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【連載版】出戻り転生傭兵の俺のモットーは『やられたらやり返しすぎる』です  作者: 楽市
第八章 安心と信頼のハードモードハート

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第175話 あなたと一緒に、闇の底

 タクマ・バーンズは、事態を受け入れるまで時間がかかった。

 スダレに教えられて向かった先が、教会だったからだ。すでにイヤな予感がした。


「……これは」


 シイナは、教会の中にいるようだった。ユウヤも一緒らしい。

 まだ、マヤは来ていない。それに安堵しつつ、ひとまず息をひそめる。


 そして遠視と暗視の機能を有する偵察用ゴーグルを装着し、中の様子を観察する。

 シイナが、真っ白いウェディングドレスを着ていた。


「うッお、超綺麗。……いや、そうじゃねぇよ」


 何でだよ、というツッコミより先に、見惚れてしまった。

 もうあかん。もう、本当にあかん。タクマは自分で自分にツッコんだ。


 教会の中で、ユウヤとシイナは結婚式の真似ごとをしている。

 一体、何がどうなって、という疑問は置いておく。

 何やら、二人の会話が続いているが、シイナの様子が気になった。


 悪いとは思いつつも、タクマは遠隔集音の魔法を使って中の音声を聞こうとする。

 シイナの声が耳に飛び込んでくる。


『あなたは、バルボ・クレヴォスの愛人の子。それも、生まれたのはバルボが父様に仕返しをされたあとの話。直接はバルボを知っているわけじゃないんですよね?』

「…………」


 何か、いきなりすごい情報を聞いてしまった気がする。

 話を聞くに、どうやらユウヤはやはりシイナの能力を狙っていたらしい。


 そして、ユウヤからではなく、シイナからそれを使うよう仕向けた。

 聞きながら、タクマは『バカなことを』、と思う。


 自分が被っていた『普通』の仮面すら見抜いたシイナだ。

 ユウヤのこざかしい芝居など、見抜けないはずがない。バカにしてやがる。

 それにしても、マヤに続いてユウヤまでもがジルーと繋がっていたとは。


 二人の会話はさらに続き、とうとうユウヤが居直った。

 うわぁ、ブン殴りてぇと思っていると、にわかに雲行きが怪しくなってきた。

 そしてタクマは、教会内部の奇妙な魔力の流動に気づいた。


「ああ、そういうことかよ」


 彼は舌打ちし、少し距離をあけて助走をつけて一気に加速する。

 そして、ドアを思い切り蹴破って、腹の底から叫んだ。


「させるか、ボケがァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ――――ッ!」


 ――突入。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 えぇと……、どうも。

 現在、混乱真っただ中の小市民占い師、シイナ・バーンズ。なんですけど……。


「え、タクマ君、今、何て言いました……?」

「おまえをさらいに来た。って言った」


 ですよねぇ、聞き違いじゃありませんよねぇッ!?

 っていうかですね、何でここにタクマ君が来るんですか? な、何でッ!?


