第142話 冒険者登録しに来ました。殺す!
何てこった!
「マリク、おまえ、仁堂小学校かよォ~~!」
「は、はいぃ、三年三組、高橋磨陸です~……」
「さすがにそれはわたしもビックリ……」
俺とミフユが揃って驚くと、マリクはズレた眼鏡を直しつつ、
「ぼ、ぼくも……、驚きました。お父さんとお母さんが、同じ学校なんて……」
「奇縁、なのかしらねぇ~」
腕を組み、首を傾げるミフユ。
まぁ、奇縁っつったら、シンラとかもお向かいさんだったしなー。
「ぁ、あの、他のみんなは……?」
手にした魔導書で顔を半分隠しつつ、マリクがおずおずときいてくる。
う~む、内気というか何というか、普段はこんななのにね~。
「え~っと、俺達の他には、タマキ、シンラ、スダレ、シイナ、タクマがこっちの世界に『出戻り』してるな。……あとは、俺の親友のケントってヤツと、俺のお袋も」
「はぇ~、み、みんな来てるんだ……」
指折り数える俺に驚き、そのあとにニッコリ笑うマリク。
極端な人見知りのこいつだが、家族とだけは普通に接せるから、嬉しいのだろう。
なお、家族の枠には、鉈の形をした親戚のおじさんも含まれるぞ。
「ぁ、会いたい、なぁ~♪」
ニヘラと柔らかく笑うマリクの顔は、それだけ見ればマジで美少女。
こいつは性格も丸いし、人に与える印象も至極柔らかい。内気なだけだけど。
だから、大体の場合、初対面の人間からは性別を勘違いされる。
それは異世界の頃からの話ではあるが、日本でも同じっぽいの笑うんだわ。
「日本に帰るために、まずは魔王とかがいる場所を突き止めないとならんのよねー」
「ぅ、ごめんなさい……、ぼくの魔法でもわからなくて……」
俯くマリクの頭を、俺はペチッとはたいた。
「痛いッ!?」
「そうやっていらんストレスを抱えようとするな、バカ。おまえは俺達と同じ拉致被害者なの。おまえの責任なんて何もないの。勘違いするな。おまえは万能じゃない」
「……はい。そ、そうです。ぼくのせいじゃないです」
涙目になりながらも、うなずくマリク。
こいつは本当に、いちいち何でも自分の責任にしたがる責任愛好家だから。
自罰的というか、自虐的というか。
でも、そんなマリク君ですが、異世界ではデケェ教団の大司祭だったんだぜ。
「そういえばさー、マリク。アイツはいるの?」
「……ディ・ティのことですか?」
「そうそう、おまえントコの神様のアイツ」
「デ、ディ・ティは、今は眠ってます。こ、この世界だと、活動できないらしくて」
ああ、そうなのね。
仮にも神様。やっぱり世界が違うと悪影響も出るのか。
それにしては、どこぞの宙船坂家にいる冥界の神は元気だったけど。
あれは、日本とあっちの世界を隔てる壁が薄いの原因なのかもしれないな。
「ちょっと~、あんた達~、遅いわよ~!」
「おまえが早ェんだよ! いつの間にそんな前に進んでるんですかァ!」
豆粒! 今のミフユの位置、俺達から見て、豆粒!
「ぉ、お母さん、何か、張り切ってるね……」
「あいつ、最近の『なれらぁ系』のアニメにハマってたらしくてな……」
「ぁ、あぁ……、無邪気転生……」
おまえも知っとるんか~い。
「そ、それじゃあ、この先の街でやることも、決まってる、かな」
「だろうなぁ……」
急かすミフユを眺めつつ、俺達はゆっくりと徒歩で次の目的地に向かう。
そこは、王城から三時間ほどの場所にある、王都。
着いてみると、やはり国の首都だけあって人や物が多く、建物も立派だった。
街を囲む城壁も高く、一目見てその堅牢さが窺えた。
もちろん、まともに街に入るような真似はしない。
俺達は見た目、子供三人。衛兵に止められるに決まっている。
ここはサクッと『隙間風の外套』を羽織って透明化し、城門を抜けていくに限る。
そして、王都の中に入るなり――、
「ふわぁ……!」
ミフユさん、瞳キラッキラよ。
まぁ、わかる。何故なら、俺も同じく瞳キラッキラだから。
だってそこにあるのは、俺が知らない景色だったからだ。
欧州風の街並みに、広い道と、立ち並ぶ商店。行き交う人々がとにかく多い。
賑やか。
すごい賑やか。
亜人種とかは見受けられず、人間しかいないけど、こりゃあ平和な光景だ。
ウチの異世界は、大体どこも一回は戦火に焼かれて、何割かは廃墟だから……。
この、非の打ちどころのない平和な光景ってヤツは、ウチにはあんまりなかった。
あっても、例えば『天空娼館ル・クピディア』みたいな限られた場所だけだわ。
「……わぁ~」
ミフユさん、王都の中央広場にて、存分に平和な街並みを眺め続ける。
そして数分して、やっと満足がいったらしく――、
「さぁ、冒険者登録しに行くわよ!」
「あ、やっぱりそうなるんですね……」
予想通りだよ、もう。いっそ『知ってた』って笑いたい気分だ。
マリクから『無邪気転生』の概要をちょろっと聞いたけど、まんまだわ。
異世界転生して王都行って冒険者登録とか、まんますぎやんけッ!
