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フィニィの魔法の国  作者: 日生
二章 魔法の国
33/80

富豪の愛の秘薬

『フィニィ』


 ある日、昼間の街中を歩いていると、紙の馬に呼び止められた。

 フィニィの足元を軽快に駆けながら話しかけてくる。


『俺だ。ディングだ。近くにいたならうちに寄っていかないか? キーラが出かけてしまって暇でな。茶飲み相手になってくれ』


 ちょうどフィニィは南の市場の辺りにいた。

 そこからディングの館は近い。特に用事もなかったので紙の馬に付いていった。 


 ディングは数日前にフィニィが初めて依頼を受けた時の部屋で待っており、午前の光の当たるバルコニーに茶器が二人分用意されていた。


「茶とミルクとどっちがいい?」


 フィニィはどっちでもよかった。

 ならば両方、とディングはカップに褐色の茶とミルクと大量の砂糖をいれて渡した。


 二人で並んで座り、青空を見上げて茶を飲む。

 今日の茶請けは揚げパンと数種類の果物だった。


 それらを哲学ネズミと分け合って食べている子供の何事もない様子を眺め、ディングは内心で安堵した。


「俺の依頼が原因で探集者たちに絡まれたと聞いたんだが」


 彼の耳にその話が入ったのはつい先日だ。市場で働く従業員経由で噂が届いた。

 それでフィニィの様子が気になり、折り手紙を飛ばしたのである。

 なお心配し過ぎるためキーラにはまだ伝えていなかった。


 あの後、アクウェイル邸にはバジーとリアンがフィニィの様子を見にやってきた。

 フィニィが熊の兄弟に脅されたのはアクルタ商会の近くであり、彼らのほうは即時に騒ぎを聞きつけたのだ。すでにフィニィは逃げ出し処刑人も姿を消していたが、通行人や当事者から事情を聞いた。


 切られた熊兄弟の手足はミルカの魔法で無事にくっつけられたという。

 バジーは「兄やんたちがこらしめておいたけな。もう怖ぁないよ」と慰め、その横でリアンが片手を開いて閉じ、何かに噛みつくようなジェスチャーをしていた。

 それがこらしめの内容らしかったが、フィニィはよくわからなかった。


 兄弟はお詫びのクッキーを置いて、アクウェイルに追い払われ帰っていった。


 それからフィニィは特に怖い目に遭っていない。

 処刑人の姿も見かけなかった。


「俺のせいで迷惑をかけた。何か欲しいものはないか? なんでも、いくらでも言ってくれ。詫びに贈ろう。そもそもこの間の報酬も置いていっただろう」


 フィニィは報酬も何もいらなかった。ディングのせいだとも思っていない。


「言わんのなら勝手に用意するぞ。これらを持っていけ。護身用にな」


 ディングは床に魔法薬や魔法道具をたくさん並べた。


 これは相手を痺れされる、眠らせる、大きな音を出す、空を飛べる、などなど魔法の効果について順に説明する。

 そのうち、やっぱりあれも持って行けと思いついてまた物を足す。きりがなかった。


 フィニィがディングも魔法使いなのかと意外そうに尋ねると、彼は笑って頷いた。


「キーラに魔法を教えたのは俺だぞ? 魔法の国ができるまで世界は魔法を夜の子のものと思いこんでいたそうだが、俺たち馬の民には古くから魔法が伝えられていたんだ。なんでも大昔に先祖が草原を遊牧していた頃、出会った魔法使いに教えてもらったらしい。先祖から伝わる魔法薬のレシピが色々あってだな――」


