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フィニィの魔法の国  作者: 日生
四章 夜の国
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夜に備えて1

 フィニィが戻った翌日から、魔法の国は日々慌ただしくなっていった。


 空遊魚ピューイ)が何十匹も街を出入りし、魔法使いたちが大釜をかき混ぜ続け、商人たちは店舗の品や帳簿を整理し、職人たちは依頼の品を急いで仕上げていく。大人も子供も等しく走り回っている。


 昼間にたまたま通りで見かけた知り合いの探集者たちもそうだ。


「おぅ、フィニィどうした? 悪ぃけどこれ納品したらまた出なきゃいけなくてな、今日は遊んでやれねえや。また今度なー」


 普段ならいらない時も構ってくるノーヴィさえ、フィニィの頭をひとなでして去っていく。背負っている鞄は限界まで膨らんでおり、何かの拍子にすぐよろめていた。


 ごつごつした鞄の形状から、中には石か何かが大量に入っているようだ。

 そんな探集者を大勢見かける。

 

 途中までノーヴィの後を付いていくと、アクルタ商会の本部を通りかかった。

 

 店先には光を中に籠めている透明な光吸石デヴェントや、夕陽の光を閉じ込めた夕陽石レレントが山積みになり、奥にも様々な素材が種類ごとに大量に束ねられていた。


 なんとはなしにフィニィが山から石を取ろうとすれば、背後に現れたリアンがその肩を抑えた。


「崩れたら危ない」


 マスク越しのくぐもった声。

 リアンは山の頂上からフィニィのかわりに光吸石を一つ取り、渡してやる。だが別に欲しいわけではなかったフィニィはすぐに返した。


 こんなに石を集めて何をしているのかと思ったのだ。


「フィニちゃんいらっしゃーい」


 すると店の中からひょっこりバジーが現れた。

 目隠しをした大男は、屈んでフィニィに笑みを見せる。

 

「お茶飲んでく? フィニちゃんの好きなクッキーあるで。ミルカもそのうち帰ってくるけ、奥で休んでったら?」


 クッキーは食べたいが、アクルタ商会の面々もまた忙しそうだ。

 フィニィはどうして石をこんなに集めているのか兄弟に訊いてみた。


「夜がくる前に光をたぁくさん集めとるんよ。夜を防ぐ魔法に必要なんやて。今ミルカも大臣さんちに呼ばれていっとるよ。なんや大がかりな魔法みたいやで?」


 それは魔法の国ができた頃から、フィニィとフィニィの居場所を守るために歴代の大臣たちの主導で研究され続けてきた魔法であるらしい。

 当のフィニィはそれがなんなのかまったく知らない。詳しく説明されてもおそらくわからないだろう。

 

 とにかく魔法の国が総出で夜の世界を迎えるための準備を進めているのである。


「フィニィ、怖くない?」


 隣にしゃがみ、リアンは菫色の静かな眼差しを子供に向ける。

 フィニィは少し考え、頷いた。


 夜が怖いことはない。


「そう」


 なら良かったとリアンは微笑む。マスクで口元が見えずともわかった。


 フィニィは鞄の中に一つずつ余っていた光吸石と夕陽石を山に加え、クッキーはお土産に包んでもらい、バジー・リアンの兄弟と別れた。


 通りに沿って、市場のあるほうへいく。


 まだ昼の前から屋台は賑わっていた。

 朝から忙しく働いている魔法の国の人々が、腹を空かせてひっきりなしにやってくるのだ。

 

 その人ごみの隙間を縫ってゆくと、市場を取り仕切る西の風ドグウォン商会の倉庫の並ぶ場所がある。


 商会長であるディングの家へ玄関から入り、従業員の子供らの遊び場へ顔を出してみる。

 そこではいつもどおりに小さな子らが犬のごとく駆け回り、それを中庭に面した部屋からキーラが見守っていた。


 彼女は青い瞳の赤子を抱いている。


「フィニィ。そんなところに隠れてないで、おいでなさいな」


 キーラは自分の隣の絨毯を叩いて呼んだ。

 仕切りの布の隙間を通り、フィニィはそこへ座る。


 それまで赤子はぐずっていたのだが、フィニィがくると泣きやんだ。自分の指を吸いながら興味津々に見つめている。


「あなたはフィニィが好きね?」


 キーラはくすくす笑っている。

 優しい薄赤色の髪を今日も忘れず水色のリボンで結い上げている。以前は肘まで隠してた手袋が、今は半分の長さになっていた。

 夜の魔法は着実に彼女の体から抜けてきているようだった。

 

