左腕2
夕暮れにフィニィはグウェトの待つ巣穴に戻ってきた。
鞄から腕を出して地面に置き、道中に採取した運試しの実をグウェトに食べさせてやる。またお腹が空いているだろうと思った。
「先に腕を付けろ」
赤い実を二つ口に入れられグウェトが訴えた。
だがフィニィは腕の付け方などわからない。
「切り口を火で炙れ」
グウェトの指示に従い、フィニィは溶炉の谷で手に入れた火の玉で左腕の断面を炙る。袋の口を開け少し近づけただけで、真っ赤になった。
それが冷めないうちにグウェトの肘の断面に押し付けた。
鉄どうしが熱で癒着し、しばらくしてフィニィが手を離しても腕は落ちなかった。継ぎ目も溶けてほとんどわからない。
「よくやった」
グウェトは口の中の実を噛み、直後に渋い顔をした。
はずれの実だったらしい。
「獣か何か狩ってこれないか? 菓子では足りん。肉を食わせろ。この際ネズミでも構わん」
肩に這い出てきた哲学ネズミをフィニィは慌ててフードの中に押し戻した。
大人のグウェトには多くの食べ物が必要だ。
哲学ネズミを食べられたくはないので、フィニィは再び出かけ、拳ほどの大きさの果実を鞄にいっぱい詰めて戻ってきた。
薄い殻の隙間にナイフを差し込むと、血が溢れる。
夜の森で採れる肉の実だ。
火の玉で炙ってからグウェトに食べさせた。
殻に詰まった謎の肉にグウェトは何も言わず齧りつく。柔らかく味は良く毒もない。少々不気味なだけで無害なものである。
六つほど食べてグウェトは満足した。
「言えばなんでも取ってくるのだな。しかも驚くほどに速い。溶炉の谷へ一日で行って帰ってくるとは、どうやったのだ。それも魔法か?」
魔法の国の者ではないグウェトは率直に尋ねた。探集者の秘密を暴いてはいけないマナーなど彼は知らない。
フィニィもフィニィで呪われた男にすっかり警戒を解いていたから、素直に夜の国を通って行ったことを教えた。
するとグウェトはわずかに目を瞠った。
「夜の国――魔法の国の者がしきりに訴える夜の王とやらがいる国か。そこから世界中の夜の森へ行けると? お前が夜の子だから入れるのか?」
フィニィは頷いた。
魔法の国ができる以前、人々は夜の王を忘れ果て、ユピの森を夜を生む森などと呼んでいた。だが魔法の国が外交を始めるようになってからは、夜の王やユピの役割についての認識が少しずつ広まってきている。
とはいえ、外国の者にとってはいまだに半信半疑の話である。
「魔法の国の者は、夜の王がユピを傷つけた者に呪いをかけるのだという。お前は夜の王に会ったことがあるのか? お前を夜の子にしたのも、その王なのか」
頷く。フィニィは夜の王としばらく会っていないが、夜の国にいると気配を感じることがよくある。
「夜の王とはどんな者なのだ」
フィニィはだんだん眠くなってきた。
ぼんやりした頭で彼を思い浮かべる。
魔女によく似た美しい顔。光の映らない瞳。一年のうちに老いて若返る。死ぬことがない。陽を砕くほど途方もない力を持っている。だが、悲しみに耐えられず泣いていた。
夜の中で誰かが悲しむと一緒に悲しくなってしまう。
いつも寂しくて、ユピに縋りついている。
「・・・かわいそう」
その言葉だけがぽそりと漏れた。
本当はもっとたくさんの感情が心の中に渦巻いているが、どれもうまく言葉にすることができない。
フィニィは丸まって眠る準備を始めた。
グウェトは付けたばかりの左手で子供の上着の袖をまくった。
袋の口から火の玉の明かりが漏れており、わずかながら視界がきく。右の手首の上の辺りに、彼の握り締めた痣がくっきりと残っていた。
「痛むか」
フィニィはもう目を閉じている。
骨をなぞり、グウェトは折れていないことだけ確かめた。
「・・・悪いがまだまだ頼らせてもらうぞ。明日は【死霊の湖】へ行け。おそらく右足が沈んでいる」




