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第183話 宙色市の新たなる伝説、郷塚賢人!

 百を超える聴衆の前で、世界を越えた姉弟の熱い抱擁だ。

 感動的な場面だ。

 実に、素晴らしいな。


「ちょっと待て、コラァァァァァァァァァァァァァァ――――ッ!」


 だけど、ケントはその瞬間、キレたのである。

 あのチビ、一体誰の許可を得て自分の彼女に抱きついてやがるのかッッ!


 ケントは駆け出した。

 別に『異階』でもないのに『戟天狼(ゲキテンロウ)』装着時に近い速度で。


 愛の力ってすごい。ただしこの場合、構成の99%は嫉妬だが。

 もちろんケントはわかっている。あのキリオはタマキの弟、バーンズ家の四男だ。


 だけど、日本じゃ二人に血の繋がりは、ねぇんだよォォォォォォォ――――ッ!


 と、どっかの三男と四女が結ばれた理由が、まんま嫉妬の理由になるケント。

 突入、乱入。そして、百人以上が見てる前で彼はタマキの腕を引っ張った。


「ケ、ケンきゅん!?」


 いきなりの彼氏の登場に、彼女は仰天するワケだが、抱きしめられてさらに驚愕。


「この子は、俺のだァァァァァァァァァァァァァァァァ――――ッ!」


 そして耳元に聞いてしまったのである、この、彼氏の絶叫を。


「は、ぁ、はぅぅ……」


 タマキの顔が、あっという間に真っ赤になった。瞬間沸騰だった。


「な――」


 と、抱擁を中断させられたキリオは一瞬驚き、鼻白むも、


「何でありますか、貴殿はァ~~~~!」


 すぐにその顔つきを険しくして、ケントを睨みつける。全身から、敵意が溢れる。


「俺ァ、この子の彼氏だァ! 何か文句あんのか、ボケェ!」


 ケントもケントで、完全に頭に血が上っていた。

 ここがどこで、周りに何人いるかも忘れて、大声でのこの主張。この宣言である。


「な、ッ、姉貴殿の、彼氏……ッ!?」


 キリオも再び驚くのだが、今回は、そっちはおまけであった。


「「「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォ――――ッ!」」」


 河原全体を揺るがさんばかりの、凄まじいまでの叫声。

 これには、脳みそグツグツ状態のケントも驚き、何事かと辺りを見回す。


「見ろよ、あのガキ! 喧嘩屋の彼氏だってよ!」

「嘘だろォ! あんな普通のガキがかよ!」

「どう見ても中坊だぜ、それなのに、喧嘩屋ガルシアの彼氏かよ!」


 色めき立ち、口々に騒ぎ出しているオーディエンス。盛り上がりがヤバイ。

 どのくらいヤバいかというと、渋谷のハロウィンパーティー以上の盛り上がりだ。


 いつの世もガキの話題は喧嘩(バトル)恋愛(ラブ)と相場が決まっている。

 つまり――、


「……やっちまった」


 明日の同級生への弁明どころの話ではなくなった。

 今、この瞬間、郷塚賢人は宙色市のワルガキの歴史にその名を刻んだのである。

 考えうる限り最悪の、悪夢の如き形で。


「よし、逃げよう」


 ケントの強さは、ここでビビッてではなく、冷静に逃走を選択できることだ。

 彼は、自分の腕の中にいるタマキへと呼びかける。


「タマちゃん、逃げるぞ、タマちゃん!」

「…………」


 しかし、何回呼んでも反応がない。あれ、と、ケントがタマキの見る。


「にゅぅぅぅあぁぁぁぁぁぁ~~~~……」


 彼が見たのは、真っ赤になって目を回しているタマキの姿だった。

 私、茹でだこでござい、ってくらいに、見事に真っ赤になって茹で上がっている。


「タマちゃァァァァァァァァァァァ――――ん!?」

「コラァ! そこの自称彼氏の不審者ァ! 姉貴殿を放すでありますよぉ!」


 そこに、キリオがズンズンと大股で迫ってくる。

 彼に来られたら、絶対に今以上にめんどくさいことになる確信があった。


「……サヨナラッ!」


 次の瞬間、ケントは最大倍率の強化魔法で肉体を強化し、その場から走り去った。

 何と、その両腕で昏倒しかけているタマキをお姫様抱っこして。


「うおおおおおおおおおお、どけどけどけどけェェェェェェ~~~~!」


 音にすれば『ドビュン!』という感じで、彼はその場を駆け抜けていった。

 そしてその様子を、キリオ含めた百人以上が、しっかりと目撃した。


 宙色・天月でも最強の一角と目されていた『喧嘩屋ガルシア』。――の、彼氏!

