第141話 王城壊滅。魔王軍、関係なし!
俺の恨みを買った以上、この場にいる全員、命の花を散らしてもらうぜ!
と、勢いに乗った俺は考えてたんだが――、
「花で思い出した」
ふと、我に返る。
「ガルさん、ミフユ、ちょいタンマ」
『どうした』
「何よ?」
俺はミフユに近づいて、チラリとマリクの方を横目に一瞥。
「あのさ、マリクの方が先じゃね?」
『「あ~!」』
魔剣の形した親戚のおじさんと母親、揃って声をあげ、納得。
「そうよ、そうだわ。絶対ヤバいわよ! すぐガス抜きしないと!」
『早くしろ、早くするのだ、我が主!』
そして、揃って慌て出す。
この時点で、バーンズ家におけるマリクの立ち位置が少し垣間見えるの、笑うわ。
「わかってる、わかってるって。お~い、マリク~!」
「は、はいぃ! 何ですか、お父さん~!」
「あのな、《《好きにやっていいぞ》》!」
「え……!」
マリクが、俺の言葉に驚きの表情を浮かべる。
その近くにいた国王が、歯軋りをして俺達に向かって怒声を響かせた。
「おのれ、異界の蛮族! 我らに楯突くだけでなく、賢者殿をもたぶらか――」
「やったァァァァァァァァァァァ――――ッ!」
だが残念、国王の声、マリクのデカ喜びに掻き消されて上書き!
そして、諸手を挙げるウチの次男の右手には、いつの間にか握られている赤い骨。
それは、人でいう大腿骨で、長く、太く、血のように真っ赤だ。
実はこれこそ、マリクの異面体。名を『篩嬌骨』という。
「やったやったやったやった! やったやったやったやったやった! やったやったやったやったやった! やったやったやったやったやったァァァァァ――――ッ!」
「け、賢者殿……?」
赤い骨を振り回し、飛び跳ね喜ぶマリクを前に、国王はたじろぐしかなかった。
そして、国王の野郎は気づいていない。
マリクの握る骨から、キラキラと七色の光が放たれ始めていることに。
「始まるわね~」
『始まるわいの~』
フルイキョウコツ発動の前兆を見て、ミフユとガルさんが趣深い声を出す。
俺も同じ気分で次男を眺めつつ、呟いた。
「さて、今回は、《《何のコスプレかな》》?」
真っ赤な骨が放つ輝きが、いよいよ強くなってくる。
「マジカルシュラバルウワキショウ! ラブリーアイジンナイヨウショウメー!」
突然始まる、マリクの詠唱。……詠唱? ……まぁ、詠唱。
輝けるフルイキョウコツを振り回し、その場に七色の光の軌跡を残し、躍り回る。
「慕情・純情・愛情・訴状! 無情に炎上・下剋上――!」
なるほど、今回のコスプレは――、
「魔法少女少年マジカル・ハニートラップ! 見るも無残にここに見参~!」
ピンクのフリルマシマシドレスな魔法少女かー……。
「キラリ~ン★」
と、確かに自らの言う通り、それはそれは、見るも無残な登場だった。
場にいる俺達以外の全員が完全に呆気に取られている。ポッカ~ン、みたいな!
「あれれぇ~? どうしたのかなぁ~? みんな何で静かなのかな~? ハニートラップと一緒に『キラリ~ン★』しよ? そぉ~れ、キラリ~ン★」
身振り手振りに、声までブリッ子。見ているこっちが痛々しい、今のマリク。
だけど、実はあれでまだまだマシな方。というのも――、
「「「…………」」」
「『キラリ~ン★』しろっつってんだろうがよォ~~~~!」
ほら、キレた!
コスプレしたマリクはヤベェんだって、バーンズ家の炸裂地雷代表なんだって!
