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第185.5話 汚点にして汚物、キリオ・バーンズ

 夜の星空は、異世界でも日本でも変わらない。

 どの星が何て名前かなんて知らないが、素人が見る分には、変わらない。


 その夜、俺は何となく寝付けなくて、布団から出た。

 最近、夜はもう随分と涼しくなっている。いよいよ秋も深まりつつあるからか。


 隣を見ると、お袋が寝ていた。

 アパートの部屋はそう多くはないので、俺達は同じ部屋で寝ている。

 ただ、本日は客がいる。俺の四男のキリオだ。


 夜になる直前くらいにケントがおぶって連れてきた。

 何でも、前日のタマキの彼氏宣言の件で、因縁をつけてきたらしい。


 それでどういう流れか、ケントがキリオをとことんしごき抜いたんだとか。

 何でそんなことになったんだよ、とケントに尋ねたところ、


「だって、人の守り方もさしてわかってないヤツが『タマちゃん守る』とか豪語してんですよ? ムカつきません? ムカつくでしょ? だからやっちまいました」


 という、何とも清々しい返答をいただきました。笑うわ。

 まぁ、キリオは騎士団長になったけど、それも指揮能力の高さを買われたからだ。


 キリオは純粋な防御力はバカ高いけど、防衛は不得意だったのかもな。

 それと、ケントはこんなことも言ってたな。


「こいつは早いうちに叩き直さなきゃ、って思いましたね。きっと、そうしなきゃ、こいつはバカな思い違いからとんでもないことをやらかす。そう感じたんですよ」


 俺はそれに、何とも答えようがなかった。

 スダレの夫であるジュンから、キリオのしでかしたことを聞いていたからだ。

 異世界では、のちの世においてキリオはこう呼ばれていたらしい。


 ――『バーンズ家の恥部』、『汚点にして汚物』と。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 夜、外、玄関前。

 キリオはそこにいた。


「眠れないのか」

「……父上殿」


 玄関を開けてすぐ、コンクリの上に座ってたキリオに声をかける。


「父上殿も、起きていたでありますか」

「ん、まぁな。何となく寝れなくてな~。おまえは?」

「それがしも、まぁ……」


 こいつにしては煮えきらない返事をして、キリオは星を見上げる。

 俺は玄関から外に出て隣に座る。夜のコンクリートの冷たさに一層目が覚める。


「…………」

「…………」


 俺もキリオも、しばしの間、無言でいた。

 キリオは夜の空を見上げたまま、俺は何もせずに前を向いたまま。

 夜気に身を浸して一分ほど、キリオの方が口を開いた。


「父上殿」

「何だ」


 キリオは、視線を上から下へと降ろして、それから続ける。


「それがしは、《《また》》間違ってしまったであります」

「……《また》、か」

「はい、《また》であります」


 そこで会話は一度途切れる。

 いや、それは会話と呼ぶには短すぎる、ほんの些細なやり取りでしかない。

 俺が知る普段のキリオは、もっと言葉を勢いに乗せるんだが。


「それは、どんな間違いだ? どうして間違えたんだ?」

「…………」


 あえて問う俺に、キリオは少しの間、また沈黙する。

 その横顔を覗けば、眉間にひどくしわが寄っているのが見えた。懊悩している。


「父上殿は――」

「おう」


「『簒奪公』の名は、御存じでありますか?」

「いや、知らない」


 問われ、俺はかぶりを振る。しかしそれは嘘。

 実際は『簒奪公』が何を意味するか、俺は知っている、それはキリオのことだ。


「異世界にて、父上殿と母上殿が天寿を全うしたのちのことであります」


 キリオは語り出した。


「お二人が身まかられて十数年後のこと。それがしは陛下――、シンラの兄貴殿より公爵位を授かり帝国の騎士団を束ねる聖騎士長の座についていたであります」

「ああ」


 俺は、短く相槌を打って、キリオに先を促す。


「当時、兄貴殿は病に臥せり、帝国の政治はその御長男。即ち皇太子殿が握っておりました。すでに老境に達していたそれがしは、それが気に食わなかったであります」

「どうして?」

「皇太子殿の政治方針が、シンラの兄貴殿と違っていたからであります」


 その部分も、俺はジュンから聞かされていた。

 初代皇帝であるシンラは、とにかく国を富ませることを重視した。

 そのために外征も行い、他国の領土を侵略することもあった。


 一方で、その息子である皇太子は、内政を重視した。

 シンラが築き、大きくした帝国の基盤を固めて盤石の体制を作ろうとした。

 それに反発したのが、キリオだった。


「それがしは守りたかったのであります。兄貴殿が築き、それがしも尽力し、共に大きくした帝国を、そのままの形で守りたかった。でも、それが間違っていた」

「そうなのか」


 促すと、キリオはうなずく。眉間のしわをそのままで、深く、うなずく。


「シンラの兄貴殿があちらの世界で崩御されたのち、すぐにそれがしは動かせる戦力を全て動かし、決起したであります。兄貴殿が立てた帝国を守るべく、帝国を変質させんとする皇太子を討つための義挙でありました」

