第132話 傭兵にテーブルマナーを求めるな
夏の終わりは近づいても、アイスはやっぱり甘くておいしい。
「ジャンケン、ポン! あいこでしょ!」
「しょ~! の、ぽい~!」
こちら、残り一つのチョコアイスを巡って死闘を繰り広げるシイナとひなたの図。
負けた方がバニラアイスなので、どっちもハズレではないんだがなー。
「くッ、やりますね、ひなたちゃん! 四歳でこれとは、末恐ろしい子!?」
「フフフフ、わかるか、シイナ、我が妹よ! ひなたの利発さがわかるかッ!」
すごいなこの会話。バカと親バカしかいねぇ。
「おシイちゃん、こっちの世界に来てから何かはっちゃけた気がするねぇ~」
チョコミントの棒アイスをかじりつつ、スダレがしみじみ述べる。
やっぱそう思うか。俺もだわ。……チョコチップアイスうめぇ。
「ぽ~い。あ、かった~」
「ああああああああああああああ、私のチョコアイスがあああああああああああ!」
「ひなた、よくぞ! 今日という日をアイス戦勝記念日に制定しようぞ!」
できるもんならやってみろや、商社マン。
「平和ね~」
崩れ落ちるシイナの方には目をやらず、ミフユがのんびり言う。
ちなみに――、
『……甘いのう。これがこの世界の氷菓子か! うむ、実によし!』
ガルさんも、アイスを食っています。
不思議だぜ~。フワフワ浮いてるアイスが、少しずつ欠けていく光景。
「そッいえばよ、今ッとこ、ガルさん登場してねッじゃん? マッジで証人なん?」
そんな疑問を、タクマが投げてくる。
まぁ、ここまではガルさんは登場してないね。でも、いいタイミングの質問だ。
「次からさ、ガルさんが出てくるのは。だよなぁ?」
『うむ。そういえばそうじゃったわい。忘れてはおらんぞ~、あの日のことは』
大体みんなアイス食べ終わったし、そろそろ続き行くかー。
「さて、ラーミュ・クレヴォスのストーキングは、徹底して無視した。で、だ――」
俺は、話を再開する。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
……仕事が数倍に増えた。
やった、フィーバータイム入った! 稼ぎどき!
と、思ったのも束の間、仕事が仕事が仕事が仕事が仕事が仕事が途切れない!
昨日は大陸南部に飛び、今日は大陸北部に飛び、明日はまた南部!
次の日は西武、さらに次の日は北部でダンジョンアタック! 家に、帰れん……!
「あ~、これ、クレヴォスからの報復かぁ」
って気づいたのは、フィーバータイム入って二週間後くらいかな。
それだけ家に帰れない日が続くと、さすがに疑問も湧いてくるワケだわ。
家の方は、ケントに任せていた。
だから心配はしてなかったんだけど、さすがに新婚で二週間会えないのはキツイ。
もうね~、飢えたね。ミフユに飢えた。
戦場にいる敵味方全部がミフユに見えたときはヤバかったです。
特に疲れはなかったけど、ミフユ不足は深刻だった。
ミフユからしか摂取できない栄養素が確実にあ……、痛ァい!? ぶたないで!
ま、まぁ、とにかく、俺はバルボからの報復で忙殺されたワケだ。
仕事の斡旋については、傭兵でしかない俺達は口を出せない。そこを突かれた。
そして、そうやって俺を引き離した隙に、ミフユを狙ったワケだ。
表向きは強盗ってコトにして、俺達が使ってた屋敷に手勢を向かわせたんだよ。
ラーミュって娘も相当ねじれてるが、それも父親の影響なんだろうな。
なまじ、成功しかしてないから、自分のやることは絶対にうまくいくと考えてる。
当然、そうそううまくいかせるワケもない。
あのときは、ケントに世話になったよ。やっぱ守りに入ると強いわ。
侵入した強盗、ことごとくブチのめしてくれたからな。
そして三週間経って、ようやく俺はクレヴォスタリアに帰還した。
そこで初めて強盗のことを知らされて、キレかけたわ。
当たり前だよねー。
よりによってミフユに手ェ出そうとしたんだから、ねぇ?
