泣く娘4
フィニィがディングの館に戻った時には、陽が空の真ん中に昇っていた。
玄関に辿り着く前に、特徴的な容姿の子供を見つけた従業員がすぐさま主人へ知らせ、キーラとディングが駆けてきてフィニィを抱きしめた。
出発してまだ一日も経っていない。
しかし二人は幾年も待っていたかのような勢いだった。
「無事ね? 体におかしなところはない?」
キーラに頬をむにむにされながら、フィニィは全部取ってきたと二人に言った。
「本当か!?」
ラクスラの水と光吸石はディングに渡した。
そして黄色い紐の切れ端はキーラに渡した。
その紐の色を彼女は覚えていた。
「・・・マウリを見つけたの?」
声が震えている。
フィニィは頷いた。
「・・・生きて、ないのね・・・?」
頷いた。連れてきたかったが、体がもたずに死んでしまったと正直に話した。
キーラは泣き崩れた。
地面に伏せて、獣のように啼いた。
彼女の探しものはこれで終わり。
誰も、良かったとも残念だったとも言えない。
皆が悲痛な顔で彼女を囲む中、フィニィはその横に座った。
「すてられてない、よ」
キーラの濡れた頬をぺたぺた触る。
マウリはキーラにずっと想われていた。最期はフィニィが一緒にいた。ひとりぼっちで愛されずに死んでしまったのではない。
だからもうそんなに泣かなくていいよと伝えた。
「・・・私は・・・赦されるの・・・?」
赦すとか赦さないとかそういうことはフィニィにはわからない。
ただキーラにもマウリにも悲しんでほしくないと思っていた。
「なかないで」
そう言うとキーラはもっと泣いた。
フィニィは哲学ネズミの頭痛を和らげてやる時と同じように、キーラが苦しくなくなるまで頭をなでてあげていた。
☾
甘くて辛い香りの漂う部屋に似合わない、無骨な鉄の大釜があった。
寝室と繋がるキーラの調合室だ。
フィニィはディングに抱えてもらい釜の中身を覗き込む。
もともと入っていた液体はいったん別の壺などに移され、よそから運んできた濃紺の液体がかわりに釜に注がれた。
ディングが言うには、魔法の国の大臣から特別に分けてもらった水なのだという。
水に含まれる魔法の力が濃いほど色は黒に近くなり、できる魔法薬の品質も高くなる。
キーラは自分で夜の侵食を抑えるための魔法薬を作ることにした。
大釜に涙が入らないように気をつけて、まずはラクスラの水をいれる。
次に光吸石にハンマーでヒビをいれ、中の光が漏れる前に素早く放り込む。
そして最後に背負い紐の切れ端をいれた。
材料が中で溶けて完全に混ざり合うまで、長い柄杓で根気よく混ぜ続ける。
「悲哀を一匙」
薄水色の欠片が釜に注がれた。
静かに溶けて、混ざり、釜から淡い光の粒が噴き出した。
細かな結晶が空間に輝く。尖っているもの丸いもの様々あった。
フィニィは両手を伸ばして結晶の一つを大事に包んだ。
釜の底からは青と白のグラデーションになった紐が掬い出された。
切れ端ではなく、たとえばキーラの薄赤色の髪を結うリボンに使えるくらいに長くなっていた。
「マウリの目の色・・・」
キーラはリボンを手に取り呟いた。
彼女の村の子供は生まれた時、薄い青色の瞳をしている。キーラももとはそうだった。今の赤い目と髪の色は夜の魔法にかかってからの色なのだ。
髪を手櫛で梳いて、キーラは頭の後ろで一つにまとめた。
薄赤の髪と一緒に垂れるリボンは涙のようだった。
フィニィはディングに下ろしてもらい、キーラにしゃがんでもらって、その頬にぺたぺた触る。
指で涙を拭ったその後から、流れてくるものはもうなかった。
泣きやんだ。
手袋の下を見てみる。そちらはまだ枯れ木のままだった。
「すぐには元に戻れないわ。この魔法は夜の侵食を止めるだけ。戻るためにはこれからもっと時間がかかるのですって」
それでも良かったとキーラは笑みを見せた。
「あなたとマウリのおかげ。――夜の子になるのは償いじゃなかった。不思議ね。今はとてもよくわかるの。私は私ではないものになって後悔を終わらせたかっただけ。もう自分を一生赦せない。ずっと後悔する。あなたは泣かないでと言ってくれるけれど、また泣いてしまうわ、きっと。ごめんなさいね」
フィニィは、いいよと答えた。
マウリのリボンを付けてさえいればいずれ泣きやむ。マウリを想って流される涙はマウリが止めてくれるのだ。
ならば何も問題はなかった。
「ありがとうフィニィ」
すでに新たな涙を零してキーラはフィニィを抱きしめた。
「あなたは、あなた自身が、魔法のような子だわ」
人の願いを叶える特別な力。それがフィニィにあるという。
ではいつか自分の願いも叶うだろうか。
そんなことをぼんやり考えたフィニィは、一粒だけ涙を零した。




