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フィニィの魔法の国  作者: 日生
四章 夜の国
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ユピ2

 泣き疲れ、眠ってしまったフィニィが夕方に目を覚ますと、アクウェイル邸の調合室に三人の大臣がそろっていた。


「や」


 寝起きの視界にまずあったのが青い片目。ルジェクはソファの下に座り、ずっとフィニィの眠りを見守っていた。

 そして子供が起き上がろうとすると、彼の左半身に巻きついている木の根が滑らかに伸びて支える。


 そこへ背もたれの後ろから、スタラナがまだ腫れているフィニィの頬に自分の頬を押しつけた。


「おらーうにうに~」


「やめんか。ほらフィニィ、喉が渇いてるだろう。レトがジュースを温めてくれたぞ」


 スタラナを追い払い、黄色いポマの葉のジュースをヴィーレムが手渡してくれる。

 甘さと渋さと温かさがじんわりと腹に染みた。


 大臣たちが甲斐甲斐しく子供の世話を焼くなか、アクウェイルはフィニィの取ってきた竜のひげを大釜に放り込み、レシピを確認しながら魔法薬を作っていた。


 そのいつもどおりの背中に少しだけフィニィは安心する。


 大臣たちが集まっているのは他でもない、ユピがもうすぐ死ぬというフィニィの話を聞くためである。

 だが彼らは特に急いてはいなかった。


「そういやさー、今思ったんだけどレトちはなんでアっくんちにいんの?」


「え」


 フィニィがジュースを飲んでいる間、骨の翼を広げ宙を逆さに漂うスタラナが、長机の前の青年に尋ねた。


「やっぱ同席してちゃダメですかね、俺」


「ちゃうちゃう、怪しい密談じゃなし全然いていいともよ。そじゃなくてさ、レトちはアっくんの卒業試験合格して独立したんじゃなかったっけって意味さよ。でも待てよ? 開店の申請、スタラナちゃん受理した覚えなくね? レトちは自分の工房持たない派?」


「できれば持ちたい派です、が、難航中です。第一希望のこの辺はなかなかあいてる場所が見つからなくて」


「まぁ、中心街はそろそろ厳しいかもなあ」


 ヴィーレムはレトの斜め前の椅子に座り、雑談に加わった。


「実家の近くならまだ空いてるんですけど、しょっちゅう親のチェックが入りそうで嫌なんですよねえ」


「チェラ先生は僕とアクウェイルの恩師だよ? 君の悩みは贅沢だねぇ」


 ルジェクなどは微笑ましく感じているが、釜の前の師匠は不機嫌だ。


「細かいことでうじうじと迷い続けていつまでも出ていかんのだ。来月からは家賃を取るぞ」


「そんなぁ。家事も仕事もお手伝いしてるじゃないですかぁ」


 魔法使いたちはまるでなんでもない日の会話を続けていた。

 フードの中でも哲学ネズミが常のとおりに何かぶつぶつ言っている。

 

 そうして皆がフィニィに伝えようとしているのだ。

 ある一つが世界から欠けたとしても、すべてのものが急に消え失せてしまうわけではないことを。

 それは薄情な考え方かもしれないが、残される者にとってはせめてもの救いとなる。


「――ユピ、が」

 

 やがて、フィニィは自分から話し始めた。


 枯れていく夜の森の様子と、ユピの言葉。

 皆、静かに聞いていた。


 一度落ちついたと思っても、話すとやはりまた、涙が湧いてくる。

 

 ユピにも死があることは知っていた。以前ルジェクからも寿命がそう遠くないことを聞いた。

 だが、それでも別れはまだ先だと信じていた。

 フィニィにはユピも母を失うのと同じくらい悲しい。


「正直、僕らもユピの寿命はもう少し残っていると思っていたよ」


 話を聞き終え、ルジェクが所見を語った。


 これまで大臣たちは定期的に世界各地の夜の森を調査し、ユピの様子を長い間見守ってきた。


 彼らはユピの魔法の力を裁定人を通じて測っている。ついこの間も調査したところでは、急激に森が枯れるような状況ではなかったという。


「ユピの身に予期せぬことが起きているのかもしれない。ユピは何か他に言っていなかった?」


 フィニィは首を横に振る。

 ユピはフィニィを置いていってしまうことを謝り続けていただけだ。


「夜の国のユピは変わりなかったんだもんね? スタラナちゃん的には、今さら夜の王がユピをおかしなふうにいじくるとは思えんかなあ」


「とすれば、昼の連中か?」


 ヴィーレムが頭の痛そうにうなり出す。

 思い当たるのは、先日の若人の国でのことだ。


「鉄の国と若人の国あたりが怪しいか。すまん、俺が対処をまちがえた」


「いや、ヴィーレムはよく我慢してやってくれたよ。僕やスタラナではまず話し合いにもならないからね」


 悔恨する同僚をルジェクが取りなした。


 半身が腐っている大臣と手足が白骨化している大臣はまずもって昼の国の者たちに警戒される。

 社交的なヴィーレムが外務大臣でなければ、ここまで平和に魔法の国が昼の世界になじむことはなかったであろう。


 なんにせよ、と大釜をかき混ぜるアクウェイルも口を挟んだ。


「馬鹿どもが懲りずに馬鹿を働いていたとしてもだ。魔法を解さぬ者がユピに何をする?」


「うん。彼らにできることはそう多くないはずだ。調べればすぐにわかるよ」


 ルジェクのその言葉を聞いて、フィニィはぱっとソファを降りた。床に落ちていた鞄を持ち、肩に這い出てきた哲学ネズミをフードに入れ直す。


「あれ? もしかしてフィニィもやる気?」


「ユピの一大事だもんな。オーケーオーケー、フィニィはスタラナちゃんと森の中から調べよーぜ。ジェックたちは先に夜に備えてるがよいよ」


「え? いいけど、無茶しないでくれよ」


 誰も止める様子がなく、フィニィだけが不安になって、宙を漂うスタラナの骨の翼の先をつついた。


 フィニィは夜の国を通って移動する。スタラナを連れていっても平気なのか、確認すると、赤と紫の混じった朝焼けのような色の目でウインクされた。


「心配ご無用っ。なんたってスタラナちゃんは歌って踊れる無敵の大臣っ。おまけに半分以上、夜の子のなりかけ・・・・だ。夜の魔法も平気だし夜の目も持ってるんだぜ?」


 だから一緒に行こうと、遊びに誘うように言った。

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