第166話 邇郎のハートブレイク:後
すごい悲鳴。
「ギィヤアアァァァァアアアアァァァァァアァアアッ!? グヒャア! イヒィギィィィィィアアアアアアァァァァァァアアアアアァァァァッッ!!?」
ジルー君、絶叫マシーンに乗ってる真っ最中かな?
「うるせぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ――――ッ!」
そこに、ブチギレマリクが助走をつけてドロップキックだァ――――ッ!
「ぶひゃあッ!?」
小学三年の全力キックを腹に受け、ジルー・ガットランは吹き飛んだ。
そして、近くの薬品棚にガッターンと激突。そのまま情けなく床にひっくり返る。
「ぅ、ぅあああ……」
やっとこ、絶叫が収まりましたとさ。
俺は、鼻息の荒いマリクの頭をポンと軽く撫でて「どうどう」と落ち着かせる。
「ふぅ~! ふぅ~ッ!」
「マリクお兄ちゃん、かっこよかったですわ~」
「え、ホントッ!?」
ヒメノに褒められてコロッと態度を変えるウチの次男。う~ん、現金!
「な、な、何でだァァァァ~~! 何でおまえらがここにいるんだよぉ~~ッ!?」
「そりゃおまえ、ここに来たからだよ」
そんな1+1=2みたいなことを言われても……。
「ふっ、不可能だ! このガクライゴウのセキュリティを抜けるなんて、あ、あの男でもない限り、絶対に不可能なはずだァ! それを、な、何で、どうしてぇ!?」
ジルーは、完全に動転しているようだった。
自分の異面体のセキュリティに絶対の自信があったのだろう。バカだなー。
「おまえ、一回破られたセキュリティをそのままにしておくのは愚策も愚策だろ。いや、異面体の性質上、そう簡単に変えられるモンでもないんだろうけどさ」
異面体は精神の一部が形を持ったモノ。
その能力を変えるには、何らかの形での精神的な変容が必須となる。
でもさ~、こいつ、一回ウチの四男にセキュリティ破られてるはずなんだよね。
そのときに、メンタル面に何らかの変化があってもおかしくないんだけど。
優秀な錬金術師と見せかけて、実は学ばないバカなのかな。
「れ、例外だ! あの男が、キリオ・バーンズが例外なだけだァ~!」
ああ、学ばない馬鹿だったわ。
ちなみにキリオってのが四男の名前。聖騎士で、バーンズ家の防御最強を誇る。
あいつは、その突出した防御能力でセキュリティを抜けたのだろう。
話に聞くケントの異能態とどっちが防御能力が上なんだろう。ちょっと気に――、
いや、さすがにケントが上かな。異面体と異能態じゃ最初から次元が違うし。
実は異能態の能力、マガツラでも超越は不可能だったりする。
それだけ『真念』に到達してるかしてないかで、差が大きいということだ。
「ま、いいや。あいつは今はいないしな」
「そうだ! いない! キリオがいないのに、何でおまえらはここに来れるんだ!」
「そりゃあおまえ、俺がいるからさ」
言いつつ、俺はマガツラを具現化させる。
「万が一のことを考えて、俺は、ウチに対立したヤツについて聴取しててね。おまえのことも、キリオから聞いてたよ。学校でおまえと会話して、それを思い出してね」
異世界は、蘇生アイテムもあるためとかく『死ににくい世界』だった。
相手を殺したと思っても、何らかの手段で生きているかもしれない。
その可能性が常に存在するため、俺はこうした情報収集をずっと欠かさなかった。
「能力さえ割れてれば、マガツラがどうにかできる。俺が理解したものを、マガツラは超えていく。それが、俺の異面体が持つ能力なモンでね。楽勝だったぜ?」
逆にいえば、俺以外には対応不可能な可能性が高かったってことだ。
ま、ミフユやケント、タマキの異能態ならどうとでもなるんだと思うけどな。
異能態は、どうしても発動条件がねー……。
「くっ、弓削清晴はどうした! あ、あいつは、あいつなら……!」
「え、こいつ?」
と、言ったのはタマキ。
その手は、二階で遭遇したモンスターの首を掴んでいた。
「き、清晴ゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ――――!?」
「なんか強そうだったけど、そこまでじゃなかったなー。歯応えがなかったぜ」