 その話、市内の中高生ネットワークを介してあっという間に広がっていった。


 ――この日、郷塚賢人は、伝説となった。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 ヤッベェ、チョーウケるんですけど!


「ギャハハハハハハハハハハハハハハハハッ! マジか、マジかァ~~~~!?」

「アハハハハハハハハハハハハハハハハハッ! お、おなか、超痛ァ~~いッ!」


 俺とミフユ、もう、爆笑も爆笑。捧腹絶倒。七転八倒。これは笑うわ~!


「ちょっと、こっちは超真剣なんすけど! 色々マズいんすけど!?」


 ケントの顔色が真っ青になってるのがまたヤバイ。面白い。お腹痛い。


「はぅあ~……」


 タマキは、ウチに敷いた布団の上に寝かせている。

 今はお袋が見てくれているので、任せておけば大丈夫だろう。問題はこっち。


「やっちまったなぁ、ケントきゅん!」

「うるせぇ、その呼び方で俺を呼んでいいのはタマちゃんだけだァ!」


 俺がポンと肩を叩いたら、ケントに思いっきり殺気を放たれてしまった。

 それが逆に面白い。俺ったら、また笑っちゃうんですけど?


「それにしても、キリオも『出戻り』してたなんてねぇ~。あ~、面白い!」

「勘弁してくださいよ、女将さんまで……」


 そうは言うけどねぇ、ケント君。これは笑わずにはいられないよ?

 普段は冷静で抑え役に回ることの多いこいつが、場を掻き回す側になるとか。


 異世界でもそんなこと、数えるほどしかなかった気がするぞ。

 それだからこそ、俺もミフユも、余計に面白おかしく感じちゃうワケなんですよ。


「あ~、明日からの学校生活ヤベェ~って、絶対……」


 ひとしきり笑い終えた俺達の前で、ケントが頭を抱えている。

 大変そうだよね~。今日のこと、絶対SNSとかで出回るよね~、情報。


「どうすんの、ケント?」

「どうすりゃいいんですかね~、実際。見当もつきませんよ……」


 そしてケントは、長く、長ぁ~く、ため息をついた。

 もはやどうしようもないと思うけどねー、俺は。覚悟決めるしかないんじゃね?