「クーデターを起こしたんだな。おまえは」

「その通り。……でも、何が義挙。クソ笑うわ。で、あります」


 キリオの顔に自嘲の笑みが浮かぶ。

 だが、こいつが汚物とまで呼ばれる理由はここからだ。


「だけど、クーデターは成功してしまったのであります。それがしは、皇太子を見事に討ち果たし、兄貴殿が作り上げた帝国を守ることができたのであります」

「どれくらいの期間だ?」

「何と驚くべきことに、四時間もの長きに渡って、であります」


 笑みが深まっていく。自嘲が強まっていく。


「結局、それがしは第二皇子に捕縛され、最後は公開処刑により散ったであります。捕らえられたときのそれがしは、完全に壊れておりました。自分こそが帝国の正統を守る者であり、対立する存在は全て帝国の敵。家族の敵、と……」

「何とも、見事な老害っぷりだな」

「お恥ずかしい限りであります。それがしは耄碌していたのです」


 フゥ、と、キリオは重たく息をはく。


「これが最初の間違いであります。それがしは守るべきものを間違えた。結果、甥をこの手で殺め、自分の家族や部下にまで反逆者の汚名を被らせてしまった。自らの愚かさにより、本当に守るべき者達を死に追いやってしまったのであります……」

「それが、『簒奪公』の名の由来。そして――」

「はい。今日、またしても間違えてしまったであります。ケント殿に対して」


 それを言うのも辛かろうに、だが、キリオは声の強さを変えることなく続けた。


「こちらの世界に『出戻り』をしたのち、それがしは誓ったのです。二度と間違えない。しっかりと守るべきものを見定め、それを守れる男であろう、と」

「……そして、タマキと再会したのか」

「さすがは父上殿、察しが早いでありますなぁ。その通りであります」


 前世でそんな失敗をしたこいつが、こっちで大好きな姉と再会したらどうなるか。

 まぁ、自分がタマキを守るんだ、となるのは仕方がないわなぁ。


「でも、タマキな姉貴殿には、すでにケント殿がいたであります」

「嫉妬か? 単純に認められなかったか?」

「その両方にプラスして、根拠のない優越感、でありますな」


 ああ、なるほどね。

 異世界では自分の方が長くタマキと過ごしたという、それだけが根拠の優越感。

 それらがないまぜになって、キリオはケントに反発心を抱いたんだな。


「愚かでありました。前世であれほどの失敗をしたのに、それがしはまた『守るべきもの』を間違えて、ケント殿に要らぬ喧嘩を売ってしまった。本当に、愚かな……」

「反省はしてるんだろ?」

「反省も後悔も、やった事実を消すことはできないのであります。く、ぅ……」


 語るキリオの声は、重く沈んでいた上、濡れていた。

 座ったまま、キリオは深く俯く。その横顔から、コンクリートに雫が落ちる。


 ケントに喧嘩を売ったことを、こいつは重く捉えすぎている。

 そういう見方もあるかもしれない。

 しかし、キリオの場合はもっと根深い。また、繰り返してしまったのだから。


 規模の大小ではない。

 同じ間違いを、繰り返さないと誓ったあとで犯してしまった。だから苦しいんだ。

 でも、俺から見ればそれは――、


「よかったな、今日、間違えられて」


 俺は、キリオの首に腕を回し、グイとその身を引き寄せた。


「父上殿」


 意外そうな顔でこっちを見るキリオに、俺は笑いかける。


「のされた程度で済んで、本当によかったよ。前は自分の甥を殺し、家族や部下まで死に追いやった、最低で最悪な失敗だったんだろ。それを思えば、なぁ?」

「でも、それがしは……」

「ケント、強かっただろう?」


 キリオが何かを言う前に、俺は言葉で畳みかける。

 すると、キリオは一瞬軽く口を開けてから、すぐに表情を引き締めてうなずいた。


「はい、とても。強くて、硬くて、速くて、全然かなわなかったであります」

「そりゃあそうさ。あいつは俺の唯一無二の親友だぜ。強いさ。俺並にな」

「親父殿並に、で、ありますか。……それじゃあ、勝てるワケがないでありますな」


 まぁ、そういうことよ。でもな、キリオ。


