第147話 魔王、顕現! ……あ、そういう感じ!?
お袋が、右手に持ったダガーを収納空間にしまい込む。
「いけないねぇ、一仕事終えた後はどうにも煙草が吸いたくなっちまう」
「吸えばいいじゃねぇか、俺なら吸うぜ?」
俺が言うと、お袋はいつも通りに「ハハンッ」とシニカルに笑って肩をすくめた。
それ以上の答えはない。まぁ、そういうコトなのだろう。親め。
「キャアアァァァァ~~~~! お義母様カッコいいですわ~!」
騒ぐカミさん。ウチワ持ってそう。
「スゲ~! おとしゃんのおかしゃん、スゲェ~! 今度タイマンしたぁ~い!」
ワクワクする長女。やめなさい。
「ぬぅぅぅぅぅぅぅぅ! 何たる! ……実に、何たる! 美沙子殿ッッ!」
色々アガってる長男。割と珍しい反応。
「団長のお母さん、色んな意味でスゴいっすね!」
「見た目よくて、家事万能で、戦闘力もバカ高いパーフェクト片親だからな!」
「それはパーフェクトを冠していい単語なんですかね……」
ケントの真っ当な指摘が、なかなか深く突き刺さってくる。
『おやおや、水のまでやられちゃったねぇ~。ヒュロロロロ~』
『ミズ、ヨワイ、ダサイ』
一方で、残された魔王軍四天王の二人は、まだまだ余裕を保っていた。
ふむ、半減してもまだそんな態度取ってられるのか。つまり――、
「……おまえら、蘇生手段あるな?」
『おや、ピュロロロロ~。よく、ピ~ヒョロ~。わかったねぇ。ピュピープスー』
最後、笛吹くの失敗して音かすれさせてんじゃねぇよ!
だがこれでハッキリした。
なるほどね、アイテムか魔法かは知らんが蘇生手段があるなら余裕だろうな。
取り戻せる命ほど、価値の安いものはない。
つまり、四天王の二人が死んだところで、損失としては微々たるモノなワケだ。
――ってコトは~。
「余が、参りましょうぞ」
ここで、シンラがエプロンを脱いで前に出てくる。その手の餃子もしまえよ……。
だがこれは正しい。殺しても蘇生する連中が相手なら、シンラが最適だ。
「フフフ、フフフフ……」
でも何でかな、シンラ君、やけに全身にオーラがみなぎっておいでですが。
「――美沙子殿!」
シンラが、突然振り返ってお袋の方に顔を向ける。
そこにはあまり見たことがない、シンラの興奮した表情があった。
「先程の戦い、実に見事にございました。このシンラ、感動により全身はおろか、魂より打ち震えておりまする。実に、実によきものを見せていただきましたぞ!」
「おやおや、そいつはさすがに言いすぎだよ、シンラさん……」
煙草の代わりに棒付きキャンディをくわえて、お袋が軽く照れ笑いする。
しかし、シンラは「いいえ、いいえ!」と大仰に首を横に振ってそれを否定した。
「このシンラ、真と誠をもって美沙子殿に接すると心に誓っておりますれば、そう、語弊を恐れず、あえてこの言葉を口にしましょうぞ。『惚れ直した』と!」
うわ~、シンラの鼻息荒い~。めっちゃノリノリやんけ~。
見てるひなたが「おとうさん、こえおっき~」って耳塞いじゃってるよ。
「あ~、ひなたごめんね~。もうちょっと声小さくするね~、パパ」
ひなたのことになると敏感ですねぇ。いいパパしてやがりますよ、ウチの長男は。
「――ゆえに、これよりは美沙子殿には、是非とも余の振る舞いをご高覧いただきたく存ずる。雄姿、などと自ら驕るようなことは言いませぬが、見苦しくない姿をお見せ致しますること、我が名において誓いましょうぞ!」
「ハハンッ、そんな鯱張るこたぁないさ、色男。言ったろ、アタシはアンタの頑張る姿を見届けてやる、ってさ。だから見せておくれ、シンラ・バーンズの雄姿をさ」
お袋のその言葉を受けて、シンラはもう何も言わなかった。
片手の餃子も収納空間にしまって、雄々しく胸を張り四天王の前へ闊歩していく。
『フフフ、ようやく来たね。ピヒョロロロ~。君の相手は僕――』
「同時に来るがよい」
『……んん~? 何だって、よく聞こえなかったなぁ~? ピュロロ~』
