てしまう。

 別のコトを考えなきゃ。そう思って、浮かんだのはパトロンのこと。


 だがスダレが着目したのは苗字ではなく、名前の方だった。

 ジュンは言った。スズリカの父親の名は『ソウジ・ヴェルカント』。


 ソウジ。

 その響きを持つ名前には、覚えがあった。思い出したくもない名前だ。


「――ソウジ・ヴェルカント」


 わざわざ、口に出してみる。やはり、その音を耳に聞くだけで精神がザラつく。

 だが、運命はそんなスダレに追い打ちをかける。――返事があった。


「私の名前を呼んでくれたね。恋しいのかい?」

「え……」


 ベンチの隣に、いつの間にか男が座っていた。

 呆けるスダレに向かって、紳士的な笑みを浮かべている。五十くらいの男だった。

 若干白髪が混じった髪を丁寧に揃えていて、来ている服もセンスがいい。


 銀縁の眼鏡をかけたその顔は、世に言うイケオジ。渋くてダンディだ。

 しかし、その顔を見た瞬間、スダレは全身から血の気が引く音を聞いた気がした。


 普段であれば、一顧だにしない相手だった。

 だが、精神が弱り切った今の彼女に、その顔はあまりに辛いものだった。

 スダレは、目を大きく見開いて、かすれた声で呟く。


「……お父さん」

「ああ、そうだよ。愛しい娘。簾。私だ。おまえの父親の牧村宗次(まきむら そうじ)だよ」


 自ら名乗った宗次――、ソウジ・ヴェルカントは穏やかに目を細める。

 一見すれば柔和な笑顔だが、眼鏡の奥の瞳は、スダレをいやらしく見つめている。


「…………」


 あまりの衝撃に口をパクパクさせているスダレに、ソウジは軽く声をかけた。


「探したよ、簾。本当に、どこに行っていたんだ。悪い子だな」


 そして伸びてきた手がスダレの太ももを軽くさすった。

 その瞬間、彼女の脳裏に忌まわしき『あの日』の記憶がフラッシュバックする。


「ぃ、いや……!」


 取り乱した彼女の手から、包みにくるまれた弁当箱が落ちる。

 それに気づけないほど、今のスダレは余裕をなくしていた。


「フフフ、その様子じゃ、スズリカは上手くやったみたいだね。ジュンの心を『レイレーテの矢』で自分のものとしたか。ああ、あの子はいい子だ」

「ぉ、お父さん、あなたは、何を……?」

「ん~?」


 トラウマに硬直しているスダレに、ソウジは優しい声で応じる。

 だがその手は、さっきから彼女の太ももを卑猥な手つきでまさぐり続けている。


「もちろん、おまえを私のもとに取り戻すためにやったことだよ」

「あなたも『出戻り』を……ッ」

「ああ、したよ。したとも。あのスズリカの父親としてね」


 そしてソウジは語り出す。己の話。スズリカの話。


「あの夜、暴れるおまえの首を絞めて動かなくなって、私も気が動転してしまってね。一度逃げたんだよ。そうしたら、車に轢かれてしまったんだ。気がついたら病院で、私は牧村宗次ではなくソウジ・ヴェルカントに『出戻り』していたんだよ……」


 何ということか、スダレが『出戻り』した直後に父も『出戻り』していたとは。


「数日、意識不明だったらしいが、傷は魔法でさっさと治して退院したよ。私は自分のことよりも、おまえのことが心配だったからね。死体が見つかってやいないかと」

「…………」


 目の前に、実の父親が動いて、喋っている。

 それだけのことで、スダレののどにすっぱいものが込み上げてくる。


「だけど、おまえは家からいなくなっていた。すぐにわかったよ。おまえも『出戻り』したんだということが。無論探したが、おまえの行方は杳として知れなかった」


 当たり前だ。

 この男にだけは見つかってなるものかと、自分の情報の痕跡はずっと消してきた。


「だがある日、ふとしたきっかけで私はおまえを見つけた。宙色市内の高級ホテルに入っていくおまえとジュンの姿だ。私はそれを見かけたとき、本当に狂喜したよ」


 ジュンとホテルに入るとき。

 まさか、夏のバーンズ家の宴会にジュンを連れて行ったとき……!?


