第143話 ギルド降伏。魔王軍、関係なし!
そこに現れた男。
その顔と体格はまさしく国王その人――、なのだが、あれ、なんか違う。
髪型もひげも国王と同じだけど、着ている服が違う。
貴族の服じゃなく、俺達を取り囲む冒険者と同じような庶民の服だ。
それに、一番違うのは目だ。
王宮にいた国王の目には王の威厳と共に、王の傲慢もあった。
だが、そこにいる男にはそれがない。
隠せているのではなく、最初からそんなモノは持ち合わせていないような。
「……ぁ、ギ、ギルド長さん」
マリクが、その男のことをそう呼ぶ。
ふむ、冒険者ギルドの責任者、なのか?
俺はミフユに目配せした。
「ギルド長ってことは、あんたがここのギルドのトップでいいのかしら?」
ミフユが男に問う。ああ、やっぱりギルド長っていうのはそういう存在なのね。
問われて、男は鷹揚にうなずいた。その所作一つが、サマになっている。
「ああ、その通りだ。勇ましいお嬢ちゃん。マリク君の同輩ということは、君達も召喚者なのだろうか。ならば、弟とは会ってるだろう。この国の王をしているんだが」
国王の兄!
容貌から見て、一卵性の双生児だと思われるが――、
「さて、それよりも、だ……」
ギルド長が、俺達から、俺達を囲む冒険者へと目線を移す。
「これは何の騒ぎだ。職員に呼び出されて駆けつけてみれば、大の大人が寄ってたかって子供三人を取り囲んで吊るし上げか。全くおまえらと来たら……」
腕を組み、呆れたようにため息をつくギルド長。
それだけでもう、俺のこの人への好感度がギュンギュンに上昇中である。
「けどよ、ギルド長! この賢者のガキのせいで、俺ら仕事がよ……!」
「そんなモンはおまえらの自業自得だ、バカ野郎共がッ!」
「ひっ」
ギルド長のドスのきいた一喝に、冒険者達が一気に委縮する。いいですねぇ!
「ウチは仕事を受ける人員に格差なんて設けてねぇよ! 依頼人がマリク君を指名するのは、それだけマリク君が凄腕だからだ! それでなくても、マリク君は多くの通常依頼を受けてくれてるんだぞ? その間、おまえらは何してるんだ? あァ!?」
「そ、そいつは……」
反論もまともにできないまま、冒険者はがっくり肩を落とす。
マリクがそんなに大量の依頼を受けてたのも、国王に頼まれたからだろうが。
マリクはなぁ~、頼まれたらイヤと言えない子だから……。
「安心してちょうだい、冒険者の皆さん。マリクは今日で冒険者をやめるわ」
「ぇ、ぉ、お母さん……?」
突然のミフユの宣言に、冒険者達もギルド長も一斉に驚く。マリク本人も。
「ギルド長さんはまともな人そうだけどね、他が最低よ。ウチのマリクはね、自分の限界も考えずに頑張っちゃう子なのよ。そう、頑張ってたのよ。ギルド長の話を聞く限り、きっと依頼を断ったこと、一回もないんでしょうね。違う?」
「ああ、マリク君はどんな依頼でも引き受けてくれた。非常に助かってるよ」
うなずくギルド長に、ミフユもうなずき返し、ますます目つきを険しくする。
「そんなウチの子を、自分の無能さの責任も取れないような連中が、一方的にやっかんでこの有様よ? 冗談じゃないわ! ウチの子の頑張りを何だと思ってるのよ!」
「お母さん……」
マリクが、泣きそうになっている。相変わらず本当に泣き虫だわ。
でも、いやぁ、いいですねぇ! ミフユちゃん様、さっきに続いていい啖呵だ!
「……申し訳なかった」
と、そこで何とギルド長、その場に膝を折って、土下座を敢行する。
しっかりと床に頭をつけて、深く、深く、俺達に向かって神妙に謝意を表明する。
「これは、俺の監督不行き届きだ。マリク君への嫉妬が募っていることは感じていた。しかし、ギルドの長としてマリク君を擁護すれば冒険者の扱いに格差を生む。それを懸念していたばっかりに、動くのが遅れてしまった。申し訳ない!」
「ちょ、ギルド長……!」
土下座したまま動かないギルド長に、冒険者もギルド職員も戸惑う。
そして、一人の冒険者が「すまねぇ!」と叫んで、同じように土下座をしてきた。
それを皮切りに、俺達を囲んでいた冒険者全員が次々に土下座をしていった。
しかし、こっちの世界にもあるんだなぁ、土下座って……。
「すまねぇ、俺達が悪かった! 許してくれ!」
「そうだ、ギルド長は悪くねぇ! 悪いのは俺達だ、お、俺達が悪かったんだ!」
へぇ、ギルド長、随分と慕われてるじゃん。
と、今度はミフユがこっちに目配せしてくる。あいあい、了解、っと。
「わかったよ」
俺達を囲んでいた冒険者の中で、リーダー格と思われる男に俺は話しかける。
そして、右手に持っていた金属符を投げて、ギルド内を『異階化』。
「わかったから、顔をあげてくれ」
「おぉ……」
と、感じ入るような声と共に顔をあげるリーダー格の男。
その首を、俺はガルさんを一閃して、刎ね飛ばした。
「……え?」
職員の誰かが、舞い上がる男の首を見て間の抜けた声を漏らす。
「いいぜ。ギルド長さんの心意気に免じて、仕返しはこの一人だけで許してやるよ、おまえら。次にやったら、この場にいる全員が同じようになると思えよ?」
「ひぃッ! ぅひぃぃぃぃぃいぃぃぃぃぃぃぃ!?」
「こ、殺しやがった! 殺しやがったァァァアァァ~~~~!」
倒れた男の有様に気づき、土下座していた冒険者達も悲鳴をあげて腰を抜かす。
ま、あとで蘇生はしてやるさ。
わざわざ『異階化』したのは血の汚れを残さないための気遣いです。
「ギルド長さん、お話がありますので、個室なんか貸してもらえると嬉しいです」
「あ、あぁ……」
騒ぐ冒険者を完全に無視して、ミフユが笑ってギルド長に話しかける。
ギルド長は、それに圧倒されたようにうなずいた。
「さぁ~て、蘇生蘇生、っと」
いやぁ、我ながら本当に優しいなぁ! この程度で仕返しを済ませるなんて!
