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フィニィの魔法の国  作者: 日生
四章 夜の国
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夜に備えて4

 空気がほのかに焦げ臭い。木の焼ける匂いであろう。


 近頃の昼の国は、どこにいてもこの匂いが漂ってくる。閉めきった王の居室さえ例外ではなかった。


 若人の王は床にあぐらをかき、手燭の明かりで地図を眺めている。


 いくつかの夜の森には白い石が置かれている。まるで己の陣地としたことを示しているかのようだ。


 作戦は、順調である。


 夜の森とそこに棲む夜の子らに砲撃を行ってからしばらく後、森は急速に枯れ、試しに火矢を放てば燃えないはずの森が燃え始めた。

 あまりに広大なために、ひと月以上経っても燃え続けているが、いずれ尽きることは確実である。


 夜の森の撲滅はもはや世の流れとなった。これに従わぬは今や魔法の国のみである。

 だが、かの国は不気味なほどに沈黙を続けている。間者からの情報によれば、彼らはなおも夜の力を信じ、きたる夜の世界に向けた魔法を準備しているのだという。


 昼の国の者たちの間には不信感が募っている。

 果たして、夜の子を崇める魔法の国がこのまま黙っているものか。国を挙げて怪しげな魔法をつくっているという事実は、この時勢において攻め込む理由としては十分過ぎる。


 手を付けていない夜の森も、残るは魔法の国の背後だけ。


 昼の王たちは、すでに彼らへ要求を叩きつけた。

 ただちに夜を駆逐する同盟に加わること、さもなくば土地を明け渡すこと。


 しかし魔法の国は沈黙を続けている。ならば次に打つ手は一つである。


(ようやく・・・)


 鉄の王の話を聞いてから、ずっと待ち焦がれていた。


 我が身の呪いを解く方法が夜の国を滅ぼすか魔法の国を従わせるか、その二択ならば彼はより早く念願叶うほうを選ぶ。


 魔法の国が真に何を考えていようとどうでもよい。


 王の子が、彼の人生を本来あるべき陽のもとに戻してくれるのならば、他の何を引き換えたとて惜しくはなかった。


(鉄の国にも派兵の要請を。だが先は越させん)


 王は地図上の平原へ白い石を進めた。 



 ☾



 風に、灰の匂いが混じる。城壁の上でフィニィは空を仰いだ。


 朝を迎えても世界はいよいよ昏い。


 快晴にもかかわらず厚い雨雲が全面を覆っている時のよう。陽もくすんで見える。光が闇に絡め取られ、地上に届く頃には薄まってしまうのだ。


 吐く息は白く、草原は凍り、風は冷気しか運べない。

 フィニィはフードをかぶった。首元の哲学ネズミと互いの熱を分け合った。


 街では通りのあちこちで早朝から作業する人のために火が焚かれていた。灰色の世界で踊る炎はより鮮明で、目に焼き付く。


 フィニィは兵士たちに花を供えたら、アクウェイルに館にくるよう言われていたため、そちらへまっすぐ向かった。


 出窓を覗くと調合室には誰もおらず、玄関から入りキッチンに顔を出せば、カウンターで師弟が朝食をとっていた。


「おはようフィニィ」


 レトがフィニィの分のスープもカップによそう。甘い野菜をペースト状にしたポタージュだった。

 傍に火の入った暖炉もあり、体の中も外も温かい。


「食べたら出るぞ」


 アクウェイルは肉の包まれたプナンを囓って言った。


 この魔法使いが自宅を離れるのは非常に珍しい。大概の用事は弟子に押しつけて生きているのだ。


 どこにいくの、とフィニィが訊けば、王の塔だという。

 街の中心にある黒い塔のことだ。


「王の釜を貸せ」


 塔の中には魔女の大釜がある。アクウェイルは魔女が長年使用し膨大な力を蓄えている黒い釜の水を使いたかった。

 塔を開けられるのはフィニィか大臣で、今は大臣たちが出かけているためフィニィに頼むのだ。


 フィニィはもちろん構わない。スープを飲み終えたらアクウェイルと一緒に塔へ向かった。

 レトは師匠に押しつけられた別の用事があるという。


 塔の周りで揺れる麦をかき分け、入り口を閉じる蔓にフィニィが触れると、中に入れる。


 柔らかな光が満ちる内部に大釜がぽつんとある。傍にフィニィ用の踏み台と柄杓も置かれていた。


 さっそくアクウェイルは持ってきた大きな鞄から様々な魔法の材料を取り出し、床に並べていった。

 不死鳥の羽と、ハンカチに丁寧に包まれたユピの根の玉もその中にある。


 なんの魔法をつくるのか、フィニィが尋ねるとアクウェイルは手を止めて、きちんと子供のほうへ向き直った。


仕切り・・・だ。魔法の国を世界から仕切る。ユピが昼の国と夜の国を分けたようにやる」


 それは例えば深海に耐える潜水艦のイメージに近い。


 夜の国では空間も時間もでたらめになり、大地はばらばらのパズルのピースのように闇にたゆたう。

 そこで彼らは国全体を魔法で隙間なく防護し、夜をゆく船を築こうとしているのだ。そしてアクウェイルの担当は最も重要な船のガワ・・の部分。


 完成すれば魔法の国だけの独立した世界ができる。


 もはや何者も魔法の国には干渉できない。フィニィの命が終わるまでそれを存続させる。そんな魔法を大臣たちは子供が目覚める百年、二百年よりも前から少しずつ準備してきたのだという。


