第121話 二日目/異階/強く在りて激しく燃ゆる、その名は
ケントはタマキを選び、菅谷真理恵を選ばなかった。
そこに、躊躇はなかった。
あいつは最初から選択を済ませていた。
『――そして、菅谷真理恵の救出は俺達に一任、というか丸投げする、と』
一路、森の散歩道へと向かって飛翔する俺は、念話にてそんなことを呟いた。
ちなみに、ケントが俺達に提案した菅谷真理恵救出の方法、何だと思う。
答えは――、『とにかく急げ』。
それだけだよ、信じられる?
そりゃあ、ウチの連中だって揃って驚くワケですわ。俺だってビックリだよ!
もう、完全に丸投げ!
あの野郎、こっちに頼り倒しやがった!
『いやはや、見事にケント殿に乗せられましたな、父上』
『シンラねぇ、そうは言うけど、仮にケントからの念話について期待してるヤツがこの世にいたとしたらこれは詐欺だよ? 肩透かしで暴動起きるレベルだよ?』
『でも実際、それが一番早いのは確かなのよね~』
ミフユにしみじみ言われてしまった。
ま、確かにそうなんだが。
全員が偵察用ゴーグルをつけて視界を確保し、飛翔の魔法で最短距離を突っ走る。
例外的にスダレは飛べないけど、そこは俺が一緒に飛ばしてるから問題なし。
菅谷真理恵が消えた場所は、スダレが把握している。
ならば、結局これが一番早くて、一番間に合う可能性が高い。
事実、森の散歩道までは十秒もかからなかった。
これで間に合わなきゃ、それこそ、未来は確定してましたとかになっちまうよ。
『このまま突っ込む、俺が先頭で行くから、続け!』
『『『イェッサ~!』』』
戦闘をカッ飛ぶ俺は、その手に一振りの剣を取り出す。
それが、ケントが言ってた『アレ』。
空間を切り裂く『空断ちの魔剣』。ただし『無力化の魔剣』と同じで使い切り。
『おパパ~、あそこあそこぉ~!』
と、スダレからの念話。
俺の意識に、森の散歩道の一角にある景色が鮮明に映る。
そこにめがけて、俺は全力で突撃していく。
「ウゥゥゥオラァァァァァァァァァァッ!」
飛翔の速度のままで、魔剣を大上段から振り下ろす。
その一閃によって、空間に斬撃の軌跡が黒い三日月のように刻まれて、
「開くぞ、突っ込めェェェェェェェ~~~~!」
「「「わぁ~~~~い!」」」
ノリいいですねぇ、我が子らよッ! ついでにお袋さんよぉ!
そして、魔剣によって開かれた異空への穴へ、俺達は次々に飛び込んでいく。
穴の向こうには、ここと同じ景色、同じ風景。――『異階』。
そこに、見覚えのある人影と、見覚えのない人影が、それぞれ見受けられた。
片方は菅谷真理恵。
こっちは、多少傷を負ってはいるようだが、全然健在。命に別状はなさそうだ。
もう片方は、竜人。全身が傷だらけで、片腕がない。
つまりこいつが、ドラゴ・ゼルケル。
やっぱり、先の一戦で見せたという自爆は、ダメージ覚悟の逃亡手段だったか。
「な、何ィいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ~~~~!?」
仰天するドラゴの顔面に、とりあえず飛び蹴りを一発お見舞いしておく。
「ぐべぁッ!」
あの野郎が悲鳴をあげて転がってるうちに、俺達は菅谷を囲む形で壁を作った。
「あ、あなた達……!?」
俺達の登場に、菅谷も驚いている。こうなると、もう隠せないか。
仕方がないと腹を括って、俺はマガツラを具象化させる。
「やっぱり獲物を前に舌なめずりしちゃってたか~。おかげで助かったぜ、ド三流」
獲物は確保したら速やかに始末しないとダメだって。
そうしないと、噛み付かれるか、もっと強いヤツに横取りされちゃうんだから。
「バカな、どうやってここに! ここは『異階』だぞ!?」
立ち上がってそうのたまうドラゴに、俺は魔力を失った魔剣を見せる。
「たまたまね、この『空間を切り裂く魔剣』を持ってたから、それ使った」
