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【連載版】出戻り転生傭兵の俺のモットーは『やられたらやり返しすぎる』です  作者: 楽市
第八章 安心と信頼のハードモードハート

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第154話 始まりは真夜中の再会から

 私は、夢を見ています。

 とても幼い頃の夢で、三歳か、四歳くらいでしょうか。


 寝ている私を、誰かが見ています。

 私は目を開けますが、どなたでしょうか、わかりません。


 影。

 陰。

 色濃い、真っ黒い陰影(かげ)です。


 横たわる私を、その陰影は真上から覗き込んでいます。

 私は、身動きが取れませんでした。


 怖かったからです。

 とても怖くて、近くにいるはずの母様や父様に助けを呼ぶこともできません。


 怖くて、怖くて、このまま自分は死ぬんだと思いました。

 でも、その陰影は私をジッと見下ろすだけで、何もしてきません。


 なのに、怖いんです。恐怖で体が動かないのです。

 真っ黒い影が私を見下ろす。ただそれだけのことが、私に死を思わせたのです。


 ――そして、その陰影は私に言いました。


「■■■■。■■■■■■」


 何を言われたのか、私は覚えていません。

 でも、そのとき何を思ったのかは今でもはっきりと覚えています。

 陰影に言われたことに対して、私はこう思ったのです。


 ――ああ、そうか。私は『普通』じゃないんだ。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 その夜も、タクマは車の中で待機していた。

