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【連載版】出戻り転生傭兵の俺のモットーは『やられたらやり返しすぎる』です  作者: 楽市
第八章 安心と信頼のハードモードハート

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第179話 北大路麻夜のハートブレイク

 次はマヤ、だが――、


「ミフユ。おまえがやれよ」

「……アキラ」


 俺は、ミフユに促す。

 他の皆が、俺ではなくミフユの方を見る。


「おまえが、やりたいんだろ?」

「わたし、まだ何も言ってないけど……」

「バカ、わかるよ」


 明らかにユウヤよりもそっちを気にしてたじゃねぇか。

 まぁ、そうならざるを得ないんだろうけどな、今回の一件の場合は。


「いいのね? 好きにやるわよ?」

「ああ、いい。全部、おまえに一任する。おまえが締めろ」


 そしてミフユはうなずいて、マヤを蘇生させた。


「……はッ! タクマ!?」


 目を覚ましたマヤは、まず何より、タクマを気にする。

 それだけを見ればいつも通りのマヤだが――、


「タクマは、ここにはいないわよ、マヤ」

「ミフユ、さん……」


 わざわざ前に立って告げるミフユに、マヤはしばしその顔を呆けさせる。

 ミフユは、優しく微笑んだ。


「いいのよ、そんな他人行儀な呼び方をしなくても。昔みたいに『ママ』でいいわ」

「ミ、ミフユさ――、ママ……」


 ミフユがマヤを気にしていた理由。それがこれだ。

 十年近く預かっていたマヤは、ミフユにとっては半ば娘。十六人目の子に等しい。


 そもそも、バーンズ家でマヤを預かることになったきっかけがミフユの縁だ。

 ミフユの娼婦時代からの友人だった『魔女』リオ・ピヴェル。

 マヤの母親でもあるリオは、娘が一歳のときに伝染性の死病に冒された。


 リオは天涯孤独で、病も人にうつるものだったため、娼婦も続けられなくなった。

 見かねたオーナーのリリスから頼まれ、マヤをウチで預かることになったのだ。


 だがほどなくリオは他界し、独り立ちするまでマヤはウチで育った。

 その意味でも、ミフユはまさにマヤの母親代わり。いや、母親そのものだった。


「ねぇ、マヤ。どうして、ジルーと結託なんかしたのかしら? そんなにタクマが好きなら、下手なことを考えず真正面からぶつかっていけばよかったんじゃないの?」


 諭すように言うミフユの姿は、まさしく娘に言い聞かせる母親のそれだった。

 しかし、タクマの名を出した途端、マヤの顔は厳しく歪む。


「それじゃ意味がないのよ、ママ! あたしはそれで、一回失敗してるのよ? タクマを、あたしのところに繋ぎ止めることができなかったのよ! わかるでしょ!」

「…………」


 猛るマヤを、ミフユは表情を変えずに眺めている。

 マヤは自分の爪をかじりながら、幾度もタクマの名を繰り返し、ブツブツ呟く。


「タクマ、タクマ、タクマ……、何でよ、何であんなシイナみたいなおばさんなのよ。絶対にあたしの方があんたには似合ってるのに、何でなのよ、タクマ」

「マヤ」

「何よ、ママッ!」


 冷静なままのミフユに、マヤの方はさらに怒りをあらわにする。

 その様子は、傍から見ていてすでに尋常ではない。


「ジルーの魅了薬(クスリ)なんて使って、『魔血』まで持ち出して、それでタクマを篭絡できたとして、あんたは胸を張ってタクマを手に入れたと言えるの?」

「言えるわよ、当たり前でしょ! だってあたしは『特別』なのよ? あたしは最も濃い『魔血』を持って生まれた『魔女』の中の『魔女』よ! そしてタクマは、そんなあたしの『魔血』に一番強い適性を示したんだから、あいつは運命の人なのよ!」

