第140話 別異世界に召喚されました。殺す!
ウワアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァ――――ッ!
ついに、ついに8月31日になってしまったァァァァァァ――――ッ!
夏休みが終わる、終わってしまう!
ちくしょお! 死なないでくれ8月!
まだ俺は休みを満喫してたいんだ、もっと日中から外に遊びに行きたいんだァ!
「明日から学校ねェ~……」
「ふんぎゃあ!?」
隣でピコピコをしているミフユに言われ、俺は悲鳴をあげてしまう。
「何で言うの? 何でそういうこと言っちゃうの? 今、老いて死にかけてる8月の復活を神に願っていたところなのに! ミフユ、ちょっとそれはないよ!?」
「8月31日をそういう風に表現する人は初めて見たわ……」
言いつつ、ミフユはスマホを指でポチポチ押している。
「面白いのか、そのピコピコ」
「…………」
横から覗き込んで言ったら、何故かものすごい顔で絶句されました。
「な、何ですか……?」
「あんた、実は昭和の人間だったりしない? ソシャゲをピコピコって……」
「何だよ、いいだろ! ……って、それがソシャゲなのか!?」
「そ~よ。これは――」
「ソシャゲのどれだ? ソシャゲ2? ソシャゲ3?」
「…………」
またしても、ものすごい顔で絶句されましたよ?
「何でだよ! 俺今、何か間違ったこと言った!?」
「あのね、アキラ。ソシャゲっていうのは特定のゲーム作品のことじゃないのよ?」
「えっ」
「ああ、やっぱり……。あんた、早くスマホ持ちなさいよ……」
とうとうミフユに頭を抱えられてしまった。
いや~、スマホ、か~……。
正直、連絡は普通に電話でできるし、念話もあるし。そこまで必要性を感じない。
「そういうことじゃなくて、あんたはもう少し現代文明の恩恵を受けなさいっての」
「ひっど!? それはひどいよミフユ君! 人を未開の裸族みたいに!」
「大差ないわね」
「どうしてそんなこと言うの!? 泣くよ、そろそろ!」
と、ちょっと俺が鼻声になりかけた、そのときだった。
フワリとした浮遊感が、俺の肌をなめる。
「……魔力?」
「ちょっと、何これ、魔法陣!?」
俺とミフユが寝転がっている床に、赤く光る魔法陣があった。
だが、何だこの術式、見覚えがない。俺は、こんな魔法式は知らない!
「ミフユ!」
俺は、咄嗟にミフユを抱きしめた。
対ショック態勢を取ろうとして、必死に身を丸める。
「アキラ……!」
ミフユが、俺を呼んでしがみついてくる。
高まる魔力。浮遊感も増して、耳鳴りが響き、そして――、
「お待ちしておりましたぞ、勇者様!」
気がつけば、俺達は多くの人間が集まる広い部屋に転移していた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
城砦、いや、様式的に城、宮殿。まんま王宮か、ここは。
俺は素早く周囲を目配せして、自分達がいる場所を何とか把握しようとする。
まず、俺達がいる部屋はかなりの広さだ。
部屋と呼ぶよりは、空間と呼んだ方が早い。謁見の間? もしくは祭儀殿辺りか?
