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フィニィの魔法の国  作者: 日生
二章 魔法の国
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泣く娘4

 フィニィがディングの館に戻った時には、陽が空の真ん中に昇っていた。


 玄関に辿り着く前に、特徴的な容姿の子供を見つけた従業員がすぐさま主人へ知らせ、キーラとディングが駆けてきてフィニィを抱きしめた。


 出発してまだ一日も経っていない。

 しかし二人は幾年も待っていたかのような勢いだった。


「無事ね? 体におかしなところはない?」


 キーラに頬をむにむにされながら、フィニィは全部取ってきたと二人に言った。


「本当か!?」


 ラクスラの水と光吸石はディングに渡した。

 そして黄色い紐の切れ端はキーラに渡した。


 その紐の色を彼女は覚えていた。


「・・・マウリを見つけたの?」


 声が震えている。

 フィニィは頷いた。


「・・・生きて、ないのね・・・?」


 頷いた。連れてきたかったが、体がもたずに死んでしまったと正直に話した。


 キーラは泣き崩れた。

 地面に伏せて、獣のように啼いた。


 彼女の探しものはこれで終わり。


 誰も、良かったとも残念だったとも言えない。


 皆が悲痛な顔で彼女を囲む中、フィニィはその横に座った。


「すてられてない、よ」


 キーラの濡れた頬をぺたぺた触る。


 マウリはキーラにずっと想われていた。最期はフィニィが一緒にいた。ひとりぼっちで愛されずに死んでしまったのではない。


 だからもうそんなに泣かなくていいよと伝えた。


「・・・私は・・・赦されるの・・・?」


 赦すとか赦さないとかそういうことはフィニィにはわからない。


 ただキーラにもマウリにも悲しんでほしくないと思っていた。


「なかないで」


 そう言うとキーラはもっと泣いた。


 フィニィは哲学ネズミの頭痛を和らげてやる時と同じように、キーラが苦しくなくなるまで頭をなでてあげていた。



 ☾



 甘くて辛い香りの漂う部屋に似合わない、無骨な鉄の大釜があった。


 寝室と繋がるキーラの調合室だ。


 フィニィはディングに抱えてもらい釜の中身を覗き込む。

 

 もともと入っていた液体はいったん別の壺などに移され、よそから運んできた濃紺の液体がかわりに釜に注がれた。


 ディングが言うには、魔法の国の大臣から特別に分けてもらった水なのだという。

 水に含まれる魔法の力が濃いほど色は黒に近くなり、できる魔法薬の品質も高くなる。


 キーラは自分で夜の侵食を抑えるための魔法薬を作ることにした。


 大釜に涙が入らないように気をつけて、まずはラクスラの水をいれる。

 次に光吸石にハンマーでヒビをいれ、中の光が漏れる前に素早く放り込む。

 

 そして最後に背負い紐の切れ端をいれた。


 材料が中で溶けて完全に混ざり合うまで、長い柄杓で根気よく混ぜ続ける。


「悲哀を一匙」


 薄水色の欠片が釜に注がれた。


 静かに溶けて、混ざり、釜から淡い光の粒が噴き出した。


 細かな結晶が空間に輝く。尖っているもの丸いもの様々あった。

 

 フィニィは両手を伸ばして結晶の一つを大事に包んだ。


 釜の底からは青と白のグラデーションになった紐が掬い出された。

 切れ端ではなく、たとえばキーラの薄赤色の髪を結うリボンに使えるくらいに長くなっていた。

 

「マウリの目の色・・・」


 キーラはリボンを手に取り呟いた。

 彼女の村の子供は生まれた時、薄い青色の瞳をしている。キーラももとはそうだった。今の赤い目と髪の色は夜の魔法にかかってからの色なのだ。


 髪を手櫛で梳いて、キーラは頭の後ろで一つにまとめた。


 薄赤の髪と一緒に垂れるリボンは涙のようだった。


 フィニィはディングに下ろしてもらい、キーラにしゃがんでもらって、その頬にぺたぺた触る。


 指で涙を拭ったその後から、流れてくるものはもうなかった。


 泣きやんだ。


 手袋の下を見てみる。そちらはまだ枯れ木のままだった。


「すぐには元に戻れないわ。この魔法は夜の侵食を止めるだけ。戻るためにはこれからもっと時間がかかるのですって」


 それでも良かったとキーラは笑みを見せた。


「あなたとマウリのおかげ。――夜の子になるのは償いじゃなかった。不思議ね。今はとてもよくわかるの。私は私ではないものになって後悔を終わらせたかっただけ。もう自分を一生赦せない。ずっと後悔する。あなたは泣かないでと言ってくれるけれど、また泣いてしまうわ、きっと。ごめんなさいね」


 フィニィは、いいよと答えた。


 マウリのリボンを付けてさえいればいずれ泣きやむ。マウリを想って流される涙はマウリが止めてくれるのだ。


 ならば何も問題はなかった。


「ありがとうフィニィ」


 すでに新たな涙を零してキーラはフィニィを抱きしめた。


「あなたは、あなた自身が、魔法のような子だわ」


 人の願いを叶える特別な力。それがフィニィにあるという。


 ではいつか自分の願いも叶うだろうか。


 そんなことをぼんやり考えたフィニィは、一粒だけ涙を零した。

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