第186話 長文部分は読み飛ばし推奨の男子会
熱い。
クソ熱い。
そして暑い。
冗談じゃなく暑い。
匂いはいいんだ。木の匂いがね、清々しいんですけどね?
でも熱いんよ。そして、暑いんよ。蒸気がムワァっとしてて、あづいんよ!
「……出ちゃダメか?」
「何を言われるのです、父上。これからでありましょう」
しっかりと俺の腕を掴んで言いやがるのは、うちの長男のシンラ君です。
しかし、こいつも全身汗だくで、顔も真っ赤になってるワケよ。
「フ、この程度でもう参ってるんすか、団長。根性ないっすね」
同じく汗ダラッダラで言ってくるケント。
その隣には、腕を組んで目を閉じているキリオの姿もある。
「いや、でも熱ィは熱ィよ。ガキにゃキツいんじゃねぇかなぁ、これ」
ここで、タクマが俺達の側に立ってくれる。
「あ~う~……」
「ほら見てみ、マリク兄も完全に目ェ回して――、マリク兄ィィィィィィッ!?」
ほらー! マリクも限界じゃーん!
おまえらみたいな大人と違うんですよこっちは! 子供なの!
――はい、ってなワケで現在バーンズ家男子組+1、現在サウナ中です。
10月最初の土曜、俺達は市内にある健康ランドに来ていた。
発案者は、いつも通りシンラ。こいつイベントごと大好きだなー、マジで。
今回もお袋への甲斐性アピールの一環だそうです。頑張ってるねぇ。
そして、ひとまずはメシ前に風呂、ってな感じになった。
で、そこにあったワケだ、割と大きなサウナがさ。
うん、サウナっていいよね。
体の中の毒素を汗と一緒に流していくような感覚がして、いいよね。
サウナでたっぷり汗流して、水風呂入って、外気に当たって――、整うワケよ。
うん、あれは気持ちいい。
知ってるよ。異世界でもあったもん、サウナ。
「でも、子供にはキツいんじゃあああああああァァァァァァァァァ――――ッ!」
だって、別に疲れてないモン!
別に整わなくても平気なんだモン!
「こういうとき、子供って損っすよね~」
と、この中では三番目に子供のケント君が言いやがる。
気持ちよさそうだなぁ、貴様ァ!
「ぅ~、あ、熱い……。耐熱バリア~……」
そしてマリクは、こらえきれずに熱を寄せ付けないバリア魔法を展開する。
そんな本末転倒な……。普通に出ればいいじゃないのさ。
「ま、まだ、み、みんなと一緒にいたいから……」
「マリク兄……」
タクマ君が感激してる感じになってるけど、マリクはボッチがイヤなだけやぞ。
「しかしながら――」
ここで、シンラの目がキリオへと向けられる。
「キリオまでもが『出戻り』していたとは、余は、この再会を心より嬉しく思うぞ」
「陛下――、いえ、シンラの兄貴殿……」
大きく笑うシンラに、キリオも嬉しそうに笑みを返す。
そういえばこいつらは家族以外にも主従の関係でもあったんだよなー。
「いや~、キリオがこっち来て、バーンズ家の半分以上が揃ったことになるんかな」
言ったのは、タクマ。まぁ、そうなるのか?
バーンズ家は全部で十七人。
そのうち、俺、ミフユ、タマキ、シンラ、マリク、ヒメノ、スダレ、シイナ、タクマ、キリオとがこっちに『出戻り』してるワケだ。ああ、半分は越えてるなぁ。
「つか、多いわ~、めっちゃ多いわ『出戻り』~」
「いいじゃないっすか。こうして、また会えたんっすから。俺は嬉しいっすけどね」
ケント君がそんな、こっちまで嬉しくなるようなことを言う。
だが――、
「ケントは俺達よりタマキに会えたことの方が嬉しいだろ、絶対。なぁ、キリオ?」
「……それがしに振るな、であります」
わ~、また膨れちゃったよ、うちの四男。可愛いわ~。つついちゃおうかな!
「お、俺は団長達に会えたのも嬉しいっすよ? 前世の終わりが終わりなモンで」
「うぐっ、む、胸が痛ェであります……!」
「何でそこでキリオが苦しむんだよ。おまえのことは言ってねぇよ」
そこは言わんといてやってください、ケント氏。
前世のやらかし具合は、キリオの方がもっとアレなんで……。
「ま、でもそうっすねぇ~。団長達にゃ悪ィっすけど、俺がこっちに『出戻り』して、会えて一番嬉しかったのは、やっぱタマちゃんっすね。……うん、やっぱ」
と、語るケント君の顔は赤いけど、半分以上はサウナ以外の原因だな!