「随分と、くだらねぇマネしてくれるじゃねぇかよ、ユウヤさんよ」


 普段着のまま教会の中にヅカヅカ踏み込んで、タクマ君はユウヤさんへ言います。

 その顔には激しい憤りが浮かんでいて、私が何か言える雰囲気ではありません。

 でも、ユウヤさんはあくまで余裕を崩さず、タクマ君の方を向きます。


「さすがに、失礼じゃありませんか、タクマさん。俺とシイナは今、婚約者同士として、神聖な契りを交わそうとしていたところなんですよ?」

「おまえの言う神聖な契りってのは、催眠の魔法を使って、相手の意志を無視して無理矢理させるものなのかよ。スゲェな、そんな方法、今まで知らなかったよ」


 言い返すタクマ君も、その声に怒気こそ孕んでいますが、物言いは冷静です。

 でも、どうしたんでしょうか、何だかこれまでと雰囲気が違うような気がします。


「まぁ、どうでもいいさ。ユウヤ・クレヴォス。おまえの末路は決まってる。シイナを陥れようとしたこと、俺が証人になって父ちゃんに報告するからよ」

「……くッ!」


 肩をすくめて言うタクマ君に、初めて、ユウヤさんが焦燥を露わにしました。

 そうです。彼がここに来て、ことの次第を知った以上、ユウヤさんは終わりです。


「認識しろ、ユウヤ・クレヴォス。おまえはとっくにバーンズ家を敵に回してる。果たして、おまえはこのまま滅びずに生き残れるかな。ちなみに俺は無理だと思う」


 一歩、タクマ君が詰め寄ります。


「ぅうッ、うぐゥ……ッ!」


 彼から放たれる強い圧に、ユウヤさんが後ずさりました。


「タクマ、君……?」


 無意識のうちに、私は彼の名を呼んでいました。

 タクマ君? これが、タクマ君なんですか? ……何があったというんです?


 ホテルで彼にお別れを告げてから、まだ何時間も経っていません。

 最後に見た彼は、ほとんど魂が抜けきった人形のようでした。


 それは、私のせいで、そうなってしまったことは理解できます。

 でも、そこからどうして《《こう》》なるんですか? ほとんど別人ですよ!?


「おまえは逃がさないぜ、ユウヤ!」

「う、おおおおおおおおお!?」


 私が見ている前で、ユウヤさんは魔法の鎖に縛り上げられてしまいました。


「シ、シイナッ!」

「え……」


 ユウヤさんが、切羽詰まった顔で私を呼びます。


「何を見てるんだ! 君から、この男に言ってくれ! 婚約者の俺を助けてくれ!」

「言えって、な、何を……?」


 聞き返してしまう私も、相当に混乱していました。

 ユウヤさんはその端正な顔を汗にまみれさせながら、叫びます。


「君を最も幸せにできる男は、俺だってことをだよォ!」

「違うッ!」

「うひィッ!?」


 ユウヤさんの言葉の直後に、雷が落ちるが如く、轟き渡るタクマ君の否定の声。

 一喝と呼ぶにも大きすぎる声に、ユウヤさんも私も、揃って震えました。


「シイナを一番幸せにできる男は、おまえなんかじゃねぇよ」


 腕を組み、威風堂々仁王立ちをして、彼は私達に――、いいえ、私に言うのです。


「シイナをこの宇宙で一番幸せにできる男は、俺だ!」


 そんな、とんでもないことを言い出すのです。


「……タ、タクマ君?」

「何だ、それ。……その言い方、何だ? それじゃあ、家族じゃなく、まるで」


 唖然となる私と、ユウヤさんも目を丸くして、タクマ君を見つめています。

 そしてユウヤさんは、裏返った声で叫びました。


「まるで、自分がシイナと結婚するみたいな言い方じゃないかッ!」

「俺がシイナと結婚するって言ってるんだから、おまえの耳は正常だ!」


 み、認めちゃったァ~~~~!?


「ユウヤ、例えおまえがシイナを今より百倍幸せにできたとして。足りないね。全然足りやしねぇ! その点、俺はシイナを三兆倍は幸せにできる! 勝負ありだ!」


 何の勝負なんですか!?

 っていうか、待ってください、本当に待って! さすがに展開が怒涛すぎますよ!

 いくら何でも、これはちょっと私でも、ついていけな――、


「だから、シイナ」


 タクマ君が、私に向かって右手を差し出してきます。


「俺の手を、取ってくれ」

「……タクマ君」

「そのウェディングドレスを、俺のために着てくれ」


 プ、プロポーズされてしまいました。こんな場面で!?

 いや、でも、待ってください。相手はタクマ君です。そう、タクマ君なのです。


「またそうやって、私を試す気ですか? 私をぬか喜びさせる気、なんですか?」


 彼が言う『好き』を、私はもう、信じることができません。

 だから、私は彼にお別れを告げたのです。それなのに、何を今さら――、


「シイナ、俺の顔を見ろ。俺を見ろ」

「何ですか、何を……」

「俺は何も言わない。でも、おまえならわかるはずだ。おまえなら、誰よりも」


 何故そんなことを言うのか、すぐには理解できませんでした。

 でも、言われるがままに彼の顔を見て、その瞳を見て、私は胸が竦みました。


「……ぁ、あ、そ、そんな」


 そんな、何で? どうして? ……どうして《《本気》》なんですか!?


