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【連載版】出戻り転生傭兵の俺のモットーは『やられたらやり返しすぎる』です  作者: 楽市
第六章 愛と勇気のデッドリーサマーキャンプ
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第120話 二日目/大雨のキャンプ場/選択はする。あと道理もブチ殺す

 ここに来て立ちはだかる、究極の二者択一。トロッコ問題。

 ケントが選ばなかった方がこの世から『いなくなる』。


「何がいなくなるだ、しゃらくさい」


 しかし、それに対してケントが見せた反応が、それだった。


「そんな道理、通るか。通そうとするならブチ殺しますよ。道理も、運命も」


 そう吐き捨てて、ケントは俺達を見る。


「今から、念話を送ります。全員、頭に叩き込んでください」


 魔力による念話は、声と言葉を使わない分、大量の情報を瞬間的に伝達できる。

 賢人も相当に焦っている、ということなのだろうが――、オイオイ。


「これは……」

「えぇ……」

「マッジかよ……」


 場がにわかにザワつく。

 ケントが伝えてきた方法、こいつは……、


「できないとは、言わせませんよ」

「あのな、ケント、そりゃあ言うは易しだがよ……」


 と、俺が言いかけるも賢人はこっちをキッと睨み据えて即座に言い返す。


「行なうは難し、ってことなら、難しいけど『行なえない』じゃないっすよね。ならガタガタ言わずにやってくださいよ、団長。あんたら、天下のバーンズ家でしょ。そのバーンズ家が、今、家族と客人を失おうとしてる。ナメられてるってことだぜ? 何だかよくわからん道理だか運命だかに。あんたら、それでいいのかよ?」


 うっは。言うねぇ!

 これはヤベェ、ケントのヤツ、色んな意味でキレキレじゃん!

 そして――、


「なるほど、そういうことであれば奮起せぬワケには行きますまい」

「いッい煽りカマしてくんジャン、こッりゃ、やらねワケにゃいかねッしょ!」


 ケントがしたのは、ウチの連中に一番キく煽りだ。

 俺も、ちょっとノせられてしまった。ああそう、ナメられちゃったか~、ウチら。


「じゃあ、仕返ししないとなぁ。道理さんとか、運命さんに」

「そういうことっすよ」


 くだらねぇ問題を突きつけてくるヤツは、その問題ごとブチ殺す。

 それが、俺達の答え。俺達のやり方で、結果と俺達がよければ全てよし、だ。


「ってワケで、団長。さっさとアレ出してくださいよ。使いどき、今でしょ」

「アレって、何だっけ?」


 ちょっとわからず返すと、ケントは一気に顔を歪めて叫んだ。


「あんたが浮気騒動のときに手に入れたアレだよ! あんた、貧乏性だから今も持ってんでしょ! それを出せっつってんの! 浮気騒動のときのア、レ、を!」

「「「浮気騒動ォ!?」」」


 ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?


「おまっ、ケント、それは……!」

「話はあと! さっさと出す! 釈明はいつでもできる!」


 あ、ハイ。それはそう。

 でも何で今言っちゃうの? 俺、子供達に話したことないのに、その話題!


「何と、父上の過去にそのような……」

「え、父様が? え、浮気? え、じゃあ母様とは再構築コース? えぇ!?」


 ほらァ! シンラですらこの緊急時に興味津々じゃねぇかよォ~!

 クソ、ミフユもニヤニヤしてやがる。温泉でその話題出したばっかりだモンね!