「そんな都合のいい話があってたまるかッ!」
「バカか、おまえ。都合がいいから魔法なんだろうが。現実を見ろ」
俺が言うと、ドラゴはその顔に怒りをあらわにする。
おかしいなぁ、そんな怒らせること言ったかな。理不尽なことは言ってないぞ。
「クッ、クク、だがケント・ラガルクがいないな。あの男は、ドラゥルの方に行ったか。バカなヤツめ……。私にも勝てない分際で、ドラゥルに勝てるものか!」
あ、マウントの切り口を変えてきた。
そうか、もう一方、タマキを襲ってるのはドラゥルってのか。
この場に姿が見えないことから、そいつは橘颯々のことだと思うが――、
「ご愁傷様だな、ドラゴ・ゼルケル」
「何だと?」
「そのドラゥルってのがどんな力を持ってようと、ケントの勝ちが揺るがねぇよ」
「つまらんジョークだ。あんなガキがドラゥルに勝てるワケがない!」
「勝てるさ」
俺は断言する。
だってあいつは、ケントは――、ついに己の『真念』に到達したんだからな。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
彼は、来た。
「何でです……?」
その事実を目の当たりにして、ドラゥルは呆然となって立ち尽くす。
「どうやって? どうやって!? ここは『異階』なんですよぅ!」
「たまたまウチの団長が『空間を切る魔剣』を持ってたから、それ使った」
ケントは、力を失った魔剣を見せて、そう告げる。
するとドラゥルは身を震わせて、がなり立てた。
「はぁ~? 何ですそれ、そんな都合のいい話がありますゥ~!?」
「バカなヤツだな。都合がいいのが魔法だろ。現実を見ろよ」
ケントが言うと、ドラゥルは何も言い返せず黙って怒りに身を震わせる。
その反応も含めて、ほとんどが父親のドラゴと同じ展開だった。
「ケントしゃん!」
異面体を纏ったタマキが、声を弾ませてケントのもとへと駆け寄っていく。
それを見て小さく微笑んだのち、彼は向こう側に群れるタマキ『達』を見やった。
「お嬢、ありゃ何です? 何かとんでもない光景が見えるんですけど……」
「あの女の異面体。鏡で映したもののコピーを作るの」
説明はそれで十分だった。
つまり、あそこにいるタマキ『達』全てが、本物と同じ力を持つ、と。
「最悪の最強地獄じゃねぇっすか」
「エヘ、エヘヘ、そうかな。やっぱオレ、強い? 強いかな?」
そこで照れちゃうタマキの感性がちょっと面白く感じるケントである。
「フ、フフ、ウフフゥ。そうです、そうですよぅ。私にはセンパイ『達』がいるんです。たかがケント・ラガルク一匹増えたところで、ネズミにも劣る!」
ケントの登場によって、一時狼狽したドラゥルだが、すぐに余裕を取り戻した。
実際、タマキと同じ力を持ったコピー体の群れは、脅威でしかない。
しかし、ケントが反応を示したのは、そこではなく――、
「言ってくれるな、橘颯々。やっぱり、昨日の夜に俺に話しかけてきたのは、あんた自身だったんだな。どうやら、随分と俺が嫌いみたいだモンな」
「当たり前じゃないですかアアアアアアアァァァァァァァ――――ッ!」
ドラゥルが、笑顔で怒りの咆哮を轟かせる。
「私はぁ、世界で一番あなたが嫌いですよぉ! だって、弱っちぃクセに、脆いだけのカスのクセに、私の愛するセンパイに理由もなく慕われてぇ、ムカつくに決まってるでしょおぉ~? だから、あなたの心を壊してやろうと思ったのにィ~!」
「悪かったな。俺はほれ、この通りピンピンしてるぜ?」
悔しそうに地団駄を踏むドラゥルへ、ケントは見せつけるように手を広げた。
「だが、危なかったさ。郷塚賢人は、本当にギリギリのところまで追い込まれた。全てを放り出して、手が届く安寧に身を委ねよう、そう決めかけちまったよ」
「そうです。そのための菅谷真理恵だったはずです。なのに、何で? どうして!? どうしてあなたがここにいるんですか、ケント・ラガルク! 何でなんです!?」
