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フィニィの魔法の国  作者: 日生
一章 夜の森
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不死鳥の卵1

「不死鳥の尾羽がほしい」


 ある日、魔女がぼやいた。

 今日も頭痛に悩まされる哲学ネズミをなでてやっていたフィニィは、手を止めてそちらを見上げる。


 フィニィが森にきてから、魔女が大釜の前に立たない日はない。夜の呪いを解いたり、フィニィの奴隷の焼き印を消したりといった目的がなくとも、魔女は素材を大釜の中で適当に混ぜては、おかしな魔法の薬ばかり作って遊んでいる。


 フィニィはあの材料を取ってこいと指定される時もあるが、「何か拾ってこい」とひどく大雑把な注文を受けることがたびたびあった。

 

 何を取ってきても、魔女がこれはこういうもので、こういった魔法の素材に使えると逐一教えてくれる。

 おかげでフィニィは少しずつこの森の物事を覚えてきているが、不死鳥という素材のことはまだ知らなかった。


 初めての材料を採る時は必ず魔女が一緒に行ってくれる。

 フィニィはベッドに投げていた鞄を持ち、哲学ネズミをフードに入れて、そわそわと出発を待った。


「不死鳥の棲みかへは夜の国を通って行く」


 洞窟を出て、魔女は森の奥を目指す。

 その【夜の国】とやらはユピの森の最奥にあるらしい。


「夜の国は夜の王が引き籠っている場所だ。ユピの本体オリジナルもそこにある。何かと便利だから道をよく覚えておけ」


 森の奥へ行くにつれ、辺りは薄明るくなっていく。

 この間、アンテと歩いた時には途中で引き返したが、魔女はさらに奥へ進んだ。

 

 やがて、明るい場所に出た。


 空間に満ちるのは紛れもなく陽の光である。昼の世界に生まれたフィニィにはそれがわかる。

 しかし、見上げても太陽の姿はどこにもない。

 むしろ頭上には暗闇があり、宙にたくさんのユピの木の根が絡み合いながら浮かんでいた。まるでいつの間にかフィニィらが地下深くに潜ってしまったかのようだ。


 光は上から注いでいるのではなく、この空間全体にまんべんなく漂っているのだ。


 フィニィが立っている地面にユピの木の姿は少なく、視界は開けている。短い草が覆い、透明な沼が点在する湿地であった。


「ここが夜の国だ。フィニィ、手を繋げ。はぐれたら二度と出られないぞ」


 フィニィは慌てて魔女の手を掴んだ。


 歩くたびに泥がブーツの裏にねばつく。フィニィが足元を気にして下を向くと、白い小さな何かが股の間を駆け抜けた。


 星形の石に足が生えたような奇妙な生き物だ。

 アンテよりもさらに小さく、何匹も後から後から駆けてくる。うっかり踏み潰してしまいそうだった。


 フィニィが手を引くと、魔女は首をそちらへ傾けた。


「そいつらは【陽の欠片】だ。昔、二つあった太陽のうち、夜の王が一つを吞み込んだ。『世界の光を半分奪った』のさ。当人は自分の中で愛でようとしただけだったが、思い余って砕いてしまった。これらがあるから夜の国はいつも明るい」