「ほら、団長、早く!」

「わかってんよ、うるせぇな! おまえ、あとで覚えてろ!」


 毒づきながら、俺は収納空間から取り出したものをケントへと渡した。


「今、間に合うならあとでどんな罰でも受けますよ!」


 受け取ったケントが、雨の中を飛び出す。


「俺はこっちで死力を尽くします。団長達はあっちで総力を結集してください。こんなくだらねぇ道理、一緒に踏んづけて笑ってやりましょう。それじゃ――」

「待て、ケント!」


 飛翔の魔法を使おうとする賢人を、最後に俺は呼び止める。


「――おまえ、見つけたんだな?」


 俺が投げたその問いに、ケントは肩越しにこっちを見て、口元に笑みを浮かべた。

 答えはなく、そのままケントは空へと上がる。だが、俺にはそれで十分だった。


「そうか、よし」


 そして俺はうなずいて、子供達に発破をかけた。


「それじゃ、俺達も行くぞ。シイナの予知は『可能性』を見るもの。だったら未来は確定してない。ちょっくら、盤面をひっくり返しに行きましょうかねェ!」


 さぁ、楽しくなってまいりました。笑うわ。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 タマキは焦っていた。


「こォのォォォォォォォ――――ッ!」


 彼女の異面体『神威雷童(カムイライドウ)』は、最強の異面体だ。

 ただでさえ強靭なタマキの肉体を超絶強化し、比類なき戦闘力を実現しうる。


 個としての実力を見れば、まさに無敵。無双。

 マガツラなどの幾つかの例外はあるものの、基本的に彼女に勝てない敵はない。

 だが――、


「アハハァ~♪ センパイ、どうしましたぁ~? 私はここですよぉ~?」

「うるさいよ、おまえッ!」


 攻撃が、ドラゥルまで届かない。

 攻めている。様々な角度で、様々な技を駆使して、彼女はドラゥルを攻めている。

 しかし、それを確実な精度で邪魔する者がいた。


「こんにゃろォ~!」

「キャア! 怖いですぅ、助けてください! 《《センパァ~イ》》!」


 殴りかかるタマキの前に、ドラゥルの声に反応してまたしても立ちはだかる。

 それは、今のタマキと全く同じ姿をした、カムイライドウ。


「邪魔、すんなァ!」


 二人のタマキが、真正面から激突する。

 膂力、速度、技巧、手数、威力。その全てが同一。その全てが、互角。


「ウフフフゥ~♪ すごいでしょ、私の『煌毘神眼(キラビカガン)』! こんな風に、センパイのコピーを作れたりしちゃうんですよ~! これも私の愛ですぅ~!」


 言って胸を張るドラゥルの背後には、巨大な楕円形の鏡があった。

 それこそがキラビカガン。彼女の異面体で、映したものを実体化する能力を持つ。

 ドラゥルが持つ『水鏡』は、まさにこれを由来としている。


「ケントしゃんを追い詰めたおまえは、絶対ブン殴ってやる!」


 タマキは、珍しく本物の怒りに身を焦がしていた。

 胸の内に盛るそれに突き動かされ、真っすぐ最短距離でドラゥルを狙おうとする。


 だがそのたび、タマキのコピー体が邪魔をしてくる。

 的確なタイミングで、確実に、タマキの攻撃を阻んでしまうのだ。

 実力が完全に同一なだけ、に彼女は未だにそれを越えることができずにいる。


「ウフ、ウフフゥ、ウフフフフゥ~!」


 そして、コピーに守られているドラゥルが、両手で自分の体を抱きしめる。

 彼女は口からよだれを垂らし、その身を軽く痙攣させる。


「ああ、タマキセンパイが私に怒ってます。私を見てくれています。私だけを見て、私だけを殺そうとしている。今この瞬間、私だけがセンパイの特別ですねぇ~!」

