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【連載版】出戻り転生傭兵の俺のモットーは『やられたらやり返しすぎる』です  作者: 楽市
第九章 出戻り転生探偵スダレの無敵事件簿

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202/621

第189話 現場検証、探偵は動き出す

 あのあと、メチャクチャ夫婦の営みをした。その翌朝。


「それじゃあ、行ってくるよ」


 スーツ姿のジュンが、玄関で靴を履いて振り返る。

 それに手を振るスダレは、何とエプロン姿で、しかも髪もきっちりまとめている。


「…………」

「なぁにぃ~、ジィ~ッと見て~」


「いや、そういう格好のスダレも可愛いなって、思って……」

「もぉ~、ジュン君ったらぁ~」


 頬を染めて呟く夫に、スダレの顔も赤くなる。

 そして、二人は軽くキスをしてジュンは出社する――、その前に、


「スダレ」

「はぁ~い、まだ行かなくていいのぉ?」


「最後に、一つだけ」

「何かなぁ~?」


 首をかしげるスダレに、ジュンはキリッと真剣な面差しになって、


「《《僕を信じて》》」

「……ぁ」


 ハッとするスダレにいつも通り笑いかけて、ジュンは部屋を出ていった。

 そしてそれを見送った彼女は、数秒後に、ヘナヘナとその場に腰を下ろした。


「もぉ~、見透かされてるぅ~。勝てないぃ~」


 床をパンパン叩いて漏らすその声は、悔しさ二割、嬉しさ八割。

 昨夜の一件。スダレはジュンを疑ってなどいない。

 しかし、丸っきり信じ切っているかといえば、それはさすがにNOである。


 完全にかけらも疑わずにいるのは、妻としても、探偵としても、無理というもの。

 少なくとも『ジュンが何もしていない』という確証を掴むまでは。


 そして、ジュン本人もそれをしっかりとわかっている。

 だからこその、今の発言。

 つまりは『いくらでも調べていいよ』という、ジュンからのお墨付きだ。


 疑いという感情には、二種類存在する。

 一つは不信から生じるもの。相手を信じていないがゆえの疑い。

 もう一つは信頼から生じるもの。相手を信じるための最後の一押しとしての疑い。


 さっきまで、スダレはジュンを99%信じていた。

 それが今の一言で、99.9999999――(エンドレス)%まで上昇した。


 あとは裏を取るだけ。

 それで無限に続く9の羅列が一周回って0になる。


「じゃ、始めようかなぁ~」


 エプロンを脱いで、スダレは早速調査を開始する。

 今回の依頼人は自分。引き受けるのも自分。調査内容は『ジュンの素行調査』だ。


 右手の銀の指輪に魔力を流し、効果発動。

 ジュンの部屋の中が『異階化』する。


 そして、スダレの手には今までなかったタブレットPCが現れる。

 それが彼女の異面体(スキュラ)である『毘楼博叉(ビロバクサ)』だ。


「はぁ~い、やるよぉ~、ビロバっちゃん~」


 音声入力式なので、その一声で画面が起動する。

 壁紙は、カッコいいジュンの姿だ。本を読んでるときの顔がお気に入りだ。


「昨日の~、夜九時から九時三十六分までの軌跡を走査~」


 スダレの音声入力に従って、ビロバクサの画面に文字や画像が躍る。

 そして、現れたのはYouTubeのトップ画面のような、整列されたサムネイル画像。


 タイトルは『該当時間/玄関』、『該当時間/リビング』など。

 今、スダレがいる部屋内の過去の風景を動画の形で表示したものだった。


「30倍速で全動画、同時再生ぃ~」


 彼女が命じると画面が切り替わって、本当に30倍速で全ての動画が流れ始める。

 誰もいない部屋の風景がしばし流れてシークバーだけが進んでいく。


「ストップ。玄関、表示。1倍速で再生ぃ~」


 その指示にタブレットが反応し、画面に玄関の映像が表示される。

 時間は24分の辺り。時刻に直して、21時24分。


 それまで動きのなかったドアノブが回って、鍵が開く音がする。

 次にドアが開いて明かりがつけられ、ジュンに肩を貸している涼香が姿を見せる。


「ふぅん、この時間かぁ~」


 画面の中では、フラフラになっているジュンに涼香が優しい笑みを見せている。


『ほら、着きましたよ、八重垣さん』

『うぁ~? どうもぉ~お?』


 スダレが軽く噴き出した。ジュンが茹ですぎたうどんみたいグデグデじゃないか。

 これは誰が見ても潰れているとわかる。

 そして二人は、通路からリビングへと向かう。画像がそっちに切り替わった。


『八重垣さん、大丈夫ですか?』

『あぁ~ぃい~~』


 大丈夫じゃない。全然大丈夫じゃないよ、ジュン君~。

 おそらく、飲んだ量は缶一本分ほどだろう。ジュンにはそれで十分だ。こうなる。


