第95話 木曜日/魔王と悪女のありふれた夏の一日:前
朝、タクマから感謝の電話が来た。
『イヤッ、マッジでサイコーッしょ、父ちゃん! ありがッてェわ!』
「お、そこまで言われるとこっちも嬉しいね」
『芳樹のヤローッも、俺に感謝感激雨霰ッて感じでヨ!』
「ちゃんと口止めはしとけよー?」
『ッたりめーよ! でッ、父ちゃん、報酬どッすりゃいいよ!』
「あ~、その辺はお袋に話通しておくわ~」
『おッと、りょッかい! つかッ、お袋ッさん、父ちゃんが働くのオッケーなん?』
「むしろ『傭兵やってるならさっさと稼げ』言われてる……」
『ッかァ~、理解のあるッ親で羨ましい! ッと、そろそろ仕事ッてくらぁ!』
「あいよぉ~、暑いだろうが今日も一日ガンバ~」
そして電話が切れた。
お袋は今日は朝からいない。昨日とは別の場所に面接に行っている。
それから買い物などして夕方までは帰らないとのこと。
つまり、今日は一日、俺は一人で何もやることないんじゃ~!
まぁ、今週は何かとイベント多かったし、そういう日があってもよかろう。
夏休みの宿題はもうとっくにやっちまったしなー。
漢字の書き取り以外。
何なんだよ、漢字ってよ~。小学二年でこんな難しいの習うのかよ~。
画数少ない文字ならまだ何とかなるけどよ~……。多いのは何なんだよ~。
これ本当に日本語か~? クソ、日本語はいつからこんなに難解になったんだよ!
腹立つぜ~。
超絶、腹立つぜ~。俺の腹の虫が収まるまで漢字の書き取りはやらないぜ~!
これは決して問題の先送りとかじゃないんだぜ~!
ピンポ~ン。
お。
今でゴロゴロしていたところになるチャイム。そして開く玄関。
チャイムを鳴らす意味とは……。
「おはよ~、今日も暑いわね~」
入ってきたのは、ミフユだった。
麦わら帽子に肩出し白ワンピの『真夏のお嬢様スタイル』である。
まぁそれはいいんだが、入ってくるなり冷蔵庫の冷凍室からアイスを取り出すな。
そしておもむろに開けてなめ始めて、特に何も言わず俺の隣に座るな。
「はい、あんたの」
あ、どうもありがとうございます。
声を出す前にアイスを受け取ったので、今の無礼な態度は不問にしてやろう。
アイスを袋から取り出すと、早くも溶け出していた。
嘘だろ、勘弁してくれよ。それ見るだけでもう暑く感じちゃうじゃん。
「うぇあ~、暑いんじゃ~」
「扇風機からの風も生ぬるいもんね~。朝よ、今」
お互いにアイスかじりつつ、そんなことを言い合う。
あ~、アイス美味しい。やっぱバニラが至高。チョコもいいけどバニライズ神。
「あ~、チョコアイス美味しいわ~、最高~」
「ほほぉ、ミフユ君はチョコ派かね? いいよね、チョコ。でも、やっぱバニラよ」
「はぁ? 何言ってんの、あんた。バニラなんてつまんないわよ」
「わかってないなぁ~、わかってない。基礎中の基礎にこそ極意があるんだよ」
「バトル漫画の主人公が最終奥義の秘訣を悟ったみたいな言い方すんじゃないわよ」
「おまえの例えが妙に具体的で解像度高いの笑うわ」
「…………」
「…………」
「暑いわ。笑えないくらい暑いわ……」
「暑いなぁ~……」
もう、今日の午後くらいから秋にならんかなー。って思うくらいには暑い。
「ね~、ヒマ~。何かしてよ~」
「だから、人の太ももを指でグリグリしてくるなァ!」
叱りつつ、俺はテーブルの上のリモコンを取ってテレビをつける。
そしてチャンネルをいじくって今やってる番組を確認。
ニュース。ニュース。ニュース。
チッ、時間帯が悪い。ニュース三連打はさすがに夏休みの小学生に優しくないぞ!
