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第185話 とても簡単な『何かを守ること』についての話

 アキラから聞いている。

 キリオ・バーンズの異面体の能力は『無敵化』だ。

 外部からの攻撃でダメージを受けることがなくなる、人間要塞と化す能力だ。


「――『不落戴(フラクタイ)』!」


 早速、キリオが己の異面体を発動させる。

 ケントやタマキと同じ、自己装着型の異面体で、現れるのは剣、盾、マント。

 いかにも騎士という装備で、その身が青白い輝きに包まれる。


「さぁ、来るがいいであります、ケント殿! 身の程を知らせてやるであります!」


 キリオの声には、怒りの色が強かった。同時に自信に満ち溢れてもいた。

 どんな相手でも自分は絶対に陥とせない。そういう自信だ。


 ケントは、四肢に『戟天狼(ゲキテンロウ)』を展開し、アキラの話を思い出す。

 バーンズ家最強はタマキ。しかし、そのタマキと引き分けられるのがキリオ。


 家族の中で最も高い防御力を誇るキリオは、タマキでも攻め落とせない。

 まぁ、それはそうだろう。穴がない『無敵化』は、それだけで超強力な能力だ。


 正攻法で攻略するのは難しいジルーの異面体も、この能力で突破したワケだ。

 なるほど。おおよそ理解した。なるほど。なるほど。なるほど――、


「……だから?」


 ケントの口から漏れたのは、そんな一言だった。


「何が、でありますか?」

「おまえの異面体、すごいと思うよ。無敵化なんて、とんでもない能力だ」


「フ、フフンッ! そうでありましょうな、それがしの能力は家中においても破れる者がいなかった、最硬の能力でありますゆえ、ケント殿などが貫けるものでは――」

「でもやっぱおまえ、勘違いしてるよ。全然わかってねぇわ」

「…………」


 饒舌になりかけていたキリオの言葉が止まる。

 その顔が、ケントにぶっかけられた冷や水のせいで青ではなく、赤になっていた。


「ならば……」


 キリオが、歯を剥き出しにしてケントを睨む。


「ならば、攻略して見せるがいいであります! それがしのフラクタイを!」

「言っておくよ、キリオ・バーンズ。俺は――」


 ケントの姿が、消える。

 そして次の瞬間、キリオの体が、ケントの足払いによって地面に倒された。


「む……」


 仰向けに倒れたキリオの顔面スレスレに、ケントの右拳があった。

 上から、彼が拳を下に突き出していた。


「俺は別に、おまえを攻略しようだなんて思っちゃいない」

「何を……!」


 キリオが、腕だけで剣を振るう。

 しかし、すでにケントはいなかった。彼は大きく間合いを離して立っている。


「超加速。聞いていた通りでありますな」


 立ち上がるキリオが笑って盾と剣を構えてみせる。


「しかし、ただそれだけの異面体でしかないようであります。事実、今の足払いもそれがしは全くの無傷。実に非力。話にならんであります!」

「何だおまえ、気づいてないのか」


「む、何に、でありますか?」

「おまえはもう一回、俺に負けてるよ。無様なくらいにあっさりと」

「な……!?」


 驚くキリオに、ケントは淡々と告げていく。


「何を笑ってんだ? 何を誇ってんだ? 今のおまえは、俺に簡単に倒されて、顔に攻撃をくらったんだ。それの何を誇れるんだ? おまえは、俺に突破されたんだよ」

「と、突破……?」

「なぁ、キリオ・バーンズ。《《おまえには何が守れるんだ》》?」


 ケントの姿がまた消える。

 それに気づいてキリオが構えを深くしようとするが、その背後に、ケント。


「遅い」

「うっ、ぐあ!」


 死角から、キリオの羽織るマントの端を掴んで、引っ張った。

 そこに感じる重い手応え。異面体の効果で、キリオの体は何倍も重くなっている。


 だが、結果的にキリオは軽く転んでしまった。

 いかに体が重かろうと、重心の位置を把握すれば少ない力でどうとでもなる。

 そして、ケントははっきりとそれを看破していた。


「これで、二度目だ」


 転げたキリオの顔のすぐ横を、ケントがダンッ、と踏みつけた。

 キリオの顔をではない。その横の地面を、だ。


「おまえはまた、守れなかったな。キリオ・バーンズ」


 近くでそう囁いて、ケントがまたすぐに間合いを空ける。


「く、ケント殿、貴殿は……!」


 起き上がるキリオの顔から、余裕が消えている。

 しかし、ケントはまだそこに彼が抱いている『自負』を垣間見た。