「ところで、バカ――、じゃなくてバカのことなんですけど……」

「ああ、キリオね。うん。あれもバカだね。ウチではタマキに続く第二のバカだね」


 いや、タマキと違って勉強はできるんだよ。

 でも間違いなくバカなんだよな。頭のいいバカともちょっと違うタイプの。


「どういうバカなんですか、あのバカ」

「ちょっと、両親目の前にしてそこまでバカバカ言わないでよ!」


 ミフユの抗議は真っ当だが、噴く寸前の顔で言っても説得力ねーんだわ。笑うわ。


「キリオはな、異世界じゃ、とある帝国で聖騎士の称号を授かったんだよな」

「とある帝国って、もしや……」

「そう、シンラがブッ建てた帝国。そこの騎士団長だったんよ」


 でも、いわゆるコネ入社、ではないんだよなー。

 キリオは純粋に自分の能力だけで聖騎士の称号を授かった。


 聖騎士になるまで偽名で騎士をやってて、称号授与後、本名を明かした。

 それまでは、シンラですらキリオが騎士やってることは知らなかったっていうね。


「はぁ~、それはすごいっすね」


 そこは素直に感心するケント。こういうところは好感が持てますな。


「でも、何でわざわざ偽名で騎士をやってたんすか?」

「カッコいいからだって」


「……は?」

「カッコいいからだって。偽名で騎士になって、そのあと正体バラす方が」

「…………うわぁ」


 ケント、おめめ真ん丸のマジドンビキ。


「バカだろ?」

「バカっすねぇ……」


 だが、そんな性格になったのにも、実は大きな理由があるのだ。


「キリオはね~、タマキが大好きなお姉ちゃんっ子だったから……」

「そうなんだよなー。あの性格も、だいぶタマキに影響受けてる部分強いよな~」

「あ~、何かわかる……」


 しみじみ言うミフユと俺に、ケントも深々うなずいた。

 一体、現場で何があったというのか、非常に興味をそそられますよ、こいつは。


「で、ケント君はそのキリオの前で言ったワケだ。自分がタマキの彼氏だ、と」


 俺がちょっとからかう意図でそう言ってみる。するとケントは、


「相手が誰だろうが言うに決まってるでしょ。タマちゃんの隣に立っていい男は俺だけなんです。正直、タマちゃんの隣に野郎がいるだけで、超絶ムカつきます」

「……だよなぁ」


 あ~、イイ! 最高! やっぱケントはイイなぁ! ごめんて、超ごめんて!


「でも、これでケントはキリオの粛清対象ぶっちぎりナンバー1になっちゃったわねぇ。どうなるのかしらね、これから。……ケントとしたら、笑えないわねぇ」

「まぁ~、どうにかしますよ。つか、あんたらにも協力してもらいますからね?」


 言うミフユに、ケントはジトッとした目で釘を刺してくる。


「いいぜぇ、キリオ関連についちゃ協力してやんよ。でも、宙色市の伝説の男となった件については知らんぞ! これからも新たな伝説を築いていけよな、郷塚賢人!」

「うるせぇわ、クソガキッ!」


 この日、ケントは俺の家に泊まっていった。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 ヒソヒソ。ヒソヒソ。

 コソコソ。コソコソ。


 音にすればそんな感じで、ケントは噂されていた。

 朝である。第一中学への登校中の話である。だけどもう、すでに、噂の的。


「マジかよぉ~……」


 噂をしているのは、同じく登校中の中学生達だ。本当にめんどくせぇ。

 ケントは肩を落としながらも、遠隔集音魔法、ON。


『ほら、あいつだよあいつ。郷塚賢人。あいつが喧嘩屋の彼氏だって……』

『えぇ……、郷塚って、あの郷塚? それが喧嘩屋ガルシアの~? マジで……』


『喧嘩屋ガルシアって女だったのか、知らなかったわ……』

「いや、待て。郷塚は彼氏宣言したけど、喧嘩屋が女とは限らないんじゃ?』


 ビキッと来た。


「喧嘩屋ガルシアは可愛い女の子だよ、ふざけんなァ~~~~ッ!」


 あまりにもヒデェ発言を聞いてしまい、ケントは反射的に声を荒げてしまった。


「あああああ、しまったぁ~……」


 直後、我に返ったケントは片手で頭を抱えるが、遅い。

 周りの学生達は揃って驚きの表情で彼へと視線を注いでいる。これはいけません。


「あ、あぁ~っと、早く行かないと遅刻しちまうなぁ~!」


 ケントは、わざとらしく声をあげて、足早に立ち去ろうとする。

 しかし、ちょうど曲がり角を曲がったその先で、


「おおっと!」

「うわぁ、っとと!」


 何と、口に食パンをくわえたキリオと遭遇してしまった。


「何でだよッ!?」

「もぐもぐむぐむぐ、もぐ~!」


 キリオは食パンを口にしたまま、ケントに指を突きつけて何かを言ってくる、

 もちろん、その内容はわからない。わかってたまるか。


「食うか喋るかどっちかにしろ! 登場のしかたといい、ベッタベタなんだよ!」


 遥かいにしえのラブコメかよ。と、内心にボヤくケントであった。

 そしてキリオが、食パンを一気に咀嚼し始める。


「もぐもぐ、ごっくん!」


 キリオが食パンをごっくんし、改めてケントに指を突きつけ、叫んだ。


「見つけたでありますぞ、自称姉貴殿の彼氏を名乗る不審者! それがし、貴殿に今この場で、正々堂々たる一対一の『果たし合い』を申し込むでありまァァァァす!」


 令和の日本で自分のことを『それがし』とか呼ぶヤツ、初めて見た。

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