第130話 それは『浮気』と呼ぶんかな?
ガルさんが裏切った。
『貴様、アキラ・バーンズ! よりによって子らを裏切って浮気とは何事か! 我が主ながら嘆かわしい! そこになおれ、子らに代わって俺様が成敗してくれる!』
「おまえは俺の側の証人なんだよォォォォォォォ――――ッ!」
クソォ! 魔剣の形した子煩悩の親戚のおじさんめッッ!
『大体だ、我が主! 貴様、ミフユ様という生涯最高にして唯一無二、まさに運命の赤い糸で結ばれし伴侶を得ておきながら浮気とは――』
「ちょっと、ガルさん、そこまで持ち上げないでよ……。くすぐったいわ……」
テレビを見終わって、こっちを見物に来たミフユが居心地悪そうにしている。
それに気づいたガルさんが、ミフユを見て刃を震わせた。
『おお、ミフユ様! やや、何と可愛らしいお姿に。我が主の千倍、いや、万倍は可愛らしゅうございますな! しかしながら、このたびは我が主が申し訳ない!』
「保護者ヅラしてんじゃねぇよ、この鉄屑がッ!?」
何なんだよ、もう! 本気で味方がいねぇじゃねぇか!
『では、我が主よ、キリキリ白状するがよい! 相手は誰だ! 時間はいつだ!』
「浮気じゃねぇっつってんの! 俺は浮気なんてしたことありません! あーりーまーせーんー! 俺がミフユを裏切るワケないでしょ~~~~!」
もはや、悲鳴にして絶叫だよ。
部屋全体に響き渡る俺の雄叫びに、全員が俺の方を向く。
「はぁ、はぁ……」
「まぁ、そうねぇ~」
息を切らせる俺の前で、苦笑したのはミフユだった。
「周りは『浮気騒動』っていうけど、厳密にはそういうものじゃないわよね」
「おまえ、全部わかっててここまで静観とかさ、ホントさ……」
「笑えないわねぇ~」
「それ、今回ばっかりは俺のセリフゥ!」
「静粛に、静粛にッ!」
俺が悲痛に訴えたところで、裁判長のシンラが木槌をカンッ、と鳴らす。
気がつけば、弁護役と検察役はみんな長机に戻っていた。
「ガル殿の登場により、一時中断しておりましたが、これより本格的に審議を開始させていただきたく存ずる。まずは父上より、当時の状況をご説明願いましょうぞ」
「浮気じゃねぇっつってんのによ~……」
「それを吟味致しまするが、本法廷の存在意義にて」
ただの裁判ごっこでしょうが……。めんどくせーなー、もう。
『我が主、一体何の件の話をしているのだ?』
「ガルさんなら覚えてるだろ。……アレだ、クレヴォス商会の一件だ」
俺がその名を告げると、ガルさんは数秒沈黙し、
『あー』
と、一度声を出し、
『あ~~~~ッ!』
さらに、声を大きく伸ばして納得してくれた。
『あったあった! 懐かしいわい! あったの~、そんなこと! ……むぅ、確かに、傍目に見ればアレは『浮気騒動』と言えなくもないのかもしれんなぁ』
「浮気じゃないです……」
何度でも否定するよ、俺は。何を言われても、絶対認めないからね?
『そうさのう。アレは浮気ではなく、正しくは美人局に近いモノであろうなぁ』
「「「美人局ッ!?」」」
そうです。女使って男騙して、金をむしり取ろうっていう、アレです。
俺の場合は、それを画策したヤツの目的は金じゃなかったけど。
「父様、お話し、聞かせてくれますよね?」
検察役のシイナに促され、俺はガルさんを掴むために持ってきた椅子に座る。
隣には、浮遊するガルさんが移動してくる。
「――そうだな、聞かせて困る話でもない、か」
俺は腕を組んで、当時の記憶を思い返した。
あれは、俺がまだミフユと結婚して一年も経ってない頃の話だ――、
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
時期は、俺とミフユが二十三、ケントが二十五のとき。天空娼館を出て一年未満。
場所は、傭兵の都クレヴォスタリア。
当時、俺達がいた大陸の西側で幅を利かせてたのが、クレヴォス商会だ。
バルボ・クレヴォスって商人が会長を務める、かなりデカい商会だったよ。
当時、俺達がいた街の名前はクレヴォスタリア。
その名前からもわかる通り、その街を牛耳ってたのがクレヴォス商会だった。
クレヴォス商会はな、傭兵商人だったんだよ。
傭兵商人ってのは、こっちの世界でいう人材派遣業の傭兵版だ。
通常、傭兵は仕事を選ばない。いや、選べない。
戦場で戦い抜いて金を稼ぎ、食い扶持を得る。
だが傭兵ごとに得意な環境や不得意な戦場ってのは存在する。
一方で、傭兵を求める側もやっぱりその状況と相性のいい傭兵の方が助かる。
当たり前だ。勝てる可能性は1%でも上げたいに決まってる。
そういう傭兵側の事情、依頼者側の要求。それらの仲立ちをするのが傭兵商人だ。
つまり、傭兵という人材と戦場という職場のマッチング、だな。
クレヴォス商会はそれを行なうことで、巨万の富を築いた成金野郎なのさ。
ま、実際、上手いシステムではあったよ。
俺達が生きてた時代はとにかくどこに行っても戦争戦争だったろ?
