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フィニィの魔法の国  作者: 日生
二章 魔法の国
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三人の大臣1

 何日か前からフィニィは違和感を覚え始めた。


 昼も夜も街の空気がそわそわしている。道行く人が日に日に増えていく気がする。家々の壁に飾りが施され、いつもは市場の辺りに並ぶ屋台が街の端までどんどん広がっていく。


 そして今日は朝から大勢の人で賑わっていた。


「――?」


 城壁の外、今朝も兵士の骸に花を供えていたフィニィは、騒ぎの聞こえるほうを振り返った。


 風に吹かれた花人が跳ねながら転がってきて、佇むフィニィの頬をむにむにとする。

 心地よい手にフィニィはおとなしくなでられていた。


 やがてすべての兵士に花を供え終えた後、城壁に戻るとゼノが一人地面に寝そべっていた。


 フィニィはその尻尾の上に頭を置いた。


「・・・祭りに行かねえのか」


 ややあって、青い毛の生えた尾の先がフィニィをぺしりと叩いた。

 フィニィはそれを捕まえ、祭りとは何か尋ねた。


「・・・夜の森で祭りはやらねえか。それもそうだ」


 今日は年に一度の魔法の国の祭日。


 たくさんの露店が並び、他国の行商や見物客が訪れ、大道芸や魔法のパフォーマンス等の催しもある。

 朝から夜までずっと人々が騒ぎ続ける、冬の前の一大イベントであった。


 ゼノの話を聞きフィニィもやや興味を惹かれた。しかし人の多いのが少し怖い。


 夜の子が交ざっても平気なのか、確認するとゼノは大きなあくびを一つした。


「一緒に行ってやるか?」


 フィニィはぱっと起き上がった。ゼノもゆっくり上体を起こす。


「ただし昼までだ」


 夕方には彼の通常業務がある。


 それでもフィニィは構わなかった。念のためフードをかぶり、哲学ネズミを肩に乗せ、ゼノのズボンを掴み付いていった。花人もその後ろを転がっていった。


 街の上空には着飾られたたくさんのピューイが泳ぐ。


 また大きなシャボン玉があちこちに浮いており、割ると中から飴が出てきた。子供や若者たちが歩きながら割って遊んでいた。


 道には屋台の他、簡易な三角テントの露店が道の左右に並んでいる。それは他国の行商であったり、魔法の国に工房を構える魔法使いの出店であったりした。


 外の国では魔法薬がそう簡単には手に入らない。輸出されている魔法薬は決して世界中に行き渡るほどの数ではない上、魔法使いの多くが魔法の国の内に留まっているためだ。魔法薬の販売に規制をかけている国もまだ多い。


