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第151話 彼女、ヒメノ・バーンズの話

 ヒメノ・バーンズは、家族が大好きだ。


「マリクお兄ちゃん、おはようございます」


 朝、マリクが家を出ると、外にヒメノが待っていた。


「あ、ヒメノ、おはよう。あれ、家、こっちなの?」

「ちょっと遠回りして、来ちゃいました。マリクお兄ちゃんと一緒に行きたくて」


「そうなんだ。嬉しいなぁ」

「フフ、行きましょう」


 小学三年生の兄と中学一年生の妹が、手を繋いで歩く。

 二人は、異世界ではバーンズ家唯一の双子として生まれ、特に仲が良かった。


「こうしてると、私がお兄ちゃんの手を引いてるみたいですね」

「違うから、ぼくがヒメノの手を引いてるんだから」

「ええ、それはもちろん」


 兄がちょっとだけ声を硬くしたのが、ヒメノは嬉しい。

 依存しているワケではないが、マリクが自分を守ってくれている感じがする。


「マリクお兄ちゃんは、おうちの方はどうなんです?」

「ん~、嫌い」


 バッサリであった。

 しかし、それも仕方がないだろう。


 ヒメノもマリクも、共にこちらの世界に『出戻り』した身。

 全てが上手くいっている人間は、そもそも『出戻り』自体しない。

 何某かの形で『非業の死』を迎えたからこそ、二人は今、ここにいるのだ。


「私も、おうちはめんどくさいですわね」


 ヒメノは言う。

 こうやって零せるのは、一緒に歩く兄か、異世界での両親くらいなものだろう。


「眞千草家って、そんなにめんどくさいの?」

「そうですね。今は大した財産も残っていない普通の中流家庭なのに、旧華族の出自というだけで未だに自分達が上の人間だと思っている。そんな方々ばかりですわ」


 小さく息をついて、そんなことを言ってしまう。普段は絶対言わないのに。


「ヒメノは、どうして『出戻り』したの……?」

「自殺ですわ」


 問われたので、素直に答える。これもやはり、普段は言わない。


「私のこちらでの両親が、どちらも無駄にしつけに厳しい方で、過干渉で、何かあるごとにお説教の毎日で。それも、人格否定の言葉だけで構成されているような……」

「それは、死にたくなるね」

「はい、ですから去年、一度死んで差し上げましたわ。両親がいない間にしたためた遺書を置いて、手首をザックリいって――、こうなっちゃいましたの」


 ニパッ、と、ヒメノは明るく笑う。


「こっちに戻ってきたら、何でしょうか、全てが大したことが無いように思えたのです。くだらない親のしつけもお説教も、全然大したものではありませんでしたわ」

「大丈夫? 無理、してない?」


 マリクが、心配げにヒメノを見上げる。

 それがちょっと嬉しくはあるが、ここで心配をかけるのも気が引ける。


「大丈夫ですわ、私、あちらでの人生を経て、鍛えられましたので」


 ヒメノはあっけらかんと言う。

 それは事実だった。

 彼女は異世界でバーンズ家の一員として生まれ、生涯を終えた。


 その経験を経て『出戻り』した今は、親も家も、大したものには思えない。

 いや、それどころか――、


「実は、もう私、眞千草の家を継いじゃってるんですの」

「え、そうなの……?」

「はい。こっちの両親、説き伏せちゃいました」


 ヒメノが『出戻り』したのちも、両親は相変わらずだった。

 そこで、膝と膝を突き合わせてじっくりと両親とお話をしたのだ。


「どれくらい?」

「えっと、去年の冬休みで……、二週間くらいでしょうか」


 つまり、冬休みを丸々両親の説得に使った、ということである。

 もちろん、その間、飲まず食わず眠らずで、だ。


「両親が疲れてきたら、魔法で回復してあげながら、お話していましたわ」

「治すことに関してはヒメノはバーンズ家で一番だしねー」

「そ、そんなことありませんわよ……」


 兄に言われてちょっと気恥ずかしくなりつつ、ヒメノは話を続ける。


