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第182話 黒鉄の風紀委員長vs喧嘩屋ガルシア!

 これは、バカとバカと、そのバカ二人に振り回される片方のバカの保護者の話だ。


「ケンきゅ~ん! ケンきゅん、ケンきゅん、ケンきゅ~~~~ん!」

「げッ、タマちゃん」


 その日の学校帰り、同級生と一緒に帰ろうとしてたケントの前にタマキが現れた。

 校門前でのことである。笑顔で大きく手を振る彼女に、ケントは狼狽する。


「お、何だ何だ、誰だあれ?」

「うわ、スゲー可愛いんだけど! 郷塚ァ、誰だよあの子!」

「おおおおお、胸おっきいぞ、オイ……」


 色めき立つ男子中学生共。半笑いになるしかない、ケント。

 タマキは続けて「ケンきゅ~ん!」と溌溂笑顔で言ってきている。


「ぁ、ぁは、あははははははぁ~~~~」


 ケントは乾いた笑いを発しながら、手を振り返すしかない。同級生の視線が痛い。


「郷塚君、これはもしや?」

「まさか、あれなのか、あの女子は遥かいにしえに失われし伝説の――」

「カ・ノ・ジョ?」


 その瞬間、ケントは猛ダッシュを開始した。『脱兎!』って感じで。


「タマちゃん、一緒に帰ろうぜェ~~~~!」

「え、いいのか! ワァ~~~~イ!」


 タマキの手を取って、ケントは速攻で『逃げ』を選択する。

 後ろから、一緒に帰るはずだった同級生の怨嗟に満ちた声が聞こえてくる。


「郷塚のヤツ、逃げやがったぞォ~!」

「おまえ、覚えてろ! 明日、絶対話を聞かせてもらうからな~!」

「柔らかだったのかぁ! おっぱい、柔らかだったのかぁ!」


 まだ揉んだコトねーよ、チクショォォォォォォォ――――ッ!


 胸の中に絶叫して、ケントはその場を一目散に退散したのだった。

 タマキのスベスベな手は、しっかり堪能いたしました。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 ファストフード店に逃げ込みました。


