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フィニィの魔法の国  作者: 日生
二章 魔法の国
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竜の傭兵1

 その日のフィニィはやけに早く目が覚めてしまった。


 勝手に寝床としているアクウェイルの調合室で、窓の外を見ると薄明るい。

 ちょうど夜明けだ。


 もともと朝も昼もない夜の森にいたフィニィは眠くなったら寝て起きたい時に起きる生活だったが、近頃は魔法の国の住人たちにあわせてなんとなく夜に寝るようにしていた。

 なので陽の昇らないうちに起きてしまうのは最近では珍しかった。 


 この街で夜明けを見るのは、初めて森から出てきた日の夜以来だ。


 フィニィは出窓の下に寝そべり、しばらくじっと消えていく星空を見上げていた。


 やがて完全に青空になってしまったら、鞄を持ち哲学ネズミをフードにいれ、踏み台に登って窓の鍵をあけた。


 通りの家々から鈍色の鳥たちが羽ばたいていく。

 どこまで飛んでいくのか、フィニィは追いかけた。


 だがその途中、ある時に何かをくしゃりと踏んだ。靴を上げるとオレンジ色の花が落ちていた。


 道の先に点々と落ちている。小さいの、大きいの、赤いの青いの、色んな種類の花だ。フィニィの知らない花もある。


 気になって今度は花を追っていった。

 すると道を曲がったところで、地面を転がる花の塊を見つけた。


 幾万本ものありとあらゆる花を使って作られた鞠のような塊だ。直径が大人の身長ほどはある。それが通りを緩やかに転げながら、一本ずつ等間隔で花を落としていた。


 フィニィは様子を窺いながら慎重に近づいた。

 もう手が届くところまで追いつくと、花の中から突然人の顔が出てきた。


 びっくりして飛びすさるフィニィに少女が嬉しげな笑みを見せた。


 輝く金赤色の髪はゆるくウェーブがかかって柔らかそうで、金色の瞳は目尻が優しげに垂れている。

 花を揺すって笑っているが、声は聞こえなかった。


 さらに両手を花の中から出しフィニィを手招きする。

 まっ白なきれいな手だった。


 フィニィがつられて寄っていくと、少女は子供を素早く捕まえた。

 花の塊の中に取り込んでしまった。


 勢いよく引っ張られフィニィは中で逆さまになった。

 色んな花の茎が絡み合い耳元でガサガサと絶えず鳴る。少女の手がフィニィの両腕を掴んでいるのだが、不思議なことに花の中に少女の胴体や足はしまわれていなかった。

 

 頭と腕二本。彼女の持つ肉の体はそれだけ。あとはすべて花。


 フィニィを取り込んだ花の鞠は道を跳ねながらどんどん転がっていき、西の城壁に辿り着いた。


 城壁の階段をてんてんと上り、そこから一気に街の外側へ飛び降りる。

 フィニィは花の中で目を回していた。


 花鞠はふわりと着地しさらに転がっていく。その後でフィニィは花から出された。


 見渡す限りの抉れた地面があった。


 花の少女は自分から取ったたくさんの花をフィニィに押しつけた。

 そして自分も一つ二つ花を抜いて地面に点々と置いていく。


 彼女が花を置いた場所には無数の人骨が散らばっていた。


 フィニィはしゃがんでよく見た。

 きれいな白骨ではない。かびた肉がこびりついている。蝋のようになっているものもある。また骨の他に鎧や槍、剣など錆びた武具も散らばっていた。


「――そこで何してる!!」


 突然、骨までびりびり震えるような大声が飛んできて、フィニィは尻もちをついてしまった。


 城壁のほう、相手はひどく遠くから声を張り上げていた。大きな荷車を一人で牽きながら向かってくる。


 普通の人間ではなかった。


 顔と胸と腹の真ん中辺りだけが人の皮膚の色をしており、他の体の部位は全部青黒い鱗に覆われていた。


 頭部も首の後ろと両頬の少しまでは鱗に覆われている。遠目に見ると全身鎧を着ているかのようだが、実際はズボンしか穿いていない。そこから出ている足もとても大きく、猛禽類のような鋭い爪が生えていた。

 また身長と同じくらいの長い尻尾まである。


 フィニィは夜の森で見た竜を思い浮かべた。それを無理やり人間の形にしたかのようだ。


 ともすれば魔女より大きい()()は、フィニィの傍で荷車を置いた。そこに大量の人骨が載せられていた。


「・・・なんだお前」


 近くにくると竜人は小声になった。表情も気だるげである。短い黒髪を掻き、フィニィをどうしたものか考えていた。


 その二人の間へ花の少女が割り込んだ。

 尻餅をついたままのフィニィを立たせてやる。彼女の手は陶器のように手触りがいい。フィニィはそのまま花の中に半分隠れた。


「・・・お前の仲間か?」


 今度の《お前》は花の少女のことである。


 少女は竜人のほうを見向きもしない。フィニィに手本を見せるように、また花を一つずつ人骨の隙間に置いていく。


 フィニィはひとまず花の少女にならった。それを見て竜人は何も言わなくなった。

 荷車から鎧を着たままの人骨を下ろす作業を始めた。


 彼が捨てる死骸の一人ずつに少女とフィニィが花を供えていく。


 しばらくすると荷車が四つ五つ追加でやってきた。いずれも黒い詰襟の軍服を着た男たちが自ら、あるいは馬を使って牽いていた。


「なにがいた? 子供?」


 彼らもフィニィのほうへ寄ってきた。中でも真っ先に、下半身がヤギのようである青年がでこぼこの地面を偶蹄で軽快に跳ねてやってきた。

 彼は竜人とは逆に上着を着てズボンを穿いていなかった。


「【花人(はなびと)】の仲間だと」


 先に竜人がヤギの青年に教えた。

 しかし彼は納得しなかった。


「そんなわけあるか。なあキミ、どこからきたんだ?」


 フィニィは城壁のほうを指した。当人は夜の森を指しているつもりである。 

 それをヤギの青年は街からきたと解釈した。


「もしかして花人に連れてこられたのか? 手伝わされてんの? 俺らも手伝ったほうがいい?」


 フィニィはゆっくり首を傾げた。

 先ほどから花人と呼ばれている花の少女も答えない。というより、少女は話をまったく聞いていなかった。彼らの下ろす死体に花を供えるので忙しい。


「・・・必要ないならいいが」


 ヤギ青年は意思疎通を諦めて人骨を下ろす作業に移る。


 運んで下ろし、下ろして運び、彼らは何往復も繰り返していた。


 フィニィはもう一度しゃがんで死骸をよく見た。

 持ち手に腕の骨が挟まっている木製の盾があり、表面の土をこすってみるとかすかに模様の描かれていることがわかる。

 じっと見ているうちにある紋章の形がフィニィの頭に浮かんできた。


 いつかの夕暮れに、槍で貫かれた子守り鳥の横で、翻っていた軍旗。

 その紋章と同じだった。


 フィニィはやっと気づいた。


 これらの人骨は夜の呪いにかかった兵士たちだ。


 彼らは夜の森を駆逐するまで死ねない呪いを受けた。

 だが今はこうして骨になり死んでいる。きっと魔女が宣言どおりどうにかしたのだろう。


 では、竜人やヤギの青年たちはこれらの骨をどこから、なぜ、運んでいるのか。


 作業を終えて彼らは何事もなく帰っていく。

 フィニィはまだ動揺がおさまらず動けなかった。


 その間に草原を渡る風が、骸に供えられた花をどこかへ吹き飛ばしてしまった。

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