おそらくは、人が多数集まって何かを催すための場所だ。
造りにも格調高く、こだわりが感じられる。高貴な人間だ使う場所だろう。
そこに、多くの人間が集まり、俺達を取り囲んでいる。
数は、百人は下らない。全員が煌びやかな服装だ。貴族階級と見ていいだろう。
さらには、その輪の向こう側に、整列している兵士達。
プレートアーマーに、ハルバード。腰には長剣を差している。
どう見ても令和の人間がする恰好じゃない。周りの連中も、整列している兵士も。
「……あれ、勇者、様?」
「いや、待て、ただの子供じゃないか……?」
俺達を勇者と呼んで喝采をあげていた連中が、騒ぐのをやめてザワつき始める。
さてさて、今のうちに状況を軽く整理するぞ。
多分、これは『出戻り』とは違うパターンの異世界への転移。
しかも、俺達が生きた異世界とは違う『別異世界』だ。
シイナが見てた『なれらぁ系』アニメとかいうのにあったな、そういうの。
もしそういうのだとすると、あの赤い魔法陣は召喚転移の魔法だと推測できる。
そして、今の俺達の状態。
俺は無事。五体満足。ミフユも、見る限り問題なし。ふむ、なるほどね。
仮に『なれらぁ系』作品に準じる召喚が行なわれたとしよう。
そうすると、そういう作品の冒頭だと、確かこのあとの展開は――、
「皆の者、静まれ」
声がした。
周りにいる連中とは格が一段も二段も違う、風格に満ちた男の声。
途端に、周囲に起きていたどよめきは収まって、ある一方へと目を向ける。
とはいえ、連中の背が高いせいで俺達からは見えない。
仕方がないので、ミフユを引っ張って飛翔の魔法で見える高さまで浮き上がった。
「ああ、やっぱりな……」
そこに見えたのは、一段高くなっている場所に立つ、王冠を戴いた男だった。
伸ばしたひげが威厳を醸し出すのに一役買っている。
大柄で、しかし理知的な印象を持ったその男は、国王とかいう人種に違いない。
「おお、浮いた……!」
「魔法だ。やはりあれは、勇者様……」
飛翔する俺を、貴族達が揃って注目している。
「アキラ、いいわ」
「おう」
俺は言われて、ミフユから手を放す。
そして俺達はそのまま貴族達が作る輪を越えて、国王の前に降り立った。
「そなたらが、こたびの召喚に応じた異界の勇者か」
……応じた?
人を無理やりこんな場所に連れてきて『召喚に応じた』とか、何抜かしてんです?
「実は、そなたらをこの世界に召喚したのは、やむを得ぬ事情があったのだ」
いやいや、俺、まだ何も言ってないよね。
挨拶もなしにいきなり説明スタートっすか。国王様。
「この世界は今、魔界を統べし魔王からの侵略を受けて――」
勝手に語り始める国王を無視し、俺は改めて周囲を確認する。
ふむ、一段高い場所に玉座。ってことは祭儀殿ではなく謁見の間。城の一階かな?
そして国王の周りには、いかにもパワフルでタフガイな全身装備の騎士。
玉座の右側には宰相らしき、やや太り気味の偉そうなおっさん。
反対に、玉座の左側。こちらが少し気になった。
そこにはフードを被って顔を隠した、小柄な人物がいた。身長は俺と大差がない。
ローブを入っているため体格はわからないが、もしかして子供、なのか?
「こちらに控えているのは、そなたらよりも先に召喚した賢者殿だ」
と、俺の視線に気づいたらしき国王が、フードの人物を紹介してくれる。
俺達よりも先に召喚された、ってことは、いるのか。他にも召喚された日本人。
「賢者殿」
「はい」
国王に促され、賢者と呼ばれた人物がフードを外す。
すると、そこに現れたのは短い髪の超絶美少女――、じゃ、ない。こいつ男だ!
サラサラの茶色い髪。長いまつげ。通った鼻筋。柔らかな輪郭。
眼鏡をかけた大きな瞳が、大人しげで儚い印象を強めている。
その顔はどう見ても女子。線の細さも、見た目の雰囲気も、何もかもが女子。
年齢は多分、俺と同じか少し上。いってても小学四年くらい。
だが、俺は一目見てこいつが男だとわかった。悩むまでもなかった。何故なら、
「おまえ、マリクじゃねぇか!?」
「あらぁ~、本当だわ。マリクじゃないの……」
「お父さ~ん、お母さ~ん!」
はい、こいつ、バーンズ家です。
バーンズ家次男、マリク・バーンズ。『大賢者にして大司祭』と呼ばれた男だ。
俺達の家族の中でも、特に魔法の才に秀でた天才児。
なんだけど――、何やってんのさ、マリク、おまえ、こんなトコで……。
「え、お父さん……?」
「同じくらいの子供だぞ、一体……」
くだらねぇところでまたザワつき始める貴族共。
こういう連中はあれだなー、どこの世界でも噂とかが大好きだなー!
