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フィニィの魔法の国  作者: 日生
三章 鉄の国
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落ちていたもの1

 慟哭が聞こえる。


 それは、たとえば大きな金属の器の底で叫んでいるかのような、幾重にも反響した声だった。


 闇の中、一人なのか大勢いるのかもよくわからない。

 音の波紋はフィニィの体に入り込み、そこでさらに反響し、まるで自分の底でも小さな誰かが喚いているように感じられた。


 あまりにも可哀想で、頭をなでてやりたいと思うのに、体の中にいるものだからうまくゆかない。


 フィニィができるのは、せめてその誰かが安心して泣けるよう、怖いものから隠してやることくらい。

 そこで死んでしまうのなら、最期まで見守ろう。


 夜の底に流れる涙を飲み込み、フィニィは目を開けた。


 枕元で哲学ネズミが唸っていた。洞窟の中には岩壁のぼんやりとした優しい光が満ちている。


 ベッドから起き上がってフィニィは一つあくびした。


 今はもぬけの殻になっている夜の森の洞窟。少し横になるだけのつもりが、いつの間にか寝入っていたのだ。


 魔女の大釜のあった場所の傍には、細い枝に残り一つの青い果実をつけた木が立っている。


 いろいろあってフィニィは清浄の水菓子をもう二つ使ってしまった。本当は最後の一つを取りにきたのだが、魔女がフィニィのために作ってくれた魔法薬を使いきってしまうのは、とても寂しい気持ちになる。いずれは使うにせよ、やはりまだ残しておきたいと思った。


 材料は覚えているため新しく作れないことはない。フィニィは哲学ネズミをフードに放り込み、まずはツタの卵を採りにいった。水溜まりの女(ラクスラ)の水は小瓶一つ分残っている。


 ゼリー状の膜に包まれたひと抱えほどもある大きな卵を一つは肩かけ鞄にいれ、もう一つは手に持って、フィニィは魔法の国の黒い塔へ行った。


 森の外は昼だった。塔の中にはぽつんと鉄の大釜がある。魔法の国をつくる時、魔女が洞窟に戻るのを面倒がってここに釜を置いたのだ。それがそのまま残されている。


 魔女の魔法薬を作るなら魔女の釜を使うのがいいと思った。

 だが問題があった。塔の中には踏み台がなく、フィニィの背丈では釜の口まで届かない。


 投げ入れようか、よじ登ろうか、迷っていると塔の入り口に人影が立った。


「フィニィ。ここにいたのか」


 体の左半分に木の根を巻き付けている大臣のルジェクだ。普段は入り口を塞いでいる蔓が開いているのを見つけ、やってきたのである。


「何をしてるの?」


 フィニィは清浄の水菓子を作ってほしいとルジェクに頼んだ。人に作ってもらえるのならそのほうがよかった。


「いいよ」


 ルジェクは左腕に巻き付いている木の根を柄杓のような形にめきめきと変形させ、材料をいれて釜の中をかき混ぜた。


「自分で魔法薬を作ってみないの?」


 フィニィは首を傾げた。


 できるかもしれないが、できないかもしれない。いまだにやったことがなかった。


「探集者でも出先で魔法薬を調合する人がいるらしいよ。フィニィもできたら便利なんじゃ――うん? ああ釜は持っているんだね」


 すかさず魔法学校でチェラにもらった携帯用の調合釜をフィニィが見せ、少し卵の粘液がついているそれをルジェクは右手で触った。


「いいものだね。馬の民は伝統的に小さな壺を持ち歩くらしいが、やっぱり魔法の調合をするなら鉄釜がいい。鉄には魔法を遮断して閉じ込める力がある。だから鉄は魔法薬の素材として使えない。他にも金属はたくさんあるのにね、鉄だけがそういう力を持っている。昔、このことに気づいた国が全身鉄の鎧を兵士に着せて魔法の国に攻めてきたことなんかもあったんだよ」


 歴代の大臣たちの記憶を受け継いでいるルジェクはきのうのことのように思い出せる。


 攻め込まれた魔法の国は無事だったのかといえば、結果的に特に問題はなかった。


「鉄は重い。そんなもので全身を覆っていたら思うようには動けない。彼らは水に沈んでしまったよ。鉄の中に人間を閉じ込めたって意味がないんだ。魔法を閉じ込めるのならまだしもね。もっとも、夜の魔法は鉄さえも侵してしまうけれど」


 本当に厄介なんだ、とルジェクはぼやいていた。


 やがて釜の中がよく混ざった頃、息を吹き込む。


「冷徹を一匙」


 バチバチと勢いよく青い光の粒が弾ける。


 ルジェクが釜をかき混ぜていた左手で底から赤い細木を引き抜いた。


 釜の横に置けば自立する。清浄の果実が二つ成っていた。


 ルジェクは一つもいでフィニィに渡した。


 それから空き瓶はあるかと尋ね、フィニィが渡したものに大釜の中の黒い水を詰めて返した。


「いざという時のために持っていて。踏み台と柄杓を用意しておくから、この大釜はいつでも好きに使うといいよ」


 フィニィは頷いて、水菓子と黒い瓶を鞄へ大事にしまい、塔を出た。




 それから特に理由はなく街の北のほうを駆けていき、魔法学校の前を通りかかった。


 まだ授業中なのだろう。


 広大な庭で生徒たちが魔法薬づくりの練習に使う素材を採取しており、たまたまそこに白い羽毛の生えた鳥の子もいた。


「フィニィ!」


 ピアもフィニィを見つけると駆けてきて、なぜか木の陰に連れ込む。そこでひそひそと話す。


「ねね、夕陽石レレントとってこれる?」


 フィニィは二度瞬きし、これる、と答えた。


「じゃ、お願いお願い! 先生に自分で考えた魔法薬をつくりなさいって宿題出されてさ、学校の庭でとれるもので作れってゆーんだけど、みんなとおんなじ材料使ってたらおんなじものしかできないでしょ。ピアはそれつまんないと思う。先生をびっくりさせてやるんだよ。フィニィだったらすぐとってこれるよね? ね?」


 宿題の提出は明後日なのだという。


 フィニィは、いいよと答えた。今日中にも取ってくることができる。


「やった! ぜったいおもしろい魔法見せたげるっ」


 そう言われてフィニィはわくわくした。


 学校で勉強し、ピアはもう失敗ばかりの魔法使いではなくなりつつある。


 フィニィは夜の森から出てきたばかりだったが、すぐさまきた道を取って返した。

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