 まだ、足りていないか。


「今のでもわからないか。おまえはまた、俺に突破されて負けたんだぜ?」

「何を言われるでありますか! それがしは健在であります。負けてなどいない!」


 キリオが、ケントに向かって剣をかざす。その声には強い憤りの色。

 プライドを傷つけられて、明らかにムキになっている。


「はぁ……」


 ケントはため息をついた。

 これはダメだ。全くダメだ。とことんまで叩き直す必要がある。


「団長はなぁ、攻撃特化すぎてこっちはあんまり得意じゃないから、仕方がないか」

「な、父上殿が何だというのでありますか!」

「俺が、聖騎士と呼ばれて得意になってるクソガキを教育してやるって――」


 言葉の途中、ケントの姿がまた消える。


「そう言ってるのさ」


 真横。キリオは対応できない。ケントは彼を、軽く突き飛ばした。

 当然重さの傾きを把握した上で、最小の力でキリオをその場に横倒しにする。


「三度目。おまえはまた、守れなかったな」

「くっ、だから、何の……ッ!」


 キリオが起き上がって剣を振るが、そんなモノはかすりもしない。


「なぁ、キリオ、俺はおまえに『守ること』を教えると言ったんだぜ。意味を考えろ。理解して、把握しろ。これは一対一の喧嘩じゃない。喧嘩にすらなりやしない」


 背後。こんどは背中を突き飛ばし、キリオを前に転ばせる。

 そしてケントの姿はその場から消える。次は、斜め後ろ。


「おまえはこう言ったんだ。『自分こそがタマちゃんを守るに相応しい男』だと。だったら、おまえが俺に示さなきゃいけないのは強さじゃない。おまえがどれだけ、守るべきものを守れるか、だ。それを示せない限り、おまえの言葉は空論だ」

「だから、それがしの力を、ケント殿に……!」


 キリオが剣を振るう。当たらない。そしてケントは、キリオを攻撃しない。

 ただ、死角に回って転ばせる。それを繰り返すだけだ。


「おまえ自身の防御力に、意味なんてない。そろそろ気づいてるはずだぜ、キリオ」


 間を空け、正面に対峙して、ケントはキリオの様子を見る。

 彼は、食い縛った歯を剥き出しにしている。その顔に浮かぶのは、強い悔しさ。


「気づいてるな。その通りだよ。俺は一度もおまえに攻撃をしちゃいない。ただ、おまえをその場からどかしてるだけだ。おまえの硬さなんて最初から考慮してないよ」


 無敵化。それ自体はすさまじい能力だ。

 タマキが攻めきれないという点からもその防御性能が窺える。大したものだ。


 だが、それは結局『自分を守るためのもの』でしかない。

 自分以外の何かを守るのならば、その能力は決定打にはなり得ない。


「おおよそわかったよ。おまえ、受けに回った経験が少ないな。自分達から攻める機会が多かったんじゃないか? その中でおまえは功績を挙げていったクチか」

「な、何故それを……ッ!?」


 キリオの顔色が変わる。当たっていたらしい。


「おまえの守り方が、余りにお粗末だからだよ」


 無敵だからと自信満々だったキリオは隙だらけで、転ばせるのは簡単だった。


「攻める側に立っての戦いの中での壁役。ああ、そりゃあ無敵化は役に立っただろうさ。敵は絶対に攻撃してくるんだから。だがな、キリオ。受けに回る戦いじゃ、おまえの能力の有用性は、半分以下どころか無一文にまで成り下がるんだよ」


 だって、無視すればいい。

 傷つかない騎士なんか、放っておけばいい。


 敵はキリオを殺せずとも、作戦目標さえ達成すればそれでいいのだ。

 傷つけられない騎士にこだわる理由も、必要もない。


「騎士は軍に属する。個ではなく群れで動く。おまえはきっと、軍を率いる戦いが得意なんだろうと思う。だが、何かを守りたいという意思は、個人が持つものだ。それを多人数で共有することだってできるだろう。でも大元は、根本は、たった一人の個人が持つ、個人的な欲求であり、願望だ。だったらそれを持つ本人が、まずは守りたいものを守れるようにならなくちゃ意味がないんだよ」

「……それは、く、ぅ」


 キリオは、反論できずにいる。

 彼は、ここまで一度たりともケントに対応できていない。

 ことごとく転ばされている。その事実が、キリオの口を重くしている。


「本当はここまでやる必要はないのかもしれない。守るだのなんだのは、令和の日本じゃあんまり機会がないことだとも思う。だけど、残念ながら俺にはその機会があった。だからおまえにもそのときが来るかもしれないそのとき、おまえが守れなかったせいで誰かが犠牲になるかもしれない。だから俺は、この機会におまえを教育する」


