第180話 片桐商事は今日も元気に営業中です!
何か色々ありましたねー、9月。
はい、そんなワケで晴れて本当に彼氏ができました、シイナ・バーンズです。
そして本日は『ドキドキ! 彼氏のおうちにご訪問!』です。
「結婚資金、ねーわ。ごめん」
そしてこちらが、午前中に来た私に浴びせられた、彼氏からのお言葉です。
「? ……? …………?」
「うっわ、ものすっげー宇宙猫ヅラじゃん。うっける~!」
「いやいや、うっける~! じゃないんですよ、タクマさん! 何事です!?」
別にいきなり結婚とかの話をするつもりはありませんよ?
でもね、さすがにいきなりその一言は試合開始0秒でKOな感じなんですよッ!
実況と解説の人も出番なしで終わっちゃうパターンなんですよぉ!
「せ、説明を……、説明を要求します!」
「ミニバス買い換えたら貯金がなくなった。俺は悪くない。以上っしょ!」
うわぁぁぁ~~、本当にタクマさん、何も悪くないぃ~~~~!
ちょっと前の『魔薬』の騒動で、タクマさんのミニバスは壊されてしまいました。
修理を試みてはみたものの、結局はそれも叶わず、廃車となったのです。
「自家用車はあンだけどなー。それじゃ仕事になんねーんだわ」
「そ、それはそうですよねぇ~……」
タクマさんのお仕事はいわゆる『何でも屋』。
市内を車で回って、数々の依頼をこなす、タクマさんらしいお仕事です。
街を走るだけなら普通の車で十分です。
問題は、色んな業務に対応するための各種道具の置き場、なんですよねー。
ミニバスが必要な理由も、大半がそれなワケですから。
タクマさんの異面体ならおおよそのお仕事には対応できますが――、
「家主が見てるとこで異面体は使いたくねぇんだよなー」
と、いうことで、やっぱり道具も必要なんです。
まぁ、そういう事情でしたら仕方がないですよねー。
「まぁ~、別に今すぐ結婚とかは考えないでいいですよ~。私は急ぎませんので」
「えっ、そうなんッ!?」
何か、露骨にビックリされましたよ?
「何ですかタクマさん、その反応……」
「いや、俺ァてっきりシイナはもう今すぐ結婚したくて仕方がない、謎の『結婚しないと死ぬ死ぬ病』に冒されてるかわいそうな喪女の成れの果てかと――」
「今日までお世話になりました、タクマ君! 明日からは姉弟でよろしく!」
私はニコニコ笑顔で、タクマ君にペコリとお辞儀をしました。
「待ってくれシイナ、その呼び方は俺に効く……!」
「タクマさんが売ってきた喧嘩でしょ! それを買ってやろうってんですよ~ッ!」
築三十年を超える木造二階建ての借家に、私の声が響き渡りました。
喧嘩ならいつでも買いますよ、指相撲でねッ!
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
事件は、幕を閉じました。
黒幕だったユウヤさんもいなくなって、もう一人も、消え果てました。
――そうです、マヤ・ピヴェルさんです。
父様の異能態によって、彼女の存在は抹消されました。
本来であれば私達の記憶からも消えるはずですが、何故か私だけは覚えています。
え、アンテナの影響? 何のことです?
タクマさんですら、マヤさんのことは覚えていません。
異世界で自分が結婚した事実までは覚えてるんですけどね、あの人。
父様の異能態の能力って、遠い過去に起きた事実までは修正されないようです。
あと、多数の人間が関わった規模の大きい事実も、修正されないらしいです。
小さい規模なら、それを穴埋めする別の出来事が発生するんですって。
その辺、ちょっと小難しい感じですよね。
バタフライ・エフェクト、とかでしょうか。私はアレ、よく知りませんけど。
マヤさんがタクマさんを手伝っていた事実は、消えました。
でも、マヤさんが発端となって起きた『魔薬』に関する騒動は消えませんでした。
この二つは、規模の小さい出来事と大きい出来事の例、という感じですね。
どこで線引きされるかは、さすがにわかりません。それこそ神様の采配でしょう。
なお、ジルーが製造した例の『魔薬』は、宙色市にかなり広まっていました。
今現在も、まだ警察は対応に追われています。
おかげで菅谷真理恵さんと飲みに行く機会が連続で潰れております。おのれ。
まぁ、どっちにしろ私達が関わった事件は、終わったんです。
そして私とタクマさんは、長年抱え続けたトラウマからも解放されました。
すごいですね。世界が変わりました。
今の私は『普通』であることに対してこだわりを持ちません。
……キャラが薄くなったとかいうのはやめてください。本当にやめて。
でも、こだわりこそなくなりましたが、私はやっぱり小市民です。
だって、そんな大きな夢とかは特にありません。
前と同じで、結婚して、子供ができて、家族で幸せに過ごせたらいいな、って。
それくらいのささやかな夢しかもたない、どこにでもいる占い師です。
ただ、前と違うのは、夢を叶える見込みが立ったことでしょうか。
一人で苦しみ続けた私の隣には、今は、一緒に歩いてくれる人がいます。
一人じゃなくて二人。
差としては小さいですが、それはとても大きな違いです。
何故なら、今の私はこんなにも『安心』しているんですから。ほら、全然違う。
私とタクマ君の物語は、これで終わりです。
そしてこれからは、私とタクマさんの物語が始まるんです。
まずは、二人で一緒にお金を稼ぐところからでしょうか。
近いうち、私は今住んでいる部屋を引き払って、タクマさんの家に引っ越します。
つまり同棲開始です。
う~む、同棲。いい響きですね!