 私は、ずっとの人の顔色を窺いながら生きてきました。

 だから、どうしてもわかってしまうんです。見透かしてしまうんです。


 その人の本音を、胸に抱く感情の色を。

 だから、ユウヤさんの演技も見抜けましたし、タクマ君の仮面も垣間見えました。


 その私の目が、ハッキリと見て取ってしまったのです。

 タクマ君の、私に向ける感情が、まぎれもない本物であることを。


「な、何で、ですか。何でそんな、今さら……ッ!」


 あなたにお別れを言ったあとで、どうしてそんなモノを見せてくるんですかァ!?


「今さらじゃないッ!」


 え――、


「今さらじゃない。今からだ」

「今、から……?」

「そうだよ、シイナ。俺達は、今から始めるんだ。これからなんだ!」


 彼は言います。真正面から堂々と、私から決して逃げようとせず。力強く。


「俺は、おまえが好きだ」


 知ってます。わかります。だから、痛いんじゃないですか。

 今度こそ間違いなく、その言葉に嘘も偽りもないってわかるから、胸が詰まる。


「な、何を言ってるんだ、おまえ達は……ッ!?」


 でもそこで、ユウヤさんがおののきながら、叫び出しました。


「姉弟で愛し合うだって? そんなの『普通』じゃないッ! おかしいだろう!」


 ぁ……、


『変な子ね。気持ち悪いわ』


 耳の奥にあの陰影(カゲ)に言われた言葉が、蘇りました。

 タクマ君の方に伸ばしかけていた手が、そこでピタリと止まります。


「そ、そうですよ、タクマ君……」


 ああ、何てこと……。

 彼は呪縛から解き放たれたようなのに、肝心の私は、このザマ……!


「やっぱり『普通』じゃないですよ、こんなの。あなたと私は、か、家族……」


 泣き出しそうになりながらも、そう言ってしまう私に、でも、タクマ君は、


「いや、俺とシイナが結婚するのは『普通』のことだよ」


 とか、あっさり言ってのけるのです。……え。ええッ? ええええええッッ!?


「そうか、ユウヤは『普通』じゃないと思うのか。で、そう思うからといって、それは俺達にどう関わるんだ? 関係あるのか? ないよな? おまえは俺じゃない。シイナでもない。なら、おまえの価値観なんて、俺達にはまるで関係ないんだよ!」

「あ、タ、タクマ君……」


 本当に、まさしく父様みたいな言い方をするタクマ君が、今度は私を見ます。


「シイナ、おまえも『普通』じゃないと思うか?」

「そ、それは……」


「そもそもさ、おまえの言う『普通』って、誰の『普通』なんだ?」

「え、それはもちろん、みんなの……」


「みんなって、誰だよ。どこの誰だ? 何て名前だ? どこに住んでる?」

「え、あ、あの……、それは……」


 矢継ぎ早に繰り出される質問に、私はしどろもどろになってしまいます。


「家族のみんなは、祝福してくれたぜ。父ちゃんが、俺をここに送り出してくれた」

「みんなが……」


「つまり、おまえの言う『みんな』にバーンズ家は含まれてない。じゃあ、みんなって誰だよ? 例えば、こっちの世界の人間か? なら、こっちの人間にとって片桐逞と山本詩奈が付き合うのはおかしいのか? 前世で家族だったからおかしい? いや、それを言い出すヤツの方がおかしいって言われると思わないか、なぁ?」

「う、ぅ、ぅぅ……ッ!」


 いけません。これはいけません。完全に私、論破される寸前じゃないですか!?