それは、俺やミフユが若い頃から変わっちゃいなかった。
だから戦場はどこにでもあったし、傭兵も溢れるほどいた。
クレヴォス商会は、そういった傭兵の中でも有能な人間を抱え込んでいった。
そして当時、俺とケントもこの商会に世話になってたんだよ。
何でかって~と――、
「ねぇ、団長。もういっそここで骨埋めません? 楽でしょ、ここにいるの」
「バカ言うなよ、ケント。俺は自分の傭兵団を再建するの! 絶対!」
はい、俺が自分の傭兵団を持ってなかったからです。
前年にミフユを身請けしたから、お金なくなってね、傭兵団解散しちゃった。
給料払ってくれない団長なんぞ知らんわ、って言われたの辛かったです。
そんな事情もあって、俺はこのとき、一時的にクレヴォス商会に身を寄せていた。
ここで働いてりゃ、仕事には事欠かないからな。
それに、ミフユも妊娠四か月越えてお腹も大きくなり始めてた頃だ。
やっぱつわりもあるし、色んな街を転々とするのはな~、ってのもあった。
「ごめんね、アキラさん。わたしのせいで……」
「いや、頼むからそんなこと思わんでくれ! おまえはとにかく休んでな!」
当時、ミフユとそんな会話したのを覚えてるなー。
え? 覚えてない?
自分はそんなこと言ってない? 言った言った! 言ったってば!
あ~、それで、だ。
当時は俺もケントも、商会所属の傭兵として色んな戦場に派遣されたよ。
俺達は、傭兵としては名が知られてたから、仕事も順調だった。
クレヴォス商会も、有能な傭兵は優遇してくれたからな。
商会が仕切る街が『傭兵の都』なんて呼ばれてたことからも想像がつくだろ。
そう、クレヴォス商会は有能な傭兵を集めてた。
やっぱり派遣する人材が優秀であるほど、商会の稼ぎもでかくなるからな。
そうして集められた異名持ちの傭兵はおよそ1000人。
その一人一人が、数多の戦場を生き抜いた歴戦の勇士で、腕利きの猛者だった。
ま、俺はその中でも最上位の序列一位だったんですけどねー!
ケントは何位だっけ? ……千位? うおー、スゲー! 何かキリがいいな!
うぉッ! やめろタマキ、金属符を貼るな! カムイライドウするな!?
……ゼェ、ハァ、ヒィ。
と、とにかく、当時の状況はそんな感じだ。
ミフユが動けなかったから、一時でも腰を落ち着けられたのは僥倖だった。
それで俺は金を貯めて、ミフユが動けるようになったら、街を去るつもりだった。
そもそも長期の雇われってのが性に合わんからなー、俺。
さっさと新しく自分の傭兵団を再結成して、独立したかったんだよ。
ところが――、だ。
ミフユも妊娠して、金もどんどん貯まって、順風満帆に思えたんだがな~。
そこに、ことの発端となる出来事が起きたんだよ。
一仕事終えて、クレヴォスタリアに帰った俺は、酒場で軽く引っかけてた。
そこで、外から騒ぐ声が聞こえてきたんだ。
驚いたね。
騒いでるのは男と女で、女の方の声がミフユそっくりだったんだ。
まさかと思って外に出たら、まぁ、ミフユじゃなかったんだが。
「なぁ、姉ちゃん、俺達に付き合えよ。俺ァ、序列四百五十位なんだぜ~」
って、酔った男がそう言って女に迫ってたワケ。テンプレテンプレ。
序列ってのは、俺がさっき言ってた、商会が集めた千人の腕利き傭兵のことな。
当時はナンバーズとか呼ばれてて、持て囃されてたワケ。
だから、自分の序列を自慢するその傭兵に、周りに何も言えなかったんだよ。
俺は、まぁ、ミフユじゃなったから興味なくして酒場に戻ろうとしたよ。
でもそのとき気づいたんだ。女の方に見覚えがある。ってね。
その女は、バルボ・クレヴォスの娘、ラーミュ・クレヴォスだった。
一回だけ顔を合わせたことがあったんだが、そのときはラーミュは喋らなかった。
だから声についてはそのとき初めて知ったワケだ。
そして思った。
ケントから、売れる媚びは売っとけって言われてたな、って。
だから助けたんだよ、ラーミュを。その傭兵から。
それが、俺の『浮気騒動』の始まりだったんだよな~。
あー、一気にしゃべったらのどが……、あ、ミフユさん、麦茶あざす。