 話の途中で急にディングが止まった。

 ちょっと待てと席を外し、しばらくして箱を持って戻ってきた。


「キーラのことで古いレシピを見つけた時に、一緒にこれが出てきたんだ」


 箱の中には羊皮紙が何枚か入っていた。細々と箇条書きに文字が並んでいる。

 その一枚をディングは凝視し悩んでいた。


「・・・キーラも元気になった。そろそろ試しみてもいいよなぁ」


 何やらぶつぶつ独りごとを言って、顔を上げた。


「フィニィ、仕事を頼みたい。妖婦(シィ)のよだれ、幻惑蜂(ウィハ)の針、大獣(ブパス)の睾丸を一つ。いけるか?」


 フィニィはちょっと首を傾げて、頷いた。


「できたらこの部屋に直接こっそり持ってきてくれ。なるべくキーラには見つからないようにな。頼む」


 なぜ見つかってはいけないのかさっぱりわからずに、フィニィは了解した。



 ☾



 緑の茂る森の中、倒木の根元の下に掘られた穴ぐらを見つけた。


 おそらく大型の獣の巣穴である。


 入り口で耳を澄ませてみると、どうやら家主はいない。フィニィはしゃがんで中に潜り込み、そこがすでに放棄された巣であることを確認した。


 奥まで行って、鞄から黒い小さな杭を出す。

 拾った石を金槌がわりにし、巣穴の天井へ杭を打ち込むと、地上へ抜ける別の穴が一瞬でできた。フィニィがぎりぎり通り抜けられる幅の通路だ。


 穴ぐらから出て通路の先を確認し、準備はできた。


 フィニィは先に見つけておいた大獣(ブパス)のもとへ駆けていく。


 極度に盛り上がった背中、赤い剛毛の生えた大きな獣。前足を猿のように器用に使うこともでき、ちょうど捕まえた鹿を股から裂いて喰らっていた。


 気配を隠す銀蝶の粉を使っているフィニィにはまだ気づかない。

 意を決してフィニィは自ら近くの木を叩いて音を立てた。


 血に濡れた顔が向けられた。音を立てれば魔法の効果は途端に切れる。

 獣は顔の半分近くある大きな赤い目ではじめは様子を窺うが、フィニィがぱっと踵を返すと反射で追いかけた。


 走り出せば獣はどんどん興奮してくる。もとより直前まで狩りをしていて気が立っていた。


 フィニィは穴ぐらへ飛び込んだ。


 ブパスも追いかけて飛び込んだ。だが背筋が発達し過ぎて途中でつかえた。前足を伸ばしてもかろうじて奥まで届かない。


 フィニィは穴の中で針のような形の眠りの木(メクメス)の葉を山盛りに置き、その上で殻付きの発火の実(キッチ)を石で割った。


 火花が散って葉が燃え出す。

 浮き薬を使ってフィニィはすばやく地上に繋がる穴から抜け出し、そこらの葉で蓋をした。


 地下ではどんどん白い煙が充満していく。

 穴ぐらからはみ出ていたブパスの下半身はすぐに動かなくなった。


 フィニィはブパスが完全に眠っていることを確認してから、真っ黒な睾丸を一つナイフで切り取った。

 念のため傷口には清浄の水菓子を塗って止血しておいた。


 妖婦(シィ)のよだれと幻惑蜂(ウィハ)の針はすでに手に入れている。いずれも眠らせたり気絶させたりして採取した。


 さほど難しいお使いではなかったが、魔女が欲しがる部位とは違うところを指定されたためフィニィは少し不思議に感じていた。

 一体どんな魔法を作るのだろうか。


 夜の国を通りあっという間に魔法の国まで帰ってきたフィニィは、浮き薬の効果を保ったまま、言われたとおり家の屋根を伝ってバルコニーに直接下りた。


 すぐに取ってくると言っておいたため、ディングはその部屋で待っていた。


「本当に早いな」


 感心しつつ、フィニィから素材を受け取りうきうきしている。

 

「ありがとう。それじゃあ茶でも飲みながら休んでいてくれ。間もなくキーラも帰ってくるだろう」


 そう言って部屋を出たディングの後にフィニィは当然付いて行った。

 ディングが気づいたのは廊下をしばらく歩いてからである。


「どうしたフィニィ?」


 魔法を作るところを見たいと言うと、ディングは一瞬固まった。


「ん~・・・どうしてもか?」


 どうしても、と答える。

 ついでに、なんの魔法を作るのかも尋ねた。


「・・・夫婦の愛情をより深める、いわゆる愛の秘薬だ。もちろん俺たちには本来不要なものだが、それはそれとして先祖伝来のレシピを絶やさないためにも作ってみるべきではないかと思うわけだ」