それに対して、俺→シンラ→マリク→タクマ→キリオの順番で、
「知ってた」
「知っておりました」
「し、知ってましたぁ~……」
「知ってた知ってた」
「…………(ムッス~)」
と、こんな感じである。キリオがふぐになっちゃってるよ!
俺達の反応に、何故かケントが慌て出す。
「べ、別にそういう意味じゃないっすよ!?」
「え~? なにそれ。そういうも何も、別に俺達、何も言ってませんけどねぇ~?」
「むぐぐぐ……ッ!」
悔しそうに拳を握りしめるケント。俺達がそれを見てニヤニヤしていると、
「そ、それを言うならタクマさんだって、シイナさんとの再会嬉しかっただろぉ!」
「うぃ? お、俺っちィ~!?」
お~っと、ここでケント、タクマに矛先を向けた~!
「そうっすよ! 聞きましたよ、同棲予定ですってね、大人は行動速ェよなぁ!」
「い、いいっしょ、別に!? お互い、そっちの方が都合がいいんだからよ!」
おお、慌てておる慌てておる、タクマの顔も真っ赤じゃわい。
「確かに、離れて暮らすよりは同じ屋根の下で過ごす方が、家賃や光熱費、ガス、水道、電気も一つにまとめられて、しかもお値段もお得。合理的ではあろうな」
「な、生々しい……」
腕を組んでうなずくシンラに、ケントがちょっとヒいた顔になる。
でもねー、そこはどうしたって重要ですよ、やっぱ。人は霞を食うにあらずよ。
「で、でも、気になるなぁ……。タクマは、シイナのどこが、好きになったの?」
「マリク兄……!?」
おぉ~っと、ここでマリクがキラーパスだァ~!
腕組みをしているキリオもうなずいて、マリクに同意を示す。
「それがしもそこは気になるでありますな。タクマの兄貴殿がシイナの姉貴殿は異世界でも特に仲が良かったでありますが、まさかそういう関係になろうとは……」
「あ~、まぁ……。――クッソ、これ、答えるまで逃げられねぇヤツじゃんか」
え、当たり前では?
是非とも聞かせてもらいますよ、パパも気になるゥ~!
「……シ、シイナってさ」
観念したのか、タクマが頬を掻きつつ、ポツポツ語り始める。
「小心者で無駄にはっちゃけるけど、あいつ、スゲェ頑張り屋で、何事もおっかなびっくりだけど前に進もうとするのをやめないんだ。そこが見てて応援したくなるし、あとは、優しい性格してて、見ず知らずの他人にも親身になれるところも好きだし、実は家事もきっちりできて、料理も作れるし、それがスゲェ俺っち好みの味でさ、食べると安心できる味なんだ。でも、最近は俺にもっと美味しいもの作りたいからってレシピ本とか買って勉強してくれててさ、それがすげぇありがたくてさ。それと、ほら、俺っちとシイナって身長差あるじゃん。実は頭を撫でるのにちょうどいいくらいの差でさ、二人っきりになるとついつい撫でちまうっていうかさ、そうするとシイナは安心したような顔になるんだけど、でも本当は安心してるのは俺の方でさ、ああ、もう俺にはこいつしかいないなって――」
ポツポツどころじゃなかった。
長い、長い長い長い長い、長いよタクマ君。そしてこれ序の口だな、間違いなく!
「タマちゃんだってなぁ、世界一可愛いんっすよ!」
そして何故かケントが対抗し始めたァ~~~~ッ!?
「タマちゃんはですね、みんなからバカだバカだと言われてて、実際バカで考えなしで、猪突猛進で一直線で向こう見ずで、でもそれがいいんだ。あの子は、それがいい。とことんまで一途で、こんな俺のコトをずっと好きでいてくれた。それが本当に嬉しいっすよ、俺は。あとね~、最近、女将さんから料理習い始めてるんですけどね、タマちゃん。正直、ひどい。今のところ、料理という名の残骸でしかないっす。……見た目はね。でも、味は食べられないことはないんすよ。これ、すごくないです? 最初から味はそこそこのものができてるんすよ、料理のド素人が。もうね、可能性しかないっすよ。毎回ちょっとした楽しみになってますモン、俺。だって、タマちゃんですよ? 異世界じゃ史上最強の生物とか呼ばれてた子が、俺のために料理頑張ってくれてるんすよ? ヤベェでしょ!」
「…………。…………。…………。…………ッッ」
ああ! ケントの惚気が加速するごとに、キリオがふぐから焼けた餅に……ッ!