「あ~~~~! 人がせっかく可愛くキラキラしてやってんのに、何だテメェら! あ? あァ!? こんなに可愛いぼくがキラキラしてるのに無反応? 無反応!? うわぁ、信じられない! こいつら人間じゃない! 人類じゃない! モンスターです、はい、モンスター決定です! この決定は覆りません! ならば殲滅だァ~!」
魔法のステッキ代わりに血の色の大腿骨を振り回して、マリクが叫ぶ。吼える。
普段はね、内気で気弱だけど、優しい子なんだよ。兎みたいな感じで。
でもね、人一倍ストレスに弱くてね、しかも、抱え込んじゃう子なんだ。
だから異面体を使って変身すると、その反動でああなる。触れたら爆ぜる子に。
「YES・ハートキャッチセールス! ハニートラップ!」
ポーズと共に、掲げたフルイキョウコツの先端から目に痛いピンク光が溢れる。
「輝け、マジカルラブリー必滅召喚・ブリリアントお花畑インフェルノ!」
うわぁ、とんでもねぇネーミング。
これは効果もヤバイぞー、ブチギレマリクの真骨頂が見れちゃうぞー!
「ぉぉ……」
固まっているばかりだった貴族達が、思わず声をあげる。
ピンクの光輝が迸り、それが収まったのち、彼らが目にしたものは、百花繚乱。
冷たい石造りの謁見の間に、色とりどりの花が咲き乱れている。
赤、青、黄色、緑、ピンク他、様々な色、様々な形、様々な花と、様々な花。
それが幻でないことは、甘く香る蜜の匂いが教えてくれる。
そしてこの時点で、俺はガルさんを掴み、ミフユと共に飛翔の魔法で浮いていた。
風の魔法で気流を発生させ、自分達の周りにそれを展開しておく。
「花……」
場が場だというのに、景色に見とれたバカ貴族の一人が花に近づいていく。
熱に浮かされたような顔をして、その貴族は屈んで近くの花に手を伸ばす。
「アハハ、キラリ~ン★」
それをせせら笑う、マリクの声。
そして、伸ばされた貴族の指先に小さく芽が顔を出す。
「……ぇ――」
気づいたときにはもう遅い。
芽は一気に数を増やし、そして生長していった。
貴族の全身に、無数の花が咲いていく。
「ぅ、ぅあ! くぁぁぁぁぁぁあああああああああッ! あああああああああ!」
絶叫するその口の中に、大きく見開かれたその瞳に、芽が吹き、育ち、花が咲く。
貴族の体を苗床に、貴族の命を養分にして、床と同じ無数の花が咲き誇った。
「ぁぁ……」
引きつり切った小さな声が、その貴族の末期の一声。
そして、同じ現象が他の場にいる全員へと急速に広がっていく。
「いやぁ! は、花が、花が体に広がって……ッ!」
「うああああああ! ぬ、抜いても抜いても、花が、うあああああああああ!」
「ぃやだぁ、か、体から力が抜け、やだ、こんな、花に、喰われ……ッ!」
もはや、謁見の間は阿鼻叫喚の地獄絵図。
暴れ回る貴族や兵士達により、花弁が派手に空中に舞い上がっている。
だが、これがヤバイ。
俺達が気流の結界を張ったのも、花弁や花蜜の匂いを近づけさせないためだ。
それらには、人を侵食する魔力が宿っている。触れれば、花に喰われる。
「アッハハハハハハハハハハハハハハ! あ~、お花綺麗だな~! いい匂いだな~! 可愛いな~! こんなお花に囲まれて、幸せだよなぁ、モンスター共! アハハハハハハハ! これは、モンスター退治です! だからぼくは何も悪いことはしていません! いいことしかしてないで~す! だって今のぼくは、魔法少女少年マジカル・ハニートラップなんだから! アハハハハハハハハハハハ! キラリ~ン★」
周りの多数が花に喰われていくのを目にしながら、マリクが大爆笑している。
その様子を上から見下ろし、ミフユがしみじみ言ってきた。
「アキラの激しい部分を一番受け継いでるのって、あの子よね」
『じゃわいの~』
困った。
返す言葉が見つからない。
と、そうだ、
「マリクー、国王だけは残しておけよー。情報搾るから」
「あ、お父さん。は~い! わかりました~!」
あれだけブチギレマリクしておいて、俺達との会話は普通に成立するんよね。
ま、ストレス発散は大事。やられたらやり返しすぎなくちゃね。
あと、別にマリクは素で頭がおかしいワケじゃないよ。
あのブチギレマリクは異面体の影響が強い。
マリクの異面体が司るのは『屈折』。使うと、自己の歪みが表に出やすくなる。
わかりやすく言うと、ストレス発散専用はっちゃけ異面体ってコトだァ!
