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第164話 ソライロエクスペリメンツ/4

 どうも皆さん、一般的なのに追いかけられている占い師のシイナ・バーンズです。

 今現在、私は駅ビル三階の女子トイレに逃げ込んでいます。


 もちろん、一番奥のトイレです。

 何ならここ、自分のお店より落ち着きます。実は私、トイレ飯経験者でして……。


 あの、辛く苦しかった高校時代。

 クラスに行けば陽キャ共がワイワイガヤガヤと、もう、うるさくてうるさくて。


 それに比べて、このトイレの中の静寂。

 狭く区切られたスペースがもたらす安心感。実に心が落ち着きます。


 ……おかしいなぁ、私って『出戻り』する前から何も変わってないぞぉ?


 あ、いや、でも、昔は別に『普通であること』にこだわってはいませんでした。

 そう、『出戻り』する前の私は、本当にこだわるまでもなく『普通』でした。


 成績も普通。運動神経も普通。家族仲も普通によかったですね。

 ああ、何てことでしょう。

 今の私にとって最高の理想たる存在は、昔の私だったのです。


 こんなこと、気づきたくなかった!

 いいえ、今の私だってまだまだ『普通』の範疇にあるはずですよ! ですよ!


「オイ、『トクベツな女』はいたか!?」

「クソッ、どこ行きやがった! 俺は、絶対に『トクベツ』になるんだ!」

「ひ……」


 聞こえた足音と声に、私は思わず息を飲みます。

 声を漏らしてしまった口を両手で押さえて、目をキツく閉じて体を丸めます。


 ああああああああああ、無理に前を向こうとしてもダメだァァァァァァァァァ!

 怖いよォォォォォ、超ォォォォォ、怖いんですよォォォォォォ~~~~ッ!


 何なんですか『トクベツな女』って、私が何したっていうんですかぁ!

 こちとら、ただの、ちょっと未来が見える程度の占い師ですよォ!


 何で、重大な秘密を知ってしまった人みたいな追いかけられ方してるんですか!

 大体にして、何なんです『トクベツになる』って、意味がわからないですよ!


 そんな、私自身がわからないことで追いかけられてるなんて、理不尽すぎます。

 だけども、じゃあ、今の私に何ができるんですか?


 魔法はそこそこ使えますが、攻撃系の魔法はさっぱりです。

 収納空間に入れておいた護身具は、ここに逃げ込むまでに大体使い切りました。


 こんなことなら、もっと補充しておくべきでした。

 日本で、私がこんな鉄火場に巻き込まれるなんて考えてもいませんでしたよ。


 私は、主役になれるような人間ではありません。

 そんなことは『出戻り』する前からとっくに知っています。


 ……そこに、油断があった?


 イヤイヤイヤイヤ! それこそご無体でしょう!?

 バーンズ家だからっていつでも事件に巻き込まれてるワケじゃ、ワケじゃ……。


 大体いつも何かしら事件に関わってる気がする……。

 グゥゥゥゥゥ~~~~、家族の皆さんは愛してますけど、やっぱり前世、最悪ッ!