 それがこの祭りにくれば一度に様々な魔法薬を見て、好きに購入することができるのだ。

 時々視界の端が光ったり、爆発音がしたり、人が空に浮かび上がったりしているのは魔法薬の実演風景である。


 立ち止まったり走ったり転んだり、色んな人間が多くて道をうまく転がれなかった花人は、家々の屋根に飛び乗り一足先にどこかへ行ってしまった。


 フィニィも人混みの中をうまく歩けない。するとゼノが肩車をしてくれた。

 視界が一気に広がり通行人のつむじが足元に見え、フィニィはわくわくした。


「おっ、フィニちゃーん!」


 ある屋台の前で目隠しをした男が手を振っていた。

 腰にエプロンを巻いたバジーである。


「なんやフィニちゃん大きなったなあ? お祭り楽しんどる? 今日のバジー兄やんはお菓子屋さんやで。なんぼでも食べてってー」


 アクルタ商会も街のあちこちに色んな屋台を出している。

 バジーは一口大のケーキを串に刺したものをよこした。粉砂糖がたくさんまぶされており、フィニィと哲学ネズミが食べ始めるとゼノの頭や肩にぽろぽろ落ちた。


「おい。食いカス零してねえか?」


「竜の兄やんも食べてってや。毎日国を守ってくれてありがとうな」


 バジーは初対面であったが、不死身の呪われた兵士に生身で突貫する傭兵は有名人だ。


 目隠しをした男をゼノは奇妙に思いつつ、串を受け取るかわりにポケットから銀貨二枚を出して渡した。


 店では代金を払わなければならない。レトの教えを思い出したフィニィは鞄の中から銀貨の入った小袋を出した。


 しかしバジーは受け取らなかった。


「フィニちゃんはええよ。【王の子歓迎祭】の間は、なにを食べても飲んでも子供はぜーんぶタダ。財布はしまっとき。普通の日でも財布まるごと人に渡したらいけんよ」


 フィニィは首を傾げた。


 この祭りは、今は魔法の国にいないという王の子のための祭りであるらしい。


 王の子が現れたのか、尋ねるとそうではないという。


「みんなでおもしろおかしく騒ぎまくって王の子を呼び寄せようって祭りなんよ。楽しそうにしとる人が大勢おったら気になるやろ? けど俺らは王の子の顔を知らんけ、王の子が祭りに交ざっとってもええように子供からは金取らんようにしとるんよ。フィニちゃんも今日はおとなしくせんでめいっぱい騒いでな。王の子に国がここにあることを知らせたって」