 赤子が生まれたのは、ついこの間のことである。

 

 名前はパーヴァリ。

 男の子だ。本当の名はもっと長いが、普段は名前の最初の部分で呼ばれる。本名すべては大事な時だけ呼ぶのが馬の民の伝統であるらしかった。


「今日は何をしているの?」


 特に何もなく、街を散歩している旨のことをフィニィは答えた。

 じっと見てくるパーヴァリをフィニィも見つめ返す。


「お散歩いいわね。近頃は国中が慌ただしいけれど、あなたは気にしないのよ。今は何かと物騒だもの。外の危ないお仕事は大人にまかせておきなさいね」


 キーラのフィニィに対する態度は出会った時から一貫している。

 彼女はフィニィが夜の子でも王の子でも、探集者の仕事をしていることをあまり嬉しく思っていなかった。

 ただ、今ばかりは誰もフィニィに依頼してくれない。


 フィニィは絨毯にごろりと転がった。フードの中の哲学ネズミは潰さないように、右側を下にして丸まる。


 秋の陽射しがぽかぽかしていた。


 キーラが耳元をなでてくれる。

 まだ木質化した硬い手だが、痛くないよう優しく触れている。

 柔らかい絨毯に下ろされた赤子は元気に這って、フィニィに登ろうとしていた。


「ディングも珍しく魔法使いの仕事をしているんですよ。大臣様に頼まれたんですって。少しお昼寝したら、一緒に見にいってみる?」


 フィニィは頷き、ひと眠りしてからキーラとともにディングのもとへ顔を出した。

 

「お。いいところにきたぞ」


 ディングは館の裏庭にいた。

 そこには野菜や果物など食料となる様々な植物があちこちに生えていたり、埋まっていたりした。


「食べてみるか?」


 ディングが星の形の赤い果実を一つもぎってフィニィに渡した。


 すると枝に残った軸から風船のように果実が膨れ、瞬く間に実が成った。


 フィニィが齧ってみると、甘酸っぱい果汁が出る。ディングの館で何度か食べさせてもらったことのあるおいしい果物だ。


「世界が夜に呑まれたら、どこからも仕入れができなくなるだろう? 農地として確保できる場所は限られているから、採ってすぐに実が成る魔法の植物をここで試作してるわけだ」


「もう完成したんですか?」


「すでにほとんど王が魔法をつくってくれていたからな。ほら、守り人がいる塔の周りの麦のことだ、フィニィ。あれを材料に使わせてもらった」

 

 フィニィがいつでも麦粥を食べられるように、どの季節でも何度でも収穫できる魔女の魔法をかけられた麦のことをディングは言っている。

 

「だがなあ、肉をどうするか」


 キーラからパーヴァリを受け取り、まだ白い我が子の鼻へ自分の日に焼けた鼻の先をくっつけ、ディングは唸る。


「家畜を飼えるほどの敷地を確保するのは到底無理なんだが、やっぱり肉は食べたいよなあパーヴァリ?」


「牛や羊も木に成ればいいのですけど」


「ははっ、それはいいな」


 魔法使いの夫婦は一緒になって頭を悩ませる。

 

