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フィニィの魔法の国  作者: 日生
一章 夜の森
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夜の魔女2

 ユピの森の中は、真なる闇が満ちている。


 ただ影も見えなかった最初とは違い、なぜか今はうっすらと地を這う木の根の形がわかる。洞窟から連れ出されたフィニィは目を皿のようにして、おぼろげな景色を見渡した。


「付いておいで」


 魔女が先を行く。髪も服も夜に同化している姿は容易に見失う。唯一、時折振り返る白い顔だけが目印となった。


 初めての靴はなかなか履きなれず、平らでない道で何度も転んでしまう。

 魔女のほうは地面の上を滑るように移動しており、たとえばフィニィが這い上らねばならない大きな木の根もふわりと浮いて越えてしまい、フィニィはその都度彼女を見失った。


 必死に追いかけるうち息が上がり、頭がくらりとした。

 ひどく喉が渇いていた。


 一度目を瞑って視界の揺れを直し、それから魔女がいるのはこちらだろうかと、勘で進む。


 やがて、青い水溜まりを見つけた。


 夜に日を反射しているはずもなく、水自体がうすぼんやりと光を帯び、周囲の木々まで照らしている。そこに佇む魔女の姿もあった。


 光る水をフィニィはおかしいと思ったが、とても喉が渇いていてそれどころではなかった。


 地面に這いつくばって水溜まりを啜る。ところが、水は一口吸うと逃げてしまった。跡も残さず、するするとムカデのように地を滑っていく。


 まだまだ渇いているフィニィは、ふらつきながら追いかけた。今度は魔女がそれを追う。

 木々の影には他にもいくつかの水が走っており、やがてそれらは小さな青い泉にたどり着き、一つとなった。そこからはもう動かなかった。


 やっとフィニィが追いついて、再び水を啜ろうとすれば、唇が水面に触れるかどうかというところで、魔女がその襟首を引っ張った。


 同時に水がフィニィの頭に食らいつく。

 目からも鼻からも水が入り込み、フィニィは危うく溺れかけた。その前に魔女がフィニィを揺すって水を振り払い、事なきを得た。


 落ちた水は変形し、老婆の姿になる。

 顔の落ちくぼんだ影が目鼻のようであり、恨めしそうにフィニィらを見つめていたが、急に身を翻して木の陰に消えた。


 魔女はフィニィを地面に下ろし、ズボンのポケットから洞窟で預けた小瓶を出すよう促した。


「髪の水を絞って中に入れろ」


 フィニィは言われた通りに黒い髪の先を絞り、小瓶の中に入るだけ注いでコルクを嵌めた。


「よし」


 魔女は満足そうに笑む。


「私が水が欲しいと言ったら、水溜まりの女(ラクスラ)を探して取ってくるんだ。溺れ死なないようにな」


 フィニィはぷるりと震えた。

 今の水の老婆も夜の子で、魔女が魔法を使うための材料になるらしい。


 フィニィの仕事は、魔女の求める魔法の素材を調達すること。そのために、今は魔女に採取場所と採取方法を教えてもらっているのである。


「次はツタの卵だ」


 先に行ってしまう魔女を再び必死に追いかける。


 今度はユピの幹にツタが絡みついているところに着いた。ツタはフィニィの胴体より太く、えんどう豆の莢のように丸い何かがたくさん中に入っていた。


 膨らんでいる部分は赤く明滅している。葉や花はない。

 ツタの先端がフィニィの頭上にあり、袋の口のように開いてうなだれている。そこからねっとりと液体が滴っていた。


「光っているところをさすると、先から卵が出てくる。それを落ちる前に拾え。落ちて潰れると芽が出てしまう。芽の出たものはいらない」


 フィニィが言われたとおり、ざらざらしたツタの膨らんでいるところをさすると、しばらくしてツタが収縮をはじめ、膨らみが動き出した。


 穴の開いている先端から、ずるんと膨らみの中身が吐き出される。驚いてフィニィは受け止め損ねた。


 透明なツタの卵は下に落ちると、ユピの木の根に当たって破れた。

 飛び出した赤黒い中身がうねり、生まれたばかりのツタが地面を這い伸びる。その一本がフィニィの片足に絡み、見る間に全身にまきついた。


 フィニィは慌てて手足を振り回した。先の細いものはそれで切れるが、元の太い部分は切れない。フィニィはたまたま手元に転がっていた石を掴み、何度もツタの根元に叩き付けて、どうにか逃れた。

 潰れたツタは枯草のように萎んでしまった。


「それ、早く取れ」


 何事もなかったかのように魔女が促す。

 フィニィは怖くてたまらなかったが、勇気を振り絞り、もう一度ツタをさすった。


 ツタが拍動を始めると、フィニィは慌てて移動し落ちてきた卵を受け止めた。その際、よろめいて尻もちをついてしまう。


 卵の大きさは一抱えほどもある。ゼリー状の膜がひんやりとして、粘液が手にも顔にもまとわりついた。


 赤く光る幾本もの紐のようなものが、中で時折らせん状に絡み合ったり、ほぐれたりしている。

 命のもとが脈打っているように見える。とても不思議で、フィニィはしばらく目を奪われていた。


「一つしか持てないか」


 魔女の声で我に返った。


「あと二つは欲しいが、仕方ない。落とさずに付いておいで」


 フィニィは卵の膜を破らないよう慎重に抱え直し、魔女の後を追った。


 もともと歩きにくかったのに、両手が使えずさらにつらい。はじめはさほど重く感じなかった卵も、時間が経つごとに細腕には負担になってきた。


 息を切らせながら、フィニィは出発点の洞窟に辿り着いた。


 これでやっと休めるかと思ったところで、卵を片手で受け取った魔女が命じる。


「次は一人で行っておいで。あと二つだ」


 そう言って洞窟の中にさっさと戻ってしまった。


 無音の中、自分の息遣いだけが聞こえる。

 フィニィは唾を飲み込み、再び闇の中を歩いていった。


 木の根がうねる道はどれも同じようで、どこを通ってきたのか定かではないが、訊きに戻ることなどできない。

 一度で覚えられなければ怒られる。用事をこなせなければ叩かれる。それは夜の森の闇よりも怖いのだ。


 目を凝らす視界がまた揺らぐ。喉が渇き、腹が減り、眠い。昼間は休みなく館での雑用をこなし、夜は森まで走り続け、泣いて、怯えて、フィニィは疲れ果てていた。


 それでも、フードの中からくぅくぅ聞こえる哲学ネズミの寝息に合わせて、足を動かす。そうするしかない。


 だが、それも徐々に難しくなる。障害物ばかりの暗闇の中、フィニィは自分が目を開けているのか閉じているのかさえわからなくなってきた。


 ある時に脳みそが一回転し、全身に激痛が走った。息ができなくなり、なおも前に進もうとすると頬が地面に擦れ、痛みが続く。


 だがその痛みも間もなく遠のいてゆき、フィニィは夜の闇の底の底へ、ひっそりと落ちていった。

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