第133話 魔王アキラ・バーンズの所業:前
非難轟々。
「おママにストレスをかけた~、死刑ポイント+500て~ん」
「母様を一人にして辛い思いをさせたことに、死刑ポイント+1000点!」
「おかしゃんに寂しい思いをさせたから、死刑ポイント+1億点だァ――――ッ!」
ヤベェよ、ほんの五秒で俺の死刑回数が一千万回を超えたんだが?
それに対し、家長たるこの俺、アキラ・バーンズの対応は――、
「すいません。ホンットすいません。はい、すいません。本気で反省してます……」
自ら正座して、謝り倒してます! 何なら土下座もするよ!
こればっかはねー、本当にねー、返す言葉がねー、何もなくてねー……。
「ハイハイ、そこまでにしときなさいよ、あんた達」
だが、当事者であるミフユ本人が、パンと手を叩いて娘達を止めてくれた。
「これは過去の話なの。パパも反省してるし、ママもしっかり話はしたから、あんた達が口を出す問題じゃないの。言ってくれたのは、嬉しいけどね?」
「おママ~……」
ミフユが言ってくれたことで、スダレ達もこれ以上俺を追求することはなくなる。
しかし、だからって俺自身の中にある呵責は消えるワケじゃない。
第一子妊娠中という、最もストレスがかかるであろう時期。
常に隣にいてやるべきそのときに、三週間に渡って離れてしまった。
さすがの俺も、これは失敗だとわかっていた。
思い返すたびに自己嫌悪で死にたくなる。
娘達に弾劾されて、内心『やっと罰を受けれた』と思う自分がまたムカつく……!
「ほら、あ~ん~た~もッ!」
「あ、ぃてッ!?」
俯いていたら、ミフユに脳天チョップをくらった。
「いつまでも昔のこと気にしないの。終わった話でしょ、もう」
「まぁ、そうなんだけどさぁ~……」
「今『そう』って言ったわね。つまり終わってるから蒸し返すだけ無駄。終わり!」
う、有無を言わさぬ……。
「アッハッハッハッハ! いいねぇ、ミフユちゃん。最高の対応さね!」
「あ、すいません。お義母様の前なのに、恥ずかしい……」
お袋に笑われて、軽く狼狽するミフユ。
それを見ていたガルさんが、お袋の方に宝珠の瞳を向ける。
『おかあさま? そこな女性はミフユ様の今生での母君か?』
「俺のお袋。俺達と同じ『出戻り』で、あっちでの名前はミーシャ・グレンだ」
『何とッ、それはあちらでの我が主の育ての母の名ではないか! まさか、それがこちらでは我が主の実の母親とは、何とも奇縁よのう……。たまげたわい』
「ホントそれな」
ガルさんの横で、俺は腕組みをして深くうなずく。
ところが、ここでガルさんが俺に対していきなりお叱りを投げてくる。
『それにしても我が主よ。貴様も何だ、そのザマは。情けないのう!』
「ンだよ~、ガルさんまでお小言かよ~。もう終わった話ってミフユも言ったろ~」
『そう、終わった話だ。そして終わらせたのは他の誰でもない貴様だ、我が主よ』
「ま、そうだけどさ……」
『ならば語り、聞かせてやれ。己の子らに。父たる貴様が、いか決着をつけたかを』
そう言われて見てみれば、スダレも、シイナも、タマキも、俺を向いている。
話を聞く体勢は万全、ってコトですかねぇ。
「ああ、そうだな。まぁ、やることはいつも通りだけどな」
喋り始める前にミフユが麦茶のおかわりをくれた。
それに一口だけ口をつけて、舌を湿らせて俺は語り始める。
――クレヴォスタリアの住人二万人、全員を死に至らしめた話を。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
神喰いの刃ガルザント・ルドラは、古代文明期に創造された最終兵器だ。
剣の形を取りながらも、あらゆる古代魔法をその内に宿す『魔剣にして魔導書』。
その力は絶大で、空から星を喚び、死を振りまき、魂を喰らう。
その名の通り、神と呼ばれる巨大な力を持つ存在を殺すことに特化した、黒き刃。
創造者たる古代の魔導士は、さぞその性能に満足しただろう。
そして、強大な力を持つ魔法の武具は、大体が自我に目覚める。
武具が使い手を選ぶ、というアレだ。
ガルザント・ルドラにも必然として自我は宿った。