 二人の話を聞いていたフィニィは、食べかけの果実をしまい、鞄の底から硬い殻に包まれた果実をかわりに取り出した。


「ん? それはなんだ?」


 フィニィは黒曜石のナイフを殻の隙間に挿しこむ。途端に実から血が勢いよく溢れたため、キーラなどは悲鳴を上げた。


 中には血色の良い謎の肉が詰まっている。

 夜の森に成っている肉の実だ。


 以前、グウェトのために採ってきたものの残りだ。あの時のグウェトは肉の実を気に入っていたから、また会えることがあれば食べさせてあげようと思い、持ち歩いていたのだ。


 実を土に埋めれば、木が生える。そこから収穫できるようになるだろう。

 夜の森の外でも育つものかはわからないが、フィニィはディングに割ってない実を渡しておいた。


「夜は俺たちが窺い知れない領域だ・・・」


 ディングは何やら悩まし気な顔をしていた。

 キーラは血塗れのフィニィの手をハンカチで拭ってやる。


「ええと、食べても大丈夫なものなんでしょうか? それ」


「まあその辺りも後でよく調べよう。ありがとな、フィニィ。助かったよ」


 もっとたくさん採ってこようかとフィニィは提案してみたが、一つで夫婦は十分だという。

 やはりフィニィに仕事をさせたくないようだ。


 お礼に星の果物を二つ三つ持たされて、フィニィはディングの館を出た。


 今度は反対方向の北へ向かう。


 通りを歩いていると、魔法学校のほうから子供たちの声が聞こえてきた。

 広大な庭の芝の上に、薄く水を張った盥をいくつも並べ、真っ青な果実を小さな足たちが踏み潰している。


 見たところ身代わりの果実のようである。


 フィニィは実を潰している子供らの中にピアの姿を見つけ、寄っていった。


「あ、フィニィ! フィニィもやりなよ、きもちーよ!」


 白い羽毛を真っ青に染めたピアがフィニィを引き込む。フィニィも靴を脱いで、実を潰してみた。

 ぷちゅん、と指の間で気持ちよく弾ける。


 これは何をしているのか、尋ねるとピアは笑顔のまま「なんだっけ?」と首を傾げた。


「夜を防ぐ魔法の下準備ですよ」


 ちょうど追加の身代わりの果実を持ってきた教師のチェラが、かわりに答えた。

 さらにその頭の上からスタラナが現れる。


「そのとーり! スタラナちゃん印の特製魔法っ。後でアッくんたちの魔法と組み合わせるんだー」


 スタラナは盥の縁に骨の片足で器用に降り立った。


「これまでこつこつ溜めてきた貯蓄を大放出! いやぁ、感慨深いもんだぜぇ。他の魔法に比べて、こいつはつくるのめーっちゃ時間かかるし材料にスタラナちゃんの血を使わなきゃだし、いっぺんにはできないわけよ。一回、血抜き過ぎてぶっ倒れたもんね。チェラっちに叱られちったよ」


「お役目でも無理はいけませんわよねえ」


 魔法学校の最年長の教師は動じずに、盥へ追加の果実を流し込んでいた。


 血を抜くと聞いてフィニィは少し怖くなったが、スタラナは「平気だよ」とフィニィの頬を両手でぐりぐりなで回す。


「身代わりの魔法は、夜の子のなりかけ・・・・の血じゃないといけないから仕方ないのさ。スタラナちゃんは一人しかいないもんね」


 なりかけ・・・・は、夜の子や昼の子よりも希少な存在である。他国が身代わりの果実を求めても、よそに売れるほどの量はつくれない。


 フィニィはしばらく手伝っていたが、盥の中に子供が三人も入れば狭くて動きにくく、何度もピアたちとぶつかってしまい、途中でやめた。ここには人手が十分いる。


 チェラがよこしてくれたタオルで足を拭いていると、スタラナがまた風に吹かれてやってきた。


「フィニィどっかいくの? んじゃさ、ジェックんとこにお使い頼まれてくんね? 全然急ぎじゃないからフィニィの気の向いた時でいーぜ」


 逆さまのスタラナから、真っ青な水の入った小瓶を受け取った。


 ルジェクたちは大がかりな魔法をつくっているとバジーが言っていた。それを見物するのも良いかもしれないと思ったフィニィは、城壁の近くにある大臣たちの屋敷へ向かうことにした。


 真昼の青空は、雲もないのにだんだん薄暗くなってきている。

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