「だけどな、あいつも一時期は危ないときもあったんだぜ」

「そ、そうなのでありますか? あの、ケント殿が?」


「ああ。それもつい最近な。ま、それがきっかけでタマキとくっついたんだがな」

「…………」


 その話になった途端、顔をムス~っとさせるキリオ。お姉ちゃんっ子め。笑うわ。


「キリオ、おまえはケントから学べ」

「父上殿……?」

「俺は実は、運命論を信じててな。おまえが過去の失敗を繰り返したくないっていうなら、ケントに相談してみろ。俺は、ケントとおまえの出会いは運命だと思うぜ」


 きっと、異世界でケントと出会えていたら、キリオは間違うことはなかった。

 根拠のない空想でしかないが、俺は、そんな気がしていた。


「どうだ、キリオ?」


 俺は重ねて問う。

 すると、かすかな驚きを顔に浮かべていたキリオが、表情を引き締める。


 その顔を俺は知っている。こいつが決意したときの顔つきだ。

 ケント君、これから大変だと思うけど、ウチの子のためだ。応援してるぜぇ!


「それがしは、今度こそ失敗したくないであります。そのために、己にできることは全てやりきるであります。五十年後、六十年後に愚かな選択をしないために……!」

「おう、その意気だぜ、キリオ」


 決心するキリオに、俺も自然と顔が綻んでしまう。

 そして、話が一通り終わったところで、キリオは盛大に息を吐き出した。


「……何ともお恥ずかしい。お耳汚し、失礼したであります」

「別に構いやしねぇよ。どっちにしろ眠れんかったしなー」


「それがしも、でありますな」

「にしても、おまえ、本当に異世界での失敗を引きずってんだな~……」

「当たり前であります~。死ぬ瞬間の記憶とか、それはもう最悪でありました」


 死ぬ瞬間、公開処刑、だったっけか。


「それがしの処刑が行われる直前、先にそれがしの妻の処刑が行なわれまして、これも公開処刑でありました。そんなもの見せられたらね~! で、ありますよ~!」


 やったことがやったこととはいえ、そりゃキツイ。

 ところで、キリオのカミさんってどんな子だったっけ……?


「おまえのカミさんってどんな子?」

「ああ、父上殿はご存じないかと。それがし、二回結婚してるであります」


 え、初耳。


「最初の妻は父上殿もご存じでしょう。ほら、あの森の国の」

「ああ、はいはい、あの子ね。覚えてる覚えてる。大恋愛だったよね~、あれも」

「で、ありますな。それがしにとって一生に一度の恋。そう思いました」


 実にバーンズ家な恋愛だったと記憶しているが、え、でも二回目の結婚って?


「妻に先立たれちゃったであります。病でありました」

「あら~……」


 病気は、種類によっては蘇生アイテムも通用しない。

 蘇生アイテム、便利ではあるけど万能ではないんだよね~。悲しいことに。


「二回目の結婚は、それがしが六十を超えてからでありました。惚れたのはどちらが先だったのか、気がつけば相思相愛となり、それがしから求婚をいたしました」

「どんな子?」


「とある巫女の家系の出で、結婚当時、十六でありました」

「おまえ、それはヤバいだろ。その、コンプライアンス的なあれこれがさぁ……」


 六十と十六て……。六十と十六て……!?

 おののく俺に、キリオはようやく普通の笑顔を浮かべて、


「傍から見ればそうも思えるでありましょうな。でも、それがしと彼女の間には、確かに通じ合うものがあったのでありますよ。そう、二番目の妻――、マリエとは」

「…………なぬ?」


 今、こいつ、何つった?


「キリオ君、キリオ君、あのさ、君の二番目の奥さん、お名前は?」

「どうしたでありますか、父上殿。そんなぎこちなく面白い表情を浮かべて」


「いいから、名前!」

「二番目の妻の名前でありますか。それなら、マリエ・ララノーラであります」


 うわー、聞き間違えじゃなかったー!

 そっかー、二番目の奥さんの名前はマリエかー、そっかー! マリエさんかー!


 …………まさか、な。

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