 魔女はまた冷笑を浮かべている。

 昼の世界は半分夜に呑まれているのに、夜の国は年中光に満ちているなどとんでもない皮肉であった。


 陽の欠片たちは熱心にフィニィと魔女の後を追いかける。懐かしい故郷の仲間を見つけ、再会を喜んでいるかのように。

 フィニィは靴に飛び乗った陽の欠片を一匹、手で掬って肩の上に乗せてやる。

 欠片はフィニィの腕を滑り降りたり、鞄の上で跳ねたり、無邪気に遊んでいた。


「フィニィ、よそ見はほどほどにしておけ。迷うぞ」


 魔女に言われて顔を上げると、いつの間にか視界が逆さまになっていた。

 落ちる、と戦慄したが、フィニィの足は崩れかけの石段をしっかり踏みしめている。

 今やはじめの沼地の風景はどこにもなく、人工的な石柱が辺りに乱立している廃墟のような場所を、天地を逆にして歩いていたのだった。


「ここは空間も時間もでたらめだ。ユピを目印に自分の位置を常に確認しろ。この国で信じていいのはユピだけだ」


 魔女の指す先に、一本のユピの木がある。

 歪な夜の国のランドマークとして、それらが要所要所に生えているらしい。


 それから二人は様々な空間を歩いた。

 さざ波一つない湖の上、緑の炎が躍る岩場、巨大な動物の骨が埋もれた丘、霧の立ち込める花畑――誰かの夢の中を歩いているようだった。


 どこに行っても陽の欠片たちがおり、フィニィらの行く先を照らす。


 そうして二人はまた沼地に戻ってきた。

 とはいえ、そこははじめに見た場所とは異なる。


 フィニィが沼の傍を通った時、突然、水の中から青い手が伸びてきた。


 すかさず魔女がフィニィを掴む手を爪で切り裂く。

 空間に水が飛び散り、甲高い悲鳴が響き渡った。


 叫んでいるのは青く光る水でできた体を持つ女だ。フィニィが魔女と最初に採取した水溜まりの女ラクスラによく似ているが、こちらは老婆ではなくうら若い娘の姿をしている。

 それが透明な沼の中に三人いた。


沼の乙女レイスだ。隠れろっ」


 魔女は近くにあったユピの後ろに素早く回り込む。

 乙女たちからは見えないよう、フィニィを抱え込み、できるだけユピの根元に長身を収めた。


「フィニィ、銀色の小瓶を出せ」


 事前にフィニィは魔女の作った魔法の薬をいくつか持たされている。

 鞄の底から銀色の粉が詰まった瓶を取り出すと、魔女は中身を自分とフィニィの両方に頭から振りかけた。


「声を出すなよ。お前のお喋りネズミの口も塞いでおけ」


 そう言われてもネズミの小さな口だけ塞ぐなど難しいから、フィニィは哲学ネズミを両手の中に丸ごと包んだ。

 幸い、哲学ネズミはくぅくぅとかすかな寝息を立てているだけ。

 どちらかと言えば、フィニィは自分の鼓動のほうがうるさくて仕方がなかった。


 何が起こるのか緊張して待っていると、やがて、冷たい夜気が頭上から降りてきた。


 陽の欠片たちが逃げていき、辺りが一気に暗くなる。


「・・・だれ、だ」


 皺枯れた老人の声がする。

 フィニィらの隠れるユピの向こう側に、黒衣をまとった長身痩躯の男がゆらりと現れた。その顔はフードに隠れて見えない。杖つく手は蒼白で、古木のように歪んでいる。


「誰か、私に会いに、きてくれたのか・・・? なんと――嬉しい。顔を、見せておくれ」


 辺りを煙のようにさまよう。


 魔女はフィニィを抱きしめじっとしている。

 ユピの木のすぐ傍まできても、老人は二人を見つけることができなかった。


 三人の沼の乙女たちは、フィニィの知らない言葉で口々に何かを訴えるも、老人の耳には届かない。


「なんだ? 聞こえぬ・・・あぁ、また一段と聞こえなくなった。誰かここに、いたというのか? ならば、客人よ、友よ、意地悪をしないでおくれ。もう、こうしていることも、つらいのだ。お願いだ、出てきておくれ。どうか、この老いぼれの手を握っておくれ・・・」


 悲痛な声である。

 フィニィは魔女の肩ごしに、そっと向こう側を覗き込んだ。


 黒衣の老人は地にうずくまり、湾曲した背を震わせている。フィニィはなんだか胸が痛くなってきたが、魔女などは呆れ果てていた。


「――そういえばそろそろ夏至が近かったか。この分なら気づかれまい。よく見ておけフィニィ。あれが夜の王だ」


 フィニィは驚いた。

 太陽を砕いた王、人を木に変えた魔物、死の呪いを振りまく夜の化身が、あんな弱々しい老人であるとは思いもしなかった。


「惑わされるな。ああなっても魔法の力は私より強い。忌々しいことにな。お前を見たら目の色変えて犯すだろうさ」


 魔女は腕を寛げ、夜の王が諦めていなくなるまでの少しの間、彼の話をしてくれた。


「夜の王は不死だが不老じゃない。一年の間に老いて若返る。ちょうど夏至の頃にいちばん衰えるから、今は日ごとに体が壊れてきているんだろう。夏至を過ぎると今度は日ごとに精強になっていく。見つかった時にはどうにかして逃げるしかない。大抵はユピの本体に張りついていてそうは見かけないが、時々ああして徘徊していることもある。夜の王が現れる時の気配は覚えたな? 奴がくると思ったら【銀蝶の粉】を体に振りかけて隠れろ。絶対に音を立ててはいけない。王が若い時には姿を隠していても勘づかれる」


 それと、と魔女は付け足した。 

 

「レイスどもには近づくな。あれらは私の妹とも言えるが、アンテと違って気性の良くないものたちだ。いたずら好きで、機嫌を損ねるとすぐに夜の王を呼んで言いつける」


 奴らが大嫌いだと、魔女の顔にそう書いてあった。

 フィニィは無言で頷く。沼に引き込まれそうになったことは、確かな恐怖として刻まれた。


 そのうち、ひとしきり嘆いた夜の王は前触れもなく姿を消してしまった。


 夜の闇が頭上へ戻り、陽の欠片たちがおそるおそる、草の間から顔を出す。

 

「では行くか」


 再び魔女がフィニィの手を引いていく。


 そうしてユピの木が二つ並んでいる間を通り抜けた一瞬後、周囲の匂いがかわり、光が失せ、フィニィは見知らぬ森の中に立っていた。

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