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フィニィの魔法の国  作者: 日生
二章 魔法の国
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新米魔法使い2

 海のように広大な湖の上で、青い衣をまとった踊り子(アッハ)たちが舞っていた。


 星々の輝く夜である。


 フィニィは気配を隠す銀蝶の粉をふりかけ、靴底に海蛙(リョトン)の油を塗った。それで湖の上に一歩踏み出すと、水面を歩くことができた。


 アッハたちは身を低くして近づく子供に気づかず夢中で踊っている。なびく青い衣が羽のようで、空に向かって揺らめく髪は蝋燭の火のようだった。


 湖面に立つとそれまで聞こえなかった軽快な音楽が聞こえた。手足をむやみにバタバタしたくなるようなリズムがある。湖の底でアッハの仲間が演奏しているのだ。


 うっかり見つかればアッハたちは怒って侵入者を湖に引きずり込む。機嫌がよければ歓迎し死ぬまで踊りに付き合わせる。


 フィニィは音を立てないよう、慎重に一人のアッハの傍で小瓶を構えた。


 長い衣の先が瓶の口に触れると、そこから滴る青い汗が中に入った。彼女の踊りに合わせて瓶を動かし、やっと一杯溜めた。


 念のためフィニィは二瓶分溜めて、帰りも足音を潜め彼女らの邪魔をしないようにこっそりと去った。


 ちょうどこの辺りには逆さ頭(グヴィン)もいる。フィニィは湖の近くの森に入り、木のうろの中を探した。


 すると三本目でうろに逆さまに詰まった老爺の頭を見つけた。


 だがタイミング悪くうっかり目が合ってしまった。


 老爺の頭が木に吸い込まれて消えてしまう。


 近くを探すと、別の木のうろの中にいた。だがまた目が合って逃げてしまう。さっきの木のほうを覗けばまたそこにいた。この近くには大きなうろのある古木が他にないのだ。


 フィニィは少し考えて、哲学ネズミを一つのうろの前に置いた。


 そして老爺の頭が逃げたうろのほうへ行く。フィニィを見て頭は再び逃げたが、そちらで哲学ネズミが寝ぼけていたためすぐ戻ってきた。

 ナイフを持って待ち構えていたフィニィはすかさずその髪を掴んで先だけ切り取った。


 若葉の色をした髪で、切った後も手の中でぴちぴち動く。フィニィは逃がさないように瓶の中に詰めてコルクの蓋をした。


 夕陽石はいちばんはじめに取った。朝陽があたらず夕方だけ光のあたる山の麓にあった。残るは雷吐き(ティトゥ)の冠である。


 フィニィが夜の国を通って移動した先は、常に霧が覆っている谷だった。


 フィニィは夜ならば見えるのだが、その場所はすでに朝で、光が霧の中に散乱しうまく目が利かなかった。

 通常なら夜を選んで採取にくるもののピアに急いでと言われたのだから仕方がない。


 身を屈め、よく音を聞き、手探りで谷底を進んだ。


 ある時に黒い影が見えた。

 止まってじっと観察する。岩影とは違って揺らいでいた。


 黒いぼろぼろの衣服を引きずって歩く人影。顔の下半分には豊かな黒い髭が生え、平たい頭に金色の王冠のようなトサカを生やしている。

 飛び出した眼球が同じくフィニィを捉えた。


 がぱりと開いた口の中にさらに嘴があった。


 それをカチカチ打ち鳴らし、金色の雷を吐いた。雷は洪水のようにフィニィに襲いかかった。


 フィニィは咄嗟に跳んだ。浮き薬を手の甲に塗っておいたためひと蹴りでその場から離脱する。


 ティトゥの雷は閃光ではない。


 吐瀉物のように地面に残り、周囲に雷撃を放ち続ける。次々と自分の周りに雷を吐いて敵を近寄らせなかった。


 フィニィは谷の上まで逃れていったん様子を見ることにした。


 ティトゥはそんなに速く動けない。常に足を引きずっている。居場所は大体わかったので、雷の音が収まった頃にそろりと下りていった。


 揺らぐ影が見えたところで、その前方に石を投げる。あまり視界が利かないのはティトゥも同じ。石が落ちたほうへ反応し、雷撃を吐いた。