最凶刃に宿る魂は、破壊と殺戮を愛でる好戦的な人格――、などではなく、
『だから俺様は言っただろう! 今はミフユ様のそばにいなきゃならん時期だと! それなのに貴様は、金、金、金と! 貴様なら金など幾らでも稼げるだろう!』
「うるせェ――――ッ! 俺だってわかってるんだよォ――――ッ!」
当時から、家族思いの気のイイおじちゃんでした。
ガルさんも当時すでに創造されて一万年以上経って、今と変わらんからね。
だからこそ、俺とガルさんは同類だ。
神喰いの刃ガルザント・ルドラに宿った魂は、身内に甘く、敵には容赦がない。
そんなところが意気投合して、俺はこいつの主になった。
夜、俺達は道を歩く。
屋敷は、ケントに頼んである。
守りに入っている限り、この街の誰もケントを倒せはしない。
俺はあいつを序列百位以内と評した。
だがそれは、あくまでも総合的に見た場合の話。
防衛だけに限るなら、千人の傭兵の誰も、ケントには及ばない。
もちろん、俺を含めて。
俺はアレです。攻撃こそ最大の防御、とか言っちゃうクチなんで……。
「なぁ、ガルザント・ルドラ」
『何だ、アキラ・バーンズ』
「――どこまで殺すのが正解だと思う?」
『くだらん質問だな。自分の中に揺るぎない正答があるくせに、再確認か』
「そう言うおまえこそ、わかってるんだろ?」
『フン、よかろう。せーので行くぞ。――せーの』
「『全員だ」』
二つの声は、見事に重なった。
「バルボ・クレヴォスも殺す。ラーミュ・クレヴォスも殺す。千人の異名持ちも、ケント以外は全員残らず殺す。そして――」
『この街の人間も殺す。くだらん噂を囁き合い、それを広め、無責任にもミフユ様に負担をかけた連中も全員殺す。その家族も殺す。この街の人間は全員殺す』
俺は、道の真ん中で歩みを止める。
そして、手にしたガルザント・ルドラを高々と空に向かって突き上げた。
「ああ、本当に、こんな街来るんじゃなかったぜ。人生最大の不覚だよ」
『ならばその後悔を生涯背負い、ミフユ様を幸せにしろ。それが貴様の責務だ』
「わかってンよ。今の一兆二千億倍は幸せにしてやるさ」
ガルさんの刃から、強烈な瘴気が溢れ出す。
「だから『死』を喚べ、ガルザント・ルドラ」
星を墜とす必要はない。
街を紅蓮で焼く必要もない。
必要なものは『死』。ただそれのみ。
ガルザント・ルドラよ。その刃が神をも殺すなら、死を招くなど容易いはず。
「俺はこれから恨みを晴らす。そのための手段になれ、神喰いの刃」
『我は主命を受諾せり。よかろう、アキラ・バーンズ。今ここに『死』を招こう』
夜空が陰る。
月が欠け、星が消えて、夜空よりずっと濃い闇が、空に広がっていく。
――それは『死』。
ガルザント・ルドラが行使した《《全域即死魔法》》。
全体即死魔法、ではなく、全域即死魔法。指定した場所全体に影響する魔法だ。
クレヴォスタリアの空を覆う巨大な闇の球体が、今、街へと落ちてくる。
気づく者がいたとしても、もう遅い。もはや逃げ場はない。生き残る道もない。
「誰にも看取られないまま、眠るように死んで行け。苦痛は与えないでおいてやる」
『お優しいことだな、我が主』
「苦痛は、これからの千人にくれてやるって決めてるんでね」
闇が落ちてくる。
その中を、俺とガルさんは歩いていく。
降り注ぐ『死』は、壁を透過して建物の中にいる人間を容赦なく襲っていく。
そして、それに触れた者は死ぬ。一瞬にして、生命力を失ってその場に倒れ伏す。
あるいは、倒れてすぐに処置すれば、生き残る可能性もあるかもしれない。
それは、別にどうでもいい。
この街の住人がどうなろうが、俺にとってはどうでもいいことだ。
ただ、恨みがあったから一度殺した。
それだけのことでしかなく、それ以上、関わる気はなかった。
「この街の住人については、な」
クレヴォスの屋敷へと向かう俺達の前に、武装した集団が現れる。
それは、ガルさんの全域即死魔法の対象に含めなかった千人の異名持ち達。
『本番だぞ、我が主』
「やることは変わらねぇよ。俺は恨みを晴らすだけだ」
低くそう告げて、俺はガルザント・ルドラを両手に握り直した。
ここから先は、全員、俺が直々にブチ殺してやるよ。