「ヒ、ヒメノだってすごいんですからァ~~~~!」
何でそこで対抗心燃やしてんだ、マリク!? ヒメノはおまえの彼女じゃねぇぞ!
「ヒ、ヒメノは、みんな知ってると思いますけど、や、優しいんです。とっても優しくて、困ってる人を見捨てておけない子、なんです。でも、時々、そういう部分につけ込んでくる人もいたりします。だけどヒメノは優しいだけじゃなくて、芯も強いから、そういう人にはちゃんと『お話』をして、わかってもらって和解するんです。で、でもそういう部分は、ヒメノのほんの一部分でしかなくて、ほ、本当はヒメノはか弱い女の子、なんです。みんなはヒメノの鋼メンタルを知ってると思いますけど、でも、それだって辛いことは辛いし、悲しいことは悲しいんです。でも、あの子はそういうのを表に出したがらないから、いつも人前だと気丈に振る舞っちゃうんです。ぼ、ぼくは、そんなあの子を支えてあげられたらいいな、って、お、思ってます。……ぼく、何言ってるんだろ。恥ずかしい」
言ってる最中に我に返ったらしく、マリクは思いっきり俯いてしまう。
うん、でもよかったよ。すごい『お兄ちゃん』してると思うよ。
ああ、思い出すわ。
異世界でもそうだった。マリクは常にヒメノの『お兄ちゃん』だったなー、って。
ヒメノが結婚するときも、お相手さんと一晩じっくりお話してたっけ。
でもそれは相手を罵るためじゃなくて、しっかりと見極めたかったからだ。
妹を任せるに足る相手か確かめて納得したかったからだ。本当にいい兄貴ですよ。
「皆、守るべきものを愛し慈しんでいる。まこと、何よりでございますな」
三人の惚気(マリク除く)に、シンラが感じ入ったようにうなずく。
いやいや、おまえにもいますよねぇ、守るべきもの。
「シンラ君はどうなん? ん? ウチのお袋とは? 旅行、どうだったん?」
「団長が若になれなれしい上司みたいなウザ絡みをしている……」
うるさいな! 上司じゃなくてパパだよ、文句あんのかよ!
だが、俺に尋ねられて、シンラはきっぱりと言った。
「はい、あれは世紀の大失敗でありました」
「あれェ……!?」
予想外の答えが返ってきた。
「まさに痛恨の極みでありましたな。美沙子殿を泣かせてしまいましたゆえ」
「泣かせ……、ぇ、えッ、ええええ! 泣いたの? あのミーシャ・グレンが!?」
超絶驚愕する俺に、シンラは苦い笑いを浮かべてうなずいた。
「全て、余の短慮が原因にて」
「な、何があったんです……?」
恐る恐る、俺はシンラに確かめる。
「はい、9月にやや長期の出張がございまして、余が美沙子殿に同行をお願いしたことは、父上も知っておいででましょう。余はひなたと彼女を伴い出張に赴きました」
「ああ、知ってる知ってる。俺は学校が始まってたから、行けなかったヤツね」
ちょうど、そのときにあったんだよな~、例の『魔薬』騒動。
出張後に数日、藤咲の別荘で過ごすとか言ってたけど、本当に何があった。
「出張が終わって、別荘で過ごしているときのことでございます。そのときには美沙子殿とひなたもだいぶ打ち解け、ひなたなどは美沙子殿を『みさちゃん』などと呼ぶようになっておりました。余にとっては実に理想的な流れでありましたが、美沙子殿に言われたのでございます。父上も一緒に連れてきたかった、と。彼女はそこで寂しさからわずかといえども涙を……。余が浅薄でありました。美沙子殿とひなたが接すれば、美沙子殿は父上のことを思い出すに決まっている。そこを、見落としておりました。余がひなたを愛するように、美沙子殿もまた父上を愛しておられる。それを知っていながら、余は自らの都合でお二人を引き離してしまったのです……」
「お袋……」
どうしよう、何て言っていいかわからない。どうにもコメントのしようがない。
「待てよ、シンラ。でもお袋はそんなこと、一言も……!」
「あの方は父上の母親でありますぞ。自らの弱き部分など、見せますまい」