 おかしなことを言う。まるで王の子がそもそも魔法の国の存在を知らないかのようだ。


 国民の誰もその姿を見たことがなく、自国の存在すら知らない王の子供などいるだろうか。


 雲の上の遙かな存在だと思っていた人物のことがフィニィはようやく気になり始めた。


「フィニィ!」


 屋台を回り、しばらく歩いた後、今度はピアが人ごみの隙間から現れた。


「いいなぁ、ピアも乗せてピアも!」


「あ?」


 腰のあたりで跳ねるふわふわの頭に逡巡したゼノだったが、すぐさま上体をひねり、背後から近づいてきた少年二人を掴み上げた。


「うわっ!?」


「おしい!」


「惜しくねえよ。小鬼どもめ。懲りずに湧きやがって」


 黒髪と焦げ茶色の髪の二人の少年、ヤロとクスティはまたしても鱗を剥がすことができなかった。


「あーあ、だめだった」


 無邪気を装い肩車を求めていたピアも共犯である。


 さらに同じクラスのベネッタとリリーの二人の少女もひょっこりどこからともなく現れた。


「気配消しの魔法、いまいちだなあ。やっぱり銀蝶の鱗粉がほしい」


「だ、だからやめようって言ったのに。ぜったい寝てるときのほうがいいってばぁ」


 少女たちも共犯だ。

 魔法学校のある意味勉強熱心な彼らは、鱗の民の鱗が魔法の材料になるか確かめるため、これまで幾度かゼノの寝込みを襲っている。


 そして今日も皆で祭りを回っていたところ、偶然ゼノを見つけて奇襲を仕掛けてみたのだった。


 いい加減、ゼノは辟易している。


「何度きても無駄だ。あきらめろ」


「ケチ! ウロコの一枚くらいくれたっていいじゃんか!」


「だったらお前は生爪一枚くれって言われたらくれてやるのかよ。やらねえだろ。そういうことだ馬鹿」


「今だ全員でかかれ!」


「おい話聞けコラ」


 子供らはゼノの尻尾に取りつき、上下に振られて楽しんでいた。

 どちらかといえば、本当に鱗が欲しいというよりは遊びたい欲求のほうが強い。フィニィも尻尾に持ち上げられる楽しさは知っている。


 結局、ゼノは子供らの遊具にされてしまった。



『――子供たちっ、集合じゃああっ!!』


 そんな時に突如、雷鳴のごとき号令が響いた。


 誰もが咄嗟に空を仰いだが、そこにいるのは優雅に空を泳ぐピューイやシャボン玉。

 声は地上で生まれ空を伝って響いたもの。


「始まった!」


 尻尾に取りついていた子供らは一斉に走り出した。祭りが初めてのピアとフィニィだけが状況を掴めていなかった。


「なになに? だれ?」


「大臣だ。またうるせえのが出やがった」


 内心面倒であったが、子供らが興味を持ったのでゼノは仕方なくフィニィとピアを北の広場まで運んでいった。


 魔法学校の程近く。そこには獣の骨を左右にうず高く積んだ謎のステージが設けられ、十も半ばの少女のように華奢な人物が立っていた。


「ほんとだ、大臣だっ」


 ピアには見覚えがあった。

 師匠とこの国にきた時、工房を開く許可を下したのがこの少女のような大臣なのだった。


 肩の上で揺れる黒髪の、その裏は赤や青や緑や黄色、様々な色に染められており、目元には星のペイント。右手の爪も全指違う色で塗っている。

 

 また彼女の背骨からは左右に二本、緩く弧を描く骨が伸びており、さらにそこからのれんのように細かい骨がぶら下がっていた。


 まるで骨の翼。それらの骨も一本一本がカラフルに塗られ目に痛いくらいだ。彼女が動けば垂れた骨どうしがぶつかり、からからと鳴る。


 さらに半袖の服から出ている左手、短いキュロットから伸びる右足も骨だった。筋肉がないのに不思議と関節が繋がり指の先まで滑らかに動かせている。


 そしてカラフルな彼女の背後には、いつかの日にアクウェイル邸で見かけた、クリスタルのように透明な女の上半身が浮いていた。


 あの時の頭と腕に木の根が絡んだ青年と同じ。

 女の二本の剣の形をした両腕の先は、骨の翼を持つ彼女の首にも添えられていた。


 フィニィはゼノに透明な女の正体を訊いた。

 ゼノはあれが【裁定人】だと教えてくれた。


「魔法の国の三人の大臣全員に付いてる。【王の耳】だったか? 大臣がなんか悪ぃことしたら首を切るためにいるんだと。まともに仕事してる間は強力な護衛になるって話だが。――お前の仲間なんじゃねえのか? あいつも夜の子だぞ」


 魔法の国の王から与えられた役割のある存在。王の意思の実行者。

 花人や守り人、処刑人と同じ存在である。


 裁定人の両腕の剣は表面に虹色の光が揺らめいている。


 どこか見たことのあるような光だった。


「やっほー子供たち! ポケットいっぱいお菓子は詰めてきた?」


 広場に人が集まってくると、ステージの彼女が喋り出した。


「明日の朝まで騒ぐ準備は万端? オーケーオーケー。ではでは歌って踊れる魔法の大臣、スタラナちゃんと騒ぎ狂おうぜっ!」


 彼女、スタラナはポーチから瓶を出し、中の青白い粉を右の手のひらにあけ、


「狂乱を一匙」


 息を吹きかけた。


 粉がステージ上を覆うほどに広がると、そこに積まれていた獣の骨が動き出した。


 シカ、ウサギ、クマ、キツネ、アナグマ、イノシシ、リス、カワウソ、ウマ――それらが自在に宙を飛び自らの骨を打ち鳴らす。


 なぜか太鼓のような音がしたり、弦をひくような音がする。甲高い声で歌うウマの頭蓋骨などもあった。


「叩け! 鳴らせ! 夜の国まで響かせろ! 早く早く早く! まだ陽の半分あるうちに!」


 スタラナは骨の翼を広げ、湖の踊り子(アッハ)のように空中を蹴って回り、歌だか叫びだかわからない声を張り上げていた。そこへ骨の獣たちの歌が覆いかぶさる。

 

 子供らも転がっていた何かの骨を掴んで飛び跳ねながら打ち合わせる。


 色んな音があちこちから響いてフィニィは目が回りそうだった。


 するとその斜め上から明るい声がした。


「あー! なんかでっかいのいると思ったらゼノゼノじゃーん! いつの間に子供つくったの? キミ、自分を殺せる相手にしか興味ないのかと思ってたぁ」


 宙でコウモリのように逆さになったスタラナに見つかった。


 ゼノはまともに相手をするのも面倒で溜め息だけ吐いた。


「うそうそ。キミの子じゃないよね。尻尾にくっついてる子は、確かピアだったね。学校に入ったんだってね? イーデンから聞いてるよ。工房続けるって言った時にはちょっと心配したんだぜ? 自分で最適な道を見つけてくれてよかったよかった」