「フッフッフ~、なってやるわよ、SSSランク冒険者てヤツに!」
「やだ、ウチのカミさんがすごいフンスフンスしてる……」
「そして、わたしを追放する連中に言ってやるのよ! 『もう遅い!』って!」
「何がどうしてそういう展開になるのかはわからんが、俺は追放せんぞ」
「こ、こっちだよぉ~……」
俺達はダベりつつ、マリクの案内に従って冒険者ギルドとやらを目指した。
なお、俺が提案した『魔王軍に攻め込もうぜ案』は、ミフユに却下されました。
そんなに冒険者になりたいのかよォ、ミフユちゃん様よォ!
ってきいたら『なりたいわよ!』って返ってきました。
じゃあ、なるしかないわ。誰でもない、ウチのカミさんのご希望なんだもの。
「まぁ、ウチの異世界でも冒険者はいたけど、細々としたモンだったしな」
ギルドなんてモンもなかったよ。
何せ、生きてた時代が戦乱戦乱戦乱戦乱だったモンでなー。
そういう意味じゃ、ウチの異世界じゃ傭兵こそ冒険者ポジだったのかもしれない。
そして、着きました。冒険者ギルドです!
「ぼ、ぼくも冒険者ライセンス持ってるので……」
マリクを先頭にして、俺達は中へと入る。
うるっさ、うるっさい!
街中よりもずっと騒々しい喧騒が、そこにはあった。
見るからに荒くれ共が、そこかしこで依頼がどうだと騒いでいる。
それを目にしたミフユのテンションの上がりっぷりがすごいことになってる。
「わぁ~、アニメ通りの冒険者ギルドだわ~! 新鮮な冒険者ギルドよ~!」
「新鮮な冒険者ギルドとは何ぞや……」
消費期限でもあるんかいな。
俺は思いつつ、三人中最後尾でギルドの中を進んでいこうとする。
すると、俺達の前に道を塞ぐようにして立ちはだかる、ゴツイお兄ちゃん達。
「よぉ~、お嬢ちゃん達、ここは子供が来るところじゃねぇぜ~?」
と、言ってることは優しいが、こっちを見る目に殺気が籠ってますねぇ。
ただ、やっぱりマリクはお嬢ちゃん扱いなんだな。ごめん、笑うわ。
「……マリクは相変わらずなのね。笑えないわねぇ」
「ぅぅぅ……」
「そう、やっぱりな! そこの嬢ちゃんが『異界の賢者』マリクだな!」
マリクが恐縮していると、絡んできた冒険者の一人がその名を高らかに叫ぶ。
すると、それまで依頼の話しかしていなかった冒険者達が一斉にこっちを向いた。
「何ィ、マリクゥ?」
「『異界の賢者』がここにいるのか、オイ!」
「あいつか、あのガキだ!」
そして、あっという間に俺達はギルドにいた冒険者達に囲まれてしまう。
冒険者達は、その全員がマリクに厳しいまなざしを向けている。
「……ぁ、ぁ、あの、えっと」
視線の暴威に晒されて、マリクはすっかり委縮してしまう。
こうなると、もう会話も何もあったものではない。仕方なく、俺が前に立つ。
「何だい、あんたら。ウチのツレに何か御用でも?」
「あ? ガキは黙ってろ、関係な――」
俺を押しのけようとする冒険者ののど元に、俺はガルさんを突きつけた。
「隙だらけだねぇ、おたく。俺みたいないたいけな少年に命握られちゃってるよ?」
「……こ、このガキ」
俺がちょっと凄むと、途端に冒険者連中がザワつき始める。
中には、ガルさんの方に注目しているヤツも数人程度はいたりする。
「なぁ、あのガキが持ってるの、魔剣じゃねぇか?」
「そ、そうかも。何であんな子が、そんなもの持ってるのよ……」
なるほどね、魔法がある世界じゃガルさんも脅しに使えるワケか。学んだわ。
