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フィニィの魔法の国  作者: 日生
三章 鉄の国
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落ちていたもの2

 とある山の中腹。内部に赤い光を閉じ込めた透明な岩がある。


 今まさに夕陽を取り込み、中の光が少しずつ肥大していく。


 フィニィはその大岩の周辺にちらばっている小さな夕陽石を拾い集めた。


 まだ春になったばかりで、山頂には雪が残っている。陽が落ちてくると寒さが増す。

 フィニィは石を三つ拾って斜面を駆け下りていった。


 麓には若葉の生えた通常の森があり、その奥に夜の森が広がる。


 緑の森の中には山道の痕跡がある。

 夜の森の侵食が進み今ではあまり使われていないのだろう。ところどころ道に横木が張り出し倒木が塞いでいる。だがフィニィには歩きやすく便利であった。


 道は崖沿いにできている。

 一歩外れれば深い深い谷に落ちる。谷底からは川の流れる音が響いていた。


 フィニィは歩きながら、なんとはなしに谷を覗き込んだ。陽が落ちはじめ昼の子の目であればもうほとんど何も見えないが、夜の子の目ではむしろ暗がりのほうが鮮明に見える。


 谷底に白っぽい何かがあった。


 気になってフィニィは崖を下りていく。


 白っぽいものは川の中の岩の間に挟まっていた。近づいてみればそれは、両手足のない人の体だった。


「誰だ」


 うつ伏せになっているそれが喋った。岩に下りたフィニィの足音が聞こえたのだ。


 生きている。

 岩の隙間から引き抜いてやると、赤く鋭い瞳が薄闇に浮かぶフィニィを捉えた。


 腕は肘まで、足は膝までしかない男は力なく笑った。


「夜の者か?」


 そう訊くのであれば男は昼の子なのだろう。


 顏は青ざめ、あちこちに傷がある。灰をかぶったような色の髪の一部が血で固まっていた。なのに意識のはっきりしていることが不思議なくらいであった。


 いずれにせよ、このままでは死ぬ。


「・・・何者でもいい。私を助けろ」


 懇願ではなかった。命令だ。


 フィニィは浮き薬を男の額にひと塗りし、川から引き上げた。


「森の中に・・・誰にも見つからないところへ」


 フィニィは少し考え、男を抱えて崖を登り、緑の森に入り、ここへきた時に見つけた獣の古い巣穴にもぐった。


 奥のほうはいくらか広く、フィニィは男を壁に立てかけた。


 長く川の中にあった体は氷のように冷たい。だが温めようにも穴の中で火は焚けない。


 フィニィは真っ赤な飴の詰まった瓶を出し、一つ男の口にいれた。発火の実(キッチ)を材料にして作ったその魔法薬は舐めている間、体に熱を与えてくれる。味も甘くておいしい。

 フィニィが出先で寒い思いをしないようにスタラナが持たせたものだ。


 溶けた飴が胃に流れ、そこから温まってくると、男は安堵した。

 そのうち寝てしまった。


 フィニィは清浄の水菓子の膜を破り、中の青いゼリーを男の傷口に塗ってやった。


 頭や胴体の服の破れたところに細かい傷、打撲の痕がある。

 しかし、いちばん大きな傷口であるはずの両腕と両足の切断面は、灰黒色の何かで塞がれていた。


 爪でつついてみると、硬い。

 腕と足だけは血肉のかわりに金属が詰まっている。

 ここが塞がっていなければ、フィニィが見つけた時点で男は全身の血が流れ出て死んでいた。


 男は何者なのだろう。


 暗闇の中、フィニィはやつれた寝顔をじっと見つめていた。



 ☾



 世界が朝を迎えると、巣穴の入り口から光が差し、昼の子の目でもうっすら見える程度に明るくなった。


 男が目を覚ました時、傍に小さな子供が丸まって寝ていた。その手の中で茶色い毛のネズミが人のように唸っている。


 男は声をかけずにいたが、視線を感じてフィニィは起きた。結局、男を捨て置けず夜を明かしてしまった。


 フィニィは鞄から菓子の袋を出した。ミルカにもらったクッキー、キーラに持たされた揚げパンなど、いろいろ入っている。

 まず清浄の水菓子に浸けてパンをふやかし、男の口元にもっていくと、男は躊躇なく齧り付いた。


 健康的な歯が生えそろっており、与えたら与えただけ食べる。厩の男とはだいぶ違う。生きる力と意思に溢れていた。


 あっという間に菓子袋の中身がなくなった。フィニィはクッキーをひと欠片だけ残しておいて、そちらは哲学ネズミにくれてやった。ネズミはカリカリと前歯で囓る。


「名はあるのか」


 食べ終えた男がフィニィに尋ねた。

 素直に名乗るとさらに問いが続いた。


「お前は魔法の国の者か?」


 フィニィが頷く前から男は確信していた。子供が貴重な魔法薬をいくつも持っているからだ。


「ここへ何をしにきた」


 鞄から夕陽石を出し、フィニィはこれを採りにきたのだと答えた。それは何かとまた男が訊くので、魔法薬の材料だと教えてやる。


「もしや、お前は探集者というやつか? 好んで化け物どもの巣窟に入り魔法薬の材料を集めるとかいう。そういう者か」


 フィニィは自分で探集者だと名乗ったことはないが、やっていることは同じなので頷いた。


「一人なのか」


 フィニィは哲学ネズミを掲げた。二人という意味だ。顔に近づけられると男にもネズミのぼそぼそした独り言が聞こえる。


「・・・命は尊いものだと誰かが言った。美しい思想、私の生きる道を決めてくれた。だが――尊い命は私を罵倒し鞭打った。愛に唾を吐きかけ踏みにじった。それでも、ああ、彼らは尊いものなのだ。罪なく生まれてきた子らなのだ。そう信じねば、私は、彼らを殺し尽くしても憎しみがおさまらない」


