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【連載版】出戻り転生傭兵の俺のモットーは『やられたらやり返しすぎる』です  作者: 楽市
第八章 安心と信頼のハードモードハート

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第161話 ソライロエクスペリメンツ/1

 彼は、夢を見ている。

 まだ小さい頃の夢、三歳か、四歳くらいだろうか。


 寝ている誰かを、彼が見ている。

 その誰かは、もうずっと目を開けていない。彼は、それを見下ろしている。


 血。

 赤。

 じわじわと広がる、大量の鮮血(あか)だ。


 横たわる誰かを、彼は真上から覗き込んでいる。

 その誰かは、俺が見つめても動かない。


 怖かった。

 心の底から怖くて、助けを呼ぶなんてこと、考えつきもしなかった。


 怖くて、怖くて、このまま自分は終わりなんだと思った。

 だってその誰かは死んでいた。彼はそれを見下ろし、ガタガタと全身を震わせた。


 だから、生き返した。恐怖に衝き動かされて。

 彼は、自分が殺した相手を、蘇生アイテムで生き返した。するとそいつは起きた。


 ――そして、そいつは彼にこう言ったのだ。


「■■■■、■■■■■■■■■」


 何を言われたのか、彼は覚えていない。

 でも、そのときに何を思ったのかは今でもはっきりと覚えている。


 ――ああ、そうか。俺は誰とも仲良くなっちゃいけないんだ。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 どうも、小市民でありたい一般的な占い師のシイナ・バーンズです。

 本日も普通に駅ビルにて占いのお仕事中です。


 今日は天気があまりよろしくなくて、お客の入りはボチボチといったところです。

 できれば、今日は忙しい方がいいんだけどなー、などと思いつつ……。


「……はふぅ」


 他の人のいない占い部屋の中で、私は小さく息をつきます。

 彼氏が、できてしまいました……。


 そうです、彼氏です。あの、彼氏彼女のうちの、彼氏なのです。

 つまり、恋人です。ええ、そうなんです、私に恋人が。


 ……私に、恋人がッッ!?


 というビックリ芸を、心の中で何度繰り返したことでしょうか。

 しかし事実です。

 ええ、私はこのたび、正式にユウヤさんとお付き合いすることとなりました。


 このことはまだ家族のみんなには伝えていません。

 伝えると、どうしても彼にも話が行ってしまうからです。


 はい、もちろんタクマ君のことです。

 もう私は、彼のことをタクマさんと呼ぶことはできません。


 彼は、タクマ君は、私の弟です。

 ユウヤさんとお付き合いする以上は、私もそのように心を決めねばなりません。


 中途半端な心境のままであそこまでしてくれた彼に向き合うなんて、失礼です。

 だから、私は、タクマ君を一人の男性として見ることもやめなければなりません。


 あの人、タクマさ――、いえ、タクマ君。

 元々、最初に好きになったのは、私の方でした。


 私は個性派揃いのバーンズ家の中でも、またさらに異端です。

 それは、性格がということではなく、能力がです。


 私の持つ能力は、未来予知。

 それを、異面体だけでもなく私自身も扱うことができる。

 その特異性が、小さな頃から心の中に消えないしこりを作っていました。


 家族のことは愛しています。

 でも、いつだって私の中には『この人達と自分は違う』という思いがありました。


 場合によっては、それは『よいこと』のように思えるかもしれません。

 人と違うことに意義を見出せる人も、少なくないのだと思います。


 でも、私は違いました。

 誰かと違うことが、私にとっては苦しいことでした。

 だから、家族と違うという認識は、私には抜けない毒のトゲに等しかったのです。


 そんな中、私の前に現れたのが、タクマ君でした。

 私と同じ『現実に影響を与える異面体』を持って生まれた、私の弟。


 誰にも話せない孤独感に苛まれていた私にとって、彼の存在は救いでした。

 ずっとずっと『独り』だった私に、やっと本当の家族と呼べる人が現れたのです。


 理由にしてみればそれだけの、何ともくだらないことです。

 けれども、本人にしかわからない苦痛というものは、誰しも必ず存在します。

 私にとっては、この『自分は違う』という認識がまさにそれでした。


 だから、私はタクマ君を可愛がりました。

 それはそれは、大切にしました。家族の中でも一番仲が良かったです。


 でも、それがいけなかった。

 誰よりも『普通』に憧れる私だったのに、タクマ君だけを『特別扱い』して。


 気がつけば、私の中で彼は本当に『特別』になっていました。

 それでも外に出さずにいたのに、いつの間にか、タクマ君も同じように私を――、


 最初に好きにになったのは、私の方。

 でも、最初に告白してきたのは、タクマ君の方でした。


 異世界で、私が十六、彼が十五のときのことでした。

 今となっては、懐かしい記憶。そして、これから先は蓋をするべき記憶です。


「あー」


 おっと、占いの部屋のすぐ外から、足音と声が聞こえてきます。

 お客様でしょうか。

 いけませんいけません。今はお仕事中です、シャキっとしないと。


 誰かが、部屋の中に入ってきます。

 私は精一杯の笑顔でお客様を迎え入れようとします。


「いらっしゃいま、せ……?」


 部屋に入ってきたのは、数人の男性でした。

 皆さん、体が大きく、そして強面でサングラスをかけていたりします。

 う~~む、これはまごうことなきヤカラのモノです。間違いない!