 ここ一週間、本気で裏仕事が増えた。

 依頼された全てをホイホイ引き受けているワケではない。キチンと厳選している。


 それでも今週が始まって二日。仕事は四件目だ。

 幸い、アキラはその全てを引き受けてくれた。本当にありがたい。


 何でも、スマホ以外にもパソコンも欲しくなったんだとか。

 どうせミフユの影響だろう。

 あの母親が勧めるパソコンとなれば、安物なはずがない。


 無駄に一級品を使った、超高級パソコンだとすぐにわかった。

 それを買うとなれば、まぁ、余裕で三桁万円は行くだろう。金が必要だ。


「母ちゃんも買ッてやりゃいッのによー。教育だッたりするんかねー」


 車の外に出て、そんなことを呟く。

 今のアキラにパソコンを与えたところで、まともに使えるとは思えないのだが。

 あの父親が、ネット依存になるとも思えないし。


「ま、こッちは仕事ッしてもらッてんだから、何ッも言わねッけど」


 取り出した煙草に火をつけて、軽く吸い込む。

 ああ、あいつは今頃、何してるかなぁ。


 一人になるとどうしても思い浮かんでしまう、彼女のこと。

 最後に会ってから十日以上経つが、会えてもいないし、連絡もできていない。


 ケータイの電話番号は知っている。

 きっと、かければ出てくれるだろうし、普通に話もしてくれる。


 ただし、それは家族として、だ。

 自分は弟として扱われ、自分は彼女を姉として扱うことになる。

 それ以外では、話してくれないだろう。きっと。


 家族として接することに、問題があるワケではない。

 自分だって家族は大切な存在だ。父も母も兄弟も愛していると断言できる。


 総勢十七人の大家族。

 しかし、異常なほどに仲はよく、人間関係の面で問題になったことは少ない。


 過去に一度だけ、家族を真っ二つに割る大戦争も勃発したが、それもご愛嬌だ。

 何せ、割れた原因が『末っ子の名前をどうするか』だったのだから。


 父アキラが推す『ヒカリ』か。

 母ミフユが推す『ヒナタ』か。


 それを巡って、当時十六人だったバーンズ家は、八対八で割れた。

 それは、激しい戦争だった。これがきっかけで一つの国の政権が潰れたほどだ。


 七日七晩争い続けても決着はつかなかった。

 最終的にアキラとミフユのにらめっこ対決に全てが委ねられ、ミフユが勝利した。


 今、思い出しても笑ってしまう。

 何で最後の最後がにらめっこ対決なんだよ。どうしてそれで決着するんだよ、と。

 ちなみに、自分は『ヒナタ』推しだった。姉の彼女も同じだった。


「……結局そこに戻っちまうんだわなぁ~」


 何を思っても、どう思考を巡らせても、最終的に行き着く先は『彼女』だった。

 女々しいとは自分でも思うが、思い浮かぶのだから仕方がない。


「あ~、なっさけねぇ……」


 タクマは、その場に膝を折って身を丸めた。

 下げた頭を両腕で覆うように抱え込む。


 本当に、心底、つくづく、どうにもこうにも、情けない。はぁ~、情けない。

 彼女のこと、だけではない。そもそもこの場にいること自体が情けない。


「俺って何でこうなんだろうなぁ……、はぁ~……」


 長々と漏れ出る、嘆きの吐息。

 ここでこうやってウジウジしていることが、まず情けない。


 いつもそうだった。

 異世界にいた頃から何も変わらない。いつだって、自分は安全な場所にいる。

 父や兄弟が戦場に出ているときも、裏方に徹して前線には出ない。


 それがどうにも歯がゆく、もどかしく、そして情けない。

 全ては、自分が戦えないせいだ。

 どうしても人を殴ることができない性格が原因だ。


 だが、それをどれほど疎んだところで、じゃあ自分は人を殴れるのだろうか。

 考えるまでもない。無理だ。絶対にできない。考えるだけで吐き気がする。


 アキラが言っていた。

 普段が戦えずとも、必要なときに戦えればそれでいい。と。


「……できんのかぁ? こんなザマで」


 呟いて、そして思う。

 あの姉が自分の手を取ってくれない理由は、そういうことなのだろうか。


 自分がどうしても戦えないように、彼女もまた、どうしても自分の手を取れない。

 もし、そうなのだとしたら――、あ、ヤバイ。これ以上考えると、心が死ぬ。


「クソ、いつか振り向かせてやる……」


 結局はいつものそこに落ち着く。

 どうやって、という部分は考えない。とにかく振り向かせるのだ。

 今日もまた昨日と同じ結論が出たところで、煙草が燃え尽きた。


 どうするか、もう一本、吸うか。

 そう考えていたところに、近くからバタバタとせわしない足音が聞こえてくる。


「ンッだぁ~?」


 かなり近くだったのでさすがに無視できず、タクマは立ち上がる。

 すると、その耳に何人かの男達の声が聞こえる。


「……いたか……」

「……こっちにゃ……」

「……クソ、あのアマ……」


 誰かを探しているようだが、女か。女を追いかけている?

 そう考えていたところに、別方向から聞こえてくる、軽い足音。すぐ近くからだ。


「あ……ッ!」


 と、近くの曲がり角から女の声がする。

 タクマが振り返る前に、彼の方へと女が走り寄ってきた。


「た、助けて……!」


 女は、フード付きの黒いジャケットを羽織っていて、顔はわからなかった。

 背は中背ほどで、低くはないが大柄なタクマからは見下ろすくらいの差がある。


 線は細いが儚さはなく、むしろ活発な印象の女性だ。

 年齢は、声音からしてかなり若い。いってても十代後半くらいだろう。


 タクマの目線からは見下ろす形になるので、女を見るとどうしても胸が目に入る。

 大きさはそこそこ、背丈と同じく小さすぎず大きすぎず。それはまあいい。


 問題は、この女をどうするか、だ。

 ぶっちゃけ関わりたくない。というのがタクマの本音だ。


 男は悪者で、女は可哀相な被害者。

 なんていう安直な判断も下すつもりはない。重ねていえば、事情も知りたくない。


 ただ、厄介ごとに巻き込まれるのが御免だった。

 それこそ、冗談じゃないとすら思う。

 しかし、状況はタクマに選択を強いる。男達の足音が、近くにまで迫っていた。


「あ~、ッたく、冗談じゃねッしょ!」

「きゃっ!」


 タクマは髪をガリガリ掻きながら、女を自分の車の中に放り込んだ。

 男達がこの女を追っているのだとしたら、見つかれば間違いなく巻き込まれる。


「やれやれッしょ!」


 タクマは自分も車に乗り込み、窓ガラスに金属符を貼りつける。

 そして、車中はこれで『異階化』。

 外からこの車の中を覗いても、タクマも女も見えなくなる。


「あとッは、このままッここで十分ッ二十分も待ッてりゃ、勝手にいなくなッだろ」


 声の調子からして、女を追っていた男達はよくいるチンピラ連中だ。

 そうした人間は待つということを知らない。

 目的を達成するため、とにかくがむしゃらに動きたがる。回遊魚みたいな存在だ。


 だから、放っておけば勝手にどこかに行ってくれる。

 それでひとまずはこの場は凌げるが――、


「余計な荷物ッ、背負いッ込んじまッたぁ~……!」


 ハンドルに両手をかけ、盛大にため息をつく。

 自分の行動に問題があるとは思っていないものの、ただひたすら面倒くさい。


「な、何よ! 女の子が男に追いかけられてたのよ!?」

「おめッが犯罪者じゃねッつ~証明してッから言えや」


 助手席から噛みついてくる女性に、めんどくさいままタクマは返す。

 すると、それが不服だったのか、女性はフードを外してタクマを睨んできた。


「何なの、失礼なヤツね、あんた! 助けてもらったのは感謝してるけ、ど……」


 だが、女性の言葉が途中で止まる。

 何故か彼女は、びっくりしたような顔つきでタクマを見ているようだった。


「あン?」


 その反応が気になって、タクマもチラリと女性の方を見る。

 気の強そうな顔立ちの女だった。

 髪は短くしており、色まではわからないが染めているようだ。


 露わになっている耳には幾つものピアス。

 細い眉に、やや目つきの悪い瞳。すっと通った鼻筋。小ぶりな唇。

 顔自体はかなり整っているが、その目つきの悪さにより険しい印象を与えている。


 キツイ感じの美人。概ねの印象はそんな感じ。

 しかし、彼女の顔を見たタクマは、それどころではなかった。


 彼もまた、女性と同じように目を剥いた。

 何故ならば、隣に座っている彼女に見覚えがあったからだ。


「……マヤ・ピヴェル?」

「え、やっぱりあんた、タクマ・バーンズ!?」


 その女性は、異世界でタクマの妻だったこともあるマヤ・ピヴェルであった。

 この遭遇から、タクマの物語は動き始めることとなる。


 一方、マヤを追っていた男達は、戻ったアキラに因縁をつけてブチ殺されていた。

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