「そんなものは気がおさまるまで殺すがよかろう」


 男は哲学ネズミのうわごとに返事した。


「私はい者でありたかった。咎人にはなりたくなかった」


「では善い者を全員殺し、最後に罪を裁く者を殺せ。そうすればお前は唯一の罪なき善い者だ。ネズミの善悪を判ずる者がいるのかは知らんが」


 自分で言ってくつくつ笑っていた。昨夜より元気が出てきたようである。


 フィニィは金属に覆われた男の腕の断面を指し、痛くないのか尋ねた。

 すると男は「痛みなどない」と言う。


「夜に呪われた【鉄の国】の王を知らないのか?」


 首を傾げる子供とネズミに、男は己のことを語った。




 ☾




 その国は世界で最初に製鉄を行った。そう言い伝えられているために鉄の国と呼ばれる。

 彼らは魔法を使わないが、魔法のように見事な冶金技術を有していた。


 そんな彼らにとって大事な資源とは鉱石と木材。どちらも大量に必要だった。


 よって夜の森は非常に有害だ。ユピの木は切ることも燃やすこともできない。健全な森林を侵し時には鉱山までの道を塞ぐ。鉄の国の王はそれが我慢ならなかった。


 何代目かの王がユピの伐採を決意した。

 ユピを切れば夜の呪いを受けると、知っていたが構わなかった。


 王命を受けて木を切った者たちは、斧を振るうそばから体が鉄に変質した。手足から徐々に侵され、心臓まで変質すると死んだ。


 しかし王は伐採を続行した。鉄になった者のかわりに新たに人を投入しユピを切らせ続けた。


 そして、そんな王も無事では済まなかった。ある日、誰かが城にユピの丸太を届け、断面から不思議な金色の光を放つそれに思わず王が触れてしまった時、夜の呪いが彼にもかかった。


 体が徐々に鉄に変わっていく呪い。


 それでも果敢な王は夜の脅しに屈しなかった。一方で周囲の者は限界を迎えた。


 夜を恐れるあまりに自らの王を憎み、ついに、まだ肉として残っていた王の心臓を突き刺して殺した。とどめを刺したのは家臣の期待を受けた王の息子であった。


 ユピの伐採は中止され、これで呪いの連鎖に終止符が打たれた――かに思われたが、夜はまったく生易しいものではなかった。


 呪いは次の王に()()()()


 王の息子が即位した途端に手足の鉄化が始まった。


 以来、鉄の国の王は代々非業の死を遂げている。その異形を恐れる者に殺されることは何度もあった。運良く生き残っても全身鉄に変じて死んだ。


 誰が王位に就いても同じ。夜の呪いは続いている。


 そして今代が、フィニィの目の前にいる四肢を失くしたこのグウェトという男なのだった。


「遠征の中途であった。最も信用していた者らに裏切られた」


 フィニィが夕陽石を採取していた場所は、鉄の国の北東の国境に程近い。


 この道を征くことを提案したのは家臣たちである。


 グウェトは野営中に襲われた。先に彼の護衛が腕を切った。肘から先が鉄に変じていて切れなかったため肘のところで切った。


 足も同じだ。逃げられないよう膝から切り落とした。しかし。


「便利なことに、私の手足は切られても動かせたのだ」


 その時にグウェトも初めて気づいたのだから、周りの者は当然知らなかった。


 彼らが恐れおののいている隙に彼は逃げた。切り口はすぐ鉄に変じて固まったため、短い手足を駆ってどうにか逃げた。だが暗がりで何も見えず、谷に落ち、そこで川の水を飲みながら幾日も過ごしていた。


「私を探している者らがいるだろう。そろそろ諦めたかもわからんが。ここにいれば見つかることはあるまい。だが居続けるわけにはいかん。私は城へ戻らねばならない。そのために手足が必要だ」


 手足は裏切り者たちに回収されたという。直接見てはいないが、そういう感触がしたのだという。


「手足のみなれど、それなりに抵抗してやった。すると奴らはわざわざ四箇所に分け手足を捨てにいったようだ。まとめて運ぶのは恐ろしかったのだろう。場所は、おそらく、化け物の巣窟」


 そこでグウェトはフィニィを見つめた。


「私の手足を取ってきてくれんか。誰にも言わず、お前一人でだ。できるか」


 フィニィはなんとも答えられなかった。

 魔法の素材を取ってこいというなら、できるできないと言える。だが人の手足を取りにいったことなどない。

 ひとまず鞄から地図を出し、手足はどこにあるのかグウェトに尋ねた。


 夜を恐れる家臣たちは、本体を離れなお暴れる手足を城に持ち帰ることなどできない。だがその辺に捨て誰かに危害が及ぶことがあってもいけない。


 同じところにまとめて捨てるのは怖い。そもそも動くのだから本体のもとへ這っていくかもしれない。

 あるいは本体が手足を取り戻しにくるかもしれない。王が四肢を取り戻せば彼らは終わる。


 なるべく遠くへ。誰の手も届かぬところへ。化け物は化け物に処理させる。


 グウェトには家臣らの考えが手に取るようにわかっていた。


「我が国には古くから禁足地となっている場所が四つある。最初は【溶炉の谷】へ行け。そこに私の左腕がある」

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