「このオンナ、かぁ……?」

「お~、イイね、上物じゃねぇの、こりゃいいや!」

「え、な、何です……?」


 男達が、部屋の中にズカズカ踏み込んできて、私を囲むようにして立ちました。


「おまえが、俺達を『トクベツ』にしてくれるんだな?」

「な、……は?」


 え、何ですか? ……『トクベツ』? 何の話ですか?


「おう、やってくれよ。俺らをよ、誰よりもスゲェ『トクベツ』にしてくれよ!」

「できんだろ、お姉ちゃん。なぁ? オイ?」


 男達が、さらに私に向かって距離を詰めてきます。

 その圧に怯んだ私は、あっという間に壁際まで追いやられてしまいました。


「な、何なんですか……? トクベツ? 何の話、ですか?」

「オイオイ、フカシ入れてんじゃねぇぜ?」


 おののく私に、男達の一人が壁に手をついて迫ってきます。

 ヤですね、何ですかこの歓迎されざる壁ドン。さすがにイヤすぎるでしょう!


「……あ、その目」


 私は、気づいてしまいました。

 この人達、ユウヤさんを殴ったあの暴漢と同じで、目が、輝きを帯びています。

 そして、重ねて感じる、魔力の感触。やっぱり、この人達は――!


「さぁ、俺達を『トクベツ』にしてくれよ!」

「早くしろよ、剥いちまうぞ!」


 大きな声が、私を脅します。

 怖い。怖いです。背筋が凍えて、足が震えて、生きた心地がしません。


「オイ」


 男の中の一人が、私に向かって手を伸ばそうとしてきます。

 その手が『捕まったら終わりなもの』に見えて、思わず、叫んでいました。


「し、縛って!」


 収納空間から取り出した魔法の鎖が、男達に絡みつき、その身を縛ります。


「何だァ、こりゃあ!」

「ぐ、クソ、動けねぇ……!」


 男達は、この前の暴漢のような反応を見せます。しかし――、


「スゲェ、やっぱりこいつが『トクベツなオンナ』だ!」

「ああ、そうに違いねぇ、こんなことできるヤツが『普通』なはずがねぇ!」

「……ひっ」


 な、何ですか、この人達。

 どうして、がんじがらめに縛られてるのに、そんな輝く瞳で私を見れるんです?

 もしかしてドなMの人!? ……なんて、冗談を言っている場合ではありません!


「逃げなきゃ……」


 この人達は、魔力を使えるようです。

 魔法の鎖は持ち主の意志で動かせますが、魔力で抗うことが可能です。


 もしかしたら、数秒後には鎖から抜けるかも。

 そう思うと、気が気ではありません。

 私は、占い師の格好のまま、お店を出ていきました。すると……、


「おい、あの女……!」

「あいつだ、あいつが『トクベツな女』だ!」

「捕まえるんだよ、そうすれば『トクベツ』になれるんだ!」


 何ですか、これッ!?

 お店の外に、もっと多くの、瞳を魔力に輝かせている人達がいました。


 十人や二十人ではききません。

 普通のお客様なんて、どこにもいませんでした。

 お店のあるフロア全域に渡って、ヤ、ヤ、ヤカラな連中がァァァァァ――――ッ!


「「「俺を『トクベツ』にしてくれぇぇぇぇぇぇ――――ッ!」」」


 そして全員が私狙ってきています~~~~!? イヤァァァァァァァァッ!


「に、逃げなきゃ……ッ!」


 何とか外に出て、飛翔の魔法で空に逃れなきゃ。

 そう思って、近づいてくるヤカラを魔法の鎖で戒めつつ、私は走ります。


 しかし、近くにある小窓を見れば、そこに、外から私のことを覗き見るヤカラが。

 私は、ゾッとしました。

 だってその窓がある外には、立てる場所なんてないんですから。


 外――、魔力――、飛翔の魔法!?

 それを悟って、私の中に絶望が広がります。空は、逃げ場所にならない!


「そんな、そんな……ッ!」


 逃げているうち、呼吸が乱れてきました。

 私は、素の体力は低くはないのですが、あまり鍛えていません。


 父様達程には荒事に慣れてはいないので、恐怖による耐性も高くありません。

 おかげで、気疲れから体力がゴリゴリ削られていきます。


「た、助けて……」


 あくまで護身用でしかない魔法の鎖も、もう残りわずかです。

 こうなったら、助けを呼ぶしかありません。私は無我夢中になっていました。


「助けて、タクマさん……!」


 頭の中は真っ白なまま、スマホでタクマさんの番号にかけていました。

 耳に当てたスマホから聞こえる、コール、コール、コール、でも、出てくれない。

 コール、コール、コール、コール、やっぱり出てくれない!


「タクマさん……ッ」


 その名を呟く私の心に、真っ黒い落胆が広がっていきます。

 でも、このときの私は、知りませんでした。

 私が追われているのと同時刻、タクマさんとマヤさんもまた追われていたのです。


 ――私がそれを知ったのは、全部が終わったあとでした。

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