「……ポテト」

「はい、あ~ん!」


 ぐったりしているケントに、タマキがポテトを差し出してくれる。

 それを口にしながら、彼は明日からの中学生活に立ちこめる暗雲を憂いていた。


「クッソォォォォォォォ、明日絶対吊るし上げだ……」

「どしたんだよ~、ケンきゅん。何か明日あるのか? イベントか?」


 と、明日くらうであろう吊るし上げの原因が申しております。

 ケントは、タマキに向かってポテトを差し出しつつ、


「俺ね~、タマちゃんと付き合ってること、まだダチに言ってないんすよ~」

「パクッ! もぐもぐ! ……何で~? 言えばいいんじゃねーの?」

「そうもいかないって。絶対めんどくさくなるって……」


 ケントは頬杖をついて、はふぅと息をつく。そして言う。


「でもそれはタマちゃんのせいじゃないんで、俺が言ってなかっただけなんで」

「うぐっ、さ、先回りされた……」

「でしょうねぇ。あんた絶対、自分のせい、とか思ったでしょ」


 ケントがタマキを流し見る。

 この少女、根が善良そのものなので、実は割と責任を感じやすい。

 ただしそれ以上に忘却の才能に溢れているので、一晩経つと大体忘れる。


「ま、中坊なんてね、恋愛に興味持ち始める時期ですからね。どーしても彼氏彼女持ちは過大過剰に持ち上げられちまうんですよ。それがめんどくさいってだけっす」

「それ、大丈夫なのか~?」


 向かい側に座るタマキが、やや心配げに言ってくる。

 それを目にて、ケントはふと思いつく。


「いや~、実は大丈夫じゃないかも~……」

「えっ!」


 いきなりテーブルに突っ伏したケントに、タマキが激しく動揺する。


「な、ダ、ダメなの! え、ぇ、え、じゃあ、えっと……!」

「あ~、大丈夫じゃないわ~。全然大丈夫じゃないわ~。これは困った~」


「マジか、そんななの!? あ、あの、ケンきゅん、オレにできることある?」

「……あります」


「何でも言ってくれよ、オレ、が、頑張るから~!」

「じゃ、デートしましょ。今度」


 顔を上げたケントは、ニッコリと笑っていた。

 一方で、タマキは「へ?」と動きを止めて、目だけが幾度かまばたきをする。


「見たい映画あるんすよ。一緒に行きましょ。どっすか?」

「え、い、いいけど。それで、何がどうなるの?」

「決まってるでしょ。俺が嬉しいっす」


 そうやって言って、ケントは笑みを深める。

 すると、タマキは頬を赤くして「い、行く」と小さな声でうなずくのだった。


 ヤッベェ、可愛い。本当に何なんだよ、この可愛い生き物は。

 何度も同じようなことを感じてしまうケントだが、可愛いんだから仕方がない。


「それにしてもよ~」


 ジュースをストローで飲んで、タマキがこんなことを言い出す。


「ケンきゅんって友達多いよなー」

「そっすかね?」


 言われても、実はケント自身はあまり自覚がない。

 確かに、話せる相手は周りにいるにはいるが、それは多いというほどだろうか。


「友達が多いってのはアレじゃないすか、タクマさんみてーな」


 ちょっと前、とんでもない事件に巻き込まれたバーンズ家の三男、タクマ。

 宴会中に起きた、彼の泣きながらのぶっちゃけには、ケントも驚かされたものだ。


 だが、彼は『片桐商事』という何でも屋を営んでおり、その名は広く知れている。

 ケント自身、タクマは非常に付き合いやすい人間だという印象があった。


「タクマは友達作る超能力持ってるから~」

「何とも言いようのない評価だ……」


 そんな彼が、あの喪女だったシイナとくっついたのだから、世の中は不思議だ。

 でも、二人が並ぶとスゲェお似合いに見えてしまうのも、また面白い。

 ケントは、そこで思考を一度打ち切り、タマキに尋ねる。


「っつか、タマちゃんも友達はいるだろ?」


 タマキの容姿と性格なら、男女問わず、ダチの一人でもいそうだが。

 ん? 男女問わず? ――男・女・問・わ・ずッ!?


 くっ、タマちゃんに男友達だと、どこのどいつだ、フザけやがって。殺してやる。

 と、頭の中に勝手に見えない敵を作り出し、ケントは一人で殺意に盛り上がる。

 その向かい側で、タマキが答えた。


「ん~、喧嘩相手ならいっぱいいる!」


 聞いた瞬間に、ケントは納得してしまった。


「あんた、喧嘩屋ガルシアですモンね……」


 宙色と天月では、タマキはタマキである以前に喧嘩屋ガルシアとして有名だ。

 そりゃあ、近づこうとするヤツなんてごくごく少数だろうな~。


「でも、言われてみると、普通に話すヤツってあんまりいないかも。田中ブラザーズも県外に引っ越しちゃったしなー。……あれ、オレってもしかして、友達少ない?」


 タマキは気づいてしまったようだった。


「タマちゃん……」

「な、何だよケンきゅん! やめろよ、何か視線がヌルヌルしてるよ!」


 生ぬるい視線をヌルヌルしてるとかいうな。斬新だな、オイ。


「いや、でも、仕方ないよ。タマちゃん、喧嘩屋だし」

「オ、オレだって友達いるモン! 昨日だって、ファンレターもらったモン!」

「へ~、ファンレター。……ファンレター!?」


 突然出てきた不穏なワードに、ケントがガタッと椅子を鳴らして立ち上がった。


「そ、そんなのもらったんか!」

「うん!」


 タマキは、いつもの元気な笑顔で大きくうなずく。

 それを見るケントの内心は、ちょっと、穏やかではいられなかった。


 ファンレター。ファンレター? ファンレター! ファ、ファンレターッ!?

