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フィニィの魔法の国  作者: 日生
一章 夜の森
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夜の魔女3

 暗闇の中を小さな星が泳いでいた。


 春の一等星のように強い輝きを持っているが、周りに比べられる星はなく、ひとりぼっちでさまよっている。


 フィニィは夜の底でそれを見守っていた。


 空をふらつく星は今にも落ちてしまいそうで、目を離すことができない。もし落ちてしまったら、誰にも気づいてもらえず消えるだけなのだ。そんなのはあまりに可哀想だと思った。


 母の時のように、友の時のように、せめて自分が看取ってやらねばならないと思った。


 ふと、唇に何かが触れた。熱をもった香りのするものが、闇に包まれたフィニィの意識を呼び起こす。


 舌の上をとろみのある液体が滑り、麦の匂いが鼻を抜ける。それを飲み込むと、また同じものが口の中にやってくる。


「忘れていただけだ」


 魔女の声が、なぜか背骨から伝わってきた。続けて金属を叩くような高い音が頭上でキンキン鳴る。


「食べさせて寝かせてやればいいのだろ。今さら教えられずとも知っている。だから忘れただけだと言っているだろう」


 フィニィは目を開けた。


 小さな星は薄明るい洞窟の中を飛んでいた。

 それはよく見れば背中に光る羽を生やしている手のひらほどの大きさの少女であり、紫水晶を埋め込んだような瞳がフィニィを様々な角度から見つめている。


 小さな少女が口を開くと、キンキン高い音が鳴った。


「目が覚めたか」


 フィニィはベッドの上で魔女に寄りかかり、彼女の膝の間に座らされていた。


 フードに入っていたはずの哲学ネズミは腿の上におり、フィニィの親指を抱きしめて寝ている。


「そら、食べろ」


 魔女は椀から麦粥を掬い、フィニィの口に少しずつ流し込む。粥はなんの味付けもされていなかったが、むぐむぐ噛めば麦の甘みがほんのり感じられる。


(あ・・・)


 フィニィは泣きたくなった。

 自分を包む魔女の体に母との思い出が重なった。最後に背中に温もりを感じたのは、六歳のフィニィにとっては遠い遠い昔のことだ。


 小さな少女が飛んできて、涙を零すフィニィの鼻にキスをする。キンキンと何か言っているが、フィニィには意味がわからない。


「これは私の姉だ」


 背後の魔女が信じ難いことを言う。

 羽や瞳の色など似ているところは多少あれど、手のひらほどの少女と大人の男よりも背の高い魔女が姉妹とはどういうわけか。尋ねたくともフィニィは泣くのと食べるのとで精一杯だった。


「倒れたお前を見つけてくれた。さっさと消えればよいものを、私にお前の世話ができないと思っているらしい。自分のほうがよほど何もできないくせに」


 すると抗議するように小さな少女がさらにキンキン鳴き、魔女はうるさそうに頭を振った。


「黙れ。いいから、心配はいらない。なあフィニィ」


 魔女はフィニィの顎を掴む。


「私は食べることも眠ることもしない。だからお前に与えるのを忘れることがある。その時はお前が私に教えろ。腹が空いたなら言え。眠ければ寝ろ。いいな? 私はなるべくお前を生かすようにする。お前もなるべく生きられるようにしろ」


 それらはフィニィが一度も聞いたことのない言葉たちだ。

 欲した時に与えられるなど奴隷の扱いではない。光る小さな少女が魔女の姉だという話よりもさらに信じ難かった。


 だが、フィニィは命じられれば頷く。魔女が口に運んでくる麦粥を食べ続ける。


 やがてすべて流し込まれたら、フィニィは腹がぽっこり膨れてしまった。横にすると口から零れてしまいそうに思え、魔女はフィニィを抱えたまま寝かせることにした。


 フィニィが黒い胸に頭を預けると、緩やかな心音が聞こえた。

 夜の魔女にも心臓があるらしい。人よりずっとずっと鼓動のペースは遅かったが、その音はフィニィに安らぎをもたらした。


 ――それにしても、なぜ魔女は眠らなくて良いのに、洞窟にベッドがあるのか。


 頭の片隅に湧いた疑念も間もなく意識の海の澱となり、優しいまどろみに沈んでいった。

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