「それで、お話し合いをして、両親に『これ以上は干渉しない』って言ってもらえて、ついでに家督も譲ってもらいました。欲しいとは思ってなかったんですけど」


 眞千草の家は古臭い習慣にまみれた家だ。

 だからこそ、家督を継いだ当主の発言力は強く、今は誰もヒメノに干渉できない。


「へぇ、じゃあ、今は、のびのび自由に過ごせてるんだ?」

「それが、今度は祖父と祖母を含めた親族が干渉するようになってきて……」

「めんどくさっ」


 顔をしかめるマリク。本当に、めんどくさい一族だとヒメノも思っていた。


「ですので、お盆に親族一同で集まったときに、またお話し合いをしましたわ」

「どれくらい?」

「そのときは短かったですわよ。一週間くらいですわ」


 何気なく言うヒメノだが、冷房の効いていない状態で、一同正座で飲まず食わず眠らずでの一週間に及ぶ説き伏せを、果たして短いと言っていいのかどうか。


「……どんなことを話したの?」

「変なことは話してませんわ。親族の皆様が言ってくる意見や主張を聞いて、おかしいと思った点を一つ一つ挙げていって反論して、相手が感情的になっても根気強く対話の姿勢を崩さずに話し続けて、の繰り返しですわね。普通のお話し合いでしたわ」

「普通(にメンタル壊れてもおかしくないレベル)のお話し合いだね……」


 マリクに指摘されて、ヒメノは「まぁ」と口に手を当てる。


「私、おかしなことをしていましたか?」

「別にそんなことはないと思うけど。ヒメノにとっては普通のことなんだし」


 ただ、異世界でもヒメノとの『お話し合い』は家族全員から恐れられていた。

 そんな事実があるだけに過ぎない。ヒメノ本人は知らないが。


「あ、ここでお別れだね」


 ヒメノの中学とマリクの小学校、それぞれに続く分かれ道に差し掛かった。


「はい、いっぱいお話しできて楽しかったです、お兄ちゃん!」

「ぼくもだよ、ありがとう、ヒメノ」


「次は、お兄ちゃんのお話を聞かせてくださいね?

「う~ん、楽しい話にならないと思うけど、ヒメノが聞きたいなら」

「是非」


 そして二人はそこで別れて、二学期が始まったばかりの自分の学校へと向かった。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 昼休み。


「あ」

「あら」


 ヒメノは、学校の中庭でケントとバッタリ遭遇した。


「こりゃどうも、ヒメノさん」

「はい、こんにちわ、郷塚先輩」


「いやいや、ケントでいいっすよ」

「そういうわけには参りませんわ。目上の方ですもの」

「ヤベェ、普通にいい子だわ、この子……」


 何やらかしこまっているケントに、ヒメノは柔らかく笑いかける。

 二人は、近くにあったベンチに隣り合って座る。


「郷塚先輩も、中庭でお昼ですの?」

「ああ、そうですね。大体いつも、中庭で食ってますね」


 ケントは、手に弁当を持っていた。

 布に包まれた、そこそこ大きな弁当箱だ。


「ヒメノさんもここで?」

「そうですね。いつもは教室で食べているのですけれど、今日はお天気がいいから」


 ヒメノが空を見上げる。

 そこには、まばらに雲が散っているだけの青い空が広がっていた。


「ようやく少し暑さも抜けて、過ごしやすくなってきましたわね」

「そうっすね~。さて、昼飯昼飯。って、うお、ヒメノさんの弁当スッゲェ」


 ヒメノの持っていた弁当箱は小さかった。

 しかし、蓋を開けてみれば、現れたのは見た目からして食欲をそそる弁当。

 小ぶりなウインナーが、見事なまでにタコさんだ。


「今日は、たまたま失敗せずにできましたの」

「え、これ、ヒメノさんの手作りなんだ。スゲ~!」

「そんなに褒めないでくださいまし。照れてしまいますわ……」


 手放しで褒められて、嬉しくはあったが同時に恥ずかしくもある。

 ヒメノは照れて俯いたまま、自分の弁当を食べ始める。


「さて、俺もいただくか~……」


 隣に聞こえる、ケントの覚悟を決めた声。……覚悟?