「ほぉ、賢者殿の知己であられたか。それはよい」
都合がですね。わかります。
「異界の勇者達よ、どうか我らに力を貸してほしい。共に魔王を討ち果たし、この世界に平和を取り戻してほしいのだ! これは、そなたらにしかできぬことなのだ!」
高らかに謳う国王に、周りの貴族達も次々に声をあげる。
「勇者様ァ! お願いいたします、お助けください!」
「もはや、あなた方だけが頼りなのです! お願いいたします~!」
必死だねぇ。実に必死さが伝わってくるねぇ。
しかし、なるほど。状況は分かった。俺達に魔王を倒せと、なるほどね。
「国王様よ、俺達が魔王を討ったら、そのあとは?」
「無論、報酬は思いのままだぞ。その上で、そなたらは英雄として――」
「いや、帰してくれるのか。って、聞いてんの」
「それを望むのであれば、当然、元の世界に帰還させてやろうぞ」
へぇ、『させてやろう』ですか、そうですか、ふ~ん。
「じゃ、今やって」
「……何?」
「今、俺達を元の世界に帰せっつってんの。言葉、通じてるよな?」
どんな原理かは知ンねーけど、会話はできてるモンな。
じゃあ、俺の言ってること、理解できるよな。
「待て、勇者よ。今、余が説明したばかりであろう。この世界は――」
「知るか、バカ」
俺は、国王の言葉を遮って、吐き捨てた。
「てめぇントコが攻められてピンチだから、見ず知らずの戦えそうな人間拉致ってきて戦わせるとか、何考えてんの? 他力本願甚だしい。しかも、魔王倒したら帰してやるってことは、倒すまで帰す気ないですってコトだよな? あ? 違うんか?」
「……む、それは、むぅ」
ああ、やっぱりね~、そうですよね~。わかってた。知ってた。
だって、マリクがこっちに向けるまなざしが言ってる。助けてくれ、ってよ。
「勇者だ賢者だと持ち上げるが、つまり俺らが戦ってる間、おまえらはいつも通り権力争いしたり、くだらねぇゴシップで盛り上がったり、酒飲んだりしてるワケだろ? そして国王様は玉座でふんぞり返って安全に気楽に国王様してんだろ? 何それ、笑うわ。そんなおまえらのために俺達が戦う理由とかメリット、何? どこ?」
「な、何という言い草だ! 今この瞬間も、魔王軍によって民草は苦しんでいるのだぞ! 多くの民が傷つけられ、故郷を失っているのだぞ、それを……!」
と、俺に向かって反論してくる貴族がいたので、俺は軽く返しました。
「でもそれって、あなた方の責任ですよね? 責任転嫁、やめてもらえます?」
「ぐ……ッ!」
俺の短い反論に、言葉を詰まらせるその貴族。
うおおおお、やったぜ! ちょっとやってみたかったんだ『ひろ●き』風論破!
前にケントに見せてもらった動画がクソ面白かったんだよなー。
「さて」
俺は首をコキリと鳴らす。
「マリク、どんな感じ?」
「ず、ずっと働かされてます……。ぼく、転移魔法使えるから、それで、一日中、色んなところに行って、戦わされ続けて、も、もう、ぼく、疲れたよ……!」
だろうね。
見るからにくたびれてるからな、今のマリク。
「それは、致し方ないのだ! 我々では魔王軍に抗うにはあまりに力が足りず、賢者殿に頼らざるを得んのだ! それに褒賞はキチンとお支払いしている!」
「ぼ、ぼくは何回も帰りたいって、言いました! お金なんて、いりません!」
叫ぶ国王に、マリクがそう返す。
しかしあれだな、国王だなんていうが、やっぱシンラに比べりゃ貧相だな。
風格はあるが、まぁ、あるってだけだね。
「ミフユ」
「はいはい、っと」
ミフユが、床に金属符を貼る。そして謁見の間全体がこれで『異階化』。
「な、何だ……!?」
「ったくよ~、何が力が足りずだ、クソボケが。じゃあ、近くに侍ってる騎士とか、周りに整列してる兵士は何なんだって話だろうがよ~。あ~、笑うわ」
俺は、収納空間から真っ黒い鉈を取り出す。
柄と刃の境目辺りに、ギョロリと蠢く真っ赤な瞳のような宝玉。ガルさんです。
「ガルさ~ん、お食事の時間ですよ~」
『おう、了解じゃわい。しかしあれじゃのう、この形もスリムでいいのう』
「だろ~?」
両手持ち大剣の形じゃ、今の俺だと取り回しにくいんで、鉈に変わってもらった。
しかもあれだぞ、先端が尖ってる『剣鉈』っていうカッコいいヤツだ!
「な、何だ、その禍々しい剣は! そなたらは、何を……!?」
「あ~、まぁ、色々あるが、一言にまとめてやるよ」
そして俺は、狼狽する国王にガルさんを突きつけて、言ってやった。
「――おまえらは、俺の恨みを買ったってことさ」
この場の全員、生きて返さねぇ。