第134話 魔王アキラ・バーンズの所業:後
真夜中のクレヴォスタリアを歩いているうち、思い出したことがある。
「なぁ~、聞いてくれよ、ガルさん」
『何だ、我が主』
背後から斬りかかってくる傭兵がいる。
「前にお袋に言われたことをよ~、思い出しちまったんだが」
『ほぉ、それは何だ』
俺はそれをノールックで避けて、ガルさんを振るってその傭兵の頬に傷をつける。
「ぬぐッ……!」
傭兵はすぐに振り返ろうとするが、頬の傷がグニャリと歪んだ。
「お袋がさ~、女が一番弱くなるのは『最初の子供が授かってから生むまで』って言ってたんだよ~……、それを聞いておきながら、俺ってヤツはよぉ~!」
『なるほど、それは愚の骨頂だな、我が主よ』
「だろぉ~? 本当に自己嫌悪しかないわ……」
俺達が会話をしてる間にも、傷から始まった歪みは広がり、傭兵がねじれていく。
「ふぐンッ、ングッ、ふぎッ、ンギ、ィィィィ、ィ!」
「うるせぇな、千切れろ」
絞った雑巾みたいになっていた傭兵にダガーを投げる。
すると、切っ先が刺さった瞬間、傭兵の全筋肉がはち切れてバツンと音を立てる。
「ったく、俺もまだまだ精進が必要だよな~」
『大変だな、百年も生きられぬ人間は』
その場に出来た血と肉のオブジェには目もくれず、俺達は道を歩いていく。
俺が歩いてきた道のりには、同じような潰れた血肉が数十数百と転がっている。
全て、クレヴォスが集めた千人の異名持ち達だ。
ま、こうなっちゃ異名も何もない、ただの『死体』と呼ばれる物体でしかないが。
いや~、何だこいつら、弱いんだが? 弱いんだが!?
何が歴戦の勇士で腕利きの猛者だよ、全然、クソほども強くねぇじゃねぇか!
こんなヤツと十把一絡げにされてたのか、俺は。
序列一位っていう響きも『虫けら共のお山の大将の虫けら』でしかないわ。
むしろ、恥ずかしいんですけどォ!?
『――我が主』
歩いている最中、ガルさんが俺を呼ぶ。
「お?」
『そろそろ、逃げに回る者が出始めているようだぞ』
ガルさんがそれを教えてくれる。
魔剣にして魔導書でもあるガルさんは、あらゆる分野の魔法に精通している。
のちに『大賢者にして大司祭』と呼ばれる次男の魔法の師匠も、実はこの魔剣だ。
いつの間にか探知系の魔法を使ってくれていたのだろう。
ガルさんにそれを聞かされ、俺はしばし考えて――、
「全員、俺の手で殺してぇなぁ」
『わかった。少し力を使うが、許容内だ。その主命を受諾する』
ガルさんの赤い瞳の宝玉が輝きを放つ。
そして俺の身が赤い光に包まれて、俺は、俺達になった。
「「「三十人くらいか。OK、ありがとよ、ガルさん!」」」
全三十人の『俺達』が、一斉に声を揃えた。
同一存在の多重化。実体のある分身。現代の魔法ではかなり高難度の術式だ。
本体は、ガルさんを握る俺。
それ以外の俺は、収納空間から思い思いに武器を選んで取り出していく。
「俺は、本丸に行く。逃げようとしてる連中は俺に任せる。――散開!」
「「「野郎、ブチ殺したらぁ~!」」」
さすが俺、ノリが俺と一緒だ。
街のあちらこちらに散らばった俺達が、逃げようとしてる異名持ち共を仕留める。
どうせ、連中に逃げ場などない。誰もこの街からは逃げられない。
「行くぜ、ガルさん」
『おうとも、我が主よ』
「ところで、今回は何年くらいの冬眠になりそうだい?」
『五年はかからんだろう、心配はするな』
ガルさん――、神喰いの刃ガルザント・ルドラには致命的な欠点がある。
それは、大規模な力を行使すると一定期間の『冬眠』が必要になってしまう点だ。
もちろん、最初からそうだったワケじゃない。
ガルさんが製造されてから一万年以上。逃れようのない経年劣化による機能不全。
『楽しみだよ、俺様は』
「何が?」
『次に目を覚ましたとき、貴様とミフユ様の間には、何人の子供がいるのか』
「気が早ェ、ってワケでもねぇか、ガルさんと人間じゃタイムスケールが違うしな」
五年程度、ガルさんからすれば人間でいう一晩にも満たない程度の時間、か。
襲ってくる異名持ちを捻じり雑巾に変えながら、俺はそんなコトを考えてしまう。
『生きろよ、我が主。俺様に貴様の家族というものを見せてくれ』
「ここは俺に任せて先に行けとか言いそうな雰囲気醸し出すのやめろ、鉄屑」
そんな話をしているうちに、俺達は目的の場所に到着する。