目ン玉飛び出さんばかりに驚くジルーに、タマキはつまんなそうに言った。
どうやら最後の砦らしかったが、すいませんね、ウチのバカ、最強なんですよ。
「ぅぅ、ぐぐぐぎッ! バカな、そもそも、何でここが……ッ!」
歯軋りするジルーが、今度はそんなことを言い出した。
ここが、ってのは、つまり『異階』の起点になっている場所のことだろう。
この異面体も、元が『異階』である以上、現実世界のどこかと繋がっている。
その起点となる場所は、天月ではなく宙色市の地下道の一角にあった。
「探すのはぁ~、ウチの得意分野だからぁ~」
はい、そうです。スダレです。この分野におけるウチのジョーカーです。
都合よく、昨日東京から戻ってきてたんだなー、これが。
起点が天月なら、まだ隠れられてた可能性があったのにね。運がない。
「ぐ、ゥ……ッ!」
床に仰向けで寝そべったままの体勢で、ジルーが低く呻く。
「この『異階』に入る手段については、とある有志のイケメン社長からもらったアイテムを使ったとだけ言っておくぜ。いやぁ~、いいもらいモノしちゃったなぁ」
使ったのは、キャンプのときと同じ『空断ちの魔剣』、の、進化バージョン。
ユウヤから提供されたもので、異世界で商品化するべく研究してたモノ、らしい。
ただし、完成はしておらず、何割かの確率で使えなくなるとのこと。
一回使いきりじゃない時点で、こっちとしては非常にありがたいんですけどね。
「あなたが、私をつけ狙った張本人、なんですね……!」
立ち上がれずにいるジルーを前にして、腕を組んだシイナが怒り心頭の顔をする。
「お、おまえ、シイナ・バーンズ……!?」
「はい、庶民的な占い師のシイナ・バーンズです! あなたのおかげで散々な目に遭いました! 賠償は別に求めないので、しっかり父様に仕返しされてください!」
「ふざけるなッ! ぼ、僕が欲しかったのは、おまえなんかじゃない! マヤだ、マヤ・ピヴェルだ! 彼女の『魔血』が、僕には必要だったんだよォ~!」
「あァ!? ンッだ、おまえ、そりゃッよォ! マヤはモノじゃねッぞォ!」
ここで、タクマが激昂する。
マヤについては、今は別の『異階』に避難してもらっている。
万が一もないとはいえないからな。
「さて、そろそろ仕返しの時間と行こうか、ジルー・ガットラン」
「な、何だよォ! 僕をどうする気だよぉ~!?」
泣きそうな顔になっているジルーに、俺は近づいていく。
そして膝を曲げて、ゆっくりとジルーに迫りながら、優しく告げた。
「おまえには何もしないよ。おまえには、な……」
「ぇ、え? ……あッ!」
ジルーは気づいたようだった。
「やッ、やめろ! やめろやめろやめろォ! それだけはやめてくれ! お願いだから、それだけはやめてくれェ! ぼ、僕の命にも等しいモノなんだよぉ~~!」
血相を変えて懇願してくるジルー。それに対して腕を組んで幾度もうなずく俺。
「だよね~、そうだよね~。だっておまえは錬金術師だモンねぇ~。だから、大切に決まってるよなぁ、《《自分が造ったおクスリと、それを作るための研究施設がよ》》!」
俺が怒鳴ると同時に、ケントやタマキが自分の異面体を展開する。
マリクもいつでも発動できるよう攻撃魔法スタンバイ。
ヒメノは、こういうときはまだ異面体の出番ではないので、シイナ達と観覧だ。
「よ~し、それじゃあ張り切って、ジルー・ガットランの研究施設爆破解体RTA、は~じま~るよ~! 行くぜ、みんなでブッ壊せ! はい、よ~い、ドン!」
「「「ブッ壊せェ~!」」」
「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ――――ッ!?」
ジルーが絶叫と共に躍りかかろうとしてくる。
「黙って見てろ」
俺はジルーの右手を掴むと、上からダガーを突き刺し、床に縫い留める。
「あぎゃあああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ――――ッ!」
その目でしっかりと見届けるがいい。
自分の生涯の宝が、無遠慮に壊されて意味と価値をなくしていく様を。
「やめろッ! やめてくれェェェェェェェェェェェェェ――――ッ!」
だが俺達は、壊すのを、やめないッッ!