 夏のキャンプを思い出しながら、ケントははっきりと通る声で告げる。


「今の自分が、ただ硬いだけの、そこらの道路に転がってる小石と何ら変わらない存在だということを実感するまで、俺はおまえの矜持を踏みにじり続けるぞ、キリオ」


 そして、ケントの姿が消える。

 キリオは慌てて腰を落として構えようとするが、もう、転ばされた。


「遅いな。敵が動く前に構えを取れ」

「く、ま、まだまだ!」

「元気さは有り余ってるな。いいだろう。ここまで来たらとことんだ」


 ケントが再び離れて、そして、また仕掛けてくる。

 キリオは彼の姿を探そうとするが、何と真正面。驚くキリオは腕を取られる。


「敵が死角ばかりを突いてくると思うな。裏の裏だって十分にありうる」

「う、わぁぁぁぁぁ~~~~!」


 そのまま、キリオはケントに綺麗な一本背負いをくらった。

 彼の体が地面に落ちる頃には、ケントはすでに大きく距離をあけている。


「まずは自分の弱さを知れ。それから、守りたいものを守るにはどうすればいいかを考えろ。何かを守るなんて誰だってできることだ。体を張ればいいだけだ。あとは、どうやってそれを『自分を殺さずにこなすか』だ。守れることを誇るな。そんな無駄な自慢は心に綻びを生むだけだ。誇っていいのは『守れたという結果』だけだ」

「……くっ、は、はい!」

「もう一度だ」


 最初は対立していた二人だが、その関係性は奇妙な方向に変化していた。

 キリオのプライドを幾度も踏みつけながらも、教えることをやめないケント。

 当初こそ反発していたが、少しずつその教えを受け入れ始めたキリオ。


 両者の対決は相変わらず一方的だった。

 ケントの攻めを、キリオは一度も受け止めきれない。転ばされる。敗れ去る。


 けれどキリオは諦めない。

 何度も何度も立ち上がっては、ケントに「もう一度!」と求める。


 彼が見せていた聖騎士としての誇りは、もうどこかに消え失せていた。

 何十回、何百回と転がされ、全身を土にまみれさせながらキリオが懸命に抗った。

 だが、通算3069回目。ついにそのときが訪れる。


「ぐぅッ!」


 転がされた。また、ケントに転がされた。


「ぅ、う、はぁ、は……、はぁ……ッ! ま、まだ、ま……」


 言いかけて、その身を起こそうとして、キリオはその場に崩れ落ちる。

 彼を無敵化させていた異面体も、同時に消えた。キリオは、意識を失っていた。


「……ここまでだな」


 ケントも異面体を引っこめて、金属符を剥がした。

 気がつけば、辺りは夕暮れ。学校をすっぽかしてしまったが、ま、仕方がない。


「とりあえず、団長のアパートにでも連れてくか」


 自分も相当疲れてはいるが、それは完全回復魔法でどうとでもなる。

 ケントは、気絶しているキリオを背負って、軽く嘆息。


「根性だけはやたらあったなぁ、こいつ」


 どこまでもがむしゃらに突き進むところは確かにタマキに似ている気がした。

 だが、残念ながら『何かを守ること』はそれだけでは実現しえない。


「ま、必要なら、また教えてやるさ」


 言って、ケントは自分の言葉に軽く苦笑する。

 何だかんだあったが、どうやら自分はキリオ・バーンズが気に入ったようだった。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 ――数日後。


「ケンきゅ~ん! ケンきゅん、ケンきゅん、ケンきゅ~~~~ん!」

「お師匠様ァ~! お師匠様、お師匠様、お師匠様ァァ~~~~ッ!」

「げッ、バカ姉弟」


 その日の学校帰り、一人で帰ろうとしてたケントの前にタマキとキリオが現れた。

 校門前でのことである。笑顔で大きく手を振るバカ×2に、ケントは狼狽する。


「オイ、あれ、喧嘩屋と黒鉄の……」

「どっちも郷塚に用があるみたいだぞ……」

「やはり郷塚賢人、あの男こそが宙色の新たな伝説なのか……!」


 やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろォォォォォ~~~~ッ!


「あ、ケンきゅん逃げた! キリオのせいだからなー!」

「何を言うでありますか、お師匠様が逃げたのは姉貴殿のせいであります!」


 どっちもだ、どっちもォ~!

 即座に逃げを選びながら、ケントは言い合う姉弟に向かって胸中に叫ぶ。


「よし、追いかけるぞ~!」

「合点承知!」

「ぐわぁぁぁぁぁ~、逃げ切れねぇぇぇぇぇぇぇぇ~~~~ッ!?」


 防衛ならいざ知らず、それ以外の点でケントがタマキ達に勝てる道理はなかった。


「やだ~! ここ最近、伝説伝説言われ過ぎて、心が疲れてるんだよぉ~!」


 バカ姉弟に捕まったケントの嘆きが、秋の空にこだまする。

 喧嘩屋ガルシアの彼氏にして、黒鉄の風紀委員長の師匠、郷塚賢人。


 やがてその名は宙色、天月のみならず県外にまで轟き渡ることとなる。

 二人の最強を従えた真なる最強、伝説の男として。

 これは、バカとバカと、そのバカ二人に振り回されるかわいそうな中学生の話だ。


「誰か、俺をこのバカ二人から守ってくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇ~~~~ッ!」

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