でも、そのミフユ本人が、俺を止めた。
「きっともう少ししたら、最高のタイミングが来るわ」
――ってさ。
このときのミフユには、何が見えてたんだろうな。今でも知りたいわ。
あ、そこまでは覚えてない?
そうっすか……。ちょっと残念だわ、まぁ昔の話だしなぁ。
ただ、結果的には見事にミフユの言葉通りになった。
バルボからお誘いがあった。
俺一人、食事の誘いだ。ラーミュも同席とのことで、これは行くしかないわな。
場所はクレヴォスタリアでも一番高いレストラン。
盛装の上、ご来場くださいってあったから、持ってったよ、ガルさん!
では、当時の様子を詳しくいってみよ~か~。
「わぁ~、高そうなお店~。絶対作法とかうるさく言われるわ~」
『それは偏見ではないか、我が主? ……とはいえ、俺様が振るわれるには狭いな』
そのとき、俺は言われた通りに盛装していた。
戦場で身に着ける愛用の防具と、神喰の刃ガルザント・ルドラでな。
猪口才なことによ、クレヴォスタリアには『異階化封じ』の結界が張られてる。
メチャ高の維持費がかかる金食い虫だが、おかげで異面体が使えない。
これもまた、クレヴォス商会の権勢を示す仕掛けなワケだな。
店の前に立った俺に、入り口にいた店員はギョッと目を剥いた。
周りがいかにも高級そうな服装の連中だらけの中、俺だけ戦場装備だったからな。
「お、お客様……?」
「アキラ・バーンズだ。言われた通り盛装してきた。入るぜ」
用心棒も兼ねていたであろうその店員は、そのまま俺を通した。
まぁまぁお利口さんな用心棒だったよ。止めてりゃ左右二分割してたからな、俺。
店に入ると、楽団の生で演奏してたよ。
俺が入ってきたの見たら、みんな楽器弾くのやめたけど。笑うわ。
他の客がドンビキする中、俺はズカズカ大股に歩いて、指定の席に行った。
そこには、バルボとラーミュの父娘がいたよ。娘の方は、派手に着飾ってたな。
ラーミュは、俺の姿に仰天していた。
だが一方で父親のバルボは、俺の姿を見るなり満足そうに笑いやがった。
バルボは、小柄で痩せた男だ。
しかし、商人という割になかなかの気骨を持っている。
「来たぜ、バルボさん。本日はお招きいただいありがとうございます」
「やぁ、来てくれたかい。……フフフ、想像以上だよ、アキラ君」
ラーミュとバルボは、椅子に座ったままだった。
店員が、俺の分の椅子を引いて、座るように求めてくる。
だから俺は、クロスが敷かれたテーブルにガルさんを叩きつけてやった。
テーブルも、一撃でサックリ両断だ。周りはさすがにビビってたな。
「おやおや、手荒いね、アキラ君」
「バルボさん、ウチの屋敷に強盗が入ったらしいんですよ」
「聞いているとも。物騒なことだね」
「そうっすねぇ。街で一番治安がいい区画にある、千人の異名持ちの中の序列一位である俺が住んでると皆が知ってる家に強盗ですからねー、物騒ですわ」
「君の家族が無事で何よりだ。衛兵達は叱っておくよ」
「そうしてもらえると助かります――、なんて言うかよ。あんた、何がしたい?」
俺は、ド直球にきいた。
元より腹芸など俺の好むところではない。
「そっちの娘さん使って変な噂流させたり、俺だけ仕事増やして街から引き離したり、その隙に手勢使って強盗装ってウチの嫁さん狙ったり、何がしたいんだよ」
「ン~? フフフ、何のことかわからないが、君は非常に優れた傭兵だが、やはりまだまだ若いなぁ。そこでそうして地金を晒してしまう辺り、特に」
うわぁ、答えになってねぇ~。って思ったね。
ただ、一つ確信したことがある。
バルボは俺を脅威と見なしていない。自分は確実に勝てると踏んでいる。
だから、これだけ余裕があるのだろう。
