第131話 令和の日本も異世界も、人の噂は七十五日
タマキが暴れております。
「おかしい、絶対おかしいぃ~! ケントしゃんが千番目とかありえないだろ~!」
以上、タマキが暴れている理由でした。
「ケントはなぁ……」
椅子に座って、ミフユから受け取った麦茶を飲みつつ、俺はケントの方を見る。
ものすごく、複雑な顔をしとります。
「あんたと組んでる時点でしゃーねーんすけどね」
「どゆことだよ~?」
まだ不服そうに唇尖らせてるタマキ。
そんなタマキを見て『幸せそうで何よりだわい』とほっこりしてるガルさん。
本日もバーンズ家は平和です。そんな再確認をしてしまった。
「ケントだったら、序列百位以外は確実だったって話だ」
「じゃあ何で千番目なんだよー!?」
説明すると、タマキが長机を軽くバンと叩く。
それだけで長机がミシミシいって、表面には手形がしっかりついてしまう。馬力!
「それはね、お嬢。俺が防衛に長けた傭兵で、大体目立つのは攻勢に長けた傭兵だからっすよ。そんで、俺と組んでるそこの七歳児が世界で最も攻勢が得意な傭兵です」
「ま、そゆこと。つまり、俺がケントの評判を食っちまってたってことだ」
クレヴォスタリアの傭兵序列は、あくまで活躍度と知名度からなっている。
本来の実力との間に、格差というか、差異が生じるのはどうしょもない。
「じゃあ、おとしゃんのせいじゃん!」
「いや、序列なんていう目立つだけのシステム考えたヤツのせいだよ?」
そこを俺のせいにされてはたまりませんなぁ。
そもそも他人の評価なんぞ気にしてたら傭兵なんぞやってられんでしょ。
評判と面子は大切だけど、結局やることは人殺しだしな。
「納得いかね~……」
まだブーたれてるタマキを見ながら、俺はふと思いつく。
「納得いかないっていえばさ~、ケント、タマキ」
「何です、団長?」
「何だよ~……」
ケントとタマキが揃ってこっちを見たタイミングで、俺は告げる。
「おまえら、何でつき合ってんのに呼び方変わってないの?」
「「え?」」
「いやいや、え、じゃなくてさ。タマキはケントの彼女でしょ? なのに何でいつまでも『お嬢』呼びなのかなー、って思ってさ。もう娘としては見てないんだろ?」
かねてから気になっていたことを、ここで口に出してみる。
すると、タマキとケントは互いに顔を見合わせる。
「…………」
「…………」
「「~~~~~~~~ッ!」」
一瞬の間ののちに、二人の顔が同時に真っ赤に染まった。
き、気づいてなかったんですか、君達? あら~、ヤブヘビだったかな……。
「…………チッ!」
露骨に眉間にしわ寄せて、舌打ちと共に缶ビールを流し込むのをやめろ、四女。
「もうッ! お、おとしゃんはさっさと説明の続き始めろよぉ! 今のでベンゴ側、ヒコクニンに死刑ポイント+100点追加だぞ! 合計10点で死刑だからな!」
「じゃあ、もう死刑じゃねぇか!?」
そもそも裁判にポイント制を導入するなッ!
「静粛に、静粛にッ!」
そして打ち鳴らされる、木槌の音。シンラめ、タイミングを計っていたな。
「気になることは多々あれど、まずは姉上の言葉通り、説明の続きをば」
「あいよ。それじゃあ――」
「はい、麦茶のおかわりよ。喋り疲れたら飲みなさい」
俺が説明を始める前に、ミフユがそれを俺に渡してくれた。
一杯目は今ちょうどなくなったんで、タイミングが完璧すぎて、笑うわ。
「何笑ってんのよ。早く説明しなさいよ。笑えないわねぇ」
言うその顔が不機嫌そうなのは、そのときのことを思い返してるからだろう。
それじゃあ、お言葉通りにさっさと説明しますかねー。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
俺とラーミュ・クレヴォスの邂逅。
バーンズ家の『浮気騒動』は、そこから始まった。
だが、いきなり着火したワケじゃない。
この一件は、幾つかの段階を踏んで一気に爆発して、大ごとになった。
まずはその第一段階。
俺と出会ったのちのラーミュの行動だ。
「まぁ、バーンズ様、またお会いしましたね。こんにちは」
「……はぁ、こんちゃっす」
あの女、威風堂々、俺へのストーキングを開始しやがりまして!