「魔王軍四天王とやらよ、余は構わぬ。残る二人で同時に来るがよかろうぞ」
『オマエ、バカ』
『ああ、とんだバカだね~。ピュロロロロロ~』
「そうか、来る気がないならば、それもまたよし。貴殿らのその選択、余は尊重しよう。その上で二人まとめて鎮めるのみ。此度は本気ゆえ、覚悟召されよ」
最後通告を送ったのち、シンラの背後の空間が歪む。
そして現れるのは、漆黒の不動巨人。黒いローブを纏ったシンラの異面体。
「之なるは我が異面体――、閻鬼堵」
その出現と共に、辺りが明るい闇に覆われる。
それが、エンキドウが形成する異空間『裁きの庭』だ。
『へぇ、なかなか風格があるじゃないか。魔物使いだったのかな? ピュルロロ~』
『デカイダケ。ツヨクナイ』
周囲の変化にもまるで動じず、あくまでも余裕を崩さない魔王軍四天王。
大方、自分達が死ぬことはないと高を括っているのだろうが――、
「貴殿らに問う。貴殿ら、罪は在りや?」
『罪? 罪だって? ピュルルルルルロロロロロロ! そんなの僕達にあるワケないじゃないか! 僕達は魔王軍四天王だよ? その僕達が何に罪悪感を覚えるのさ! ピュロロロロロロロロロロロロロ~! 侵略行為に感じるのは、高揚感と快楽さ!』
言ってることは実に悪役っぽいんだが、笛で笑うのはやめろ。面白過ぎる。
だが、シンラはニコリともせず「そうか」とだけ返す。
『一体それが何だっていう――、……ァ、……ァ? …………ゴボッ!』
風の四天王の目と鼻と口から、赤黒い粘液が噴き出る。
それまで、自分の体の一部のように扱っていた笛が、その手からポロリと落ちた。
『ナニ、コレ、ナ……、ゲバッ!』
地の四天王も同じように、目と鼻と、あとはその鉱物でできた体の隙間という隙間から、対象の赤黒い粘液が噴いて溢れる。どっちも『罪』の量は十分、か。
「それは『罪の泥』。貴殿らの罪が形を得たものである」
『が、は……ッ、く、苦し、ぎ、ぁ、はッ、がは……ッ!?』
『オオ、ォ、オ、オ、デ、オデ……』
二人の四天王が揃ってその場に膝を屈し、襲い来る苦痛に喘ぐ。
体内を満たす『罪の泥』は、ただ呼吸を許さないだけではなく、五感全てを蝕む。
「溺れるがよい、貴殿らの罪が贖われし、そのときまで。――影獄奈落」
シンラが、厳かに刑を宣告する。
直後、闇から伸びてきた『罪の泥』の腕が、四天王二人を捕らえ、沈めていく。
『オ、ォォ、オデ、オデ、マ、マケナ、マケ……、ォォォ、ォォ、ォ……』
先に泥の中に沈んだのは、地の四天王。
実にタフそうな容貌だったが、シンラの能力の前にはそれは無意味だ。
残る風の四天王も、抵抗もできないままズブズブ闇に沈んでいく。
『ァァァァ、あ、そ、そんな、ぼ、僕が、この、ぼ、くが……』
「沈むがよい」
シンラが、抑揚のない声で告げて、何と、中指を立てた。
フゥ~~~~! ロックだねぇ、皇帝陛下! 惚れ惚れしちゃうわぁ~~~~!
『……な、ナメ、る、な!』
しかしここで風の四天王が、もはや首だけになった状態で叫んでくる。
こいつらの声は、脳に直接響く魔力を使った念話。
だから、体内全てが泥に満たされていても、かろうじて声が出せるってことか。
『ま、魔王様さえ、ぃ、いれば、僕達は、な、んどで、も、復活できるんだ……! そして、魔王様は、さい、きょう……ッ、誰も、あのお方には勝てない……!』
へぇ、そうなんだ。ふぅ~ん。
よくいるよね~、そうやってのたまう連中。でも、大体見かけ倒しなんだよね~。
中には相応に強いヤツもいたけど、結局生き残ったのは俺達だったよ。
『ぁ、あの方は、もうすぐ、おいでになられる……! ハハッ、ハハハ! 君達は、ぉ、終わりだ! 異界から、召喚した……、至高なる器を手に入れたあの方に、勝てる者など、ぃ、いない! いるはずが、な、ぃ。アハ、アハハ、ハハ、ハ――』
そして、風の四天王も『罪の泥』の中に落ちていった。
復活とか言ってたけど、これから永劫、泥の中で溺れるヤツがどうやって復活を?