 フィニィは崖を蹴ってティトゥの背中に飛びついた。


 金色の冠は素手でぷつりと外れる。血も出ない。


 奪ってすぐさま逃げた。雷撃が追ってきたが逃げきれた。


 やや無茶をして心臓がどきどきした。

 フィニィはさっさと夜の森に入り魔法の国まで戻った。


 予定どおり夕方の帰還だ。


 城壁ではそろそろ戦闘が始まる頃だろう。フィニィは朝になったら花を供えにいく。それが日課になりつつあった。

 なのでこの依頼を早く達成すべくピアの家へまっすぐ向かった。


 扉を叩くとプナンを頬張りながらピアが出てきた。頬に茶色のソースが付いていた。


「きた! 入って入って!」


 フィニィの手を引っ張り中に招いた。


 かまくらのような家の中は薄暗くて狭い。


 ひと部屋に家具が詰まり、その他に大釜と材料をいれておく棚があるが、入りきらない荷物は床に乱雑に置かれていた。


 窓際のベッドの上にも置いてあった。その隣の小さなベッドでピアが寝起きしている形跡が見てとれた。

 他にも大きい椅子と小さい椅子、作業用の大きい机と小さい机があったりした。大人用と子供用といった感じである。


 ピアはフィニィの取ってきた材料を小さな作業机の上に置かせた。


「どれがどれ?」


 ピアは自分で依頼した材料の姿を知らなかった。

 これがあれ、それがこれとフィニィが一つずつ教えてあげた。


 材料を手に取り、ノートを広げてピアはこの後の手順を確認する。


「アッハの汗、は、そのままでよくて・・・グヴィンの髪の毛は、油にひたしてからいれる、で・・・夕陽石はハンマーで割ってから・・・ティトゥの冠は、さいごにいれる」


 まず油壺を出し、床にこぼしながら緑の髪の入った瓶の中に注ぐ。小さな木槌でなかなか割れない夕陽石を何度も何度も叩く。


 フィニィはその辺にあった布で床の油を拭い、ハンマーの振動で落ちた机の上の材料を拾うなどして待っていた。


 やがて準備ができてピアは大釜の前の踏み台にのぼる。


 フィニィは椅子を引っ張ってきて覗き込んだ。大釜の中には晴れた日の空色をした水が入っていた。


「さいしょはー、汗っ」


 とぽぽぽ、と小瓶を全部ひっくり返していれる。


「つぎ、髪の毛っ」


 こちらも瓶をひっくり返して油とともに注ぎ入れる。いきのいい毛が釜の中でもぴちぴちしていた。


「つぎ、石っ」


 どうにか二つに割れた夕陽石を放り込む。中に赤い光を閉じ込めていた石はすでに光が抜けていた。


「さいごっ」


 金色のトサカをぽちゃんといれて、長い柄杓で勢いよくかき混ぜる。

 まだ材料の形は残っていたが、ある程度のところでピアは柄杓に息を吹きかけた。


「ワクワクを一匙っ」


 瞳と同じオレンジ色の光の粒が溜まり、大釜に注がれた。

 ついでに思いきり息を吹きかけた際に彼女の羽が二枚、釜に落ちた。


 水面でぱちぱちと粒が跳ね、しかし間もなく沈み、うんともすんとも言わなくなった。


「あれ?」


 ピアもフィニィも首を傾げていた。


 柄杓で水を掬ってみるが、特に何も変化はない。トサカの破片もまだ釜の中に残っていた。


 フィニィが期待していた光景ではなかった。ピアのほうを見ると目があった。


「・・・なんで?」


 そんなのフィニィは知らない。

 どうやら失敗し、なんの魔法もできなかったということだけがわかっていた。


「だってだってレシピどおり作ったよ? まちがってないのに・・・師匠のレシピがまちがってる? だったら、だったら、どうすればいい・・・?」


 自信の火が消えた。

 ノートを読み返したり、また息を吹き込んだり、無意味に柄杓を上げ下げしたりするが、何もどうにもならなかった。


「~~知らないっ」


 最後は小さなベッドに潜りふて寝してしまう。


 フィニィは布団の膨らみに手を置いて、もう一度取ってくるよと言った。


 それでもピアはふてくされていた。


 そっと家を出たフィニィは、薄暗い道を夜の森のほうへ駆けていった。

 