短大の同級生に散々マウントを取られた忌まわしき単語でしたがッ! がッ!
いざ、自分がするとなると、途端に違う輝きを放ちますね。
フフフフ、これで私も短大の知り合いと同じラインに立てました。見てろよ~!
あと、お仕事は結婚するまではやめません。
今日も今日とて、駅ビルで占い師のミスティック・しいなです。
タクマさんと二人三脚、結婚資金とおうちを買い取るお金を貯めるのです。
彼の貯金が底を尽いてしまったので、ちょっと時間はかかるかもですが。
……母様に相談しようか、という話も出ました。でも、
『え、結婚資金? 家のお金? 何よ、そのくらい結婚祝いでくれてやるわよ! ほ~ら、プールと庭付き新築一戸建てよ、ありがたく受け取りなさい、ドーン!』
って、してくるのが目に見えてるので、それはやめておきました。
価値観が、私達の金銭感覚が、確実に跡形もなく粉砕されてしまいます!
お金持ち怖い。
私とタクマさんの共通見解です。
父様もよく、あの母様と普通に付き合ってられますよねー。
まぁ、あれで母様、家計という分野になると途端にキッチリしだすんですけどね。
そこはやはり、バーンズ家を支えた主婦であり母親ですから。
母親か~。私もいずれはそうなるのでしょうか。なれるのでしょうか。
ちょっと想像つかないというか、想像しようとするとドキドキして死ぬというか。
まぁ、何ですかね。しばらくは二人でラブラブしたいのが本音ではありますね。
本当に、本当に、やっとですからね、私達。
異世界から数えて、何年経ったんでしょうか、最初に告白されてから。
80年? 90年?
下手すれば100年超えるかもしれないですねー。
長かったなぁ~……。
でも、やっと報われました。やっと、あの人と一緒に。……エヘヘ。
あとは、タクマさんも変わりましたね。
わかりやすいところだと、普段の言葉の中に混じってた『ッ』がなくなりました。
あれは『普通の仮面』を被ってるときに出るクセみたいなものです。
彼はもうそんなものは必要ないので、自然と出なくなりました。
それでタクマさんの性格が変わるかっていうと、そんなことないんですけど。
あの人、別に『普通の仮面』がなくても元から根明なんですよ。
つまり陽キャ! 誰とでも仲良くなれる系コミュ強!
一方、私は私でトラウマがあろうがなかろうが、引き続き陰キャ! 小市民!
……人って、根っこの部分はそうそう変われませんよね。
変わった部分、変わらない部分、全てをひっくるめて、タクマさんと私です。
でも、変わって欲しいことはありますね。……年の差。
タクマさんが現在二十一で、私が二十六です。
この五歳差が、微妙に私の肩に重くのしかかってきます。
い、異世界では一歳差だったのにぃ~!
仕方がない。仕方がないのです。
こればっかりは、仕方がないと思うしかないのですッ!
「お~い、シイナ~」
と、台所の方からタクマさんが私を呼ぶ声がします。
現在、お昼ご飯を作ってくれているのですが、はて、何かあったのでしょうか?
「すまねぇ、米、切らしてたわ」
「は?」
「買い置きしてなかったわ。よって本日、昼は外食けってー!」
「はぁ~!?」
ちょっと待ってください、タクマさんの手料理、楽しみにしてたんですけど!
「次、次は絶対に俺が作るから! 勘弁してくれ! な!」
頬を膨らませる私に、タクマさんが手を合わせて謝り倒してきます。
む~、この野郎。素直に謝ったら私が強く出れないの知ってるクセにぃ~~!
「タクマさん、午後にお仕事あるって言ってましたよね?」
「一応な~、お得意様から頼まれてるのが、二件ほど」
「お昼ご飯食べてから行くんですよね?」
「ま、そういうことになるっしょ」
本日は私が休日でした。
午前中をタクマさんの家で過ごし、午後は一人でお買い物の予定だったんです。
う~む、こうなったら仕方がありません。予定変更です。
「わかりました、私も一緒にお仕事についていきます」
私がそう言うと、タクマさんは目を丸くしました。
「……マ?」
「マ、ですよ。私は今日はタクマさんの手料理を食べる日なんです!」
もう、そう決めちゃってるんです。
ならそれが、昼だろうが夜だろうが関係ありません。食べるんです、絶対!
「その代わり、お手伝いできることは何でも手伝いますから」
「マジか~、ん~、わかった。そんじゃ仕事終わったら、買い出しだな」
「はい♪」
かくして、私とタクマさんは、買ったばっかりのミニバスに乗り込みます。
「昼、何食いたいよ?」
「う~ん、お任せします。市内のお店なら、タクマさんの方が詳しいでしょ?」
「うおおおおお、かかる期待の重さに身が引き締まる思いだぜぇ~!」
何言ってるんですかね、この人は。全く。
「んじゃ、出発すんぜ~!」
「は~い!」
号令と共に『何でもやッたる片桐商事!』と描かれたミニバスが走り出します。
私は運転席の一番近くの席に座って、彼の横顔を眺めます。
「うん、今日もカッコいいですね」
「あ~? シイナ、何か言ったか~?」
「い~え~、別に何も~!」
私が笑ってかぶりを振って、視線を前に移します。
そういえば、タクマさんのお仕事を見るの、今日が初めてです。楽しみだなぁ。
――片桐商事は今日も元気に営業中です!