 でも、今は頼れるのは家族の皆さんだけなのです。

 すでに父様には連絡はしました。

 母様やマリク兄様と一緒に、すぐにこっちに来てくれるとのことです。


 あの人達が来るまで、私はここに隠れ続ける必要があります。

 時折聞こえる足音や男達の声に怯えながら、息を殺して、身を縮こまらせて……。


「あぁ、何か、思い出しますねぇ~……」


 思い出に浸るような状況じゃないことはわかっていますが、既視感を覚えます。

 まだ異世界に生きていた頃、私は今と同じような状況に置かれたことがあります。


 私が追われていたわけではありません。

 ただ、私だけが孤立して、絶体絶命の状況に追いやられたことがありました。


 その頃はまだお見合い前でした。

 当時、バーンズ家が拠点にしていた街でのことです。


 その日は、家に私しかいませんでした。

 他の皆は仕事や用事などで、それぞれが外に出ていたのです。


 そこに、近くで大発生したモンスターの大群が押し寄せてきたのです。

 大発生は、異世界では時折あることでした。

 拠点にしていた街でも当然備えはありましたが、そのときは規模が違いました。


 そのときの私は、金属符の一枚も持っていませんでした。

 おかげで『異階』に逃れられず、空も飛行モンスターで埋め尽くされていました。


 逃げ場は、ありませんでした。

 だから私は、家族の皆が帰ってくるまで、一人で耐えるしかなかったのです。

 時間にすれば二時間ほど。生きた心地がしない二時間でした。


 そのとき感じた怖さと、呼吸のしづらさは、まるで今と同じような……。

 そう、まるっきり同じような――、


「…………いや、同じ、かな?」


 ふと、私の口からそんな言葉が漏れます。

 孤立はしている。周りには誰もおらず、私はトイレに隠れています。


 周りには、私を追っている男達がたくさんいる。

 まぁ、これもあのときと同じです。モンスターにとって人は餌ですから。


 だけど、あのときのモンスター=外にいる男達?

 いや、それはないです。外にいるのは魔力を持っていても、所詮、人間ですから。

 人を餌にして食べちゃうとうなモンスターに比べれば、可愛いもんです。


 あれ? あれあれ? あれあれあれ~?

 何で私は、逃げてるんでしょう? どうして、こんなに怖がってるんでしょう?


 相手はただの人間で、魔力は持ってても魔法の腕前はお察しでしょう。

 私は、攻撃魔法こそからっきしですが、防御や補助の魔法はそれなりに使えます。


 護身用の魔法のアイテムは使い切っていますが、他のアイテムは余裕があります。

 使いようによっては、十分、身を護るための手段にできるでしょう。


 え、あれ、もしかして私、まだまだ余裕がある? 何なら対抗できる?

 って、いうか――、


「俺を『トクベツ』にしてくれる女はどこだァ~!」


 外に聞こえた男のダミ声に、何か、私、無性にムカついてきました。

 何が『トクベツ』ですか、くだらないッ!

 どうして私が、あんな連中に怯えなくちゃいけないんですか!


 ああ、猛烈に腹が立ってきました。

 ここまでのご立腹は、スダレ姉様が既婚者と知ったとき以来です。


 チクショウ、ジュン義兄様め、私のお姉ちゃんを取りやがって!

 今後、義兄様が宙色に戻ったら、スダレ姉様に甘えにくくなるじゃないですか~!


 私だって夫婦水入らずの時間は過ごさせてあげたいんですよッ!

 でも同時に、やっぱりスダレ姉様に甘えたいんですよ~! あんびばれ~んつッ!


「もう怒りました。こうなったら、仕返しです」


 仕返しこそは、バーンズ家の伝統です。

 やられたらやり返しすぎる。

 ええ、やってやりますよ。ここまでやられっぱなしで、震えてられるかっての。


 戦えなくとも、私だってバーンズ家の女なんですから!

 でも、あと一分、あと一分だけトイレに籠もりましょう。……あ~、落ち着く~。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 オリハルコン製のフライパン+ミスリル製のおたま+音量拡大魔法。


「イコール、うるさい!」


 キィィィィィイン! コォォォォォオン! カァァァァァアン!


「う~ん、日本の製品にはあり得ない、この無駄に澄み切った金属音ッ!」


 別に、日本で売ってるフライパンが悪いとかではありません。

 単に素材の質の問題です。オリハルコンは純度100%がデフォなので……。


 それと、このフライパンで卵を焼いても、別に味は普通です。

 オリハルコンを使ったから味が劇的によくなる、ということはありません。


 何なら、このフライパンの方が普通のフライパンより劣ってる部分すらあります。

 どこかっていうと、その、熱伝導率が……。

 オリハルコン、デフォで火属性耐性を持つので、熱が通りにくいんですよね。


 耐用年数が千年単位なので、一生モノではあるんですけどね。

 で、そんなフライパンを使って、たった今、音を出したワケですが――、


「何だァ、今の音は、どこからだ!?」

「オイ、見ろよあそこ、女がいるぜ。もしかして……!」

「あいつだ、あの女が『トクベツな女』だ!」


 来ました来ました、どんどんと。

 音に釣られて、瞳を輝かせた男達が続々と、続々と、続々と……、多すぎません?