 ☾




 朝、フィニィはピアの家の戸を叩いた。


 材料は夜の間に再び取ってきた。だが夜中は寝ているだろうと思い、朝を待ち、城壁の兵士たちに花を供え終えてから改めて訪ねたのである。


 しばらくして眠そうな鳥の子が扉を開けた。


 昨晩は泣いていたのか、目の周りが少し腫れて赤くなっていた。


 フィニィが材料を取ってきたと言ってもしばらく寝ぼけていた。先に腹のほうがくぅと鳴いた。


「・・・ごはん食べてから」


 一度中に戻り、財布を持って屋台のある通りへ向かった。フィニィも後を付いていった。


 大皿にたくさんの料理が並んでいる店で、ピアが好きなものを三つ指すと、店員がそれをひと掬いずつ薄い生地に包んで渡した。


 プナンの屋台はこうして自分で具材を好きに選ぶことができる。値段は具材によるがどれも大して高いものではない。銀貨一枚でもお腹いっぱいになれる。


 ひどく空腹だったピアは道端で食べ始めた。

 フィニィはじっと見ていた。


「あげないよ。食べたかったら自分で買って」


 フィニィは首を横に振る。特に食べたくはなかった。


「ほんとにまた材料とってきたの?」


 その問いには頷く。鞄の中も見せた。


「これはまちがってないやつ?」


 材料は言われた通りのものを取ってきている。まちがいじゃない、とフィニィは答えた。


「じゃあ、やっぱりレシピがちがうのかな。師匠、おっちょこちょいだもんな。まちがって書いたのかも。こーゆーことされると困る。ピアはまだ自分で魔法考えるのムリなのに」


 そもそもピアはなんの魔法を作ろうとしているのか、フィニィは尋ねてみた。


「色がわかるようになる魔法」


 ピアは急にフィニィの手を引っ張った。


 連れていかれた先は、色とりどりの布や服が売られている店。その裏手にあるテントの下で機織りをしている人のもと。


 一定のリズムで規則的な音を立て、複雑な模様の見事な織物が作られていく。通行人の何人かが立ち止まって見学していた。


「あの人、色が見えないの」


 少し離れたところで、ピアが機織りの実演をしている女の人を指した。


「目をケガして見えなくなったんだって。ぜんぶ灰色で糸の色もわかんないんだって。お店の他の人が糸の色を教えてくれて、目があんまり見えなくても機織りは手が覚えてるからへーきってゆってたけど、また見えるようになったらうれしい、って。だから師匠はなおそうとしてた。依頼されてもないのに。ぜったいあの人にホレたんだよ」


 この店では時に魔法使いの依頼を受けて魔法を込めた糸で布を織ることなどもしている。ピアは以前に仕事の用事で師匠と店にきて、機織りの彼女の話を聞いたのだ。


 魔法薬を作りたいのはピアではなくピアの師匠だった。


 では、その師匠はどこにいったのか。


「・・・下に置くとピアがつまづくから、上にいろいろ置いてたの。師匠がうっかり棚にぶつかった。ぜんぶ落っこちてきて、死んじゃった。打ちどころが悪かったんだって」


 ついこの間のことである。


 ピアは魔法の師匠と一緒にこの国に引っ越してまだひと月も経っていない。


 魔法の国では大臣に願い出るだけで誰でもすぐに商売を始められる。

 もらった土地に魔法で故郷と同じ造りの家を建て、魔法使いとして開業したばかりだった。


 ピアはもちろんまだ一人前の魔法使いではなかった。両親を亡くし叔父である師匠に引き取られて一年、やっと魔法のつくり方を教わったばかりであった。


 なのに、ひとりぼっちになったピアは大臣にこれからどうしたいかと尋ねられた時、つい、一人で魔法使いとしてやっていけると言ってしまった。


 ピアの師匠は魔法の国で工房を開くのが夢だった。せっかくできた師匠の工房をなくしたくなかった。それでは苦労して故郷からはるばる旅してきた甲斐がなくなると思った。ほとんどはただの意地だった。


 大臣はピアを止めなかった。でもきっと工房を続けるのは無理だろうから、諦めがついたらおいでと言った。


 未熟な魔法使いが一人いるだけの工房に依頼が寄せられるはずもない。


 だからピアは師匠の残したノートをもとに機織りの彼女のための魔法薬を作ろうと考えた。


 依頼されてはいないので報酬ももらえないだろうが、もし作ることができれば勢いで言ってしまったことを真実にできる。一人前の魔法使いとして、立派に師匠の後を継いでやっていけるだろう。

 また師匠の望みを自分がかわりに叶えてやりたいという想いもあった。


「・・・やっぱりレシピはまちがってないかもしれない」


 話すうちにピアは思い直した。


「師匠はいっぱい本をかりて調べてた。夜も寝ないでがんばってたよ。あの人のことほんとうに助けたかったんだ。ピアがやり方をまちがえたのかもしれない」


 急に走り出して家に向かった。フィニィも付いていった。


 機織りの彼女にそんな子供らの姿は見えなかった。

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