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フィニィの魔法の国  作者: 日生
二章 魔法の国
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泣く娘1

 リポルスの果実を取ってきてから数日後。


 フィニィは今日も大釜の前に立っているアクウェイルの髪でなんとなく遊んでいた。


 男の腰の辺りで揺れる毛先を指の間に挟んで左右に振ってみたり、無気力な哲学ネズミに登らせようとしてみたりする。


「どうした」


 ずっと気にもしていなかったアクウェイルが背後に声をかけた。

 手は止めず視線も釜の中に注がれたままだが、彼がフィニィに話しかけるのは作業中の考え事に一区切りついた合図である。


 フィニィはアクウェイルの右足にぎゅうっと抱きついた。


 魔女はまだ見つからない。リポルスの夢の中でも会えなかった。そろそろ、少しずつ、フィニィは不安が増してきている。


 魔女は本当に魔法の国にいるのだろうか。いなかったら、フィニィはどこに探しにいけばいいだろう。


 採取に行った先々にも魔女はいないのだ。行ったことのないところに探しに行くのは少し怖い。魔法の国のようにそこでも夜の子であるフィニィが簡単にまぎれられる保証はないからだ。


 アクウェイルはフィニィのつむじをつついた。


「何かきたぞ」


 出窓の外。ガラスを控えめにノックするリアンがいた。今日はスリットの深いタイトなロングスカートを穿いていた。


 窓の鍵はフィニィではぎりぎり届かずアクウェイルが開けてやった。リアンは目礼し、フィニィのほうへ用事を切り出した。


「フィニィに仕事を頼みたい人がいる。一緒にきてほしい」


「どこのどいつだ」


「顧客情報」


 リアンはマスクの上に人差し指を立てた。


 アクウェイルはフンと鼻を鳴らす。


「フィニィは私の探集者(アクルタ)だぞ。好き勝手使うな」


「あなたのじゃない」


「そちらの会員でもないのだろうが」


「紹介料は取らない。これはミルカから、ただのお願い。きっとフィニィじゃないとだめな仕事、だって」


 それ以上詳しいことはこの場で言えないらしい。


 気になったフィニィはリアンに付いて行くことにした。






 連れて行かれたその場所には、フィニィが嗅いだことのない不思議な匂いが漂っていた。


 甘やかで、少しぴりりとする匂い。嫌な匂いではない。

 どことなく気持ちが浮き立つ感じがする。


 通された部屋は壁がなく、仕切りがわりに色とりどりの布が垂れていた。その向こうに行き交う人影がうっすら見える。


 部屋の東側はバルコニーになっており、仕切りの窓もなかった。

 魔法の国の他の家と違ってずいぶん開放的な内装だった。


 客は部屋の入り口で靴を脱ぎ、椅子のかわりに柔らかい絨毯の上に座らされた。


 迎えた家の主人も同じ目線に座る。

 フィニィとリアンの他、その場には三人の探集者が集められていた。


「どうか寛いでくれ客人方。馬の民の茶は口に合うかな」


 香炉の煙を横にくゆらせている主人の男の名はディングバヤン。

 だが長いのでディングと呼んでくれと言った。


 彼の鮮やかな蒼の衣装は袖口と裾は細く絞られているが、袖やズボンの股下は幅広でゆったりとし、胸元などは大きく開いたつくりになっている。そこに艶やかな黒髪の先が垂れていた。


 頭をぐるりと回っている金色のチェーンの飾りがちらちら光り、フィニィは気になる。他にも男は指輪や首飾り、腰飾りなど様々な装飾品を身につけていた。


 床に置かれた茶は小さな陶器のカップに入っている。

 隣におかわり用の容器が別に置かれていた。カップの底には砂糖の塊がどっぷり沈んでおり、濃厚な甘みが一口舐めた客に襲いかかる。


 リアンは人前でマスクを取る気がないためはじめから茶を断っていた。


 子供のフィニィには他の客とは別に温めたミルクが出された。ふうふうして哲学ネズミと一緒に少しずつ飲んだ。砂糖の他に何かの香辛料が少し入っているらしく、舌先が軽くぴりりとした。