ブチ殺された火と水の四天王ならまだしも、風と地はこれからも生き続ける。
生きて、泥の中で溺れ続けていく。ああ、苦しいだろうなー。可哀相。笑うわ。
そうして――、
「……美沙子殿」
戦いを終えたシンラが、周囲の闇を晴らしてお袋の方に向き直る。
いたって、真剣な表情で。
「ご覧いただけましたか」
「ああ、見たさ。しかと見届けたよ、シンラさん」
笑うお袋に、シンラは目を伏せ、小さくお辞儀をする。
それに、お袋は軽く拍手を送るんだが――、あれ、もしかして、ちょっと頬赤い?
「やるわね~、シンラ。あそこまで完璧な『この勝利を貴女に捧げます』はなかなかできることじゃないわよね~。うんうん、頑張っちゃって、まぁ」
「嬉しそうだね、ミフユちゃん様」
ホクホク顔のミフユに、俺は軽くツッコむが、
「そりゃあ、嬉しいわよ。子供の頑張る姿を見れたんだから」
「ああ、そうだな」
それは確かに、その通り。
そう思った、次の瞬間。地面がいきなり揺れ始める。
「おっとぉ~、これは……」
大地が震える。
空に雲が立ちこめていく。
雷光が走り、辺りが暗さを増していく。
風が吹き荒んで、強大な存在感が辺り一帯を満たしていく。
「何ともまぁ、凝った演出なコトで」
「す、すごい魔力、です……」
マリクが怯えるほどの高濃度の魔力が、ジワジワとその場に広がっていく。
そして、空間にビシリと大きなヒビが入る。
「来るわね、魔王。今こそ、このSSSランク冒険者にして聖剣に選ばれしものミフユ・バビロニャが本気を出すときが来てしまったようねッ!」
「……タイム! ターイム! タイム入りまーす!」
俺はタイムをして、ミフユの方を見た。
「え、ミフユ、今おまえ、何つった?」
「ついにわたしが本気を出すときが来たのよ! って、言ったわ!」
「違う、そっちじゃない! 聖剣、聖剣とか言ったよね、今!?」
「そうよ。ほ~ら、見て見て、これよこれ!」
辺りが膨大な魔力にが軋む中、ミフユが収納空間から一振りの剣を取り出す。
それは、ガルさんとはまるで対極な、全体が白銀色をした片手長剣だった。
刀身や鍔に優雅な意匠の彫刻が施され、鍔の中央に蒼く輝く宝玉がはまっている。
「これぞ、ギルド長から脅し取った……、じゃない、魔王討伐の支援として贈ってもらった闇喰いの刃ベリルラント・カリバー。愛称はベリーちゃんよー!」
『ベリーでぇ~っす! お初にお目にかかりま~っす! ウッフン♪』
うわぁ、ガルさんと同じ、自我を持ったインテリジェンス・ウェポンだぁ。
ミフユったら、いつの間にこんなモノを……。
『やいコラ、我が主。色々思うところはあるだろうが、そろそろ来るぞ』
「っと、了解だガルさん。思うところは本当に色々あるが、それはひとまずあと!」
「そうね。行くわよ、ベリーちゃん! あんたの初仕事よ~!」
『はぁ~い、マスター。ベリー、頑張りまぁ~っす!』
か、軽い。この聖剣、ノリが軽い……!
本当に大丈夫かぁ~、と若干不安になっていたところに、ついに魔王が顕現する。
極限まで高まった魔力が炸裂し、そこに闇の柱を噴き上げる。
俺達が厳しいまなざしで見守る中、闇が晴れたそこに一人の少女が立っていた。
その身をゆったりとした漆黒のローブで包んだ、中学生くらいの少女だ。
髪は綺麗な黒髪。長く、豊かで、腰に届くくらいまである。
実に整った、大人びた顔立ちに、細い眉、赤い唇。雪のように白い肌。
イメージとしては、琴でも弾いてそうな和風美人の大和撫子、とかが近いかも。
だがその瞳に生気はなく、自我がないかのような無表情。
俗に、能面のような、という言い方があるが、能面の方が遥かに表情豊かだろう。
あれが、風の四天王が言っていた、異界から召喚した『至高の器』とやらか。
その言葉から類推するに、魔王ってやつは器となる肉体が必要なのだと窺える。
――で、問題は、だ。
「なぁ、あれ、ヒメノじゃね?」
「そうね~、何か、ヒメノっぽいわねぇ~……」
どうやらその『至高の器』が、ウチの次女らしいってコト、かな!