ニュース。何かの通販番組。アニメ。
お、アニメだ。何か古いロボットアニメの再放送総集編がやってるぞ。
「ミフユ~、アニメやってる、アニメ。見ようぜ~!」
「はぁ? 何これ『合体超機神ゴッドハイパーG』? 聞いたことないタイトルね」
「ロボットのデザイン、すげぇゴッツいな、見ようぜ見ようぜ!」
「うわ、絵柄ふっる。あんた本気で言ってる? こんなの絶対つまんないわよ?」
「じゃあ他に何かあるのかよ~? おまえもアイディア出せよ~!」
「むぅ、通販とか興味ないし、仕方ないわね。つまんなそうだけど見てやるわよ!」
――十五分後。
「うおおおおお、ピンチ! ハイパーGピンチすぎんだろ!?」
「ちょっと、ふざけんじゃないわよ! 敵ロボット強すぎでしょ、チートよ!」
――三十分後。
「ぁぁぁああ、そんな、サブリーダーが、『鴉のクロウ』が自爆するなんて……!」
「な、泣かないでよ、バカ! クロウは仲間を生かす道を選んだの! ……ぐす」
――一時間後。
「やれ『隼のファルコン』! 最後の必殺『ゴッドハイパーゴッド斬り』だァ~!」
「今こそ、大銀河鋼鉄悪徳帝国皇帝ビッグアークワルイドに正義の鉄槌よォ~!」
――放送終了。
「…………」
「…………」
流れるスタッフロールを前に、二人、しばし感動に浸り沈黙。
「え、クッソ面白かったんだけど……。『合体超機神ゴッドハイパーG』」
「そうね。メチャクチャ面白かったわね……。え~っと……」
余韻冷めやらぬ中、ふと見ると、ミフユがスマホをいじっていた。
「何してるん?」
「いや、今のアニメの評判とかをちょっと調べて……、うわぁ」
答えかけて、変な声を出すミフユ。
あの、そんな声を出されると、こっちもものすンげく気になるんですけど?
「このアニメ、続編あるじゃない!」
「え~!? 続編とか超見てぇ。絶対見てぇんだけど~!」
「ネットあれば見れると思うけど、あんたはねぇ……」
ミフユが、こっちをジトォッとした目で見てくる。
「はいはい、パソコンなくて悪かったですね~! 近日中に購入する予定立ててます! って、お袋が言ってました~! だからウチにもネット開通ですぅ~!」
「あ、そうなんだ。よかったじゃない。いつ頃の予定なの?」
「……こ、今年中?」
「それは果たして近日中って言っていいのかしら?」
目を泳がせる俺を見つめるミフユのまなざしは、ジトッとしたままだった。
そして一通り感想会などもして、少しすると、時間はもうお昼寸前だ。
「うわぁ、昼だぁ、腹も減ったな~」
「もうそんな時間かぁ。アニメでカロリー使いすぎたわね……」
イヤ本当に、ただの総集編であそこまで楽しめるとは思ってなかったわ。
昔のアニメもなかなかに侮りがたい……。そして腹減った。
「お義母様は今日もお出かけ?」
「夕方には帰るってよ~。つか、タマキはよ~?」
「いつもの」
「あ~、女磨きという名の道場破り。……元気やな~」
夏休みに入ってからますます生き生きしてないか、あいつ。そういう生き物?
「お義母様からは、お昼は何て言われてんの?」
「え~っと、千円札渡されてる。それで好きにやれって」
「『出戻り』してからその辺ワイルドっていうか、大雑把になったわね……」
「信頼されてるってことだと思うよ。大雑把ではあるけどな!」
でもまぁ、お袋も一日中家にいるよりはいいかなって、俺も思うしね。
「で、どうすんの。外に食べに行く? コンビニで買ってくる?」
「う~ん、どうするかな~……、悩む」
暑いは暑いが、外に出たくないってほどじゃない。
冷房も壊れてるし、外も中もそう変わらんのよねー。つまり暑いってことだァ!
「どっちでもいいっていうなら~」
と、ミフユがスマホを見せてくる。
「頼んじゃう? GperEats」
「何それ、出前?」
そうか返したら、ものすごい目で見られてしまった。珍獣見てるみたいな……。
「あんた、本当に令和の人間……?」
「うるせーなー! ちょっとIT使いこなしてるからってよー!?」
異議あり、心の底から異議ありだよ、その扱いは!
