左足2
フィニィが夜の森に戻れたのは深夜のことである。
鉄塊を引きずり、息を切らせ、無心に足だけを前に動かしていた。
雪が解けて髪の先からはぽたぽたと雫が落ちる。
全身がだるくまだ雪の中に囚われているかのような感覚だ。
そうして巣穴に帰りつくやフィニィは倒れ込んでしまった。グウェトに左足を付けてやるだけの余力も残っていなかった。
グウェトはその手から無言で左足を取り、火の玉であぶって自らくっつけた。両足が戻ると巣穴の中はさすがに窮屈になる。
子供はうつ伏せですでに寝息を立てていた。ぐったりしている。今回はよほど苦労したらしいことがグウェトにもわかった。
左手を頬に当てると、氷のように冷えていた。
鉄の手足にも熱い冷たいの感覚はある。むしろ人肌だった頃よりも鋭敏に感じ取れている気さえする。
その感覚をもとに彼は自分の四肢のどれがどの禁足地にあるのかを推測することができたのだ。
グウェトは火の玉の入った袋を子供の近くに置いてやった。彼がしてやれるのはそのくらいのことである。
炎を映して不可思議に揺らめく子供の髪の色を眺めていると、改めてこの状況が滑稽に思えてきた。
なんの益があって見知らぬ者にここまで尽くすのか。
へとへとになり、おそらく死にかける目に遭って、最終的に苦労が何に化けると期待しているのだろう。
小さな小さな頭に大人顔負けのはかりごとが秘められているはずもなかろうが、彼は子供が純粋な優しさを持つ存在などとは思わない。
その時、鞄の口から薄ぼけた茶色のネズミが這い出してきた。
見ていると濡れた鼻を左右に振って何かを探し始めた。
熱を発している火の玉のほうへよろよろ歩いていき、じゅっと鼻を焦がしてひっくり返る。起き上がり、今度は火の玉を通り越してグウェトの足にぶつかり鼻を潰す。
それから反対方向へ戻り、やっと子供を見つけてその手の中に収まった。
く、とグウェトは喉で笑う。
「お前の主人は優しいな」
傍にいてやらなければ死んでしまう惨めなネズミ。
要するに自分はそれと同じ扱いを受けているのだと思った。
するとネズミがもぞもぞ動く。
「・・・優しいのではない。寂しいのだ」
寝惚けたような声。だがネズミの鼻先は確かにグウェトへ向けられていた。
「寂しいから傍にいたいのだ。それを優しいと言うのなら、あなたもきっと、寂しいのだ」
グウェトは驚いた。
哲学ネズミはそれ以上語らず眠りに落ちてしまう。
やがてグウェトの赤い瞳がすいと細くなる。
もう笑みは消えている。
残るは右腕。
無防備な夜の子らを見下ろし、男は明日のことへ思惑を巡らせていた。




