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フィニィの魔法の国  作者: 日生
三章 鉄の国
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右腕2

 森の中央、角の王と呼ばれる頭骨の内部には一軒家のように巨大なきのこが生えていた。


 フィニィとグウェトは骨によじ登り左の目の穴から中を覗いた。


 白いカサからぷつぷつと赤い液体がにじみ出て、糸を引きつつ垂れる。その下は血溜まりのようになっている。甘く腐った匂いがした。


 さらにカサの端からは黄色の網状のベールが垂れて軸を覆っていた。下膨れしている軸の中心には美しい金の髪の少女が埋め込まれている。


 手足はきのこに同化しており、腰から上の部分だけが外に出ている。焦点の合わない灰色の瞳で、誰かの助けを待っている囚われの姫のようだったが、少女はそういう形をしたきのこの部位であってその表情にはなんの意味もなかった。


 膨れた軸の下部には切り込みが入っており、不意にそれがベールを持ち上げて開いたかと思うと、地面の赤い粘液に集まった小バエの群れを一息に飲み込んだ。


「あれの腹の中に腕がある」


 グウェトは確信を持っていた。そうであれば二人はこの化け物をまず倒さねばならない。

 

「倒し方を知っているか?」


 フィニィは首を横に振る。


 頭骨の内壁は白い綿毛の生えた菌糸に覆われており、空間自体がまるごときのこの体内のようなもの。餌になる覚悟なく入るべきではないと魔女に言われていた。


「燃やせないか」


 グウェトに提案され、フィニィは火の玉の入った革袋をひっくり返してみた。


 綿毛の上に炎が移る。だが途端にすべての綿毛が菌糸の中に引っ込み、かわりに黒いヒダのようなものが現れた。


 ヒダは硬く、火の玉を外へ弾き出す。フィニィは袋でうまくキャッチした。


 ヒダどうしが打ち合ってガラガラと激しく鳴った。

 きのこの化け物からの警告だ。軸に埋め込まれた少女がフィニィらを捉えた。


 気づかれた。

 そう認識した瞬間にグウェトは頭骨の中に飛び込んだ。鉄の両足で硬いヒダを砕きながら走る。


 するときのこの大きな口がかぱりと開いた。


 白い軸の内部から、黒いクモが何匹も這い出してきた。


 大きさは子犬ほどもある。

 黒真珠のような目が四つ。ハサミの形をした上顎を開き獲物に襲いかかる。


 グウェトは飛びかかってきたものを咄嗟に左手で薙いだ。それだけだったのに、クモは縦にまっぷたつになった。いつの間にか左手が刃に変形していたのだ。


 次々と襲いくるクモを斬る。足は槍の穂先に変形しクモの背を貫いた。素早く足を振るとクモの胴体が抜け、頭骨の内壁に緑の液体をぶちまけた。


 鉄はあらゆる武器のもと。命を断ち切る力を持つ物質。ゆえに鉄の王は易々と殺す。


 無限に湧くクモを振り切り、軸の少女の形をしたもの目がけ切りかかった。だがその間に垂れる黄色の網目のベールが刃を捕らえた。


 切れないばかりか腕を引いてもねばつく網が取れない。足止めされた獲物へクモが群がっていく。

 

 噛まれた腿はその瞬間に鉄に変化し顎を弾いた。


 グウェトは自分の意思で体の部位を鉄化させることができた。ただし二度と元には戻せない。身を守るかわりに寿命を縮めてしまう。


 フィニィは中に飛び込んで、清浄の水菓子をまるごとグウェトを捕らえるベールに投げつけた。水風船のように果実が割れて、じゅわじゅわと泡立ちながらベールが溶けた。


 解放されるやグウェトはクモどもを薙ぎ払った。


 同時に右手にも力を込めた。

 すると下から突き上げられたようにきのこが揺れた。カサの上から赤い液体がぼたぼた落ちる。

 グウェトは呑まれた右手を変形させ、きのこの腹の中から鉄槍を刺したのだ。


 さらに間髪いれず少女の形をしたものを袈裟切りにした。刃は軸の半ばまで達した。


 しかし、仕留めるには足りない。切られた少女の胸から口から目から白い菌糸が溢れ、瞬く間に傷を覆っていく。

 なおもグウェトは切りつけようとしたがクモたちが許さない。


「掴まれ」


 後方に飛び、フィニィを肩に掴まらせてクモから逃げた。


 きのこはただ切っても死なない。地上に出ている部分が心臓部なのではない。急所と呼べる部位はなく、隅々に張り巡らされた菌糸まで根絶しないのであれば何度でも蘇ってしまう。だからこの頭骨の中はすでにきのこの体内だと言うのだ。