 茶請けはスティック状に揚げたパン。ミルクにたっぷり浸して食べた。わずかな塩味があっておいしかった。

 揚げパンも一人ずつ籠に山盛りで提供されていた。


「さて、本来ならば盛大な歓待の後に取引といきたいところなのだが、こちらには少々急ぐ事情がある。さっそく本題に入らせてもらってよいかな?」


「構わんですよ」


 ディングの真正面に座る探集者が代表して答えた。


 頭付きの熊の毛皮を被っている男だ。残り二人の探集者も同じ毛皮を被っている。


 リアンが言うには、彼らは熊の毛皮(イブオウム)と名乗る探集者の兄弟なのだという。


 彼らの毛皮には魔法がかけられており、もっと顔が見えないくらい完全に毛皮をかぶると熊に変身できる。

 獣の膂力、嗅覚、第六感、そういったものを駆使して素材を瞬く間に集める優秀な探集者として知られているのだった。


 フィニィは彼らがどんなふうに変身するのだろうと思い、ディングが話す間も隣をたびたび窺っていた。

 

「諸君らに取ってきてほしい素材は二つ。水溜まりの女(ラクスラ)と、千年分の陽の光を集めた光吸石(デヴェント)


 熊の探集者たちは目を瞠った。

 ある者は思わず頭を抱えた。


「・・・なるほど。そいつは難題だ」


「まず見つからないであろうことはわかっている。我が商会でも世界中を探しているがいまだに見つけられていない。だが伝説の素材でもなければ魔法の力がとてもじゃないが足りんのだ。君たちはこの魔法の国で指折りの探集者であると聞いた。前金はバヤ金貨を十枚用意する」


 すかさず給仕の者が金貨の入った袋を持って、客人のそれぞれに差し出した。


 フィニィの前にも当然置かれた。


「成功報酬はその十倍払う。取ってきてくれた分はすべて買い取る。だからどうか、頼む。我が愛しき妻の命がかかっているのだ」


 ディングは片方の拳を床につけた。彼の故郷ではそれが相手に真剣な心を伝える時の礼だった。


 熱のこもった声音にフィニィはきょろきょろするのをやめた。

 熊の探集者たちは提示された望外の報酬に生唾を飲み込んだ。


「まかせてくださいっ。んじゃ、さっそく――」


「お待ちください」


 金貨の袋を握りしめ腰を浮かせた熊の探集者たちを、布の向こうから現れた若い娘が遮った。


 暁の雲のような薄赤色の長い髪。こちらはディングと違い胸元を紐のボタンできっちり留め、下に薄絹の長いスカートを穿いていた。上着は半袖だったが肘まで覆う手袋をつけていた。

 

 そしてなぜか泣いていた。


 濡れた赤い瞳でフィニィを確認し、続けてディングを睨みつけた。


「まさかこんな小さな子供に依頼しようというのですか? そもそもなぜ子供がいるのです?」


「いや、連れてきたのはアクルタ商会で、ほら横にいるだろう」


 ディングがリアンを指すと、説教の矛先がそちらにも向いた。


「あなた方は一体何を考えているのですか!?」


 リアンは咄嗟に耳を塞いだ。

 フィニィもその影に隠れて首を竦めた。アンテではないが声がキンキン響く。


「そんな危険な仕事を子供にさせるだなんて信じられません!」 


「普通の子供ならそれはそうだが、アクルタ商会がわざわざ連れてきたのだから、そうではないんだろう。見た目からしてこの子は――」


「どんな見た目であろうが子供は子供です! 私たちが守るべき存在でしょう!? それをあなた方はそろいもそろって・・・!」


 憤懣やる方のない彼女はフィニィを奪うように抱き上げた。

 その勢いで膝から哲学ネズミが転がり落ちた。


 子供の手は揚げパンでべたべたしていたが、そんなことには一向構わない。


「どうぞお引き取りください」


 断固とした態度で、ずっと涙を流しながら、彼女はリアンに言った。


 リアンは無言で彼女とディングに目礼し、フィニィには「がんばって」と言い残してその場を去った。


「よろしいですね?」


 事後にこの家の主人に伺う。

 ディングは苦笑いを浮かべる他なかった。


「仕方あるまい。あー、紹介が遅れたがこちらが妻のキーラだ。彼女の涙を止めるためにどうか力を尽くしてほしい」


 呆気に取られていた熊の探集者たちも、促されてぼちぼちと出発した。


 フィニィはキーラに下ろしてもらえず館を出られなかった。

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