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第96話 木曜日/魔王と悪女のありふれた夏の一日:後

 食い切れるワケねェだろォォォォォォォ――――ッ!


「もう無理~!」

「もう無理じゃねぇよ、おまえが頼んだ出前だろうがよ~!」


 箸を置いて床に倒れたミフユに、俺は叫ぶ。

 俺だってもう腹いっぱいだよ! でもまだあと七割は残ってンですよ~!


「無理よ~! 食べきれないわよ~!」

「回鍋肉とか丸々残してんじゃないよ、頼んだのはおまえでしょうが!」

「無理無理無理無理! 無~理~!」


 駄々をこねるように手足をバタバタさせるミフユ。こ、こいつ……ッ!


「何よぅ、アキラは食べ過ぎてブクブク太ったわたしが見たいの? え! アキラってそういうヘキの人だったの!? 信じられないんですけど!」

「ヘキって何じゃあ~~~~い!?」


 絶対いい意味じゃないだろ、それ! むしろ俺の名誉が棄損されている!


「あ~、仕方がねぇ……」


 あんまりやりたくなかったが、俺は残った料理を収納空間(アイテムボックス)に放り込む。

 テーブルの大半を占領していた数多の料理が、シュポポポンと消えていった。


「まぁ、いつかの非常食になるかもしれんしな……」


 っていう感じで、今まで同じようなこと何回もしてきてるんですけどね。

 結局、今まで一回も非常食として出した試しがない! 大体いつも忘れて終わる!


 収納空間の中に入れたアイテムは時間が止まる。

 だから、料理を入れても腐ることはないんだけどね、でもそれ絶対忘れるんよ。

 いつでも取り出せるって思うとさ、忘れるじゃん……?


「っつ~か、おまえ全然食わねぇな! 残り全部タマキに任せてんの!?」

「そ~だけど~? ……ああ、苦しい」


 マジかよ、あいつ。

 相変わらずバーンズ家一の大食娘だな……。


「あ~、俺も苦しい、おなかパンパン、食休み~!」

「く、こんな頼んじゃうなんて、これだからグーパーの魔力はすさまじいのよ……」

「それはおまえに自制心がないだけです~……」


 俺とミフユは、二人して今の床に寝転がった。

 蝉の声が幾重にも響き渡る。その隙間に聞こえる、どこかに吊るされた風鈴の音。


 ミ~ンミンミン。ミ~ンミンミン。

 チリ~ン、チリリ~ン。

 ミ~ンミンミン。ミ~ンミンミン。


「……夏ねぇ」

「……ああ、夏だなぁ」


 とだけ声を交わして、また二人して寝そべっている。

 すると、外からチャイムの音が響く。


「ひぇっ!」


 少し前のグーパーのトラウマを抉られ、身構える俺とミフユ。

 しかし、聞こえてきた声はある意味での救いの主の来訪を告げるものだった。


「ちわ~、電気屋です~。クーラーの修理に来ました~」

「「はぁ~~~~い!」」


 うおおおおおおおお、クーラーが直るゥゥゥゥゥゥゥゥ――――ッ!



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 電気屋さん、暑そうだけど頑張ってる。


「あ~、これ……、ここの配線が……、ぁ~、あ~、はいはい、そういう……」


 何かブツブツ呟いておられる。

 そして色々とガチャガチャやっておられる。


「何かこういうの、緊張するわね……」

「そーね、また俺ら、意味もなく正座してるし……」


 ――十分後。


「はい、直りました~」


 ヴィィィィィィィィィィィィィィィ~~~~ン。


「風ッ、クーラーから冷たい風~!」

「ひゃああああ~~~~、気持ちいいいいいいい~~~~!」


 うおおおおおおお、クーラー最高ォ~!


「代金は先払いでもらってるんで、これで失礼しますね~」

「ありがとう、電気屋のお兄さん!」

「助かったわ、電気屋のお兄さ~ん!」


 電気屋のお兄さんが玄関を出ていくまで、俺達は手を振り続けた。

 お袋め、いつの間にクーラーの修理を頼んでいたのか。やはり侮れぬ……。


「ちょっと、アキラ、雨戸閉めなさいよ、雨戸」

「え、何で!?」


 急に変なことを言い出してくるミフユに、俺はちょっと驚く。


「今のままだと窓から陽射しが入って暑いでしょ。雨戸閉めて陽射しをカットよ!」

「そうか、そうするコトで冷房がもっときいてくるってことだな!」


 ミフユめ、なかなかやるじゃないか!

 その意図を理解した俺は、早速部屋の雨戸を全部締め切った。

 部屋は暗くなったものの、確かに陽射しはなくなって少し涼しくなった気がする。


 ほぉ~、これはいいですね。

 涼しい。すごく涼しい。うあ~、クーラーって最高なんじゃあ~。

 俺もミフユも再び床にゴロンして、冷風を全身に浴びる。


 さらにここに、ダメ押しとばかりに扇風機をON!

 クーラーから送り出される冷風が、扇風機に乗って超絶強化される無敵コンボ!