 一人で喋って頷いていた。


 スタラナは魔法に関する全般を担当している大臣だ。魔法学校の運営や、魔法使いたちの管理、呪われた兵士の対応がおもな仕事。


 つまりはピアの学校の校長であり、ゼノの上司であった。


「肩に乗せてる子は――?」


 続けてフードをかぶっているフィニィを正面に回って覗き込んだ。

 全身カラフルな大臣の瞳は赤と紫がまじった朝焼けのような色をしていた。


 今のフィニィは、スタラナが夜の子の()()()()だとすぐに気づけた。

 骨が生まれつき露出している民族などではない。半分夜に侵され肉体が変質した者だ。


「・・・キミ、夜の目をしてるね?」


 スタラナも同じく気づいた。

 すると彼女の後ろに浮かんでいる裁定人が閉じていた目を開けた。


 透明な瞳でまっすぐにフィニィを見た。


「っ!」


 ゼノが咄嗟に後ろに跳んだ。


 スタラナはきょとんとしていた。


「どったの?」


「裁定人が目を開けたぞ」


「ま?」


 スタラナは確かめようとしたが、首の後ろにぴたりと付いている相手の顔はどうやっても見えない。

 裁定人はすでに目を閉じていた。


 普段よほどのことがなければ裁定人は目を開けない。それはたとえば大臣を処断する時などである。

 しかしスタラナは何もまずいことをしていない。首も繋がっている。

 ならば《よほどのこと》は他にあったのだ。


「・・・キミのこと教えて」


 浮かれた大臣はすっかり真顔になって子供に詰め寄った。

 その様子が少し怖くてフィニィは口をつぐんだ。


 だから再び空に響いた声に先を越された。


『命知らずの探集者(アクルタ)ども! 用意ができたぞ! 集合だ!』


 今度は野太い男の声だ。

 堂々と草原の果てまで響き渡る。


 途端に骨の隙間を抜け猛スピードで飛んできた紙の蝶が、フィニィのフードにとまった。


『フィニィ仕事だ! 時はきた! 星の花(アンテ・ルフ)を取ってこい!』


 アンテ、という名にフィニィは驚いた。


 それは聞いたことのない素材だった。


『一年に一度、夜の森のどこかに一日だけ生える幻の花だ。絶対に取ってこい! 他の探集者どもに渡すな! わかったな!? 聞いてるか!?』


 アクウェイルは必死だった。

 彼は今日という日をずっと待ちわびていたのだ。

 星の花を得られればやっと作りたい魔法の材料がそろう。


「・・・キミ、探集者やってるの?」


 先ほどより顔を離してスタラナが尋ねた。

 

 フィニィが頷くと、「そっか」と笑みを灯した。


「それなら話は後にしとく。どんな願いでも叶う星の花、私たちの王がくれたプレゼント。歓迎祭の今日しか手に入らないものだもんね。今日だけ特別、探集者は夜の森に入っていいんだぜ? 争奪戦になるけどがんばって。終わったらまた話をさせてね、フィニィ」


 スタラナはそのまま夜の森の方向へ宙を駆けていった。


 蝶も『早く行け!』と急かしてくる。


「どんな願いも叶う花? ほんとに? いいないいな、ピアもほしいなっ。フィニィ、ピアの分も取ってきてっ」


 フィニィは目を瞬いた。


 どんな願いでも叶う、それはフィニィの魔女に会いたいという願いも含まれるだろうか。


 (アンテ)の名を持つ花。夜の森に一日だけ生える特別な花。


 期待が膨らんでゆく。


「行くのか?」


 ゼノに頷いた。


 肩車から下ろしてもらい、全速力で夜の森に向かった。

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