「で、でも、タクマ君は、か、か、家族で……」

「見てる場所が違うよ、シイナ」


「見てる、場所……?」

「そうだよ。前提からして違う。何で『特別』と『普通』を分けて考えるんだよ。どうして、その二つが両立しないって思うんだ。それ、単なる思い込みだぜ?」

「そ――、そんなことありませんッ!」


 彼の言い分を無視できず、私はつい、気色ばんでしまいました。


「私はずっと『特別』扱いされて生きてきたんですよ! それが、私にとってどれだけ苦しかったか! 人と違うことが、どれほど辛かったか……ッ! 私はずっと『普通』に憧れてたんですよ! 私は、みんなと一緒になりたくて、私は……ッ」


 叫ぶ声は徐々に力をなくして、最後には消え入るほどになっていました。

 そして、私は俯きます。胸を刺す痛みが、私を苛みます。


「俺とおまえは違う」

「…………ッ!」


 な、何でですか、タクマ君。何で今、そんなことを言う――、


「俺と父ちゃんも違う」

「……え?」

「俺と母ちゃんも違うし、俺とタマキ姉も違う。おまえと父ちゃんも違うし、おまえと母ちゃんも違う。みんながみんな、同じじゃない。――だからさ、シイナ」


 固まる私を、タクマ君の瞳が射貫きます。


「みんな、違うんだよ。そして、みんな、同じなんだ」

「違って……、同じ?」


「だってそうだろ? 例えば俺達の父親はアキラ・バーンズだけだ。他の誰でもない、唯一無二の、最高に特別な父親だ。違うか? そうじゃないか?」

「それはそうですけど……!」

「じゃあ、そうなんだよ。これは言葉遊びでも何でもない。《《そうなんだよ》》」


 タクマ君の言葉は、とても強い力に溢れていました。

 それは、長い間ずっと私を苛んできたものを、確かに揺さぶりました。


「それでも、まだそこに固執するなら、もう一つだけ教えてやるよ、シイナ」

「な、何をですか……?」

「俺はおまえが好きだ」


 いきなり言われて、ドキリとしました。だけどそれはさっきも言われたことで、


「人が人を好きになるのは、ごくごく普通なことだよな?」

「はい、それは、まぁ……」

「じゃあ――」


 そして、タクマ君は私に告げます。抗いようのない、決定的な言葉を。


「好きになったその相手は、自分にとって『普通』なのか?」

「ぁ、あぁ、あああ……ッ!」


 私は、口元を両手で覆って、漏れそうになる嗚咽を必死になって堪えました。

 そうです。そうでした。そうだったんです。そう、そうです……!


「――特別な人、です!」

「ああ、俺にとっておまえは、まぎれもなく『特別な存在』だよ、シイナ。だからいいんだ。『特別』でいいんだ。それが『普通』なんだ。誰だって」


 そう言ってくれるタクマさんのまなざしに、私の心は打ち震えました。

 そして、感じます。

 私の中に深く根を張っていた暗くて重いものが、ボロボロと崩れ去っていくのを。


「じゃあ、いいんですか……? 私、タクマさんを好きでいて、いいんですか?」

「やっとそこかよ。長いことかかったなぁ。ったく」


 タクマさんは、私の頭を撫でて、軽く苦笑しました。

 その笑顔が、今はとても頼りに思えて、私、私は……、う、ううぅぅぅぅ~ッ!


「いきなり泣くなよ……。ちょっと待ってろ、ハンカチ出すからさ」

「だ、だって、だってェ……!」


 私は、鼻をすすりながら、タクマさんからハンカチを受け取ります。


「私、ずっと不安だったんですから! タクマさんを信じていいのか、ずっとずっと、前の世界から、こっちでも、ずっと不安だったんですからァ!」

「本当に悪かったよ。でも今はちゃんと言える。おまえが、俺を好きでいてくれてるって、俺はちゃんと信じてる。だから、おまえも俺を信じろ。俺は信じる」


 ようやく、ようやくなんですね。ようやく私達、辿り着けたんですね……!

