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フィニィの魔法の国  作者: 日生
二章 魔法の国
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昼の魔法使い3

 よく晴れた朝に、一人の青年が大きな荷物を抱え、魔法使いの館にやってきた。


 目元の柔らかい、まだあどけなさの残る顔立ちをしている。

 彼は家主から預かっている鍵で玄関を開けた。


「ただいま戻りました」


 帰宅の声に返答はない。あったことなど一度もないのだからいつも通りだ。


 ここには難儀な性格で有名な魔法使いと、住み込みの弟子である彼以外の住人がいない。

 弟子はこの三日ほど実家の用事で帰らずにいたので、家の中がどれほどひどいことになっているか内心で不安だった。


 ほとんどの部屋は無事だろうが、問題は魔法使いの調合室である。


 荷物はひとまず廊下に置いて真っ先に様子を見に行った。


「先生? 起きてます?」


 扉を開けると案の定、部屋は嵐の過ぎた後だった。


 床に空き瓶や反故紙の類い、何かのカスやゴミが散乱しており、魔法使いは長い手足を投げ出してソファに寝ていた。


 腹の上に見知らぬ子を乗せて。


「おっ?」


 弟子が奇声を漏らすと、子供はぱっと目を開けた。

 そして起き上がろうとした拍子に床にずり落ちた。


 そこそこ鈍い音がしたため弟子は慌てて助けにいった。


「大丈夫? 君は、ええっと」


 なんと声をかけたらよいのかわからずにいる青年を、床に座り込んだままのフィニィは不思議そうに見上げている。


「・・・先生の隠し子、とか?」


「凡俗、凡庸、面白味の欠片もない無味無臭の発想。減点だ、レト」


 魔法使いも起き上がった。

 まだ眠そうに目をしぱしぱさせている。寝相のわりには長髪におかしな癖がついていなかった。


「でも知らない誰かを家にいれたりしないでしょう」


「私は常に言っているはずだ。よく観察し、想像しろ。この子は探集者(アクルタ)のフィニィだ。驚け弟子よ。本物の不死鳥の羽が手に入ったのだっ」


「ぅえぇ?」


 弟子のレトは奇声を上げるばかり。

 それから完成した毛生え薬や、昨晩の勢いで作られた薬の数々を見せられ、ようやく納得した。


「不死鳥は実在したんですね・・・一体どこに、っていうのは探集者に訊いちゃだめなんだったか。ルール違反だよね。ごめん、なんでもないよ」


 レトは勝手に謝っていた。


 するとフィニィの膝で哲学ネズミがぼそぼそ呻く。


「ルールとは誰が言い出したものか。誰の正しさがこうも私を苦しめるのか」


 フィニィは急いで哲学ネズミを丸めて遮ったが、もう遅い。


 レトは琥珀色の瞳を見開いた。


「びっくりした。そのネズミはお喋りができるんだね」


「明け方にも寝言がうるさかったぞ」


 魔法使いが大きなあくびをする。


「いくらかはこちらの声も聞こえているようだが、まともな会話はできない。夜の魔法が脳髄まで染みているんだろ」


「それは、少し残念ですね」


 二人は軽い感想を交わして調合室を出た。


 戸惑っているフィニィも魔法使いに手招きされた。

 哲学ネズミはフードにいれられ、うわごとの続きを紡いでいた。


 調合室の反対側の部屋には、キッチンがあった。


 食卓もあるのだが師弟は青いタイルの貼られたカウンターに座り、そこでレトが紙袋から食べ物を出す。

 新鮮な野菜や肉を薄い生地で包んだクレープ。彼らは具だくさん(プナン)と呼んでいた。


「卵は平気?」


 レトはフィニィの前にもプナンを置いた。中身は瑞々しい緑の葉と炒り卵だ。


 フィニィは特に空腹でもなかったが、奴隷だった頃の名残で、食べられる機会を一度でも逃せば餓死すると考えていた。よって躊躇せず食べた。


 夜の森で拾った謎の卵を魔女に食べさせられたことはあっても、鶏の卵をまともに食べたことは人生で一度もないフィニィだ。甘くクリーミーな風味は幸せを体現した味だった。

 フードから哲学ネズミを出して、爪の先でちぎったプナンを彼にも食べさせてやった。


