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フィニィの魔法の国  作者: 日生
三章 鉄の国
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夜のほとりの魔法使い4

「おそい!」


 魔法の国に帰り着いた後日。

 夕陽石を届けにフィニィが魔法学校へいくと、教室に入るなりピアが体当たりをしてきた。


 そのままぎゅうぎゅう抱きしめるので、腕の羽毛がフィニィは心地よかった。


 ピアもフィニィが囚われていたことを聞いていた。

 やたらに頭をぐりぐりと押しつけるのは内心の表れである。自分が依頼をしたからフィニィが捕まったのかと思っていたのだ。


 フィニィはピアの背中をさすってあげて、大丈夫だったよと伝えた。


「きて」


 しばらくしてピアはフィニィの手を引き、大釜の並ぶ調合室へ連れていった。

 授業で使っていない時間ならば、生徒は自由にそこで魔法薬を試作していい。

 

 ピアは窓際のお気に入りの釜の前に踏み台を持っていって、フィニィからもらった夕陽石を割り、釜の中に放り込んだ。


「ほんとはー、バチバチ玉つくろーとしてたんだけど、新しいの考えた」


 バチバチ玉とは爆竹のようなものだ。

 同じ教室のクスティやヤロなどに影響されてピアがいたずら用に考案した。フィニィが期限までに石を持って帰っていれば担任のイーデンは大いに驚かされていただろう。


 ピアは夕陽石の中の光が溶け出てくるまでよく混ぜて、そこへ自分の羽根を三、四枚散らした。


「ワクワクを一匙っ」


 オレンジ色の光の粒が弾け、白いピアの羽根は夕焼け色に染まった。


「あげる」


 フィニィに足を押さえてもらって釜から羽根を取り出し、それを渡した。


「迷子になったら息を吹きかけて。先生がゆってたよ。夕方の光はとっても遠くまで届くんだって。フィニィがどんな遠くにいても、きっとピアのとこまで届くよ。そしたらピアが迎えにいったげる」


 試しに一枚、息を吹きかけてみると、羽根がほどけて夕焼けの光の筋になった。

 片端はフィニィに、片端はピアにまとわりつく。

 離れても光はいくらでも伸びる。

 