クレヴォスタリアのど真ん中に建っている巨大な邸宅。クレヴォス家の屋敷だ。
『デカイな』
「ああ、下手な宮殿や城よりデケェ」
外から見てわかるが、明かりが幾つも灯っている。
俺が来ることはすでに伝わっているのだろう。
兵士はすでにさっきのガルさんの全域即死魔法で倒れているはず。
そうすると、待ち構えているのは罠と、序列上位の異名持ちか。
『どうするのだ』
「わざわざ乗り込んで中を探すとか、あっちに合わせる必要はねぇよな~?」
俺がそう言うと、こちらの意図を理解したのか、ガルさんが笑い出す。
『クッハ、グハハハハ! 我が主、貴様というヤツは! だがいいぞ、面白いッ!』
「そいつは重畳。――派手に頼むぜ、ガルさん」
『任せるがよい! 地精現転・絶大発動! 波濤を成せ、地烈・岩嵐牙!』
ガルさんが、古代魔法を発動する。
ゴゴゴと地面が揺れて、伸びてきた岩の牙が、グレフォス邸の一角を突き破る。
同じような魔法は現代にもあるが、ガルさんの使うそれは規模が違う。
岩の牙一つが山ほども大きく、さらにそこから新たな岩の牙が伸びていく。
俺はただ、見ているだけでよかった。
砦か城かといわんばかりの規模を誇るグレフォス邸が、岩の牙に蹂躙されていく。
分厚い壁は意味をなさず、太い柱は半ばから折れる。
飾られていた彫像は空に巻き上げられ、他の瓦礫にぶつかり、砕けた。
「ハハハ、ハハハハハハハハッ! いいなぁ、こりゃあ景気がいいぜ、ガルさん!」
大陸中から財を集めて築かれたクレヴォス商会の権威の象徴。
それが、こんなにも容易く壊れ、形を失っていく。いや~、最高! 気分いいわ!
「アキラ・バァァァァ――――ンズッ!」
という声と共に、降り注ぐ瓦礫の陰から何者かが飛び出してくる。
それは、身長よりも大きな鎌を持つ傭兵。確か、俺に次ぐ序列第二位だったかな。
「ここで貴様を討ち取れば、俺こそが序列第一、……いッ!?」
第二位の傭兵が、鎌を振り下ろそうとするポーズのまま、空中で動きを止める。
俺は、そのまま第二位に向かってガルさんを振り下ろした。
「せめて不意打ち仕掛けるくらいには頭使えよ、バカが」
左右に両断したのち、俺はそう告げる。
そういえば俺、こいつの異名も名前も知らないな。まぁ、いいか。
地響きが続く中、俺とガルさんはバルボとラーミュの姿を探す。
途中、何度か序列上位の傭兵の襲撃を受けるが、俺の足を止めるにも至らない。
「こうしてみると、やっぱ他人に任せる評価なんぞ大した意味はないなー」
『当然よ。何よりモノをいうのは、己で稼いだ実績のみ。精進しろよ、我が主よ』
うわー、この鉄屑、言ってることがおじいちゃんだぜー。
しっかし、バルボが見つからねぇな……。
「地下か?」
『いや、それはない。地上に出すために、わざわざ地属性の魔法を使ったのだ』
ああ、そうか。確かに。
地上をこれだけ荒らし回る魔法使ったんだから、地下だって大変な状況のはずだ。
仮に地下室にこもっていたら、生き埋めになってくたばってるだろう。
だが、バルボはその辺の判断は早そうに思えた。
地下にはいない。地上に出てきているはず――、見つけた。
「この息遣い、覚えがあるぜ。バルボさんよ」
俺が振り返った先、積み上がった瓦礫の陰に隠れきれずに蠢くものが見える。
バルボ・クレヴォス。
寝間着姿の小柄な大商人が、物陰から姿を見せる。
「ア、アキラ・バーンズ……」
「来たぜ、バルボさん。予告通りに。落とし前をつけに。恨みを晴らしに」
周りで、まだまだ岩の牙が地形を変え続ける中、俺はバルボににじり寄る。
「君が、まさかここまでメチャクチャだとは思わなかったぞ……」
「そりゃ、あんたに人を見る目がないだけだ。俺はこうさ。今までも、これからも」
さらに一歩、迫る。
だが、バルボは表情こそ追い詰められていたが、逃げる気配はなかった。
それだけの度胸を持ち合わせている。というだけではなさそうだ。
「君は、私を殺すつもりなのだろう?」
「そうですけど? まさか、俺から恨みを買っておいて、生き残れるとでも?」
さらに一歩、迫る。
バルボは、顔を汗まみれにしながら、俺に言ってくる。
「い、いいのか!?」
「何がです?」
「すでに大陸西部のパワーバランスは『クレヴォス商会ありき』のものになっている。私が死んで商会が倒れれば、西部の勢力争いに多大な影響を及ぼすぞ!」