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
個室にて、全情報、ぶっぱ!
「――弟と貴族を皆殺しにしたァ!?」
これにはギルド長、顔真っ青でしてよ。
だけど仕方がないじゃんね、あいつらは俺達の恨みを買ったんだから。
あと、マリクが弾ける寸前だったので……。
「何てことだ……」
ギルド長は手で顔を覆って、陰鬱にため息をつく。
まぁ、俺達は悪いとは思っちゃいないが、やっぱり王が死ぬのはヤバイわねー。
今後の国の政治とか大混乱必至――、
「それじゃあ、俺が即位するしかないじゃないか。……最低だ、何てことだ」
あ、そっち?
もしかしてこの人、随分とイイ性格をしていらっしゃる?
「国王と貴族を殺したことについちゃ、反応なしかい?」
「ああ、そっちは別に。というか『よくぞやってくれた』とすら言いたいね。弟も、弟に媚び売ってた貴族連中も性根から腐り切ってて、この国の民の多くが『さっさと死ね。とっとと死ね。早く死ね。ハリーハリーハリー!』と思っていたからね」
まさかのマリクのお花畑虐殺、大正解とかいうオチ。
「ただ、そうは言っても貴族連中は各家の現当主、それがいなくなったとなれば多少の混乱は免れ得ないだろうな。ま、どこの家にもその現当主に疎まれて冷や飯喰ってる優秀な人材がいるから、そう大きな騒ぎにはならないだろうが」
本当に『いなくなってよかった』たぐいの人種なの笑うわ。あの貴族達。
「ご、ごめんなさい、ギルド長……」
「ん? ああ、いやいや、君のせいではないよ、マリク君。何というかな、来るべきときが来た、というだけの話さ。君達がやってなきゃ、どこかで反乱が起きてたよ」
わぁ、マジかぁ。
あの国王、そんな支持率低かったんかー。いやだわー、選挙がない国って。
国王を引きずり下ろすのに政変か反乱くらいしか手がないんだもの。
「ギルド長は、国王のお兄様なのに、どうしてこんなところにいるのよ?」
と、ミフユが尋ねる。
それは俺も気になっていた。普通は大公とか、そういう偉い貴族になるモンでは?
「貴族が嫌いだからだよ」
ものすごい笑顔で、ギルド長はそう言い切った。
「だって連中、貴族にあらずば人にあらず、とか平気で言っちゃうようなヤツばっかりだったしね。そんなのと平時から付き合うなんてやってられないね。ま、それも君達が皆殺しにしたというのが本当なら、一掃されたと見ていいのだろうけどね」
聞けば聞くほどブチギレマリク大正義すぎるんですけど。笑うんですけど。
「……そうか、しかしそう考えると、あのクソ貴族共がいなくなった状態で俺は国王に即位できるってことか。悪くはない。むしろいい。この国を立て直すチャンスだ」
ブツブツ呟く声が聞こえる。どうやらギルド長、即位に乗り気のようである。
俺が殺した連中、どんだけ好き勝手やってたんだ……?
「冒険者ギルドのギルド長はやめるんか?」
「え、何故?」
素で返されてしまった。
「俺が国王に即位する。ギルド長も兼任する。それだけの話だ。俺はギルド長の仕事が好きだからなー! 俺が現役でいる間は、他のヤツには任せないぞ!」
ああ、うん。やっぱイイ性格してらっしゃるわ、このギルド長。
本当にこいつ、あの国王の双子の兄か~? 全然、人柄違いすぎるんだけど~?