 時間は29分、時刻に直すと21時29分。

 スダレがマンションのすぐ近くまで来ているときの映像だ。


『八重垣さん?』

『…………』


 リビングで、ジュンに肩を貸して立ったまま、涼香が彼の名を呼んでいる。

 反応がないのを確かめると、彼女は前に回ってジュンを抱きしめようとする。


 ジュンも、寝ているワケではない。

 抱きしめられて、反射的に抱き返してしまったようだ。

 なるほどなるほど。それであの体勢が出来上がった、と……。


『八重垣さん――、淳。いいえ、ジュン』

「ふにゃ~?」


 涼香の雰囲気が変わる。彼女のジュンの呼び方、それは……。


『やっと二人きりになれたわ、ジュン。ねぇ?』


 反応しないジュンに、涼香は甘い声で呼びかける。

 しっかりと彼を抱きしめるその姿は、どう見ても恋人を抱擁するそれ。


『私のこと、わからない? スズリカよ。あなたの妻の、スズリカ・ライプニッツ』

「あぁ~、なるほどねぇ~。そういうことかぁ~」


 スダレは思わず声を出してしまっていた。

 百合岡涼香――、スズリカ・ライプニッツ。

 つまりは異世界におけるジュンの妻。昨日の彼女の主張は、嘘ではなかった、と。


「何かそういう話、つい最近もあったようなぁ~。あれぇ~?」


 最近聞いた覚えがあるが、どうにも思い出せない。

 それはタクマのことで、覚えてないのはマヤの存在がアキラに亡却されたからだ。


『やっと会えたわ。ジュン、ジュン……ッ!』


 涼香――、スズリカが感極ま手強く抱きしめているところに、鍵が開く音。

 時間が動画の終わり、36分。そして、スダレの弾んだ声がそこに響く。


『やっほぉ~、ジュンく~ん、来ちゃったぁ~!』


 そして、スダレの『……え?』で動画は終わった。

 ビロバクサの画面が、本を読んでいるジュンの写真に戻る。


「――うん、確認終了。ジュン君、無罪!」


 99.9999999――(エンドレス)が100になった瞬間であった。

 この確認によって明らかになったのは、以下の点。


 1.ジュンに過失なし。

 2.百合岡涼香は前世におけるジュンの妻、スズリカ・ライプニッツ。


「それとぉ~」


 昨日の涼香の態度から、さらに幾つかわかることがある。


 3.スズリカは自分の正体をジュンに明かしていない。

 4.スダレの存在を知っている(ジュンは話していないとのこと)。


 このうち、4についてはどこまで知っているかが不明だ。

 八重垣簾の存在だけか、それともスダレ・バーンズのことまで知っているのか。

 これは、現段階では確かめようがない。


 次に、3から窺えること。

 スズリカは今の段階では自分の正体をジュンに悟られたくない。


 関係の近い『出戻り』同士なら、会えばお互いについて感じとることができる。

 自分が、小学二年生になった父親と母親についてはっきりわかるように。


 だが、昨夜のジュンの様子を見るに、スズリカのことには気づいていない。

 彼女が魔法か、魔法アイテムによって素性を感じとられないようにしているのか。


 蘇生や異空間の形成だってやってのける魔法のアイテムだ。

 人の気配や印象を隠蔽する程度なら、そう難しいことではないだろう。


「それと、三百年、かぁ~」


 ジュンとのことを考える上で、決して無視できないのがそれだ。

 彼は、スダレ達が生きた頃から見て三百年後の時代を生きた『未来の出戻り』。


 夫がそうなのだから、スズリカだって当然『未来の出戻り』である。

 聞いた話によると、三百年後の異世界は戦乱も落ち着いて、かなり平和だという。


 そんな時代に生きたからか、ジュンはスダレから見ても脇が甘いところがある。

 令和の日本ならそれで問題もないだろうが、昨日のようなことも起きてしまった。


 こうなると、さすがのスダレも俄然心配になる。

 スズリカは素性を隠していることもあり、派手な行動に出ない確率が高い。

 だがそれは『高い』でしかなく『何も起きない』には程遠い。


「う~~ん~~~~」


 現実空間に戻り、スダレは時計を見て唸る。

 せめて、彼が出社前に一回だけでも釘を刺しておくべきだったかもしれない。


「……うん、決~めたぁ~」


 と、うなずいて、そこからの行動は早かった。

 まずは近くのスーパーに行って材料を買い込んで、部屋に戻って調理開始。


 弁当箱は前々から用意していたのでそれを使い、愛妻弁当をサクッと完成させる。

 そして、それを布に包んで収納空間にIN。これで準備は完了。


「お仕事中のジュン君に会うの、初めてだぁ~」


 弾んだ声で言いながら、スダレは部屋を出ていった。

 現在、時刻は11時40分。

 この部屋からジュンの勤める会社まで、空を飛べば10分程度の距離だった。

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