「ジュン・ライプニッツも一緒だったことには、奇縁を感じたよ。異世界でも、彼は私の娘の夫だったからね。いやぁ、本当に奇縁だ。そして、幸運だ」


 ソウジの、スダレの体をまさぐる手が太ももから尻に移る。

 虫が這っているかのような感触だ。スダレは嫌気しか感じない。でも、動けない。


「何故なら、私はすでにスズリカを見つけていたからだ。私はね、簾。異世界でジュンが発掘した古代の優れた魔法異物を幾つも保有している。その中には魂の色を見ることのできるものがあってね、それを使って特定の人物を探し出すこともできるんだよ。例えそれが『出戻り』前の、前世の記憶を持たない私の娘であってもだ」


 その話を聞いて、スダレは思い出す。

 会議室での、ジュンの言葉。百合岡涼香がジュンに絡み始めたのは、三週間前。


「……殺したの? 百合岡涼香を『出戻り』させるために」

「さすがは簾だ、察しがいいね。ああ、轢いた。思いっきり、車でね」


 この、男……!?

 愕然となるスダレに、だがソウジは、そんなことはどうでもいいとばかり、


「だってそうしないとジュンをどうにかできないからね。出来る限り暴力的な手段は使わず、平和的に彼を排除したかったんだよ。そのためにスズリカが必要だった」


 自らの目的のために人一人を轢いておいて、この言い草。

 見た目こそ紳士然としているが、この男の中身は腐り果てている。どこまでも。


「あとは、まぁ、話すまでもないだろう。おまえはスズリカにジュンを奪われ、こうして今、私と話している。いやぁ、懐かしいな、簾。おまえとはよくこうして――」


 ソウジの手が、スダレの乳房を服の上から揉む。


「親子の会話をしていたっけなぁ。ああ、いい感触だ。ますます大きくなったなぁ」


 スダレの豊かな胸を、最も触られたくない男の手が触りまくる。

 だけど、体が動かない。絶望と恐怖が、彼女の心を完全に縛ってしまっている。


「私を、どうするつもり……?」

「今日のところは、別に。ただちょっと、おまえに身の程を知らせておこうと思っただけさ。おまえが何をしたところで、私には勝てないということを教えたくてね」


「……ッ、私も『出戻り』よ、お父さん?」

「ああ、知っているさ。伝説の『バーンズ家』だろう。三百年前にちょっと騒がれただけの、小賢しい連中だ。私から見れば大したことはないね」

「その言葉、後悔することになるわよ、お父さん」


 必死に、懸命に、何とか踏ん張りながら、スダレは強がって見せる。

 しかしソウジはそんなことは見抜いているようで、


「おまえはいじらしいなぁ、スダレ。体が震えているのが丸わかりじゃないか」

「く……ッ」


 指摘され、スダレは屈辱に顔を歪ませる。

 ソウジは満足したようにうなずくと、最後に震えるスダレに顔を寄せた。


「それじゃあ、私はこれで帰るよ。可愛い簾。私に鳴かしてほしくなったら、いつでも連絡してくるといい。これが私の連絡先だ。楽しみだよ、おまえをベッドの上で鳴かせる日が来るのが。フフフ、フフフフフフ。フフフフフフ――」


 そしてソウジは、涙を伝わせるスダレの頬を、その舌でベロリと舐めた。


「ああ、涙まで美味しい。簾。――おまえは私のものだ。忘れないことだな」


 そう言い残し、ソウジはスダレの前から去っていく。

 遠ざかる背中を、彼女は涙が流れる瞳で、何もできないまま見送るしかなかった。


 そうして、また、スダレは一人になる。

 地面に弁当箱を落としたまま、一人、何もせずにベンチに座って。


 やがて、雨が降り出してくる。

 最初はポツポツ程度だったのに、それはすぐに土砂降りになる。

 ベンチに座ったまま、容赦なく雨に打たれ、スダレは全身びしょ濡れだ。


「――――」


 雷まで鳴り始める中で、彼女は懐からスマホを取り出し、電話をかける。

 コールは数度、すぐに相手が出る。


『どうした、スダレ』


 電話に出たのは、アキラだった。

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[一言] 信頼と実績の核ボタン! どけどけぇ! 最終兵器のお通りだ!!
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