 グウェトは頭骨の外に出たが、クモたちは執拗に追ってきた。

 このままでは右腕を取り戻せないと悟った男は背中にしがみつく子供に提案した。

 

「お前を食わせて良いか」


 フィニィは二度瞬いた。

 そして、いいよ、と答えた。


 グウェトはスパイクを生やした足を骨に突き刺し脳天まで駆け登った。

 そこでヒビの入っている箇所を見つけ、思いきり踏み抜き、その穴からフィニィを放った。


 ちょうどきのこのカサの真上である。

 甘い匂いのする赤い粘液溜まりにべちゃりと落ちて、傾斜をゆっくり滑っていった。


 フィニィが地面に落ちた音に反応し、きのこが口を開ける。フードをかぶってフィニィはそのまま食べられた。


 食道のように窮屈な通路で、わさわさとした白い繊毛が獲物を下方へ押し込んでいく。

 きのこの軸は地下にまで伸びていた。


 そしてその付け根のところ、フィニィが辿り着いた場所は、ユピの根の下のような空間。たくさんの虫や動物の死骸と、薄緑色のクモの卵があった。


 いくつかは孵化している。外でグウェトを襲っている黒いクモと違い、子供のクモは卵と同じ薄緑の体色で、まだ手のひらにも乗せられる小ささだ。 

 生まれてすぐに死骸を顎でぐちゃぐちゃに潰し、汁を啜っていた。


 きのこは甘い粘液で虫などを誘い、体内のクモを育てる。かわりにクモはきのこを守り、糞や死骸がきのこの栄養源になる。そもそもきのこは地中に巣食っていた大きな黒クモの死骸から生えたものだった。そうやって互いに生み生まれ、生きている。


 鉄の右腕にも三匹張り付いており、子グモたちは歯が立たず不思議がっているようだった。フィニィはそれらを払いのけ右腕を回収した。


 戦えるクモは外に出ている分で全部のようだ。今のうちに脱出して逃げるのがいい。

 

 鞄から黒い杭を出し、フィニィは上へ投げつけた。


 衝撃が一気に抜ける。


 フィニィは最初から浮き薬を自分に塗っている。すぐさま白い菌糸で穴が塞がる前に身をねじ込んだ。


 わずかに地上へ現れた小さな手を鉄の左手が掴んだ。


 グウェトは力任せにフィニィを引き上げた。


 白い菌糸がぶちぶちと切れ、きのこはゆっくりと、後ろに折れた。


 フィニィが辺りを見ると動いているクモがいない。

 あれだけたくさんいたのが皆、切り裂かれていた。ヒダが引っ込んだ地面の上に緑の血の海が広がっている。


 グウェトは肩や足の付け根、胴体の一部まで鉄化が進んでいた。破れた服の隙間から灰黒色の腹が見えた。


「腕を付けろ」


 これまでどおり、フィニィは火の玉で腕を炙りくっつけてやった。


 ついに四肢を取り戻した鉄の王。


 フィニィの仕事は終わり。

 物のついでに赤い粘液と菌糸を瓶に採取しておいた。


「そんなものを採ってどうする。それも魔法薬になるのか?」


 フィニィはわからないと答えた。

 だが魔法使いたちは見たことのない素材をきっと喜ぶはずだ。大変な四日間だったが、良い土産がたくさんできた。


「まさかもう魔法の国に帰る気か」


 当たり前のことをグウェトが訊いた。

 フィニィが頷けば、「まあ待て」と言う。


「手足を取り戻しただけでは城に戻れない。地図を出せ。もう一つ連れていってほしい場所がある」


 依頼主の用事はまだ終わっていなかった。


 もともと、なるべく城に近い森まではグウェトを送ってあげようと思っていたので、フィニィはあまり深く考えず、再びよく注意しながら夜の国を通り、彼の希望の場所へ導いた。

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