「わ、私の国が……」
次々に花に喰われていく貴族や兵士を前に、ただ一人無事な国王が膝を折る。
やがて、場にいる国王と俺達以外の全員が花畑に呑まれ、宴は終わった。
全員、花に養分を吸い取られ、息絶えた。
全員、花畑の一部と化すことで、人であることをやめさせられた。
「ああ、スッキリしたァ~~ッ!」
そして、それをやった張本人は、ツヤッツヤの満面笑顔でそんなことをのたまう。
室内なのに風が吹き、花が煽られ散っていく。
そしてまさに文字通りの花吹雪が謁見の間を荒れ狂い、虚空に溶けていった。
残されたのは、俺達三人と国王のみだった。
よ~し、ここからは楽しい楽しい尋問の時間だァ~~~~!
「さて、国王陛下。俺らが帰る手段、教えてくれよ」
床に降り立った俺が、ガルさんを突きつけて国王に問いただす。
すると、国王は怒りに顔を赤く染め、その大柄な身をわななかせて、
「ふざけるな、異界の蛮族共! よくも、よくも我が愛する民――」
ザンッ!
右腕を切り飛ばした。
「ぐひッ!?」
肘から先がなくなった自分の腕を見て、国王が顔面を驚愕に歪ませる。
響き渡る悲鳴。左手で右腕を押さえ、国王はその場にうずくまって身を丸めた。
「国王陛下。俺らが帰る手段、教えてくれよ」
魔法に長じるマリクがまだいるってことは、ただじゃ帰れないってことだ。
何か、特別な方法があるに違いない。それを教えてもらわないとなぁ。
「の、の、呪われろ、異界の蛮族共……、き、貴様らなど、貴様らなどに……!」
「国王陛下」
俺達に丸めた背中を見せる国王の、そのうなじに俺はガルさんの切っ先を当てる。
「感じてるよな、首の後ろに当てられたものを。俺がこれをもう少しだけ押し込めば、あんたは死ぬ。どうしようもなく、死ぬ。一国の王のあんたが、だ」
「ぅ、ひ、ひぃ……!」
顔は見えないが、国王は丸めた身を激しく強張らせた。
さすがに、死ぬのは怖いと見える。しかし、
「し、死など恐れぬ。蛮族共に屈する、余では、ない……!」
「おお、なるほど。さすがだー。国王陛下のお覚悟、確かに見せてもらったぜ~」
ま、いいんだけどね、別にこの場で吐かせないでも。
だってさ――、
「頼むわ、ミフユ」
「はいはい。おいで、NULL」
ミフユのNULLにちょいと自白剤を合成してもらえば済む話なんだから。
「国王陛下におかれましては、さっさと吐きやがれあそばせ♪」
ちょっとミフユも楽しそうなの、気のせいかな?
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
――最悪です。
「魔王倒さなきゃ帰れないとか、何なんだよォ――――ッ!」
国王に自白させた結果、変える方法は存在することが分かった。
ま、召喚魔法が存在するなら、送還だってできるはず。
しかし、今現在、この世界は魔王が張った結界に包まれているとのこと。
そのせいで、この世界に来ることはできても出ることはできないんだってさ。
何それ、めんどくっせぇなぁ!
こちとら、瀕死の8月を救って夏休み延長プロジェクトの真っ最中だったのに!
「フフ~、こういうのもちょっと新鮮かもね」
「おまえねぇ、何でそんな楽しそうなの……?」
「うぅ、ま、またやっちゃった、ぼ、ぼくのバカ……!」
というワケで、俺達は誰もいなくなった城を出て、最寄りの街を目指す。
国王はもちろん殺した。今回、俺が何もしてないから、マガツラで殴り潰したよ。
「ねぇねぇ、冒険者になっちゃうのかしら、これから!」
「ホントーに楽しそーですねー、ミフユさんはよー!」
「前に見た『なれらぁ系』のアニメが面白かったんだも~ん!」
「知らんがな!」
「ぅぅぅぅ~、ぼ、ぼくは何てことをォ~」
親子三人+魔剣の形をした親戚のおじさん一振りの珍道中、は~じま~るよ~!