「……そう」


 自らの出自とタクマへの愛を高らかに謳うマヤと、平坦な声のままのミフユ。

 極端なほどに対照的な態度の二人。だがミフユはその振る舞いを崩すことはせず、


「マヤ、わたしはあっちであんたに何度も言ったわよね。あんたは出自は特殊であっても、他の子と一緒で『特別』ではないって、何度も、言い聞かせたわよね?」

「うるさいわね。『魔女』でもない女が、あたしの『血』についてとやかく言うんじゃない! 前の世界でも、ママのそういうところ嫌いだったわ!」

「――そう、わかったわ」


 マヤがどれだけ叫んでも、罵っても、ミフユの態度は変わらない。

 その様子に、タマキがゴクリと生唾を飲んだ。


「もう一つ、聞くわ。マヤ」

「何よ!」


「あんたはタクマが『特別』だから『種』を植え付けたのね? タクマに目をつけて、その心が欲しくなったから、自分の異面体の影響下に置いたのね?」

「ええ、そうよ、ママ。そう、そうよ! 異世界でのタクマの人生は、確かにあたしの手の中にあったのよ、最後まで! なのに肝心のタクマは手に入らなかった!」


 吼える、吼える。マヤが吠える。

 だが、あいつは気づいているのだろうか、その叫びに周りの誰も反応していない。

 皆、むしろ静かな調子のミフユの方にこそ、意識を傾けている。


「最後にきくわ。何で、シイナにまで『種』を植えたの? そのときには、まだ何も起きていなかったはずよ。それなのに、どうしてそんなことをしたのかしら?」

「そんなの決まってるでしょ。あの女が気持ち悪かったからよ」


 マヤは、こともなげにそう言ってのける。どう聞いても、最悪の答えを。


「あいつは最初から変だと思ってたわ。他の子と違ってた。だけど『特別』はあたしだけでいいの。他の『特別』なんか認めないわ。だから『種』を植えてやったのよ。これで、あたしが上。あいつが下。格付けをしたのよ! ハハハ、ざまぁみろ!」