「我が家秘伝のポマの葉ジュースもどうぞ」


 鮮明な黄色の液体が、レトの荷物の水筒からそれぞれのカップに移された。

 甘さの中に爽やかな苦みのある独特なジュースだった。


「レト。食べ終えたらルジェクに蝶を飛ばせ。最上品質の毛生え薬ができたから早急に取りにこいと伝えろ」


 魔法使いは肉の塊が包まれたプナンに齧りついて言った。


「依頼主はヴィーレム卿じゃありませんでした?」


「卿は外遊中だ。はじめからルジェク経由の依頼だぞこれは」


「そうでしたか。卿もさぞ待ちわびていることでしょうねえ」


「全身毛玉にしてやるさ。――あぁそうだ」


 魔法使いはプナンを皿に置いてどこかに行った。

 フィニィがジュースのおかわりをレトに注いでもらっているうちに、小さな革袋を持って戻ってくる。


「支払いはリーフ金貨でいいか?」


 フィニィのからの皿に革袋を置く。

 中には眩い金色のコインが何枚も入っていた。


 一枚つまみ、フィニィはまじまじとよく見た。

 コインの裏表には麦の穂と誰かの横顔が刻印されている。


 試しに齧ってみた。案の定、食べ物ではなかった。


「・・・貨幣の概念がないのか? それとも金貨を見たことがないだけか?」


 一部始終の反応を観察した魔法使いが尋ねた。

 フィニィはコインなど触ったことも使ったこともなかった。


「まあいい。わからなくても取っておけ。それがあれば店で好きなものを好きなだけ買える。ただし両替商で銀貨に替えてから使えよ。よほど高価なものでない限り金貨で買い物する輩はおらん。滅多なことで人にも見せるなよ。街中では袋の紐を首にかけて服の下に隠しておけ」


「先生。注意はいいですけど、さすがに危なくないですか? 子供にこんな大金渡しちゃったら」


「むしろ足りないくらいだぞ。本物の不死鳥の羽など市場に出れば値がつけられん。――魔法使いが良い仕事をするためには、まず優良な探集者を確保せねばならない。私にとっての最良はフィニィ、お前だ。喜ぶがいい。この賢人アクウェィルが()()()になってやろう!」


 黒髪の魔法使い、アクウェイルという名の彼はつまるところ、フィニィに魔法の材料を今後も取ってこいと言っているのだった。


 彼の高飛車な物言いや、はじめから相手に断らせる気がない態度などに、フィニィは魔女の面影を重ねてしまう。

 なので尋ねた。


「エリトゥーラ、いる?」


 しかし魔法使いたちは眉をひそめた。


「誰のことだ?」


 フィニィは、魔女のエリトゥーラを探していると言い直した。

 そのためにこの街にきたのだと。


「あいにくだが、そんな名は聞いたことがない。少なくとも私の知り合いにはいない。――ふむ。魔女、か」


「先生はあんまり人と関わらないから。でも、断言はできないけど、その人が魔法使いならここで見つかるかもしれないよ。なんたって【魔法の国】だからね。魔法に関わるものは全部ここに集まってくる」


 以前は夜の子のものとされていた魔法。

 ここでは魔法使いと名乗る昼の子がその力を行使する。夜の子の存在も当たり前に受け入れている。


 そんな国が夜の森のほとりに、いつの間にやらできていた。


「――まあ、いずれにせよだ。フィニィ」


 長考から明け、アクウェイルが仕切り直す。


「人探しにも金はかかろう。私は基本的にお前には希少素材の調達を依頼するつもりでいる。つまり一回ごとの単価が高い。であるからして、その他の貧乏魔法使いどもより私の依頼を優先するように。いいな?」


「また多方面にひんしゅくを買うことを」


 師匠に聞こえない小声で弟子はもごもご言っていた。


 だがフィニィは金の話などどうでもよい。


「まほうつくるところ、みられる?」


 それが、使いから帰った後にある楽しみ。フィニィにとっての報酬だ。


「いいだろう。本来は弟子でもなければ許さんところだが、お前は特別に許す」


 そんなこんなで、フィニィは思いがけず魔法の国で顧客を得てしまった。

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