声を荒げてのドラゥルの詰問に、彼が返す答えは、決まっていた。
「――『誓い』を、思い出したからさ」
自然と、握った拳に力がこもる。
「俺はもう、二回も失敗してる。お嬢をさらわれたときに、俺が死んだとき。お嬢を守ると誓った俺が、二回も、それを破った。もう、これ以上は失敗できねぇんだよ」
「知りませんよ。何です、そのカッコつけ。くだらないんですよ、中坊が!」
ドラゥルがそう怒鳴ると、背後に浮くキラビカガンが再び輝きだす。
そして、ただでさえ多かったタマキコピーの群れが、鏡からさらに出てくる。
「おまえなんて、グチャグチャにしてやりますよ、テント・ラガルク! センパイの下位互換でしかないおまえなんて、センパイ『達』に八つ裂きにされちゃえ!」
「おまえ……!」
唾を飛ばし、言いたい放題に叫ぶドラゥルに、タマキが怒りを見せる。
だが、ケントは動じずに、いきなり声を張り上げた。
「タマキ・バーンズさん!」
「は、はいぃ!?」
名を呼ばれ、構えていたタマキがシャキッと背筋を正す。
「俺はさっき、あんたの前で敗れ、あんたから逃げました! すいません!」
「あ、あの、ケントしゃん? それは気にしないでほしいなって……」
「気にします! チョー、気にします!」
「あ、気にするのね。う、うん。わかった。わかったけど……」
「だから、もう一度だけ俺にチャンスをください!」
「え……」
ケントがその手足に『戟天狼』を展開し、タマキの方を振り向く。
「俺に、あんたを守らせてください。お嬢」
「――ケントしゃん」
タマキの声が震える。
そして彼女は、仮面の奥に涙を溜めて、コクリとうなずいた。
「うん、お願い。オレを守ってよ、ケントしゃん!」
「ありがとうございます、お嬢。――これで俺は、戦える」
二人のやり取りを前にして、ドラゥルがついにキレた。
「ふざっけんじゃねぇですよォォォォォォォォォォォ――――ッ!」
二十以上にまで増えたタマキ『達』が、その怒声に従ってケントへと殺到する。
「何が『俺は戦える』ですか! やれるモンならやってみてくださいよ、この最強の暴威を前に、ただ速くなるだけの雑魚異面体で、何ができるっていうんですかァ!」
「決まってるだろ」
ケントが、構えを取る。
そして、その手足を覆う『戟天狼』が、輝きを放ち始める。
「最初から俺にできることなんて一つだけだ。俺の誓いはただ一つ。俺のやるべきこともただ一つ。だから俺は、ケント・ラガルクは、タマキ・バーンズを守る!」
輝きが揺らめいて、炎となる。
力が高まって、渦を巻き始める。
「ケントしゃん……、まさか!」
「お嬢を守る。それこそが、俺のただ一つの『信念』だァ――――ッ!」
轟く叫びが、力を呼び覚ます。
ゲキテンロウは形を失い、力の渦となってケントの身を取り巻いた。
そこから放たれる余波がタマキ『達』をその場に押し留め、釘付けにする。
吹きすさぶ風に、ドラゥルは腕で顔を守りながら目を細める。
「何がッ、一体何が起きてるっていうんですかァ……!?」
アキラ・バーンズが『怒り』を己の根底に置くように――、
ミフユ・バビロニャが『自由』を自らの基礎として在るように――、
心の底にある、己を己たらしめている一念。
魂の鋳型にして自身の核心とも呼ぶべきそれを、異世界では『真念』と呼称する。
そして、今、ケント・ラガルクはそこに手を届かせた。
タマキ・バーンズを守るという誓い、そこから得たケントの『真念』は『勇気』。
大切なものを守るべきときにこそ、それは最も力を発揮する。
果たして、己の異面体と一体化を果たしたケントは、その身を炎に変えていた。
腕に、足に、背に、巡る焔の輪を装い、その全身を赤い炎に包んだ異形。
その姿を、彼はこう名付ける。
「異能態――、『熾靭戟天狼』」
七星句に語られた最後の一語が、ここに成就した。