 気になってヒメノがチラリと見ると、ちょうどケントが弁当箱の蓋を開けていた。


「……わぁ」


 そこに現れたのは、残骸。もしくは、亡骸。

 決して料理と呼んではならない、料理を試みた末の無残な結果を示す物体だった。


 黒い。どこまでも黒い。

 そして黒い。何もかもが、黒い。


「ウワー、オイシソウダナー」


 それを目の前にして、箸をとるケントの声が死んでいる。目も虚ろだ。


「あ、あの、郷塚先輩、これは……?」

「カノジョノテヅクリッス」


 ケントの彼女――、長女タマキのことだ。


「え、タマキお姉様の手作りなのですか……?」


 意外過ぎて、失礼にも声をあげてしまった。

 ヒメノの記憶の中では、タマキは料理はできなかったような気がするのだが。


「いやぁ、その、タマちゃんが初めて作ってくれたんすよ、今日」

「まぁ、それは喜ばしいことですわね」

「エエ、ヨロコバシイデスネ。ウワー、オイシソウダー」


 目に光がない。声も無機質だ。

 まぁ、この弁当と銘打たれた焦土を見れば、誰だってそうなるかもしれないが。


「あの、治しましょうか……?」

「え?」

「そのお弁当、私、治せると思いますの」


 告げると、ケントが驚きに目を丸くする。


「そ、そんなことができるんすか?」

「はい。私、頑張って回復魔法をお勉強したので、生き物じゃなくても治せますの」

「スゲェ……」


 口をあんぐり開けるケントに、やはり悪い気はしないが照れてしまう。

 せっかくのタマキの手作り弁当だ。

 ケントには美味しく食べてほしいと、そうヒメノは思っていた。しかし、


「けど、大丈夫っす。俺はこのままいただきます」

「え、でも……」

「お気遣いは本当に嬉しいっす」


 ケントは、ヒメノに軽く頭を下げた。


「でもやっぱ、タマちゃんが一生懸命作ってくれたモンだから、俺はそれを、そのまま食べてあげたいですよ。ちゃんと『キツかった』って感想も言いますけどね!」

「あら、あら……」


 ギラリと瞳を光らせるケントを、ヒメノは少し驚きながら眺める。

 これが、話に聞いていたアキラの親友、ケント・ラガルク。


 彼のことはアキラと、そしてタマキ本人から幾度となく聞かされていた。

 そのたびに会ってみたいと思ったし、失礼ながら勝手に色々イメージしていた。


「……イメージ通りの方ですわね、ケント様」

「あれ、嘘だろ、案外美味しい……? って、何すか、なにか言いました?」


 焦土弁当を一口食べたケントが、ヒメノの呟きに気づいて彼女を向く。


「いえ、ケント様がタマキお姉様の言っていた通りの方で、ちょっと嬉しくなってしまったんですの。お姉様は、ずっとケント様のことを想っておいででしたから……」

「ああ、あっちの世界で生涯未婚とかだったらしいっすね、あの女……」


 自分の彼女を「あの女」呼ばわりするケントだが、それはヒメノからするとアキラとミフユの関係性を彷彿とさせるもので、自然と笑みが浮かんでしまう。


「ところで、ヒメノさん」

「あ、は、はい!」


 浸っていたところに名を呼ばれ、ちょっとビックリする。


「興味本位の質問ですけど、あっちの世界で結婚しなかったので、タマちゃんだけだったんですか? 他の兄弟や、ヒメノさんとかは……?」

「私は、あちらでは幸運なことに同じヒーラーの方との出会いに恵まれまして、結婚はしておりましたわ。他の兄弟も、皆さん、出会いに恵まれて――」


 語りながら、ヒメノはあちらでの日々を思い返す。

 いいことばかりではなかったけれど、総じてみれば幸福な人生だったと思う。


「へぇ、そうなんすね。あの、リア充死すべしオーラバシバシのシイナさんも?」

「え、シイナちゃんが? そ、そうなんですか……?」


 ヒメノはまだ、こちらではシイナに会ったことがなかった。


「ええ、すごいっすよ。何ていうか、恋人持ちと既婚者に対する嫉妬オーラがいつでも燃え上がってる感じで。スゲェ見てて面白いですよ、あの喪女」

「そんな……。シイナちゃんだって、ちゃんと結婚してたんですよ? お見合いではありましたけど。そんな拗らせるような子じゃなかったと思うんですけど」

「あ、結婚してたんか、シイナさん!」


 ケントの驚きようが、ヒメノからすると割と意外だった。

 彼女の記憶の中にあるシイナは、やたらと『普通』にこだわる変な子ではあった。


 しかし、そんなにも人を妬むような子だっただろうか。

 どうにも、ケントの語る人物像と自分の中のあの子のイメージが重ならない。


「う~ん……。あ、そういえば」


 考え込むうち、全く別のことを思い出す。


「何すか。何かありました?」

「いえ、私の兄弟の中で、未婚だったのはタマキお姉様だけでしたけれど、他に一人だけ、離婚を経験した子がいたな、というのを思い出しまして……」


 口にするのは当人に失礼かなとも思ったが、話の流れから口に出してしまった。


「へぇ、離婚。団長の子供でも、そういうことになる人もいるんすね」


 ケントは、その話を知らないようだった。

 失敗したな、と、ヒメノは思う。だけども口に出したのは自分だ。ああ、罪悪感。


「で、そりゃ誰なんです?」


 タマキお手製の焦土弁当を普通に食べつつ、ケントが尋ねてくる。

 ヒメノは言わずにおきたかったが、それはケントの期待を裏切ることになる。

 結局、彼女は言ってしまった。


「……タクマ君です」

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