第148話 宇宙一上から目線の寄生虫
ヒメノ・バーンズはヒーラーだ。
家族の中でも最も魔力量に溢れた逸材で、優しい性格をした大人しい子だ。
何かとアレな我が家において、一、二を誇る『いい子』。
それが、バーンズ家次女、ヒメノ・バーンズ。
戦乱に傷つく人々を憂いて自らヒーラーを志した生粋の善人でもある。
そして、その人形のように整った容貌も相まって『清純にして美麗』と謳われた。
ただ、その分、やっかみも多かった。
かなり周りからひがまれたし、それで傷ついたこともあった。
ま、そのたびにウチの誰かが動いてたんですけどね。
ただし、それで傷ついたままでいるワケがないのがヒメノなのである。
いや、報復をするとかそういうのではなくて、単純に立ち直りが早かった。
見た目儚げな割に、芯の部分の強さが尋常ではないのがヒメノだった。
そして、そんな次女ヒメノは――、
「な、何してるんですか、ヒメノォ――――ッ!?」
マリクが、家族で唯一呼び捨てにできる、あいつの双子の妹だった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
長い黒髪を風に流し、ヒメノが俺達を睥睨している。
『……汝ら』
低い声。ヒメノのものではない。
『この『至高の器』の知己、か。……面白き偶然もあったものよ』
口調がシンラに似てる。これはまさに王か皇帝の系譜、つまり魔王!
「ちょっとあんた! ウチの子返しなさいよ!」
『ウチの子――』
無表情のヒメノが、ミフユの言葉に反応を見せる。
うむぅ、何か違和感がすごい。日本の方のヒメノを見るの、初めてなのになぁ。
『なるほど、不思議なえにしもあるものよ』
何かに納得したように、ヒメノ――、に宿る魔王がうなずく。
その口ぶり、俺達がどういう存在かを見抜いたか。さすがは魔王、なんだろうが、
「いいから、ウチの次女返せや。寄生虫がよ」
『フフフ、我が寄生虫か。この魔王が随分と安く見られたモノよ』
「実際安いだろうが。器がなきゃ会話もできないような弱虫が何言ってんだ」
『これは、この世界を壊さぬための配慮よ。我は存在が強大すぎるがゆえ――』
「ああもう、うるっさい!」
魔王の口上を遮って、ミフユが空に上がってベリーで斬りかかろうとする。
「ごめんね、ヒメノ! ちゃんとあとで治すからね!」
謝りながら、ミフユは魔王にベリーを振り下ろそうとするが――、
「えい! やぁ! とぉ!」
まるで、ダメ!
ミフユは必死にベリーを振り回すも、ものすごいへっぴり腰。とても下手。
魔王は一応身を引くが、避けなくても当たらないよ、あれじゃ。
そりゃそうだ、だってミフユ君は剣なんて振ったことないからね。
独力でも戦えるようになりたいと言ったから手ほどきはしたけど、魔法主体だし。
その必要に迫られたら、金属符使ってNULLで対抗してたからなー。
正直、ベリーを見せてもらったときも「おまえ、剣使えるの?」って思ったモン。
やっぱり使えませんでした~~!
「ふ、ふん、やるじゃない、魔王。さすがね!」
『我は何もしておらぬが?』
「うるっさいのよ! 褒めてやったんだから素直に受け取っておきなさいよ!」
……笑うわ。
「おかしゃん!」
「女将さん、今、行きます!」
タマキ達が、加勢に加わろうとする。
しかし、その直前、魔王が動いた。
『――させぬ!』
「う」
「なッ」
黒い魔力が奔って、次の瞬間にはタマキとケントが水晶柱に閉じ込められていた。
「何と、姉上!?」
「おやおや、こいつは……」
『汝らもだ』
「……ッ、ひなた!」
魔王が、今度はシンラとお袋を狙う。
シンラは咄嗟にひなたをその場から離れさせ、お袋と共に水晶柱に呑まれた。
「お、おとうさん……?」
ひなたが、よちよちと歩いて、父親が閉じ込められた水晶柱を見上げる。
『これでよい。力あるものは封じた。のちに我が器として使ってやろう』
殺さなかったのは、ヒメノと同じく『器』にするため、か。
ある意味、水晶に呑まれた連中の安全は確保できたと言えなくもない。しかし、
「おとうさん……」
ひなたの泣き声が聞こえる。
このクソ魔王、よりによってひなたを泣かしやがったな……!
「おまえ……」
「おまえェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェ――――ッ!」
俺がキレるよりも早く、魔王に向かって飛び出していくその影。マリク!
「ヒメノを、ぼくの妹を返せよォォォォォォォォォォォォォォォォッ!」
その手に真っ赤な大腿骨を握り締め、ゲームの中の勇者のような姿にコスプレしたマリクが、先刻のミフユのように、魔王に向かって突っかかっていく。
マリクの『篩嬌骨』は、そのときの気分に合わせた姿と能力をマリクに与える気まぐれな異面体だ。今は、ヒメノを救いたい一心なのだろう。
『こざかしい』
魔王が、マリクに向かって指先を向ける。
そして指先はチカッと光って、マリクに向かって魔法が放たれ――、
「こざかしい!」
パンッ、と、小さく弾けるような音がして、何も起こらなかった。
『……何?』
魔王は訝しみつつも、さらに二度、三度と指先を光らせる。
だが、それらも全て小さな破裂音を鳴らすのみで、何も起こることはなかった。
「マリクが、キャンセルしてるのか!」
魔王の放った魔法を、マリクが即座に干渉して無効化してる。
うわぁ、変態。
行使直後の初見の魔法を、即座に解析して対抗してるとか、スゲェ変態技だ!