「ビクンビクンするな! 見てて気持ち悪いんだよぉ~~~~!」

「アハァ♪」


 ニチャア、と、笑うドラゥルへタマキが突っ込んでいく。

 しかし、それをまた、タマキコピーが阻む。ずっとその繰り返しだ。


「ああもう、もうちょっとだったのにぃ!」

「ええ、惜しかったですよぅ、センパイ。もっと、もっと私を狙ってください。そして、私との距離を縮めてくださいねぇ~♪ 私はここにいますよぉ~! ウフゥ!」


 ドラゥルが笑うたび、タマキは背中がゾワゾワして仕方がない。

 彼女の野生の勘が感じ取っている。

 幾度も愛を口にしながらも、ドラゥルは別にタマキのコトを愛してなどいない。


「おまえはどうせ、オレを手に入れて自分がイイ気持ちになりたいだけだろ!」

「ええ、そうですよぉ~? それが何か? だって愛ってそういうモノでしょう? 欲しいモノを手に入れて、自分が気持ちよくなるためのモノでしょ~?」


 自分の正しさを信じて疑わない。そんな言い方をするドラゥルへ、タマキは叫ぶ。


「そんなの、違う! それは愛は愛でも、ただの自分への愛だろ!」

「だから、それが愛情なんですよぅ~、センパイ? 自分以外の何かを愛するのだって、究極的には自分を愛することに帰結するんですぅ~。知らないんですかぁ~?」

「違う。それは、違うッ!」


 頭の悪さを自負するタマキだが、それだけは断言できる。

 自己愛だって愛情だけど、それだけなはずがない。だって知ってる。


「オレは『愛される』ってコトを知ってる! だからおまえのソレは、違う!」

「はァ~? 何ですぅ、それぇ~?」


 初めて、ドラゥルの顔から笑みが消える。

 彼女は不機嫌そうに眉間にしわを寄せ、顔をしかめてタマキを睨んだ。

 それが少し気分がよくて、タマキは声を張り上げて続けた。


「あの日、オレを助けてくれたあの人の腕のぬくもりを、オレは覚えてる! 少しだけ悔しそうに震えてた、それも覚えてる! だからわかる。知ってる!」


 大雨の中、眠る彼女の体が冷えないようにと、しっかり抱きしめてくれた彼の腕。

 その心強さを、世界を越えた今も、タマキは全然忘れていない。


「あの人はオレを、愛してくれていた!」


 女としてではなく、娘としてでも、彼が向けてくれたものは、確かに愛情だった。

 その感触を、心から安心できるぬくもりを、タマキはずっと覚えている。


「うるさいんですよォォォォォォォォ――――ッ!」


 ドラゥルが、絶叫する。

 その顔を怒りに歪めながら、縦に裂けた赤い瞳がタマキをまっすぐに射貫く。


「何ですかそれ、自慢ですか、センパイ。クソみたいな父親と雑魚臭い叔父しかいなくて、ついぞ一回も撫でられたこともなかった私への当てつけですかァ?」

「……知らないよ、そんなの」


 憮然として返すタマキへ、ドラゥルはますますヒートアップしていく。


「私はセンパイを愛していますよ? だって、私を撫でてくれたのはセンパイだけだったから、撫でてくれたってことは、愛してくれたってことですよねぇ? じゃあ、センパイは私のものですよねぇ~? それなのに、あの人は愛してくれた? 何ですぅ? 浮気ですか、センパイ。私がいるのに浮気するんですかァ~!?」

「何でそうなるんだよ!?」


 異様な雰囲気を強めていくドラゥルに、タマキは何とか言い返す。

 しかし、ドラゥルは目を剥いて、頬を引きつらせながら、さらに声を高くする。


「大体、センパイが言ってるあの人は、センパイをフッたじゃないですかァ~? ここで何を言っても、その事実は覆りませんよねぇ~? あいつは今頃、菅谷真理恵と仲良くしてるんじゃないですかぁ~? あの弱虫の、役立たずの、クソガキは!」