「うん、わかったわ。よく話してくれたわね、マヤ」


 ゲラゲラ笑ってるマヤに、ミフユが優しく笑いかけた。

 それを見て、何とマリクまでもが「ひぇっ」と怯えの声を発してしまう。


「フフフ、アハハハ! そう、ちゃんとお話できたのね、あたし! だったらママ、タクマはどこよ? どこなの? 教えてよ、あたしが迎えに――、ぐぶぅッ!?」


 質問するマヤへ、ミフユが返したのは実に見事な右ストレート。

 仰向けに倒れたマヤの前で、全身にオーラを揺らめかせてミフユが立ち上がる。


「あ~、キレそ。……いや、キレてるわ。ホント、自信なくすわ~」

「マ、ママ、何、を……ッ!?」


「もう『ママ』呼びはいいわよ、マヤ・ピヴェルさん。あんたウチの子じゃないし」

「え……?」


 あっさりと、実にあっさりと、ミフユは家族としてのマヤを切り捨てた。


「やれやれ、子育てってやっぱり大変よね~、アキラ。十五人育てても、未だに自信持ててないわよ、わたし。ここにこんな失敗作がいるワケだし。あ~、凹むわ」

「し、失敗作? あたし、が……?」


 マヤが信じられないという感じに言うが、他に誰がいるというのか。

 そして、どうやらマヤは気づいていないようだ。


 ――ミフユの周囲に渦を巻いている、目に見えない力に。


「ねぇ、マヤさん。わたしが何であんたから話を聞いたと思う? お母さんが子供を諫めるためだと思った? それとも、あんたの味方になるとでも思った?」


 渦が、激しさを増していく。

 そしてそれは徐々に虹色の光の粒子を帯びて、ミフユを包んでいく。


「ま、どれもハズレよ。正解は、わたしの中の怒りを最大限まで高めるためよ」

「ぁ、あ、そ、その姿……ッ」


 マヤが顔を青くする。力の渦の中で姿を変えていくミフユに激しく戦慄している。

 ミフユは自分と周りの皆の怒りを煽って、そこに『共感』を作ったのか。

 あいつが『アレ』を発動するためには、強い『共感』が必要となるからな。


「はぁ~~、ホンット凹む。あとでアキラにいっぱい甘えるわ~、わたし」


 ため息まじりに言うその姿は、無色透明。

 左胸に、七色の光を宿したクリスタルのハート。そして彼女は変質を終える。


異能態(カリュブディス)――、『|NULL/POINTERヌル・ポインタ』」


 その名を呟いた瞬間、マヤの体が突如浮遊する。


「え、ぇ、体が……ッ!?」

「『空中に磔になる設定』と『首以外は動けなくなる設定』を付与したわよ」

「何、何? な、何なのよ、これぇぇぇぇ~~!?」


 いきなり空中に磔にされたマヤが、声を裏返らせて叫ぶ。

 ミフユの異能態、NULL/POINTER。

 その能力はその場の空間、物体、人物に自由に『設定』を付与できる、半全能。


「ガ、ガラ……」

「『異面体を使えなくなる設定』と『魔法を使えなくなる設定』を付与したわ。これであんたは無力。ただの『普通』の小娘よ、マヤ・ピヴェル」

「う、嘘でしょ、ママ……ッ!?」


 ショックに目を剥くマヤを無視して、ミフユは収納空間から包丁を取り出す。


「マヤ、あんたは自分が『特別』だっていうけれど、その理由は『魔血』にあるって言ってたわよね。最も濃い『魔血』を持つ自分は『特別』な『魔女』だ、って……」

「待って、ママ、その包丁は何? 何をする気なの……?」

「こうするのよ」


 ミフユが、真っ白い聖剣包丁を動けずにいるマヤの腹にブスリと突き立てた。


「あ、ぁぁぁ、ああああああああああああああああああああああああッ!?」

「大げさね、そこまで深く刺しちゃいないわよ」


 包丁をマヤの腹に残したまま、ミフユはその場を離れる。

 そして言った。マヤにとっての最悪となる宣告を。


「あんたの中から、血液を全部抜くわ」

「……ぇ、え?」


「今、あんたに『血がなくても生きていられる設定』と『おなかに全血液が集中する設定』を付与したわ。これで、そのおなかの傷から、どんどん血が出ていくけど、あんたはそんなの関係なく生きてられるわ。失血死がない体なんて素敵ね、マヤさん」

「ぅ、あ、そ、それは、それ、は……、ぁぁ……ッ」


 ミフユの言わんとしていることを理解して、マヤの顔が最大限の恐怖に歪む。

 その目はこれ以上なく見開かれ、大きく開けた口からひゅうと息が漏れる。


「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ! やだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ! ママ、やめてお願いママ、それだけはイヤ! イヤよぉ、それだけはイヤァァァァァァァァァァ――――ッッ!」

「あんたのママは、ここにはいないわ」


 悲鳴を迸らせ、泣き叫ぶマヤを、ミフユは冷たく突き放す。

 これは躾けではない。体罰でもない。もちろんお仕置きでもない。これは処刑だ。


「あんたが誇っていたものがただの赤黒いシミに変わっていく様を、その目でしっかり見届けなさい、マヤ。悔いる必要はないわ。謝罪もいらない。苦しんでくたばれ」


 そしてミフユが、無色透明なまま俺の方にテコテコ歩いてくる。


「わ~ん、アキラ~! チョ~凹むんだけど~! よしよしして~、だっこして~、甘やかして~! も~、こんなんじゃお義母様に顔向けできない~! 腹立つ~!」

「はいはい、何でそこでお袋が出てくるのか知らんけど、よしよし」


 俺は、求められるがままミフユの頭を撫でてやる。

 異能態発動時のこいつって、肉体がくらげのNULLと同化してるのよね。

 だから、触ってみると人のときと違って手触りがプニプニしておられる。


「イヤぁぁぁぁぁ~~、イヤ、イヤ……、ママ、許して、ごめんなさい。もうしないから、お願い、お願いだから許して、許してぇぇぇぇぇ――、ぇ、ぇ……ッ!」

「だから、あんたのママは、ここにはいないっての」


 俺に撫でられながら、ミフユは再びそう切って捨てた。

 そこからは、俺達にはくつろぎの、マヤにとっては地獄の責め苦の時間となる。


「あああああああああああああああああああああああああああああ、血がァ、あ、あたしの血がぁぁぁぁぁ~、あ、あたしの『魔血』が、抜けていくぅぅ、ぅッ、い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ、やめてぇぇ……、助けてェェェェェェ~~~~ッ!」