「何人いるんですか、もぉ~~~~!」


 私は、先頭の男達がこっちに追いつく前に、階段を駆け上がります。

 ここは隠れていたトイレを出てすぐのところにある昇降階段です。


 飛翔の魔法はさすがに屋内では使わないので、脚力を強化して駆け上がります。

 男達はそれを追ってくるので、階段は多数の暴徒でいっぱいになります。


「はっ、はぁ! あ、案外きつい……!」


 日頃の運動不足がたたって、最上階に着く頃には、私はかなり疲れていました。

 後ろから、男達が私を呼ぶ声が聞こえてきます。


「待て、コラァ!」

「俺を『トクベツ』にしてくれェ!」


 あ~、もう、うるさい、うるさいんですよ。もう!

 程なく、私は階段の頂点、屋上の入り口ドア前に到達します。

 この駅ビル、屋上に休憩スペースがあるんですよね~。


「よし、ここで――」


 私はそこで踵を返し、階段の方を向きました。

 先頭の男との相対距離、およそ10m。私は収納空間から愛用品を取り出します。


「――『道路標識ロッド』!」


 カンッ、と床を鳴らしたのは、私の愛蔵品の魔法のロッドです。

 その見た目は、道路でよく見る標識そっくりで、長い杖の先端には丸い金属の板。


 この杖、そんなふざけた見た目の割に、非常に優れた効果を持ちます。

 何と、持ち主が口に出した標識の効果を、相手に与えることができるのです。

 例えば――、


「『トクベツな女』ァァァァァァァ――――ッ!」


 目前にまで迫った先頭の男に対し、私は標識を掲げて命じます。


「『一時停止』です!」


 その言葉と共に、標識の丸い金属の板が変形して『▼』の形状になります。

 そして赤い表面には、大きく描かれた『止まれ』の文字。


「うぇっ!?」


 私に躍りかかろうとしていた男の動きが、ビタッと止まりました。

 標識を見たことにより、一時停止したのです。


滑落(スリップ)!」


 さらに、ここでもう一つ、眼下に続く階段全体に摩擦力低減の魔法を発動。


「てりゃぁ~~~~!」


 そのまま、私は道路標識ロッドで、止まったままの先頭の男をブン殴りました。


「うがッ! ァ、わ、す、すべ……!? あああああああああああああッ!」


 そこから始まる、昇降階段を使った人間ドミノ。

 私を追ってきた多数の男達が、逃げる隙間もない中で次々に倒れていきます。


 ガツン、ゴツンと、なすすべなく床や壁に頭を打つつける音が響きます。

 そして一分も経たないうち、ドミノは終わり、あとには多数の低いうめき声が。


「ひとまず、やってやりましたよ……!」


 これで男達は倒れたワケではありませんが、復帰まで時間はかかるでしょう。

 その隙に、私は屋上から空に逃れて、父様達と合流を目指します。


 フフン、私にだって、これくらいはできるんです。

 すごく怖かったですけど。

 最後に、男が目前まで来たときは、本当にもう終わりかと思いましたよ。


睡霧(スリープミスト)