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ふぅ~、いい仕事したぜェ~!
「ぁぁぁぁぁぁぁああ、ぅぁぁぁぁぁぁ、ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~……」
こちら、動くこともままならず自分の工房を破壊し尽くされた錬金術師さんです。
しかしあれだな、高そうな機械がいっぱいあったなー! 全部、壊した!
いかにも科学の実験道具でございというものから、何かわからん機械まで。
この工房内にあるもの、ことごとく破壊した。壊して壊して、徹底的に壊したよ。
見つけた薬品のたぐいも、ひとつ残らずマリクが燃やした。
あいつ、ジルーの目の前で薬燃やしてたよ。泣いてるジルー見て爆笑してたし。
こぇ~わ~、ウチの次男、こぇ~わ~。
『我が主、貴様も大概、似たようなモノだからな?』
とか、ガルさんに言われてしまった。解せぬ!
「ぅぁぁぁぁぁぁ~、ひどいぃぃぃぃぃぃ、何で、何でこんなぁぁぁぁぁ~~……」
「いいじゃん、これまで好き勝手してきたんだから、たまには好き勝手されろよ」
床にへたり込んで泣いてるジルーに、俺は上からそう励ましの言葉をかける。
工房の中は、綺麗さっぱりだ。
壊した機械も全てハザマダイルに喰わせて、跡形もなくなっている。
「さて……」
俺達は、ジルーを囲む。もはやこいつにできることは何もない。
仮に抵抗してきたとしても、確実に仕留められる。
「ジルー・ガットラン、詰みだよ。あとはおまえを殺す。何もかもなくしたおまえが、ただ一つ残しているその命も、俺がここで摘み取ってやるよ」
「…………」
ジルーは、観念したのか、うなだれたまま何も言わなかった。
俺は特に反応を待つことなく、マガツラに拳を握らせる。だが直後、
「……クク、フフフフ」
ジルーの小さな笑い声が聞こえた。
「なくした? 命しか残ってない? フフフフ、クフフフフフフ……」
「あ?」
俺が問い返すと、ジルーは思い切り顔を上げた。壊れた笑みが浮かんでいる。
「残ってるさ、あと一つ、これが! 僕には残っているさァ!」
言って、ジルーが懐から取り出したのは、赤い液体が入った小瓶。
それはまさか、マヤの『魔血』か!?
「本来であれば、一万倍以上に希釈しなければ『魔血』は使えない。何故なら血が持つ『魔女特性』が表に出てしまうからだ! でも、もう関係ない! 人に戻れなくなっても知るものか! おまえ達は、おまえ達だけは殺してやるゥ――――ッ!」
ジルーは血走った目で叫び、小瓶の中身を一気に煽り飲む。
そして、その身がビクン、と、大きく震えた。
「オ、オ、オ、オ、オ、オォォォオォォォォォォォォォォ――――ッ!」
幾度も全身を痙攣させながら、ジルーが変貌し始める。が、
「おまえ、そういうのは敵の手の届かないところでやれよ」
「オ?」
そんな隙だらけの状態、俺達が見逃すとでも思ってンのかね、このバカは。
もしそうなら、ナメられたってことで、ブチ殺してやらなきゃ!
「わざわざ無防備になってくれてありがとう、ジルー・ガットラン。そしてさらば、ジルー・ガットラン! 八つ裂き×八つ裂きで六十四つ裂きだァァァァァァ!」
「ヒ、ヒギャアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァ――――ッ!?」
こうして、俺とガルさんとマガツラの共同作業でジルーは死んだ。
終わったあとで肉片の数を数えたら、六十六あった。
……余り、二か。