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フィニィの魔法の国  作者: 日生
三章 鉄の国
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左腕1

 フィニィは昼の国の地名などほとんど知らない。採取中に自分が世界のどこにいるのか把握しようとするようになったのは魔法の国にきてからのことだ。


 ただ魔女に色んな場所を連れ回されたから、それが街など人の作った場所でなければ、よく話を聞くと大体どこのことを言っているのかわからなくもない。


 グウェトの左腕を探してやってきたのは、広く深い大地の亀裂であった。


 地の底のさらに底には火の川が流れている。

 深過ぎてよく陽の届かない暗闇の奥、流動する炎がちらちらと見えた。


 そこから吹き上がってくる熱風だけで顔が焦げそうだ。よって鉄の国の者には溶炉の谷と呼ばれている。辺りに生えている植物などユピしかない。


 グウェトの腕は谷のどこかで引っかかっているのだという。


 もし底まで落ちればフィニィとて溶けてしまう。となればゆっくり下へ落ちていく浮き薬は使いにくい。


 そこで鞄から丸めた羽毛を取り出した。広げると人が乗れるほどの大きさがある。ディングにもらった空飛ぶ羽根だ。気前のいい商会長はたくさんよこしてくれた。


 羽根の上に座り、軸を掴めばすうと浮く。軸を振った方向へ進む。


 フィニィは万が一にも落とさないよう哲学ネズミを鞄の中にしまい、フードをかぶって下りていった。


 熱風は絶えず下から上へ吹き付ける。目を開けているとそれだけで乾くので、羽根を風よけにしながら薄目で腕を探した。


 ひどく喉が渇く。フィニィは片手で清浄の水菓子を掬って口に含む。魔女のくれた燃えることのない服のおかげで熱気はいくらか遮断できているが、隙間から入り込んでくるものは防げない。


 それでも腕は見つからないから、さらに底へ向かっていく。


 上から届く陽の光が少なくなり、辺りは夜明けか日没のように昏い。底の炎がいっそう鮮やかに網膜に焼き付く。


 火の川は何かに攪拌されているようにごぼごぼと音が響いていた。


「――?」


 フィニィの心に不安がよぎった。


 底の光が急に強くなってきたのだ。大量の火の粉が爆ぜ、ある一瞬にフィニィのところまで噴き上がった。


 わずかにかすめた羽根が、それだけで半分まで溶けた。

 フィニィは咄嗟に黒曜石のナイフを振るい、火のついた羽根の端を切り、かろうじて全焼を免れた。


 頭上には燃え盛る巨大な竜が飛んでいた。


 蛇のように長い体にいくつもの羽が生えた姿だ。

 これが火の川に棲まう者。大地の腹中をかき混ぜる者。

 夜の王に比類する古よりの怪物だ。


 竜は目がないくせに明確にフィニィを狙い、突撃する。


 大きな口が視界いっぱいに広がった。

 

 フィニィは羽根の軸を握りしめて急降下し、炎の牙を避けて壁沿いに逃げた。


 竜は宙をのたうちながら追ってくる。

 その尾が壁にぶつかるたびに火の粉が飛び散り、岩をも溶かすのだ。追われる者はほんの少しの油断も許されなかった。


 だがそんな時に、フィニィは見つけてしまった。


 岩壁の隙間からはみ出したユピの根に掴まっている、人間の手。


 人の肌の色はしていない。灰黒色の鉄塊だ。

 亀裂から溢れる熱気にじりじりと焼かれているが、まだ溶けるまでには至っていない。

 

 フィニィは通り過ぎざまに鉄の腕を回収しようとした。それから素早く地上に戻れば逃げられる。

 しかし、いざそうしようとすると、鉄の手はユピの根を握りしめて離さなかった。


 フィニィは上へ逃げられず、羽根からずり落ちた。

 その背中を竜がかすめる。


 一瞬で凄まじい熱量が通り過ぎた。

 フィニィは咄嗟に羽根の軸を放し、鉄の手に全身で掴まっていた。服も鞄も燃えることはない。フィニィが全身で包み込むことでグウェトの腕はどうにか溶けずに残った。


 勢いよく飛んできた竜は遥か頭上へ抜け、まだ戻ってこない。

 フィニィは鞄から急いでもう一つの羽根を出した。

 そこに乗ってから、ユピの根を掴んだままの鉄の手をぺちぺち叩いて早く離せと促す。


 間もなく事態を理解し、手が開いた。

 そして今度はフィニィの右腕に掴まった。


 鉄の手はずしりと重い。

 しかも落ちまいとして強く握り締めるものだからフィニィの細腕は折れてしまいそうだった。


 痛くて熱くて涙が出てきたが、フィニィはきゅっと唇に力を入れて、急降下してくる竜の追撃から逃げ出した。


 強く軸を握るほど羽根は速度を増す。

 上から襲いきた竜を避けた瞬間に一気に上昇。


 だが、すかさず背後から熱風が追い上げてくる。どんどん熱さが増し、燃え盛る牙が無慈悲に迫る。

 足止めする方法などない。全速力で地上へ向かうだけだ。


 フィニィは一度も目を閉じなかった。


 涙が蒸発していくなか、よく距離を測り、地上に飛び出したそのタイミングで素早く舵を右に切った。


 夜の森へ突入した。


 すでに火のついていた羽根は燃え、途中で操作できなくなりフィニィは地面に投げ出された。


 直後に竜がユピに激突し、大量の火の粉となってばらばらに散った。


 降り注ぐ火の粉をフィニィは丸まってやり過ごした。


「――っ」


 震える息を吐き出す。


 顔を上げると、なんの光も見えない。

 フィニィを守ってくれるユピの闇の中だ。


 火の川の竜は、今のが本体というわけではない。もっともっと大きな存在の尻尾の先程度のものが出てきたに過ぎない。


 だが夜の森の中までは追ってこられないのだ。フィニィは安堵し、動悸が収まるまでじっとうずくまっていた。


 そうして落ち着いてくると、右腕の痛みを思い出した。

 鉄の手をぺちぺち叩けば腕から離れた。

 フィニィはそれを鞄の中にしまい、かわりに哲学ネズミを出した。こちらも焦げたり溶けたりしていなかった。


 それからふと背後に目をやった時、地面にまだ残っている火の玉を見つけた。


 手のひらほどの大きさの火だ。燃えているが、何かを燃やしているわけではない。ただただ絶えずにそこに残っている。


 どうやら竜の残骸のようだ。


 フィニィは鞄を漁り、服と同じ耐熱の魔法が施されている黒い革袋を取り出した。もちろん魔女の作ったものだ。

 上から袋をかぶせて火の玉を捕まえた。


 この素材を採るのは初めてのことだ。さすがにここは危険過ぎるため、魔女がフィニィにお使いを頼むことはなかったのだ。

 アクウェイルか誰かに持っていってやれば喜ぶかもしれない。


 だが、今はひとりぼっちで待っているグウェトを助けてやることが先決である。


 フィニィは袋をしまい、哲学ネズミをフードの中に戻し、きた道を戻っていった。

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