 マヤの途切れることのない悲鳴を苦悶の声をBGMに、俺達はババ抜きをする。


「ちょっと、何でこっちにババが来るのよ!」

「やった、ババがおかしゃんの方に行ったぜ~!」


「くっ、やるわねタマキ! こうなったらタマキに『ババ抜きで勝てない設定』を付与してやるわ! それでわたしの勝利は確定よ! わたしこそがチャンピオンよ!」

「うわ、きったねぇ! おかしゃん、最低だ!」

「勝てばいいのよ、勝てば~!」


「勝利のために見境なくしすぎてるの、かな~り笑うが?」

「全然勝てないこっちは、少しも笑えないのよぉ~!」


 と、俺達は和気あいあいとお泊り会を楽しみ続ける。

 その間にも、マヤの腹からはドクドクと血が流れ出て、その身は色を失っていく。


「うぁぁぁぁぁ、ぁ、ぁぁぁぁぁ、ぅぁぁ、ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」


 大方流れ出る頃には、マヤの生命力もすっかり衰えて、声も小さくなっていた。

 そして、最後の一滴がついに体外へと出て、床へと落ちる。


「終わったわね」


 察知したミフユが、マヤを束縛から解放する。

 声はなく、床に落ちる音だけ響く。血を失った体が立てる音は、ひどく軽かった。


「ぁ、あ、ぁぁ、血、あ、ぁ、あたしの、血、ぁ、たしの『魔血』……」

「なめさせないわよ」


 その場にうずくまって、床に溜まった血に顔を近づけるマヤ。

 だが、その血はあっという間に乾いて、ミフユが言った通りの赤黒いシミと化す。

 それを、ミフユが上から踏みつけ、踏みにじる。


「気分はどうかしら、マヤさん。今、あんたの中には一滴の血も流れちゃいないわ。あんたが誇ってた『魔血』は完全に失われた。ねぇ、どう? どんな気分なの?」

「うぅ、うう、ぅ……」


 腕を組み、見下ろすミフユに、マヤは顔を俯かせて静かに泣き出した。


「な、何でよ、ママ、何で、こんなひどいことを……、ぅ、うぅ……」


 己の『特別』たる理由を失い、さめざめ泣くマヤに、ミフユはフンと鼻を鳴らす。


「バカね。そうやって泣くことすらできない子の分まで、あんたを苦しめるために決まってるでしょ。――それより、何でもう終わった気になってるのかしら?」

「え――ッ」


 ミフユの言葉に、マヤは泣くのをやめて顔を上げる。

 そして、その目に見たのは、黒い炎の渦に包まれ、変質していく俺の姿。


「ああ、そうだな。まだ終わってないぜ。俺の分がな」


 俺はミフユに締めろと言った。だが、それに協力しないとは言っていない。

 ミフユの考えはすでにわかってる。ああ、俺もそれに、心から賛同する。


「ア、アキラさ……、パパ、何で……!」

「おまえのパパは、ここにゃいねぇよ」


 軽くミフユの真似をして、変質を終えた俺が、赤い瞳を輝かせる。


異能態(カリュブディス)――、兇貌刹羅(マガツラ・セツラ)


 俺がその姿になると、すぐに『異階』にバキィと硬いものが砕ける音が響く。

 そして、空間に黒い稲妻のような亀裂が入る。


「マヤ・ピヴェル」


 俺は黒い装甲に包まれた右手を伸ばし、マヤの頭を鷲掴みにした。


「バーンズ家の家長として、この場にいる全員の総意を、おまえに申し渡してやる」

「ゃ、やだ、ま、待って、お願い、お、ぉ、おねが……ッ!」


 自分の末路を悟ったらしく、マヤが固まりつつも涙を流し、懇願してくる。

 だが、すでに結論は出ている。それは今さら、覆らない。


「バーンズ家に、おまえの居場所はない。――消えろ、記憶からさえも」


 そしてマヤの全身が、真っ白い炎に包まれる。


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああァ――――ッッ!」


 ――『亡却劫火(オーバーブレイズ)』。


 存在を焼き尽くし、世界の歴史から亡却させる、終わりの炎。

 皆が見ている中でマヤは白い炎に焼かれ、やがてその身は透けた硝子の像となる。


「おまえは最初からウチにいなかった。それがおまえの結末だ、マヤ」


 握り潰した破片は、虚空へと溶けて消え去った。

 そして『異階』は崩壊し、俺達は現実空間へと帰還した。

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