何か知らんけど、傭兵から助けたら気に入られちゃったみたいでさ……。
当時、クレヴォスタリアの街で序列一位だった俺は、大きな屋敷をもらってた。
そこにゃ使用人もいたけど、やっぱミフユの世話は俺が直にしたかったワケでさ。
だから、仕事ないオフの日とかは、俺が買い物行ったりしてたんよ。
そこにさ、いるのよ。
さも偶然といわんばかりの現れ方で出てくるんよ、ラーミュ・クレヴォスが。
――例えば、薬品店。
「バーンズ様、こんにちは。お薬ですか? わたくしも必要だったので……」
――例えば、雑貨店。
「バーンズ様、ご機嫌麗しゅう。お鍋ですの? それ、ウチでも使っていますの」
――例えば、武具の店。
「バーンズ様、奇遇ですわね。防具の補修ですのね。わたくしも同じ用事ですの」
待て待て、他二つは見逃せるとしてもお嬢様が防具の補修はねぇだろ、と。
さすがに言いたいことは溜まってたんだけど、仮にもスポンサーの娘だしさー。
しかも、声がマジでミフユに似てたから、ちょっと対応に四苦八苦したよ、俺。
何とか世間話を適当にしつつ、さっさと帰ったりしてたんだけどな。
あ~、ストレス溜まりましたね。
今思うと、あの時点でタコ殴りにしておくのがベストだったってわかるわ。
っていうのもな、実は布石だったらしいんだよ、これ。
のちのち、ミフユから聞いて驚いたけど、ラーミュの策略だったんだ。
街のいたるところで俺とラーミュが話をすることが、な。
わざわざ護衛もつけずにあの女は俺の前に現れて、話しかけ続けてきた。
傭兵序列一位の俺と、街の支配者の娘が、傍から見れば仲良く二人で話している。
それを目撃する街の人間は、さて、どう思うだろうなぁ。
ラーミュは、街の人間に自分と俺という組み合わせを印象付けようとしたのさ。
そしてそれはさして時間をかけず、噂になっちまった。
俺とラーミュ・クレヴォスはデキてる。っていう噂にな。
組み合わせが組み合わせだ。噂は、あっという間に街の内外に広まったよ。
場所が事実上のクレヴォスの庭だったのも手伝ったんだろうな。それは。
いや~、噂の一人歩きは怖いな。
俺はミフユの世話でそれどころじゃねぇってのに、どこ行ってもその話ばっかよ。
仕事中でもだぜ?
正直、そんなくだらねぇ話に関わってられっかと思ったが、それが悪手だった。
噂ってのは火みたいなモンだ、消さなきゃ、そこに燃料がある限り燃え続ける。
そしてその燃料は、ラーミュが絶えず注ぎ続けていた。
今度は、あの女自らが、様々な場所で俺との仲を吹聴し始めやがった。
事実なんぞどうでもいいんだ。
想像の余地があり、それを補強する材料があれば、人は事実を脳内に捏造する。
笑うのがよ、叱られたんだぜ、俺。
噂に踊らされた知り合いの傭兵にさ、ラーミュを大切にしろって。
バカかよ。って思ったね。
そしてそいつの両腕へし折ってやったよ。
え? 釈明したり、対策は練らなかったのかって?
それがよー、俺もケントも、これは何とかしないとって思っちゃいたよ、けどさ、
「何もしないのが一番よ。……ぅ~、辛いわ。背中さすってぇ~」
ってさ、ミフユが言うのよ。
もちろん俺は背中をさすったよ、力を入れないように優しく、いたわりながら。
あ、ゴメン、話ズレたわ。
けど、これは結局、ミフユの言う通りだったな。
無視し続るのが正解だったよ。
噂は火だけど、燃料がなきゃ燃えない。
そしてその燃料も、無限にあるワケじゃない。
幾らラーミュが噂を流し続けたところで、俺が反応しなけりゃ、それで終わりよ。
さっき言った知り合いみたいなヤツもいたけど、ことごとく地獄見せてやった。
そしたら、もう誰も何も言わなくなったよ。
目に見えない圧力は、目に見える暴力にはかなわないってことを証明したね。
ここまでが、ラーミュと出会ってから、二か月くらいの話かな。
そう、これでラーミュもあきらめて平和になった――、ワケじゃないんだなー。
ここまでが『浮気騒動』の第一段階。
そして次の第二段階は、パパが登場するんだぜ。
バルボ・クレヴォス。
クレヴォス商会の会長で、ラーミュを溺愛するバカ親さ。
こいつに食事に誘われたのが、次の展開だなー。
あ、コラ、ミフユ!
一人だけアイス食べてんじゃねぇよ、俺にもくれ!