「そ、それで、あの、ギルド長……、魔王軍について、なんですけど……」
「ああ、魔王軍がこの世界を侵略しようとしてる話な。それ自体は本当だよ。ただ、魔王軍が主に攻めてるのはこの国じゃない。ウチの長年のライバル国の方さ」
「じ、じゃあ、この国は……?」
「魔王軍の脅威は確かにあるけれど、それは、この国にとっては今の時点では現実的な脅威ではないよ。ライバル国の方は、かなり攻め上がられているようだけどな」
あ、ふ~ん。そういう構図かぁ。
あの国王、マリクと俺達を魔王軍じゃなく、ライバル国侵略に使う気だったか。
大方、ライバル国が魔王軍の攻撃で疲弊した隙を突こうとでも考えてたんだろう。
俺達を『魔王軍とライバル国が手を組んだ』とか何とか言いくるめて。
「ま、その辺はどうでもいいわ」
そこで、ミフユが話をぶった切る。
「ギルド長さん、わたし達はね、早く元の世界に帰りたいの。そのために、これから直で魔王を殺しに行くわ。この世界の情勢なんて、わたしにはどうでもいいのよ」
「そう、だろうね。わかるよ。マリク君がいなくなるのは寂しいし、ギルドとしても非常に勿体ないと感じるが、仕方がない。……でも何故、それを俺に話すんだい?」
ふむ、確かにギルド長の言う通りだな。
俺達の目的を彼に話したところで、それが何になるというのか。
ギルドからの支援でも要求するつもりなのか、ミフユは。
「SSSランク依頼をちょうだい」
「……は?」
目を点にするギルド長に、ミフユは苛立った様子でテーブルをバンと叩く。
「だーかーら、わたし達が魔王をブチ殺してくるから! それを『魔王討伐』っていう超高難易度SSSランクにして、わたし達に依頼しなさいって言ってるのよ!」
「ちょっと、ミフユ君? 何言ってるの、ミフユ君?」
隣の俺が言うと、スゲェ目つきでミフユに睨まれた。
「あのね、アキラ!」
「はい」
「ここまで来て、SSSランク冒険者にならずに帰れるワケないでしょ~!」
「だからこの異世界を『無邪気転生』基準で考えるのやめろやッ!」
さっき、冒険者にこれでもかというほど幻滅してたクセに、まだこだわるんか!?
「現実の冒険者に幻滅したから、ここでわたし達がこの世界の歴史に名を残す伝説のSSSランク冒険者となって、消えない爪痕を残していくのよ!」
「嘘だー! おまえ単にSSSランク冒険者になりたいだけだろー!」
「そうよッ!」
「少しは取り繕えよォ!」
クソッ、今回、一番エンジョイしてるの、間違いなくミフユだ!
そう考えると『まぁ、いっか』になっちゃうの、俺の悪いクセなのかなー。
「ハハハ、そうか。そちらのお嬢さんはSSSランク冒険者になりたいのか。ウチのギルドの最高ランクはSだが、魔王を討伐したとなれば確かにSでも物足りない大偉業だ。いいよ、わかった。SSSランク依頼、君達にお願いしようじゃないか」
「やった~! SSSランク冒険者まであと一歩よ~!」
「ゃ、ゃりましたね~、お母さん……!」
椅子から立ち上がってハイタッチするミフユとマリク。
楽しそうだねぇ、カミさんと我が息子。と、俺はそれを横目に眺めつつ、
「――で、本音は?」
ギルド長に問いただした。
「あるんだろ、何か。こっちの要求を条件なしで受け入れる理由」
「君は、なかなか鋭い――、いや、怖いな」
ギルド長が頬に汗を伝わせて苦笑し、俺に向かってうなずく。
「理由はある。だが隠すようなことでもないから言おう。俺は、出来る限り早く君達がこの世界から出ていってくれることを願っている。魔王軍と相討ちでもいい」
「あら、随分とご挨拶ね?」
「どれだけ腐った連中でも、あの城にいたのはこの国の王とそれに連なる上級貴族達だ。当然、警備は厳重だったはずだし、兵士だって大量に動員されていたはずだ。それを、君達は皆殺しにしたという。君達のような子供が、たった三人で、だ」
言って、ギルド長は肩をすくめる。
「さっきの冒険者殺しの一件からも伝わってくる。君達は基本的に道理をたがえる真似はしないが、その気になれば躊躇なくこの国すら滅ぼしてみせるだろう。さすがに、そんな連中は近くに置きたくない。さらに本音を語れば、関わりたくもない」
「ま、そりゃそうか」
異世界でも時々受けてた評価だ。
別に失礼とは思わんし、まぁ、しゃーないかなって。
「だから、仕事をお願いするだけでこの場から去ってくれるなら、それに越したことはない。こっちは実質、失うものはない取り引きだからね。だったらそうするさ」
わぁ、正直。一周回って好感だわ~。
ミフユの方も、SSSランク冒険者になれるならそれ以外はいいって感じだし。
「魔王軍はこの国の西方に拠点を置いている。魔族がどうなろうと、俺達の知ったことじゃない。精々、派手に殺して回って、さっさと帰ってくれ。よろしく頼むぞ!」
「あんたも次の国王、頑張れよな!」
かくして、俺達はがっしりと握手を交わし、別れた。
さぁ、次の目的地は魔王軍の拠点がある西だ! 待っててくれよ、夏休み!