ああ、そうか。そうだなぁ。
シンラの言っていることはわかる。俺も父親ではあるからな。
子供の前じゃ、弱い部分は見せたくない。
「ああ、でもそうか。お袋は、おまえに弱音を吐いたのか。そうか……」
それはつまり、お袋が弱さを見せるくらいには気を許してるってコトだ。
二人の仲は確実に進んでいる。それは、いいことだよ。と、素直にそう思えた。
「俺じゃ見れない部分もある。シンラ、お袋のこと、頼むわ」
「は。余も、こたびの失敗を糧に、美沙子殿を幸せに導くべく、精進する所存にて」
ひなたじゃなく、お袋の幸せ、か。言うようになったねぇ、ウチの長男も。
「ところで――」
と、ここでキリオが何かを切り出す。
「それがしは未だそういった相手がいないので何とも言えないのでありますが、父上殿は母上殿に対して、何か思うところなどはないのでありますか?」
「はぁ~? ミフユに~?」
思うところって、別にそんなのありませんよ。毎日一緒にいるんだし。
だが、周りの目が俺に集中している。いかにもな期待の目でこっちを見てる。
「あ~……」
仕方がないから、適当に語ってお茶を濁すか。そろそろのぼせそうだし。
「あ~、ミフユな~。あいつはな~、普段は自由奔放にやってるけど、それって別にちゃらんぽらんじゃなくてちゃんと自分のポリシーに則ったフリーダムなんだよなー。まずそこがな、惚れるよね。自分の考えを持った女性が優れてる、何て言わないよ。これは単に俺がミフユのそういう部分が好きってだけで。それにあいつ、努力家だぜ~? お袋にいっつも料理習ってるし、家事とかの部分でもお袋に対抗心燃やしつつも習ったりしてさ、それを俺達のためにやってくれてるって思うとヤバいじゃん。滾るじゃん。俺さ~、お袋の料理も好きなんだけど、やっぱ一番はミフユの作る料理なんだよね~。味がどうとかじゃないんだよ、あいつが俺のために作ってくれたって事実が美味いんだよ。嬉しいよね~、ときめくよね~。あいつからの愛情が形になってるように思えてさ、それにあいつ、隙が無いように見えて結構隙だらけでさ。俺がそこをつつくとビックリしてむくれて、そのむくれた表情なんかも可愛くて抱きしめたくなる。つか、抱きしめる。何なら頬にキスもする。それくらい可愛い。それとさ~、聞いてよ。あいつさ~、実は『出戻り』する前は『僕』をいじめてたグループの主犯格の一人だったんだけど、その記憶があるから俺からの仕返しが怖くて、一時期こっちにあんまり接触しないようにしてたんだぜ。バカだよね~、おまえがミフユな時点でそんな仕返しなんてするワケないじゃんっていうね~。でも、そこで怖がってるミフユを安心させたくなっちゃうのも、惚れた弱みっていうかさ~、あるじゃん。そういうの。もう、惚れたら負けな感じで。あ~、だから俺はミフユに支えられてるのが嬉しくて仕方がないし、自分がミフユを支えられてるってことが喜ばしくて仕方がないっていうかさー。そうそう、そういえばあいつ、この間、ちょっとだけ髪型変えてたよな。丸わかりだっての。あいつから確認される前に言ってやったわ。そしたらなんかものすごい驚いて照れたんだわ。頬赤くしてさ~、何ですかね、あの可愛い生き物。普段は勝ち気なくせに、急にしおらしくなっちゃってさ――」
「「「…………」」」
「あれ?」
気が付くと、俺以外の全員がぐったりしていた。マリクまで!?
あれ、何だよこれ、まだ全然、適当のての字も語ってないでしょうがよ!
「だ、団長……」
「ケント、オイ、ケント!」
死屍累々のサウナの中、ケントが小さく声をあげる。
俺が抱え起こすと、ケントは右手グッとでサムザップして、笑顔で、
「ぁ、あんた、やっぱりすげぇよ……、ぐふ」
「ケントォォォォォォォォォォォォォォォォォォ――――ッ!?」
こうして、サウナの中での男子会は男死壊となり、終わったのだった。
え、俺のせいなの、これ!?