「はぁ、で? それがどうしたんです?」
さらに一歩、迫る。
そこでようやく、バルボは後ずさった。そしてさらに言い募る。
「クレヴォスの影響力が消えれば、落ち着きかけている大陸西部がまた再び戦乱の渦に呑まれる。そうすれば、どれだけの『死ぬ必要のない命』が失われると――」
「うわ、大変だ。全部あんたのせいだ。責任を取って死にましょう、バルボさん!」
「な、なァァ……?」
さらに一歩、迫る。
バルボの顔を濡らす汗が、一気にその量を増やす。その小柄な体が、わなないた。
「わ、わ、私のせいだとォ~……!?」
「そうだぜ。クレヴォス商会を作ったのも、傭兵商人始めたのも、大陸西部にデカイ影響力を持ったのも、俺を雇ったのも、俺を怒らせたのも、俺から恨みを買ったのも、全部、あんたがやったことだ。死んで償うしかないな、これは!」
「ふ、ふざけるな! 私が築き上げたものを、おまえが壊そうとしているだけだ!」
「あんたが俺から恨みを買わなきゃ、そんなことにはならなかったさ」
怒鳴るバルボに、俺は低い声でそう告げる。
すでにここは間合いの内。次の一歩で、俺はバルボを仕留められる。
「……仕方があるまい」
だが、バルボは忌々しげに顔を歪めつつも、命乞いはせずに何かを取り出す。
それは『異階化』の金属符にも似た、銀色のプレート。
「古代遺跡で見つけた『転移符』だ。ひとまず、私はこれで逃げさせてもらうよ」
「ああ、遺跡で時々見つかるっていう、使い切りの空間転移用のアイテムか」
「そうとも。次の我が商会の目玉商品として研究していたものだ」
「なるほどねぇ。全部が終わったあとで、その辺を調べてみるのも一興かな」
余談だが、そこで見つけたのがキャンプで使った『空断ちの魔剣』な。
さて、話を戻すが、バルボは手にした『転移符』を使って逃げようとしていた。
「ラーミュを残すのは忍びないが、まずは私が生き残らねば商会は終わる。ここは痛み分けということにさせてもらうよ、アキラ・バーンズ。君への雪辱は必ず――」
「やってみろ、できるならな」
俺はそこで、バルボを挑発する。微塵も余裕を残していない大商人の顔が歪む。
それでも、悔しさを押し殺してバルボは『転移符』を使おうとする。だが、
「……何?」
表面に魔力の光こそ走ったが『転移符』は効果を発揮しなかった。
「な、何故だ……!?」
目を剥くバルボに、俺は「さぁ、何でかな?」と肩をすくめる。
そして、硬直してるバルボの首を、空中から出現した黒く大きな手が掴み上げる。
「こ、これは、まさか……」
見開かれるバルボの瞳が見たものは、黒い装甲に身を覆った大男。
そう、こいつは――、
「俺の異面体――、兇貌だ」
「バカな、そんなバカな! そ、それではここは、この場所は……!?」
バルボが気づいた通り、ここは『異階』だ。
仕返しを始めた俺がまずしたこと。
それはガルさんの協力のもと『異階化封じ』の結界を破壊することだった。
次にクレヴォスタリアの街を『異階』に沈め、街にいる連中の退路を断った。
バルボの『転移符』が働かなかったのも、ここが通常空間ではないからだ。
「ここが終着点だ、バルボ・クレヴォス。あるいはおまえは、このまま生きてればこの世界の歴史に名を残したかもしれないが、おまえは俺から恨みを買った。その時点で、俺の仕返しで殺される以外のあらゆる未来の可能性が潰え去った。哀しいな」
周りに幾つもの召喚の魔法陣を展開し、俺はニヤニヤ笑いながら言う。
対照的に、バルボの表情は固く強張っていく。自分の末路を想像したからだ。
「おまえへの仕返し、どうしようかと考えたよ。色んな方法を考えた。考えに考えて、考え抜いて、そしてめんどくさくなったよ。だから、もうフルコースでいいや」
魔法陣から現れるのは、イバラヘビ、ゴウモンバエをはじめとした無数の魔獣達。
その全てが、体内に寄生して宿主の苦痛を啜るタイプのものだ。
「壊れることもできないまま、少しずつ喰われる自分を自覚して、死んでいけ」
「あ、あ、ぁ、ぁぁ、あ……ッ!」
絶望に涙を浮かべるバルボに、魔獣達が殺到する。
そして、大商人バルボ・クレヴォスの絶叫がこだました。
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああァァァァァァァァ――――ッ!?」
――二流の悲鳴だな、こりゃ。