短い会話でしかなかったが、それはありありと感じとれた。
そして小柄な商人は、俺に自らの目論見を告げる。
「アキラ君、私はね、君にクレヴォス商会を継いでほしいんだよ」
「はぁ? 何言ってんすか、あんた?」
「君には意味がわからないかもしれないが、私は本気だ。クレヴォス商会はまだまだ大きくなる。いずれは国に匹敵するほどに。だが、そうなるとどうしても考えなければならないことがある。後継者だ。私にはラーミュしか子供がいなくてねぇ……」
「で? だから、何すか?」
チラリとこっちを見るバルボの視線から、言いたいことはおおよそ伝わってくる。
だが、俺はすでに結婚済みだっつーワケでして、
「私はね、アキラ君。君こそが商会を継ぐに相応しい男と見込んでいるんだよ」
「はぁ、節穴ですね」
俺は言ったが、バルボはまともに取り合わず、言葉を続ける。
「そんなことはない。事実。今だってこうして皆を驚かせているじゃないか。。君だからこそできることだ。そんな君が、娘のラーミュと一緒になってくれたら、私としてはこの上なく喜ばしいのだがねぇ。なぁ、ラーミュ?」
「はい……」
オイオイ、マジかこの父親。マジかこの娘。
こちとら魔剣持った完全武装でレストランに来てるんですけどねぇ。
ラーミュは、頬を赤らめらせて伏し目がちにうなずいていた。
その表情が語るものを、俺はよく知っている。しかしだ、
「俺、嫁さんいますけど?」
「ああ、あれはいらん」
一転して、バルボは興味なさげにそう呟き捨てた。
「世界最高値の女か知らんが、君には全く不釣り合いだ。所詮は商売女。どれだけ飾ろうと、卑賎の身に過ぎん。君のような傑物がどうしてあんな女を妻としたのか、それだけは理解できんよ。君に似合うのは、ラーミュのような女性だと思うがね?」
「へぇ、そうっすか。ウチの嫁は卑賎ですか。そうっすか」
俺は、笑顔を作ってそれだけ返す。
そのときの俺の内心? 言うまでもないよね?
「何なら、私が金を出そうか? 手切れ金の話だ。君がラーミュを選ぶなら、言い値を支払ってやってもいいぞ。君を手に入れられるなら幾ら払っても安いものだ」
「うん、そっか。わかった」
顔に貼りつけていた作り物の笑みが、本物に切り替わる。
清々しい気分になりながら、俺はバルボに対して朗らかに告げた。
「あんた、今、俺の恨みを買ったぞ」
「そうかね。どうやら今の君は頭が煮えているようだな。残念だよ」
ここで動じないバルボもまぁまぁ大したもんだが、そんなことはどうでもいい。
俺は踵を返し、店を立ち去ろうとする。その背に、ラーミュが言葉を投げてくる。
「バーンズ様、あなたの伴侶に相応しいのは、わたくしですわ。あのような卑賎な女、あなた様の妻でいる資格などありません。どうか、目を覚ましてくださいまし」
俺は、満面の笑みを浮かべたまま、肩越しに振り返って一言だけ返す。
「その言葉、よく覚えておくよ」
そして今度こそ去ろうとする俺へと、バルボが告げる。
「こちらには998人の異名持ちがいる。力に訴える選択は、非常に愚かで馬鹿げたモノであることを認識しておいてくれたまえ」
俺は、答えずに店を出た。
すると、それまで沈黙を保っていたガルさんが、俺に尋ねてくる。
『何故、あそこで仕留めなかった?』
「決まってるだろ」
顔に浮かぶ笑みが、徐々に歪み、獣じみたものへと変わっていくのを自覚する。
ああ、本当に、ミフユは最高の嫁だ。
あいつは俺のことをきちんと理解してくれている。
今の状況こそまさしく、あいつが言っていた『最高のタイミング』だ。
そう、俺の中にドス黒い『怒り』が煮え滾る、今こそが――。
「クレヴォス父娘は、商会を潰したあとで最後に殺すからだよ」
さぁ、仕返しの時間だ。