「仕上げをやってみるか?」


 アクウェイルが問いかけた。一緒に魔法をつくるかとの誘いだ。


 フィニィは驚いて、ややあってから首を横に振った。


「そうか。まあ、つくりたくないものを無理につくる必要はない」


 アクウェイルは作業に戻る。


 大釜に放り込む前に一つ一つの材料の最終確認をしている。普段よりもいっそう丁寧に、慎重になるのは、これだけの魔法をつくる機会が彼の人生に二度と訪れないためであろう。


 フィニィは膝の上に哲学ネズミを乗せて、その様子を眺めていた。


「あれから魔法はつくってみたか?」


 今度は手を止めずに、またアクウェイルが話しかけた。

 あれからとは、鉄の国でフィニィが初めて魔法をつくった時のことを指している。

 

 採取中によく使う浮き薬や清浄の水菓子がなくなった時に、自分で材料を取ってきてつくったことはある。フィニィは洞窟にいた時の魔女の魔法なら大体レシピを覚えている。


「既存のレシピを問題なくできるなら、次は新しい魔法をつくってみるといい。それができれば一人前だ」


 アクウェイルはまるで自分がフィニィの魔法の師匠かのようだ。

 なのでフィニィも、新しい魔法はどうやってつくるのか素直に訊いた。


「まずは何を叶えたいのかを決める。始まりは常にそこからだ」


 魔法は願いを叶えるための手段でしかない。

 

 大小含めて願いはフィニィの中にもたくさんあった。だが、そのうちのいくつ叶えることができただろう。


 魔女には会えなかった。ユピは死んでしまう。世界は夜に呑まれる。


 何も望めず、何も得られず、失い奪われるばかりの奴隷であった頃から何が変わっただろう。


 今は多くの存在がフィニィを守り、フィニィの願いをできうる限り叶えてくれようとする。そのために魔法の国の皆が尽力している。

 

 一方で、自分は真に何を望むのか。

 フィニィはもっと深く、考える。


 沈黙の間にアクウェイルは大釜へ材料を次々と放り込んでいく。

 

 拳よりも大きな光吸石を十数個、身代わりの魔法を吸った青い花々、不死鳥の尾羽、ユピの根、その他諸々。

 それから、


「守り人よ、下りてきてくれ」


 上に呼びかけると、塔のてっぺんにいる夜の子が一瞬で大釜の縁に降り立った。


 頭に二本の巻き角を生やし、黒い顔の中心に薄片の漂う紫色の大きな目玉が一つ。

 腕のない黒衣に包まれた体に巻きついている鎖の先へ、アクウェイルが触れた。


「あなたを使わせてもらう。これで完成だ」


 フィニィは顔を上げ、踏み台にのぼった。


 大釜の真っ黒な水の中には様々な色の光が溶けていた。

 そこへ守り人が二本の鎖を垂らす。

 アクウェイルは鎖ごと釜の中をかき混ぜて、最後に息を吹き込んだ。


「好奇を一匙」


 夕陽のような赤銅色の光粒が水面に跳ね、それがあらゆる色の光を絡んでどんどん大きくなり、弾けた。


 勢いよく噴き出した光が塔の壁のあちこちにぶつかり、さらに弾け散る。

 辺りは昼間よりも明るく目も開けていられない。

 

 少しして、光が落ちついた頃にフィニィが瞬きをすると、まつ毛の先に残った光がパチチと割れた。


 そうして見やれば、守り人に巻きついている鎖が金色に染まっていた。

 細かい木の根が鎖の隙間に絡んでおり、ところどころに花も咲いている。


 フィニィが無意識に手を伸ばすと、守り人が鎖を伸ばして腕に絡む。

 金属の硬さはあるが、木の根や花が柔らかく、またじんわりと熱を持っていた。もしこれに包まれたならどんなに暗い世界でも明るく、凍えずに過ごせるだろう。


 守り人は鎖でフィニィを抱え上げ、膝に乗せた。


「――ぃよぉーっす、できたかいアっくん!?」


 その時になって、入り口からスタラナがものすごい勢いで飛んできた。

 後からルジェクとヴィーレムも顔を見せる。


「なんかビッカーっしてたね!? 守り人キラキラなってんし! ね、ね、フィニィ、これきれいだねえ!」


 妙に興奮している大臣の声が頭に響き、アクウェイルは片耳を塞いだ。

 スタラナはフィニィにじゃれついてまともに話ができないため、ルジェクらに経過を報告する。

 

「こちらの魔法は完成だ。守り人の意思でいつでも発動できる」


「ありがとう。じゃ、大方の準備はこれで終わりだ。発動のタイミングは守り人にまかせていいだろう。おそらく、あと数日だ」


「あちらの進軍路に仕掛けた妨害工策はうまく機能していたぞ。ユピの命が尽きるまでに間に合うかどうかといったところだろうな。――兵たちも可哀想なことだ。せめて死に場所は故郷が良かっただろうに」


 わずかに憐憫を匂わせる大臣たちだが、だからどうしてやろうという気はない。

 この今の昏い空を見ても、頑なに目を閉じ耳を塞ぐ者にしてやれることはないのだ。


 一方は最後まで過去を繰り返し、一方は己ら以外をすべて見限り、こうして昼の世界は静かに閉ざされてゆく。

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