 と、頭の中で行くか繰り返したのち、当然の帰結として辿り着くのは、


 ……それって、ラブレターなのでは?


 という、彼氏としては至極真っ当な危惧なのであった。

 そこでケントは、なるべく平静を装って、タマキに確認することにする。


「へ、へへへへぇ~~、フフフファファファファンレレレレレレタ~、か~……」

「どうしたのケンきゅん! ブレて残像ができてるよ!?」


 誰の目にも明らかなケントの挙動不審に、タマキは驚き、ハッとする。


「ファンレター、見る?」

「見ます」


 ケントの返答は光の速さに達していた。

 彼が睨む前で、タマキが鞄の中から『ファンレター』を取り出す。


「これだー!」


 タマキが笑顔で差し出してきたその表面には、大きくこう書いてあった。


 ――『果たし状』。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 夕刻、宙色市と天月市の境目にある河原にて。


「……何だァ、この数」


 空の上から眺めているケントが、そこに集まっている人の数にちょっとヒく。

 隣を飛んでいるタマキは、すでに瞳が輝き始めている。


「すげーな、いっぱいだなー!」


 集まっているのは、どいつも若い連中ばかりだ。

 中学生に高校生、あとは私服姿もいるが、二十歳を越えてるのはいなさそう。


 要するに、学生かヤンキーか、そのどっちかということだ。

 この河原に集まっている、おそらくは百人を超えるだろう方々は。

 彼らが今回の『果たし合い』のオーディエンスである。


「ここにいるんだなー、『黒鉄(くろがね)の風紀委員長』ってヤツが!」

「そーっすねー。何つ~か、団長じゃないけど、笑うわ、これは……」


 タマキが受け取った『果たし状』に指定されていたのが、この場所、この時間だ。

 ファストフード店にいた時点で、すでに指定時間の一時間前だった。


 そこで一応、見るだけというつもりで飛翔の魔法で来てみたワケだが。

 すごいことになっていた。まだ、人が増えつつある。何だこの一大イベント。


「『黒鉄の風紀委員長』ねェ……」


 その名は、ケントも聞いたことがあった。

 天月にある名門校の風紀委員長で、かなり風紀にうるさい人物とのことだ。


 その人物が有名になった理由は非常に単純。

 喧嘩が強いからである。

 曰く、天月の風紀は自分が守る、と、豪語して積極的に外で喧嘩をしてるのだ。


 何だ、その本末転倒。

 一周回って自分が風紀を乱してるだろ。


 初めて話を聞いたときはケントもそう思ったが、よくわかった。

 この『黒鉄の風紀委員長』なる人物、バカだな! タマキに通じる感じのバカだ!


 だってもう、恰好がヤバいモン。

 黒い詰襟の学ランに、左腕に筆文字で『綱紀粛正』と書かれた腕章。

 鼻に絆創膏をつけ、威風堂々腕を組んでの仁王立ち。


 そんな、見た目完全に昭和のクセに、ちっちゃい!

 高校二年のはずなのに、背がすごくちっちゃい! 160あるのか、あれ?


 顔も童顔で、小学生のコスプレと言われても通用しそうな勢いだ。

 だが、容姿と強さが比例しないのは、タマキでよく知っている。とはいえ、


「何だよ、果たし状って。昭和かよ……。付き合ってられるかよ。ねぇ、タマ――」


 言い終える前にケントは気づいた。タマキがいない。

 イヤな予感が背筋を駆け抜けて、次の瞬間にはそれは現実のものとなっていた。


「やいやい! おまえか『黒鉄の風紀委員長』ってのは!」


 いつの間にか着陸していたタマキが、風紀委員長に指を突きつけていた。


「タ~マ~ちゃ~ん~~~~!?」


 タマキの出現に、対決を見守るオーディエンス達の間にどよめきが生まれる。


「オイ、何だあの女!」

「あいつだよ、あいつが喧嘩屋ガルシアだ!」

「喧嘩屋ガルシア、まさか女だったなんて……ッ!?」


 うわぁぁぁぁぁぁ、もう無理だぁぁぁぁぁぁぁ! 隠れられねぇぇぇぇぇぇぇ!?