 ダメ押しで、広範囲睡眠の魔法を使っておきました。

 魔力を持つ相手なら抵抗は難しくない魔法ですが、今なら効果も見込めます。


「さぁ、屋上から、空に……」


 歩き出そうとして、フラつきました。

 いけません、久しぶり過ぎる荒事だったので、予想以上に消耗しています。

 それでも、休めません。いつ、男達が起きるかわかりません。


 私は、一気に重たくなった体を何とか動かして、ドアを開けました。

 屋上です。ここから空に上がって――、


「いた、『トクベツな女』だ……!」


 あららららら~~~~。

 何てことでしょう。屋上もすでに、魔法ヤンキーの巣窟になっていました。

 飛翔の魔法で外から回り込んできたみたいですね~。


「……これは、詰み、ですかねぇ?」


 顔に、乾いた笑いが浮かびます。もう泣く気にもなれません。

 ただ自分が逃れようのない窮地にあることだけは、猛烈に自覚しています。

 それだっていうのに……、


「女……」

「『トクベツな女』だ……」

「ヒヒッ、これで、俺も誰よりも『トクベツ』に!」


 ――――カチンッ。


「何なんですか、あなた達?」


 私、カチンと来てしまいました。

 そして、囲みをジリジリと狭める男達に、真っ向から問いかけました。


「そんな、トクベツ、トクベツって。どうしてそんなに人との違いを求めるんですか? 周りの人と同じなのって、そんなにもいけないことなんですか?」

「トクベツになりたい……」

「俺は、トクベツになりたい……!」


 でも、私が訴えても、返ってくるのはそんなうわ言のような声ばかりです。

 何故なんでしょうか、私にはさっぱり理解できません。


 人と違うことで苦しんできた私は、この人達の求めるものが全くわかりません。

 どうして、人と同じでいたいだけの私が、ここまで『特別扱い』されるんですか。


 苦しいのに。

 私にとってそれは、どうしようもなく苦しくて、辛くて、痛いことなのに。


「やめてください、私を『特別扱い』しないでください!」

「トクベツな女……」

「お願いだ、俺をトクベツにしてくれェ……」


 言っても無駄。訴えるのは徒労。聞き入れてなんて、もらえない。

 頭ではそれをわかっていても、私も、いいかげん怒り心頭で叫んでしまいました。


「――私は『普通』です!」


 だけど……、


「トクベツになりたい……」

「トクベツに……」

「誰よりも、トクベツに……」


 彼らは瞳を輝かせ、私へ迫ってくるのです。ゾンビのように。ゴーレムのように。

 この感覚。

 この、恐怖と絶望にまみれた、どうしようもない寒気。まるで……。



『■な■ね。■■ち■い■』



 耳の奥に何かが聞こえた気がしました。

 でもそれは形を取らず、不明瞭で、何のことかわかりませんでした。


「……この」


 道路標識ロッドを両手に持つも、私の体は怖さに震えて動いてくれません。

 男達が、さらに私との距離を詰めてきます。これは、このままじゃ。もう……ッ!


 ――そう、思ったときでした。


「見つけたぞ、シイナァ――――ッ!」


 空から声がしました。

 そして、見上げるよりも先に、私の前に降り立ったのは、


「ユウヤ、さん!?」


 ワイシャツにスーツのズボンという格好のユウヤさんでした。


「大丈夫か、シイナ……! ケガはないか!」

「は、はい……」


 まるでお姫様を救う騎士のように、彼は颯爽と私の窮地に駆けつけたのです。

 そしてその手に、収納空間から取り出した剣を持って、構えました。


「これ以上、俺のシイナに手は出させないぞ、おまえ達!」


 私は、呆然となりながら彼の後ろ姿を見つめていました。

 彼の叫ぶ声の、何と凛とした響きでしょうか。

 私を守る彼の立ち姿の、何と勇ましいことでしょうか。


 まさか、こんなタイミングで私を助けに来てくれるだなんて、ユウヤさん……。

 あなたっていう人は本当に、本当に――!

 思わず体を震わせる私の耳に、さらに続けて、声が聞こえてきます。


「いたぁ! シーちゃん見っけぇ~!」

「っと、割とヤバイ状況っすね。急ぐぜ、タマちゃん!」

「あ~い、ケンきゅん!」


 タマキ姉様、ケントさん!


「ぼくの妹に、あいつら……。ねぇ、殺していい? あいつら、肉片にしていい?」

「それはせめて『異階化』してからにしましょうね、マリクお兄ちゃん」


 ブチギレ寸前のマリク兄様に、ヒメノ姉様!


「……来て、くれたんだ」


 次々に空から降りてくる家族を見て、私は一気に脱力しました。

 もう、任せておけば大丈夫。助かった。そう思って、緊張の糸が切れたのです。


「ぁ……」


 そして、視界が暗転し、私はその場で意識を失いました。

 ユウヤさん……。私は――、

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