「あ~、涼しい……、気持ちいい……」

「これは最強すぎる。もはや夏など恐るるに足らず。我が軍の勝利は決まった……」


 クーラーと扇風機のコンボに駆逐される夏を感じ、俺の言動もおかしくなってる。

 まぁ、これ要するに、ちょっと眠くなってきてるってことなんだよね。


「あ~、気持ちいいわ。至福。この世の楽園よ……。ふぁ……」

「そうなぁ、ホント、何かちょっと、ふわぁ~あ……」


 アニメに騒ぎまくって体力を使い、飯をたらふく食って、クーラーで涼む。

 そんなんやったら、そら眠くもなるってモンだ。俺もミフユも揃って大あくびよ。


「何か少し、寝るかも……」

「お~、昼寝しとけ。適当に起こすか、ら……」


 俺の意識、ここでドロップアウト――、



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 何かが吸いつく音がする。

 それは少し高く、そして湿った音色をしている。


 何かが吸いつく感触がある。

 それは俺の頬に、小さくついばむように、断続的に続いている。


「ん……」


 頬に感じ、すぐ耳元に聞こえるそれに眠りを妨げられ、俺はゆっくり目を開ける。

 すると、俺のすぐ横に、ミフユの顔があった。


「あ」

「え」


 俺の頬に唇を押し当てているミフユと、思いっきり目が合ってしまった。

 お互い硬直して、俺はミフユをマジマジ見つめてしまう。


「ぅ、あ、ぇと……」


 急激に頬を真っ赤にしていき、何かを言いかけようとするミフユ。

 だが口から言葉を紡ぎ出せないまま、結局は赤い顔をしたまま逃げ出そうとする。

 しかし、一瞬早く俺の腕がミフユを捉え、変な形で抱きしめる恰好になる。


「な、何、何よ!?」


 驚き、目を白黒させるミフユに、俺は告げた。


「ミフユは可愛いな」

「あ、え……?」


 まだ動転したままのミフユを、俺はそのまま抱き寄せた。

 彼女の細い体が、俺の腕の中でビクリと震えるのが伝わってくる。


「好きだぞ」

「ぅ……」


 ド直球に告げる。ミフユは、身を縮こまらせて俺の胸に手を添えた。


「あのデートからこうやって二人っきりになること、あんまりなかったモンな」

「ぅ、うん……」


 俺に頭を撫でられて、ミフユは大人しくうなずいた。

 いつもは勝ち気に俺をリードしようとするクセに、こういうときはしおらしい。


「アキラ、好き……」


 そう言って、ミフユが片手を俺の背中に回す。

 俺とミフユは涼しい空間の中で抱きしめ合いながら、しばし互いの呼吸を感じた。


「好き。好きなの、大好き。愛してるの……」

「うん」


 俺は言葉の代わりに、ミフユのおでこに唇を当てることで応える。

 すると、ミフユも俺の胸元にチュ、と湿った音を鳴らす。


 少しの間、俺とミフユは互いにそれを繰り返した。

 唇ではなく、別の場所への接吻。そしてそれは徐々に場所を変えていく。


 俺はミフユのおでこから、目のそばから、頬へと下がっていく。

 ミフユは、俺の胸元から首筋、下あごへと上がっていく。


 そして最終的に、俺達は唇を重ねた。

 片腕で抱きしめ合って、もう片方の腕は手と手を重ねて指を絡ませ合って。

 何度も、何度も、飽くことなく互いを求め合って、唇を貪った。


「……ん、好き。アキラ、好きなの。大好き。……ん、ふ、ぅ」

「ああ、俺もだよ、ミフユ。大好きだよ、おまえのこと」

「――嬉しい」


 俺達は、一度人生を添い遂げた夫婦だ。

 その付き合いは六十年以上にもなり、お互いのことなど知り尽くしている。


 でも、足りない。

 でも、もっと欲しい。


 もっと、もっと好きだと言いたいし、言われたい。

 さらに、さらに愛情を確かめ合いたいし、この胸に宿していたい。


「お願い、アキラ。わたしから離れないで。わたしを離さないで。お願い……」

「離すもんか。おまえは俺だけのものだ。離さないよ、絶対に」


 お互いに、離れることはないという確信をその胸に宿している。

 そして同時に、いつだって俺達は、互いを失う不安から逃れられずにいる。


 これは儀式だ。

 互いの愛情を確かめ合い、互いに隣に相手がいることを確かめる、儀式。


 指先で触れ合って、心臓の音を確かめ合って、呼吸を感じ合って、唇を重ね合う。

 そうやることで、逃れようのない不安を少しだけ忘れることがでできる。


「わたし、今、すごいドキドキしてる……」

「俺もだよ、ほら、わかるだろ?」

「うん……」


 互いに腕に力を込めて、体を密着させる。

 そして押し付け合ったお互いの胸に、相手の心臓の鼓動が伝わってくる気がした。


「このまま、もう少し寝るか」

「うん、寝る」


 俺が提案すると、ミフユは素直にうなずいて俺に頬をすり寄せてきた。

 そんな彼女が可愛いなと思いつつ、最後に一度だけ唇を重ねて、俺は目を閉じる。

 ミフユの小さな寝息に導かれるようにして、俺もすぐに寝入った。


 ――夕方、帰宅したお袋に茶化され、恥ずか死にしかけるのは三時間後の話だ。

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