「で、どういった理由でウチのツレを脅かしてくれたんだい、あんたらは?」
重ねて俺が尋ねると、ガルさんを突きつけられた冒険者が睨み返してくる。
その胆力は大したモンだが、マリクにガン飛ばす理由は何なんだよ。
「そこの『異界の賢者』のせいで、俺達の仕事が一気に減ったんだよ!」
「……はぁ?」
「そうだ、そこのマリクとかいうガキのせいで、依頼の数が半減しちまった!」
「私達はね、ギルドからの依頼を受けて、食い扶持稼いでんのよ、それをたった一人のガキがジャンジャン持ってって、こっちは商売上がったりなのよッ!」
「異世界から来た召喚者だか知らねぇが、俺達から仕事を奪って何がしてぇんだ!」
冒険者達が口々に叫ぶそれは、全てマリクへの非難一色だった。
つまりは、こいつらはマリクに仕事を奪われ、それを不満に思っていたワケだ。
そりゃあ、生業が成立しなくなれば生活の危機だ。
不満が溜まるのもわかる。怒るのもわかる。ピリピリするのもわかる。
けどなぁ、と、思いながら、俺はマリクの方へを目をやる。
「ぁ、ぁ、あの、ご、ごめんなさい、その、ぼ、ぼく……」
マリクは顔を真っ青にして、涙ぐんでいる。
こいつは、一方的に召喚されて、今日まで無理矢理働かされてきただけなのに。
そう、マリクにかかる責任なんて何もないのにな。――腹立つね。
「……笑えないわねぇ」
聞こえた声に、俺は踏み出しかけた足を引く。
そうかい、おまえがそう動くなら、俺は別に何もする必要はないな。
「ホント、心底くだらない。幻滅させてくれるわね、近視眼の日雇い労働者共」
縮み上がるマリクの前に庇うように立ち、腕組みしたミフユが尊大に告げる。
「要するにあんた達、自分の無能の責任をマリクに押しつけてるだけじゃない。ダッサ、何それ。あんた達の程度が低いのは自己責任でしょ。それをウチの子のせいにするの、やめてくれない? 日雇いの非正規雇用者風情が、王宮に正式に雇われた正社員様に噛みついてんじゃないわよ! やっぱ無邪気転生は創作だったわね!」
「さすがにアニメと一緒にするのはあかんと思うよ?」
あと、その雇い主の王宮、とっくに壊滅してるの面白くて笑うんですけど。
いや~、それにしても気持ちのいいミフユの啖呵でしたね。
おかげで、冒険者さん達もすっかり温まっている。
俺達を睨む眼光の鋭さ、殺気の強さ。ま、それなりではあるかねぇ。
「……このガキ、ブチ殺してやる」
冒険者のうちの誰かが言った。
それが合図となって、冒険者の間で高まりつつあった暴熱が弾け飛びそうになる。
冒険者から暴徒へ。その変化は速やかに、一瞬で終わることだろう。
ならば殺すか。全員殺すか。
王宮でやったように、この場にいる全員を『異階化』させた空間で殺すか。
こいつらはマリクを泣かした。何もしていないマリクを、自分勝手に脅しつけた。
――理由としては十分だ。俺が、ミフユが、こいつらを恨む理由としては。
ならばやはり、殺すか。
俺は思い、金属符を取り出す。そしてそれを近くの壁に貼り付け――、
「待った!」
と、そこに大きく声がかかる。
気迫と力に満ち溢れた、低くて深みのある男の声だった。
聞けば、振り向かずにはいられない。そんな感じの、目立つ声。
冒険者達が、声がした方を見る。そして俺達も揃ってそちらの方を向く。
「……何ィ?」
そこに見えた顔に、俺は思わず片眉を上げていた。
俺達が注目する視線の先。そこにいたのは、数時間前に殺したはずの国王だった。