「ぐ……ッ!」


 突き刺されて、タマキは言葉を詰まらせる。

 その脳裏に、ほんの少し前にこの泉であった出来事が浮かび、胸がズキリと痛む。


「だから、あんな男は忘れましょう、センパイ? 私なら、ずっとずっとセンパイだけを愛し抜きますよぉ~? 生涯尽くします。一途です。センパイだけですぅ~」

「ヤダ!」


 胸は痛むが、それはそれとしてドラゥルのコトは真っ向から否定する。

 さすがにドラゥルも多少怯み、噛み合わせた歯を剥き出しにする。


「何でです、どうしてそこまで拒むんですかぁ~!」

「だっておまえの言う愛情って、何がザリザリしてて気持ち悪い! だからヤダ!」

「…………」


 あまりにも感性に寄ったタマキの返答に、ドラゥルは一瞬呆ける。

 そして、その顔が今まで以上の憤怒に歪み、彼女はきつく歯軋りをする。


「そうですかぁ~。なら、仕方がないですねぇ~!」


 ドラゥルが、パチンと指を鳴らす。

 すると背後に浮遊していたキラビカガンの表面が青白く輝き始める。


「じゃあ、まずはセンパイを捕まえるところから始めますゥ~。そしてそれから、時間をかけてゆぅ~っくりと私のセンパイに仕立て上げていくことにしますぅ~!」

「な、これは……」


 タマキは目を瞠った。

 輝く鏡面に波紋が走り、そこからタマキのコピーが新たに実体化する。


 その数は、一体だけではない。

 二体、三体、四体、五体。まだ増える。まだまだ増えていく。


「どうですかぁ~? これだけの自分を前にした感想はぁ。全員、センパイですよぉ? 全員、センパイと同じ能力、同じ実力を持ってます~! 壮観でしょ~?」


 個として最強を誇るタマキ。そしてカムイライドウ。

 それが、数を伴って群れを成している。まるで悪夢のような光景だった。


「センパイは最強なんですよねぇ? そのセンパイを、私は何人も従えてますよぅ? つまり、真の最強は私ですぅ~。だからセンパイ、観念してくださいねぇ~?」

「バカ言うな、するワケないだろ!」

「もぉ、センパイのいけずぅ~。この状況で何ができるっていうんですぅ~? センパイvsセンパイ『達』ですよぉ? たった一人で何ができるんです~?」


 唇を尖らせ、茶化すように言うドラゥル。

 揶揄するような物言いでの言葉の通り、状況はタマキにとって絶望的に厳しい。

 それでも彼女は、折れないし、曲がらない。威風堂々、胸を張って言い放つ。


「オレは、一人じゃない!」

「へぇ、そうなんですかぁ~! あ、御家族のお話ですぅ? バーンズ家の皆さん! でも、ここにはいませんねぇ~。ここには、私とセンパイだけですぅ~!」


 余裕綽々で、タマキの言っていることにまともに取り合わないドラゥル。

 しかし、その顔に浮かぶ笑みが、次の瞬間にはまた怒りに代わる。


「あの人が、絶対に来てくれる!」


 タマキが大声でそれを断言したからだ。


「また、あいつのことですかぁ~……?」


 いつまでも彼を信じ続けるタマキに、ドラゥルは奥歯をギリと噛み鳴らす。

 頬だけでなく、コメカミまでヒクつかせて、彼女は両腕を広げた。


「あんなヤツ、ここに来れるワケないじゃないですか! あいつはタマキセンパイをフったんですよぉ~? ついさっきのことなのに、もう忘れたんですかァ~!?」

「忘れてない。でも、来る!」


「バカバカしいですよぉ、センパイ? あいつが来る? どうやって? いつ!?」

「どうやってかは知らない。でも、来るのは――」


 タマキが、吹き抜けの向こうに見える、丸く切り取られた空を見上げる。


「今だ」


 ドラゥルもつられて空を見る。

 そして、二人が見上げるそこに、ビシリッ、と、大きな亀裂が入った。


「はぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~!?」


 驚愕するドラゥルの叫びを、彼が大声で呼ぶ声が塗り潰す。


「お嬢ォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ――――ッッ!」


 空を割り、空間を切り裂いて、ケント・ラガルクがタマキの前に降り立つ。

 彼は、来た。

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