「フィニィも光のほうに歩いていったらいいんだよ。そしたらほら、すぐ会える」


 糸のように細い細い光を辿れば、柔らかく小さな手が、同じように小さなフィニィの手を握る。

 これでどんな時も心配ないとピアは言う。


 フィニィもその通りだと思った。



 ☾



 魔法の国の色んなところを巡り、ひととおり皆に無事な顔を見せ終えたフィニィは、夕暮れにアクウェイルの屋敷へ戻ってきた。


 家主は調合室にいた。

 だが特に仕事をしているわけではなく、薄暗くなってきた部屋でソファに座り、本を読んでいた。


 弟子のレトはキッチンで夕飯の支度をしているのだろう。おいしそうな匂いが漂ってくる。


 フィニィは鍵の開いた出窓から入り、アクウェイルの長い足をぺしぺし叩いた。


「どうした」


 蝶はどうやって作るのか、フィニィは尋ねた。


「折り手紙のことか? あんなものは専用の紙があればすぐにできるが、必要なのか?」


 頷くと、アクウェイルは机の引き出しから便箋を出した。

 フィニィを椅子に座らせ、インクとペン、そして羅針盤を横に置く。


「まずは紙に相手の名前を書く。名を知らぬ者のもとへは飛ばせない。お前は字を書けないのだったか。かわりに書いてやるから、誰に送りたいのか言ってみろ」


 フィニィは、グウェトの名を告げた。


 するとアクウェイルは変な顔をした。


「お前はあの男を赦せるのか?」


 フィニィは首を傾げた。

 赦す赦さないなどということはよくわからない。

 確かにフィニィはグウェトを恐ろしく思ったが、それより今は彼が元気に生きているか気になって仕方がないのだ。


 あのスタラナの炎で死んでいれば手紙は届かない。

 だがもし生きているのならば、伝えたいことがある。


 そう説明すればアクウェイルは否とは言わなかった。フィニィのかわりに紙の真ん中にグウェトの名を書いてやった。


「奴の国は少し遠い。蝶よりもツバメにしろ」


 インクが乾いたら、アクウェイルの指導のもとに紙を折ってツバメを作った。


 少し嘴や翼がひしゃげてしまったものの、おおむね鳥らしくはなったので、窓を開け、息を吹きかけて風に乗せてやる。


 ひしゃげたツバメは矢のように彼方へ飛んでいった。


 そうして羅針盤の前でしばらく待っていると、ある時に羅針盤の中央に嵌められた水晶が淡く緑色に光った。


 ツバメが宛先に辿り着いたのだ。


「右手を置いて喋ってみろ」


 フィニィは羅針盤の針の上に手をかぶせ、グウェトを呼んだ。


『・・・フィニィか?』


 くぐもった声が羅針盤から聞こえた。

 グウェトの声である。


 彼は生きていた。


 フィニィは嬉しくなった。


 グウェトはなんだか寝起きのような、あまり力のない声であった。


『こういう魔法もあるのか・・・つくづく便利な者たちだ。届くのは声だけか? この有り様をお前に見せつけたい気分なのだがな、フィニィ。体の半分近く消えてしまったぞ』


 自嘲している。

 かちゃかちゃと金属の擦れるような音が背後に聞こえた。


『それで、なんの用だ?』


 促されフィニィは羅針盤の向こうにさっそく教えてあげた。


「のろい、とけるよ」


 伝えたかったのはこのことである。


 鉄の呪いを解く方法はもうわかった。

 あの魔法薬ならばグウェトの鉄の体を元に戻せるだろう。


 採取は少し難しいが二度と手に入らない材料ではない。


 呪いが解ければ、体が鉄になっていく恐怖がなくなる。周囲に異形の姿を恐れられなくて済む。


 フィニィはグウェトを夜の底から救ってあげたかった。


『――お前は優しいな。この期に及んでもまだ私を憐れむか』


 だがグウェトにとって、フィニィの心づかいは意味のないものだった。


『ならば我が軍門にお前の国を下した後に、呪いを解かせよう』


 それは宣戦布告であった。


 鉄の王は少しも懲りていないのだ。


 するとアクウェイルがフィニィの上から羅針盤に手を重ねた。


「一つ教えてやろう。鉄はあらゆるものを断つ魔法を持っている。お前自身が鉄である限り、周囲の者はお前を裏切り続け、お前はすべてを切り捨てていく。何も繋ぎとめることはできない。それがお前にかけられた呪いの本質だ。まっとうな君主の道に戻りたければ素直に縋れ」

 

 家臣、息子、身内――歴代の鉄の王はことごとく味方に裏切られている。アクウェイルはそのことを指摘していた。


『今のは知らぬ声だな。誰だ? 魔法使いか?』


「愚者に教えられることは一つだけだ」


 アクウェイルは早々に手を離した。


 哲学ネズミがフードの中でもぞもぞ動く。

 フィニィは夜と昼の狭間に閉じ込められた兵士のことを思い出した。


「ただしいは、まちがい」


 ぽつりと言った。


 グウェトはなんでも殺そうとする。まるで己が唯一の正義であるかのように。


 彼自身が心からそう信じているならば、やはりそれはまちがいなのだ。

 

『正しい者とはより多くを殺した者だ。待っていろフィニィ。いずれ鉄が魔法を蹂躙するその時を』


 がさりと音がして、羅針盤の光が消えた。


 おそらく紙を切られたのだとアクウェイルが言う。

 同時に魔法も消え、二度と声は届かなくなった。


「忘れろ。あの男は手遅れだ」


 羅針盤をアクウェイルはさっさと片付けてしまった。

 それから間もなくして、レトが調合室の扉を開けた。


「先生、夕飯できましたよ。お、フィニィも帰ってたんだね。今夜は麦粥を作ってみたよ。一緒に食べよう」


 フィニィは椅子から下りて、キッチンに向かう二人の後についていった。


 だが部屋を出る前に一度だけ、出窓から空を見上げた。


 鉄の国は魔法の国より早く日暮れを迎えただろう。

 

 せめて夜の闇が彼を匿ってくれればいいのにとフィニィは思った。



 ☾



 半分に切れたツバメが血溜まりに落ちた。

 紙の白がみるみる赤に沈んでゆく。


 彼の足元に転がるのは犬のように忠実だった黒い服の兵士たち。


 まだ身に残る炎の熱に浮かされ、グウェトが目を覚ますと、目前に彼らの刃があった。


 右半身が溶けてなくなった今が好機と思ったのかもしれない。

 結局は、この者たちも先に裏切った家臣同様に夜の呪いを恐れていたのだ。

 そして魔法の国の襲撃で恐怖の堰が切れてしまった。


 だがまたしても彼は生き残った。命続く限り覇道に幕を引くつもりはない。


「――さあ、次は誰が裏切るか」


 もとより父を殺して王位に就いた彼に戻るべき正道などなかった。


 遠く離れた国の小さな願いに背を向けて、夜をも恐れぬ王は返り血を浴びた鉄の顔面に狂気を浮かべていた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] グウェトについて。タイプムーン世界な観点で考えると、だいぶ妄想が捗りました! ・ーー体は鉄で出来ている。 その内、固有結界の発動できそうです。 ・グウェトの起源 鉄の王になったことによ…
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