 急に言い訳がましくなった。

 ともかくもフィニィは付いて行こうとした。


「わかった。フィニィ、お前の望みはよくわかった。見せてやるからさっきの部屋で待っていてくれ。道具を取ってくる」


 ディングは足早に自室へ向かった。


 そしてフィニィがバルコニーで哲学ネズミとごろごろしながら待っていると、素焼きの壺を持って戻ってきた。


 片手でも持てるとても小さな壺だ。

 そこに濃紺色の水が入っていた。


 普通、魔法薬を作る時は鉄の大釜を使う。だがディングはこれが馬の民の伝統なのだという。


「何も鉄の大釜じゃなくちゃ魔法薬が作れないわけじゃない。ただ鉄というのは魔法を遮断する力があってな、つまり、中で混ぜ合わせている魔法の力が逃げにくい。そのためよく使われているわけだ。いちおう、この壺にも鉄がいくらか混じっている。多少の力は漏れるが、問題ない程度だ。なんせかつての俺たちは世界中を巡っていた馬の民。道具は持ち運べる身軽なものを好むんだ。――さて、フィニィ。始める前にこれを付けてくれ」


 ディングは肌触りの抜群に良いスカーフを差し出した。


 不思議がっているフィニィの鼻までしっかり覆われるように丁寧にそれを巻く。


「おそらく作っている間に魔法が少し漏れる。子供は大人より酔いやすいかもしれない。お前が魔法に酔ったらさすがにどうにもしてやれん。悪いが我慢して付けておいてくれ」


 よくわからなかったがフィニィは頷いた。念のため哲学ネズミは鞄の中にしまっておいた。


 ディング自身はなんの防御もせず、素のままで壺の中に材料を順にいれていく。

 睾丸をいれた後には火も焚いていないのに煙が立った。

 好奇心で覗き込もうとするフィニィをディングは片手でやんわり押さえていた。


 かきまぜる柄杓も壺に合わせた華奢なものだ。

 銀のそれへ、ディングが息を吹きかける。


「愉悦を一匙」


 真紅の光の粒が壺に落ちた途端、壺の中が鮮やかなバラ色に変化した。


 ねっとりとした液体を掬ってガラスの小瓶に詰める。

 午後になりバルコニーに陽は差していなかったが、魔法薬自体がきらきらと光っていた。


 ディングは小瓶を眼前に掲げ、出来栄えに満足した。


「何をなさっているんです?」


 そこへタイミングを計ったかのようにキーラが現れ、手が滑った。

 すかさずフィニィがキャッチしたが、そのおかげでキーラに小瓶が認識されてしまった。


「いらっしゃいフィニィ。きていたのね。何を持っているの?」


「大したものじゃない」


 子供の手から瓶を回収しディングは咄嗟にごまかした。

 しかしキーラには不審に思えた。バルコニーに並べられている道具からして魔法薬を作っていたことは明らかだ。


「・・・まさか、またフィニィを採取に行かせたのですか?」


「そんなに難しいものは頼んでいないさ。ちょっとしたお使い程度だ。なあフィニィ」


 スカーフを外し、フィニィは頷いた。


「何を取ってきたの? フィニィ」


「だから大したものでは――」


「私はフィニィに尋ねています」


 子供は素直に三つの素材を答えた。


 途端にキーラが顔を真っ赤にし、ディングは目を覆った。


「ディング! あなたは! なにを! 子供に取ってこさせているんですか!?」


「ま、待て、フィニィに詳しいことは教えてないっ。ただ愛情を深める秘薬とだけで」


「何が秘薬ですか媚薬でしょう!? あなたが前に見せてきた! まさか本気で作るなんて!」


「許せ。これは魔法使いとしての好奇心というか興味というかで、な? 先祖伝来の魔法であって別に悪いものでもないわけで――」


「言い訳無用!! 反省なさいませ!!」


 キーラは腰に提げている飾りから玉を一つ取った。


「悲哀を一匙」


 息を吹きかけると玉の形が溶け、轟音を響かせる雷光となって宙を走った。


「愉悦を一匙っ」


 キーラが玉を手に取ったのとほぼ同時にディングも指輪に息を吹きかけ、前方に砂の壁を作っていた。雷光は壁にぶつかって消え、砂がさらさらと床に崩れた。


 さらにキーラは三つ四つと玉を指の間に取った。指は前より動かしやすくなっているようだ。


「お、落ち着けキーラ、そんなに怒るのか?」


「フィニィを巻き込んだからです!!」


「いちばんはそこか。よぉしわかった、こうなったら精魂尽きるまでとことん話し合おうっ!」


 魔法の飛び交う夫婦喧嘩からフィニィは急いで脱出した。

 

 バルコニーから飛び降り、見上げると部屋がぴかぴか光っている。それを目にする従業員もいたが、彼らは決して仲裁に入るなどという愚行を犯さなかった。ここでは大して珍しい光景でもないのである。


 そんな周囲の様子を見て、フィニィもそそくさと退散した。

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