「返せェ!」
手にしたフルイキョウコツに魔力を収束させ、先端から光の刃が伸びる。
マリクはそれを魔王へと振り下ろすが――、避けない?
『フン』
マリクの一撃を、魔王は無防備にもその身に浴びる。
光の刃は確かにヒメノの体を捉えた。ザンッ、と、切り裂く音もした。
だが、無傷。
『――弱い』
「そん、な……!」
驚くマリクに、今度こそ魔王は魔法を命中させる。
空中に、デカイ爆発が生じた。
「マリクッ!?」
見上げ、叫ぶ俺の前に、勇者姿のマリクが着地してくる。
「ぼくは、大丈夫です……!」
マリクの全身を、光の膜が覆っている。
こいつ、あの一瞬で防御魔法を使ってたのか。やっぱ、さすがだな。
『こざかしい、実にこざかしい。その程度の力で我を討とうなどとは、片腹痛し』
「ちくしょう……ッ!」
上から言ってくる魔王に、マリクが歯噛みする。
魔力の刃が通じなかったのは、単純に魔力というエネルギーの量の格差か……。
ヒメノという、最高の魔力量を誇る『器』に宿る魔王は、確かに手ごわい。
特に魔力総量は俺達の数千~数万倍ほどもある。
それこそ、ありきたりな表現になってしまうが、巨象とアリの差だ。
異世界でも、この手のヤツと戦ったことは人生で数回くらいだったなー。
そのときはそれぞれに適した方法で殺すしかなかった。
おそらくは魔王も同類。普通の方法じゃ殺しきれないたぐいの敵なんだが――、
『ベリーちゃんにお任せで~っす!』
って、突然、ベリーちゃんが言い出したんだよね。
これには、さっき振り回してたミフユも驚く。
「え、やれるの、ベリーちゃん?」
『はい、マスター! ベリーちゃんはダークダークしたものが大好物な闇喰いの刃なのでぇ~、ああいう、いかにも闇っぽいモノは大好きでぇ~っす!』
そういえば、さっきも魔王はミフユが振り回すベリーを避けてたな。
あれって、もしかして当たるとヤバいから、なのか?
「でも、ミフユじゃ当てられないだろ。剣を使ったことないんだから」
「ぐむぅ……ッ!」
俺が指摘すると、ミフユが押し黙る。その辺は自覚してるか。
『だったら~、そっちの鉈君みたいにぃ~、ベリーが形状変化すればいいんじゃないですか~? マスターが使いやすい刃物の形になれば、どうですかぁ~?』
へぇ、形状変化までできるんか! この世界の魔法の武器もなかなかやるな!
「わかったわ、ベリーちゃん。じゃあ――」
『はい、マスター。何ですぅ~?』
「包丁になって!」
『…………包、丁!?』
ああ、うん。それは間違いなく使い慣れてるな、ミフユなら。
だけど、ベリーちゃんって仮にも聖剣ですよね? ……ええんか、包丁?
『スゴォ~イ! 包丁って、日用品ですよねぇ~! ベリーちゃん、そんなこと頼まれるの初めてですぅ~! 刺激的ィ~! ベリー、包丁になっちゃいま~す!』
……ええんか。すごいな、聖剣。
「うんうん、よしよし、スゴく手に馴染むわ!」
万能包丁の形になったベリーを、ミフユが何回か素振りして満足げにうなずく。
一方で、浮遊する魔王の直下に立ち上がる二つの影。
「火と、水の四天王が……」
ケントとお袋に仕留められたはずの両名、傷も消えて万全の状態で立っている。
しかし、瞳に光はない。自我を持たないのが一見してわかる。
「魔王がいる限り、何度でも蘇るって言ってたな……」
風の四天王の言葉を思い出し、俺は考えを巡らせる。
あの目を見る限り、火と水の四天王は魔王の操り人形。そしておそらく、不死身。
魔王は、直接俺達を潰すつもりだ。
あの二人の四天王は、壊れない肉壁として使う気だろう。
「……マリク、水晶柱の封印は解けるか?」
「発動前ならすぐに無効化はできます」
それが、マリクからの返答。
封印された状態から解除するのは、時間がかかるってことか。
タマキやお袋の助力を得るのは、状況的にまず無理と見ていい。
その上で、俺達が出せる最適解は――、
「マリク、おまえはミフユと組んで魔王をやれ。魔王の魔法からミフユを守れ。ミフユは、ベリーで魔王を仕留めろ。俺は、あの四天王の方を対処する」
「わかりました、お父さん」
「わかったわ。今度こそ、正義の鉄槌を下してやるわよ」
作戦は決まった。
魔王は全く動こうとしない。こっちの出方を窺っているのか。
いや……、
『ク、フフフフ。いつまでコソコソしておる。我は逃げも隠れもせぬぞ』
単に、こっちをナメ腐ってるだけか、あの野郎。
「よ~し、おまえら、仕返しの時間だ。あの宇宙一上から目線の寄生虫に、俺達の家族に手ェ出したらどうなるか、きっちり教えてやるぞ、いいな!」
「はい!」
「SSSランク冒険者、やったるわよ~!」
そして、俺の「行くぞ!」という掛け声と共に、俺達は地を蹴った。
さぁ、ラストバトルと参りましょうか!