 ケントが、空の上で頭を抱える。

 見るに、タマキもやる気満々のご様子だ。果たし状にテンションが上がってる。


「クソッ、タマちゃんはあとでお説教だ!」


 毒づきながら、ケントはバレない場所に着陸して、河原へと急ぐ。

 彼が到着する頃には風紀委員と喧嘩屋の間にすっかり熱い空気が醸成されていた。

 完全に、バトルモノの雰囲気だ。


「ついに、決まるな……」

「ああ、これが事実上の宙色・天月の最強を決める一戦だ」


 ケントが見ている傍らで腕組みをした学生が二人、重々しい雰囲気で話している。


「……片や、天月の闇に躍るストリートの伝説、喧嘩屋ガルシア」

「……片や、名門・煌星学園の異端児、鋼の男、黒鉄の風紀委員長」


 待って、煌星学園って毎年東大合格者が出るようなガチ名門じゃないっけ?

 何でそんな学校の風紀委員長がここで喧嘩屋と対峙してるの?


「かつての強者達は、皆、どこかへと姿を消していった」

「ああ、宙色の北村理史、天月の司馬誡徒、最近だと弓削清晴――」


 あ、それ大体、ここにいない小学二年生の餌食にされた連中だ。

 弓削清晴だけは、今、そこでバトルモノしてるタマキがやったヤツだけど。


「かつて『三強』と謳われたこの三人も、噂によれば喧嘩屋に敗れたらしい」

「何ッ、あの噂は本当だったのか。伝説の、喧嘩屋の『女磨き』……!」


「ああ、事実だ。さる信頼できる筋から得た情報さ」

「喧嘩屋ガルシア、女の身でありながら、最強への道を歩もうというのか……!」


「眩しいな。かつての俺達を見ているようだ……」

「ああ。どこまでもつき進め、喧嘩屋ガルシア。かつての俺達のように――」


 おまえらは何なんだよ。と、思うケント。

 さらに『さる信頼できる筋からの情報』が全然違ってて、噴きそうになるケント。

 こういった、後方腕組み兄弟子ヅラが、そこかしこに見て取れる。何これ。


「おお、始まるぞ!」


 と、オーディエンスの誰かが言った。

 途端に、場が『ワァッ!』と盛り上がる。そして、そこに歓声が上がった。


「『黒鉄の風紀委員長』伊集院霧生(いじゅういん きりお)と喧嘩屋ガルシアの対決だ!」


 ――ん? きりお? んん?

 その名を聞いて、ちょっとケントがいぶかしむ。その名前、つい最近どこかで?


「うおおおおおおおおおおおおおおおおお――――!」

「どりゃあああああああああああああああ――――!」


 ケントが思い出す前に、霧生とタマキが互いに叫び、地を蹴った。

 百を超える数の人間が見守る中、今、二人が最強をかけて激突――――ッ!


「姉貴殿ォ~~~~!」

「キリオォ~~~~!」


 とかはなくて、熱い熱い抱擁が交わされるのだった。


「何と、喧嘩屋ガルシアとは姉貴殿でありましたかぁ~~~~!」

「何だよぉ、おまえも『出戻り』してたのかよぉ~~~~! キリオ~~~~!」


 はしゃいで叫ぶタマキを見て、ケントは思い出した。


「……四男じゃん」


 ケントは、思った。

 タマキの他に、もう一人バカが増えた、と……。

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