 私は、借りたハンカチで目を拭いながら、深く息をつきました。私達、ようやく、


 ――『異階化』。


「え?」

「何ッ!?」


 突然の『異階化』に、私もタクマさんも驚きを露わにしました。

 教会の扉の方を振り向けば、そこに、一つの人影――、あ、あの陰影(カゲ)は!?


「シィィィィナ、バァァァァァァァァァァァンズゥゥゥゥゥゥゥ――――ッ!」


 マヤさん、マヤ・ピヴェル!?


「クッソ、よりによってこのタイミングかよ!」


 タクマさんが、マヤさんを見て顔を険しく歪めます。何が、一体、何が!?


「殺してやるわ、殺してやる! 『骸奪妓(ガラダギ)』、やれぇ――――ッ!」


 叫ぶマヤさんの傍らに、ねじくれた古木のような異面体が出現します。

 そして、その鋭い枝が私の方へと伸びてきて――――ッ!?


「やらせるかってんだよォ!」


 タクマさんが、私の前に飛び出しました。待って、タクマさん、そんな……、


「ぐ、ァ、がッ、ぁ……!」

「いやぁぁぁぁぁぁぁ! タクマさぁぁぁぁぁぁぁぁん!」


 私が見ている前で、伸びてきた枝がタクマさんの体を串刺しにしました。

 さらに、それだけでは終わりませんでした。


「――『汪喰崖(オウグラガイ)』」


 ユウヤさんです。ユウヤさんもまた、異面体をその場に出現させたのです。

 それは、穴でした。

 底の見えない大きな穴が、教会の真ん中にぽっかりと空いて、タクマさんが……!


「タクマさん!」


 私は、無我夢中でした。

 そして気がつけば駆け出して、落ちゆくタクマさんに飛びついていました。


「タクマァ!」

「シ、シイナ!」


 マヤさんとユウヤさんが、それぞれ、私達を呼びます。

 でも、その姿はすぐに小さくなります。私とタクマさんは一緒に穴に落ちました。


「タクマさん、大丈夫ですか……?」

「ああ、この程度、問題ねぇよ。すぐ治したさ」


 私達は、互いに抱きしめ合いながら、穴を落ちていきます。

 飛翔の魔法が発動しません。他の移動系の魔法も、全く使えません。


 どうやらこの穴、シンラ兄様の影獄奈落に近しい性質があるようです。

 一度落ちたら、絶対に這い上がれす、落ち続けるしかない無限領域。


「ごめんな、シイナ。おまえを助けに来たのに、最後の最後に、やらかしたわ」

「こっちこそごめんなさい、タクマさん。私、あなたにひどいことを言って……」


「いいさ。おまえの言ってたことは何も間違っちゃいなかったんだから」

「何で最後にそんな懐の深さを見せつけるんですか、やめてくださいよ……!」


「何だよ、惚れ直した?」

「バカ、とっくの昔に惚れ抜いてますよ、バカ」

「そっか。実は俺もだ」


 底のない穴を真っ逆さまに落ちながら、でもどうしてでしょう、私は幸せでした。

 そしてきっと、タクマさんも同じになんだろうなと、そう思ってしまうのです。


「静かだな、シイナ」


 タクマさんが、そう言って私を強く抱きしめます。


「はい、静かですね。私達だけです……」


 私も抱きしめ返して、強く、身を寄せます。


「好きです、タクマさん。もう、絶対に離さないでください」

「好きだよ、シイナ。何があっても、もう離しやしない。絶対に」


 ああ、幸せです。安心します。

 彼に信じてもらえている。その実感が、私の胸を満たします。こんなときなのに。


 そうか、そうなんですね。

 この揺るぎない安らぎこそが、タクマさんの言う『特別(普通)』なんですね。

 私、やっとわかりました。タクマさん――。


 そして、私達は抱き合ったまま、どこまでも落ちていきます。

 どこまでも、どこまでも、落ちて、落ちて、私、あなたと一緒に、闇の底……。


 キラリ、星が瞬きました。

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