「そのグッパーってのは何だよ、説明を求む!」
「原始人に言葉を教えてる気分になるけど、まぁ、いいわ。グーパーは――」
という感じに、俺はミフユからグーパーなるものの説明を受ける。
その結果――、
「ンッだよ、結局出前じゃねぇかよ!」
「そうだけど、そーうーだーけーどー! でも、そうじゃなくてぇ~!」
「もういい、スマホ貸してくれ。俺が頼むから」
「え~、大丈夫なのぉ~……?」
「うわー! うわー、その珍獣を見るまなざし! 俺だって令和の小学生ですー!」
「わかったわよ、貸せばいいんでしょ~、もぉ~!」
ふんっだ! 俺だってスマホくらい操作できらぁ! やったらぁ!
「…………」
え~と、何これ、どうやって操作するの? え? ボ、ボタンは……?
「アキラ、一応きくけど、タッチ入力わかる? タップとか、フリックとか……」
「え、たっぷり? 振り付け? 何が?」
「……うん、これはダメね。よくわかったわ」
諦めの笑みを浮かべたミフユが、俺の手から優しくスマホを取り上げた。
クソッ、俺は令和の人間に相応しくないというのかァ~!?
「しょうがないわねぇ~。こっちでお昼頼んじゃうわよ、いい?」
「うぎぎぎぎぎ、お願いじまず……」
「やれやれ、悔しそうにしてるアキラには、私がご飯を奢ってあげるわよ~」
と、何故かちょっと上機嫌のミフユがスッスッと指を動かしてスマホを操作する。
「ぐぬぅ~、な、何頼むんです……?」
敗北感にまみれつつも、空腹には逆らえず俺はミフユに尋ねてしまう。
「そうねぇ、今日はイタリアンな気分ね。パスタでも頼もうかしら」
「おお、スパゲティ!」
「言い方……。まぁ、いいけど。って、こっちのハンバーガーも頼んじゃお!」
……え?
「わ、ここのスイーツいいかも! これも~!」
……あの。
「えええ、何コレ、期間限定メニュー! 美味しそ~! これもポチっちゃえ!」
……ちょっと!?
「ちょっとお野菜不足かな……、あ、ここの回鍋肉いいわね、いっちゃお!」
「ミフユゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ~~~~ッ!?」
ついに放っておけなくなって、俺は全力で叫んでしまった。
「え、な、何よ? 急に大声出さないでよ、ビックリするじゃない!」
「ビックリしてるのはこっちだわ! おまえ何してんの? どんだけ頼んでんの?」
俺がそれを指摘すると、ミフユは理解してなさそうな顔をして、
「はぁ? 何言ってるの? いつもこれくらいは余裕で頼んでるわよ?」
「嘘ォ!?」
「嘘じゃないってば。どうせわたしが食べきれなくても、タマキが食べちゃうもの」
「で、そのタマキは今、どこにいるの?」
「…………あ」
あ。じゃねぇんだよォォォォォォォォ――――ッ!?
今頃気づいたミフユの顔が、汗ダラダラになる。バカ、このバカ! ホントバカ!
「うん、さすがにちょっと頼みすぎたかしら、キ、キャンセル……」
今さらミフユが言いかけたところで、鳴り響くチャイム。
「ちわーッ、GperEatsでーす!」
「こんにちはー、GperEatsお届けに上がりましたー!」
「GperEatsです、ご注文の品お届けに来ましたー!」
わぁ、早~い。さすがはGperEatsさんだぁ~!
そして一分後、我が家のテーブルを占領する、届けられた無数の食い物達。
絶対に十人前以上はあるそれを前に、何故か正座になる俺とミフユ。
「これどーすンの、ミフユさん」
今度は、俺がミフユをジトッとした目で見る番だった。
「……笑えないわねぇ」
言いつつ、ミフユは俺からそっと目を逸らした。
やったぁ今日のお昼は、超絶豪勢だァァァァァァ――――! ザケんなッ!




